『愚行録』 日本は格差社会ではなく階級社会?

 監督の石川慶はポーランドで映画を学んできた人ということで、今回が商業デビュー作。
 原作は直木賞の候補作にもなったという貫井徳郎の同名小説。

石川慶 『愚行録』 主人公となる田中兄妹と対照的なエリートたちのぎらついた目が印象的。


 主人公の田中武志(妻夫木聡)は週刊誌の記者で、一年前の殺人事件について追うことになる。その事件ではエリート会社員とその妻と娘が殺されたのだが、未だに犯人は見つかっていない。田中は改めて被害者の関係者にインタビューを試みる。

 主人公の記者・田中には妹・光子(満島ひかり)がいる。冒頭のエピソードでは、自分の娘への虐待容疑で逮捕された光子と田中の面会が描かれる。その後に本題の殺人事件へと移っていくわけだが、なぜ主人公の記者が編集部の反対を押し切ってまで事件に追うのかは謎のまま進んでいく。

 最初の取材対象者の男(眞島秀和)は、殺されたエリート会社員・田向浩樹(小出恵介)との思い出をビール片手に話し出す。ふたりが新入社員の女の子とちょっと遊んで都合よく棄てたという話で、要は殺された田向という男も取材対象者の男もクソみたいな男だということわかり、観客としてもこんな男なら殺されても当たり前という感情を抱くようになっている。
 その後も田中の取材は続く。被害者たちの思い出話はある大学の特殊な事情に関わっていく。原作未読なので詳細はわからないのだが、原作ではこの大学は慶應大学と名指しされているようだ。映画のなかでは別の名前とされているが、モデルはやはり慶應大学のようで、この特殊な社会では幼稚舎あたりからエリート街道を歩んできた“内部”の人たちと、試験で合格した“外部”の人たちは階級の差がある。
 “内部”はエリートだけで固まって、“外部”の人を差別する。とはいえ“外部”から“内部”へ昇格する人もいる。それはごく一部の容姿端麗な女性だ。そんなふうに昇格した女が夏原友季恵(松本若菜)で、彼女は“内部”と“外部”を結びつける役割も果たすことになる。つまりは“外部”の女を連れてきては“内部”の男に紹介するという遣手婆のような役割を果たしているのだ。平凡な女の子は相手にしないが、“外部”の男が好きそうな容姿の女には近づいていく。そんな友季恵はのちに田向と結婚し、誰かに殺害されることになる。
 ほかの取材対象には夏原友季恵に男を取られて壮絶な張り手の応酬をすることになる宮村淳子(臼田あさ美)とか、田向浩樹に利用されつつ自分もほかの男を利用している稲村恵美(市川由衣)など様々だが、彼らや彼女らがやっていることは愚行というよりも胸クソが悪いものに感じられる。

 ※ 以下、ネタバレあり! ラストにも触れているので要注意!!

『愚行録』 光子(満島ひかり)は精神科で過去について語り出す。

 なぜ記者の田中がその事件に拘るのかと言えば、実は妹の光子がその事件の犯人であることを知っているから。この兄妹はエリート社会とは縁のないはずの人間で、親から虐待を受けて育った子供たちだ。そんな光子も実は舞台となる大学の“外部”側の人間だったことが明らかになる。さらに記者の田中が取材を続けているのは、取材によって妹が事件に関わっていることを感づいている人物を探すためでもある。エリートたちの行動は胸クソ悪いが、田中兄妹の行動は愚かだったとは言えるかもしれない。

 時代背景がはっきりとは示されないけれど、登場人物がスマホではなく折りたたみ式の携帯電話を使っているところからするとちょっと前の話かと思われる。登場人物が一様に上昇志向(聞き役の田中は例外だが)で、男たちは彼女の父親に取り入ってまで一流企業に入ろうと奔走するし、女たちはエリート会社員と結婚するというゴールを疑うことがない。このあたりは未だ不況から抜け出す気配もない今から見るとちょっとウソっぽくも感じられる。
 予告編で煽っているような衝撃な部分は色々とあるものの、児童虐待とか近親相姦といった出来事は誰もが身近に感じられるものとは思えないし、エリート大学の特殊事情に関してはそれが本当なのかも知らないし、本当だとしてもアホみたいな話に思えた。劇中でも「ほかの人にはわからない」という台詞があるけれども、端的にどうでもいい話でしかないからだ。そんな意味ではやはりエリートたちも愚かな人たちだとも言えるのかもしれない。「胸クソ悪い」と感じてしまうのは、観ているこちらが“内部”側の人ではないからなのだろう。

 冒頭にバスのなかで席を譲るシーンがあり、ラストでも再び繰り返されるのだが、それはまったく同じ形ではない。冒頭では田中の行為にささくれ立った心を見ることになるが、ラストでは素直に席を譲っている。2時間の映画のなかで田中のなかに何か変化があったということになるわけだが、妹の犯罪を隠し通すことにも成功してちょっとだけ心にゆとりを持つことができたということかもしれない。それでも彼らの未来は明るいとは到底思えないわけで、どこにも救いがなく何ともイヤな気持ちになる作品だった。
 新人監督の演出も悪くなかったと思う。雨のなかにくすんだ風貌で登場する妻夫木聡と、陽の光で脱色されたような満島ひかり。その兄妹とは対照的に過去に登場するエリートたちは妙に目がぎらついているのが印象に残る。ただ、エリート大学の特殊事情を示す様々なエピソードにはどうにも興味を抱けなかった。

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Date: 2017.02.19 Category: 日本映画 Comments (0) Trackbacks (3)

『アズミ・ハルコは行方不明』 現実的なサバイバルの方法

 原作は山内マリコの同名小説。
 監督は『アフロ田中』『私たちのハァハァ』などの松居大悟
 主演の蒼井優はあちこちに顔を出している印象があるのだけれど、『百万円と苦虫女』以来の単独主演作とのこと。

松居大悟 『アズミ・ハルコは行方不明』 安曇春子(蒼井優)の手配写真から生まれたグラフィティアート。


 主人公となる安曇春子(蒼井優)はもう27歳。小さな会社の事務員として働いていたのだが、ある日突然失踪することになる。もう一人の主人公と言ってもいい愛菜(高畑充希)は、成人式を迎えたばかり。仲間たちと行方不明となった春子の手配写真をアートとしてばら撒きうっぷん晴らしをしている。さらには巷では少女ギャング団のニュースが話題で、彼女たちは夜中に男だけを無差別に襲撃して、男どもを震え上がらせる。

 この作品をとっつきにくくもし、逆に魅力的にも感じさせるのは、時間軸をシャッフルした構成だろう。上記の3つのパートは時間軸を無視して並行的に描かれていくことになるために、物語のつながりを見失って行方不明になる観客もいるかもしれない。
 愛菜のパートで警察が行方を捜しているはずの春子は、春子のパートではまだ実家で日常生活を送っている。「春子失踪後のエピソード」と、「春子失踪前のエピソード」が同時に描かれていくわけで最初は混乱するのだ。
 とはいえ決して難解な作品ではない。なぜ春子が失踪したか、いつそれが起きたのかは最後のほうで丁寧に示されるし、それによってシャッフルされていたエピソードがつながってくると全体像がおぼろげながらに見えてくることになる。
 
 春子と愛菜には接点はないし、世代的にも差があり、共通点はないようにも見える。春子は会社ではセクハラ上司たちに愛想笑いし、痴呆のある祖母と両親との生活にもうんざりし、幼なじみの曽我(石崎ひゅーい)と関係を持ったりする。愛菜はもっと自由に楽しんでいるようにも見えるけれど、仲間のユキオ(太賀)や学(葉山奨之)からはヤラせてくれるけれどウザい女と思われている。共通しているのはいつまでも狭い人間関係のなかに留まっていることだろうか。
 『アズミ・ハルコは行方不明』の舞台は関東近郊の地方都市だ。ロードサイドのファミレスやコンビニといった無個性な場所ばかりが登場する。それらは全国どこへ行っても同じなわけで、結局のところ逃げ場がない感じすら漂う。さらにそこに住まう人々もほとんどが顔見知りで、小学校以来の関係を引きずったまま大人になっているわけで、なかなかの閉塞感なのだ。

『アズミ・ハルコは行方不明』 春子(蒼井優)と愛菜(高畑充希)は最後まで出会うことはない。高畑充希のNHKのキャラとは違うウザいキャラにも注目。

 原作のことは不明だが、この映画のなかの女の子たちは理屈で考えて動いているわけではなさそうだ。
 春子は突然失踪するのだけれど、先行きが見えていたわけではなさそうで、夜中に買い物で出たついでにふらっと行方不明になってしまう。一方の愛菜も疎外感からか自殺を考え飲んで暴れているうちに、なぜか春子の幻影を見ることになり、それに諭される。春子の幻影は愛菜が生み出したもののはずで、なぜか愛菜は自ら正しい道を見出していることになる。
 春子にしても愛菜にしても理屈を捏ね回して考えたりしているわけではないわけで、直感的に正しい道を選んでしまっているのだ。だからたとえこの作品が真っ直ぐな時系列で描かれたとしても、彼女たちの行動の因果関係が明らかになり理詰めで納得させられるものになるわけでもないのだろう。彼女たちは混乱した状況のなかで直感的に正しい道を見出したわけで、その意味ではこの作品の手法が物語を混乱させているように感じられても、それはあながち間違った感じ方でもないのかもしれない。
 この作品のなかで最もファンタジックな存在である少女ギャング団たちも、経験によって学んだから男を狩るようになったわけではなく、男どもがクソであることを直感的に知っているからなのだろうと思う。
 
 最後に行方不明だった春子と愛菜は初めて出会うことになる。少女ギャング団の行動は女の子たちの願望の結晶化したものかもしれないけれどあまりにもファンタジーすぎるわけで、春子の示した行方不明への道はもっと現実的なサバイバルの方法なのだろう。
 多分どこまで逃げてもロードサイドには同じようなファミレスやコンビニがあるのだろうけど、狭い人間関係から逃れて自分が誰にも知られていないところに行けばちょっとは息が吐けるということはあるかもしれない。奇しくも蒼井優主演作『百万円と苦虫女』(タナダユキ監督)みたいな方向性であるわけで、そうした感覚が女の子たちの間で一般化しているということなのかもしれないとも思う。

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Date: 2016.12.13 Category: 日本映画 Comments (0) Trackbacks (4)

『古都』 京都人の自信のほどがうかがえる作品

 川端康成原作の『古都』は過去に二度映画化されているが、今回はさらにその続きの物語も含めて現代風にアレンジされている。
 監督はYuki Saito。ハリウッドで映画製作を学んできた人物らしい。名前は某女性タレントっぽいけれど恐らく男性。

Yuki Saito 『古都』 佐田千重子(松雪泰子)と舞(橋本愛)。京都の観光名所が色々登場する。


 京都で古くから続く呉服店を切り盛りしているのは佐田千重子(松雪泰子)。周囲は次第に新築マンションなどが立ち並ぶようになり、京都の街並みも変わりつつある。そんななか千重子が呉服店存続にこだわるのは、彼女が佐田家にたまたま拾われた捨て子だったから。次の世代を担うかもしれない舞(橋本愛)は現在就職活動中で、家を継ぐよりも自分の可能性を試したいと考えているのだが……。

 原作は読んだことがないのだが、1980年の市川崑版の『古都』だけは観ることができた(1963年の中村登版も評判がいいらしい)。この作品は生き別れた双子の物語で、一方の千重子は名家のお嬢さんとして育てられ、他方の苗子は北山杉を育てる苦労人として育っていく。たまたま縁があって祇園祭の日に出会ったふたりだが、身分の違いなどもあって一晩だけ一緒に過ごしただけで別れることになる。
 今回の現代版『古都』では、生き別れた双子の話も回想シーンとして描きつつも、中心となるのはそれぞれの娘たちの話となる。千重子の娘・舞(橋本愛)と、苗子の娘・結衣(成海璃子)は互いのことを知らない。それぞれ人生の岐路にあり、舞は社会へ出ることを望んで家業を継がせたい母親と対立し、結衣は絵画を学びにフランスへ留学したものの壁にぶち当たることになる。

 もともと川端康成の原作の意図は、変わりつつある京都の姿を残すことにあったらしい。この作品でも京都自体が主役となっている。回想シーンのくすんだ色の紅葉が、現代へと移行するとともに赤く色づいていき、鴨川を自転車で疾走する舞の姿からそのまま京都の情景を上空から捉えるという連なりには、京都そのものが主役であるという意識が表れていたと思う。
 ただ市川版と比べてしまうと、京都の町屋のなかの陰影がほとんど感じられなかったようにも思える。とはいえ、すでにもう町屋自体がなくなりつつあって、残ったものも外国人観光客のツアールートになっているとなると、変わりつつある京都を捉えているとも言えるのかもしれない。

『古都』 舞(橋本愛)はほんまもんの帯を締めて日本舞踊を舞う。

 もともと捨てられた子であった千重子は恵まれた生活があったものの佐田家の存続というものに縛られることになり、それは娘の舞にも受け継がれる。一方で貧乏暮らしだった苗子には比較的自由があり、その娘の結衣も特段何かに縛られることはない。それでも舞と結衣に共通するのは、自分が何をしたいのかがまだわかっていないということ。
 こんなことは若いうちには誰にでもあることなのだけれど、これに関しての舞の父親(伊原剛志)の説明がふるっている。京都人は「ほんまもん」に囲まれて「ほんまもん」を見抜く力がある。しかし目が肥えているからこそ、かえって自分で何をすればいいのかわからなくなる……。
 ほとんど傲慢スレスレの理屈なのだが、それだけに京都人の自信のほどがうかがえる。「ほんまもん」などわからない田舎もんとしては皮肉も言いたくなのだが、そんな皮肉すらも京都人のほうが堂に入っているわけでちょっと太刀打ちできそうにない。

 とにもかくにもこの作品にはそんな「ほんまもん」が様々登場する。京都自体が「ほんまもん」なのだろうし、パフォーマンスを披露する書道の先生だとか、お茶だとか日本舞踊だとか、京都が世界に誇る「ほんまもん」を見せてくれる。東山魁夷の絵画「北山初雪」から着想されたらしき帯もそうした「ほんまもん」のひとつだろう。
 最後はその帯を締めた橋本愛がフランスで日本舞踊を披露する。長い髪をアップにして舞を見せる橋本愛がとても凛々しくて見惚れた。セーヌ川沿いに着物で佇むという構図はよくわからないけれど……。

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Date: 2016.12.11 Category: 日本映画 Comments (0) Trackbacks (1)

『溺れるナイフ』 「遠くへ行きたい」という願いを叶えてくれる人

 『おとぎ話みたい』『5つ数えれば君の夢』などの山戸結希監督の最新作。
 原作はジョージ朝倉の同名マンガ。

山戸結希 『溺れるナイフ』 航一朗(菅田将暉)と夏芽(小松菜奈)。ビジュアル的には青春ラブストーリーなのだけれど……。


 東京でモデルの仕事をしていた望月夏芽(小松菜奈)は、親の都合で田舎の家に引っ越すことになる。夏芽たちを歓迎する集まりの退屈さに家を出た夏芽は、立入禁止の海に入り込んでいくと、そこで長谷川航一朗(菅田将暉)と出会う。

 観てきた人の感想を見ると、この作品はあまり評判がよくない。というのは人気マンガの原作の映画化ということで原作ファンから嫌われてしまったということもあるのだろうし、登場人物の見た目のイメージが10代の青春ラブストーリーなのに、中身はそれとはかけ離れていたからかもしれない。
 私自身は原作マンガを読んでいないので原作との違いはわからないけれど、映画を観る限りこの作品の主人公・航一朗のキャラクターは明らかに『火まつり』(柳町光男監督)で北大路欣也が演じた達男の造形を受け継いでいる。どちらの作品も火祭りが重要なモチーフになっていることも共通しているし、『火まつり』の達男が神様のことを親しみを込め“神さん”と呼ぶように、『溺れるナイフ』の航一朗も“神さん”と呼ぶ。達男が神様にかわいがられタブーを恐れることがないように、航一朗も「この町のモンは、全部俺の好きにしてええんじゃ」と豪語し傍若無人に振舞う。
 それから『溺れるナイフ』の登場人物の「広能」とか「大友」のように『仁義なき戦い』シリーズから採られたかのような名前だし、その方言は広島弁っぽい。『火まつり』とか『仁義なき戦い』あたりに影響を受けた原作者が書いた物語だとすれば、そんな甘ったるいラブストーリーになるはずもないのかもしれない。

 夏芽は航一朗に出会った途端に彼に惹かれることになるわけだけれど、そこに介在しているのは恋愛の要素ばかりではない。のちに夏芽は航一朗の気を惹くために写真集や映画の仕事をしてみたりもすることになるけれど、夏芽の心の奥底には広能晶吾(志磨遼平)という写真家が指摘するような「遠くへ行きたい」という願いがある。夏芽が航一朗に惹かれるのも、夏芽にとって彼は最も遠くへ連れてってくれることを感じさせる存在だったからだろう。
 立入禁止の海で初めて航一朗と出会った場面(ここではほかの場面の青い海と違って、限りなく真っ黒な海が広がっているのが印象に残る)。夏芽は鳥居を潜って神様の住む聖域へと入り込んでいく。鳥居の先は異界である。この世ならぬ場所で、この世ならぬ存在(航一朗)に出会ったからこそ、夏芽は「遠くへ行きたい」という願いを叶えてくれる何かを航一朗に感じて一瞬で恋に落ちる。
 夏芽にとってそれは恋であると同時に戦いでもある。航一朗に負けるようでは遠くには行けないだろうし、航一朗と一緒にさらに「遠くへ行きたい」という気持ちも感じている。そんなアンビバレントな感情なのであって、よくあるラブストーリーとはちょっと毛色が違う作品なのだと思う。

『溺れるナイフ』 航一朗(菅田将暉)は火祭りでダイナミックな舞を披露する。

 山戸結希監督の作品は『おとぎ話みたい』の自意識過剰なモノローグとか『5つ数えれば君の夢』の10代の女の子が絶対に言いそうにない小難しい台詞が印象的だった。この作品では山戸監督独自の饒舌な台詞はタイトルバックくらいで抑えられ、長回しで役者を追い続け1回限りでやり直しのきかない青春の瞬間を捉えることを狙っている。だから役者のアドリブのたどたどしい感じが伝わってくるし、台詞をとちってもそれがそのまま使われている。大友(重岡大毅)が体調を崩した夏芽を見舞ったときのやりとりなどはどこまで決められていたものなのかはわからないけれど、やっているうちに意図せざるものが撮れてしまったみたいに思わせる一瞬のキスなどちょっとドキッとする。

 ラストの二度目の火祭りのエピソードは、現実ではなくて夏芽の出演した映画のもの。そんなふうに原作を読んでいない者としては解釈した。ある出来事で全能感を失うこととなったふたりだが、夏芽は自分の過去をモデルにした映画に出演することで、過去の呪縛から逃れることになる。航一朗は航一朗で神様への舞を一心不乱に踊ることで吹っ切れていたようにも思える。
 原作マンガでは二度目のことも現実として描かれているようで、このあたりは原作を圧縮しすぎている感じがしないでもないし、劇中音楽の選曲には首をかしげる部分があるのだけれど、それでも原作ファン以外なら楽しめる部分は多いと思う。

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Date: 2016.11.19 Category: 日本映画 Comments (0) Trackbacks (3)

『ミュージアム』 誰が罪人?

 『るろうに剣心』や『秘密 THE TOP SECRET』などの大友啓史監督の最新作。
 原作は巴亮介の同名マンガ。

大友啓史 『ミュージアム』 カエル男とそれを追う刑事沢村(小栗旬)。


 雨の日だけに現れる連続殺人犯。犯人は雨ガッパの下にカエルのマスクを被っている。事件の現場にはカエル男のメモが残されている。刑事の沢村(小栗旬)はカエル男を探っていくと、次のターゲットとなるのは沢村の妻・遥(尾野真千子)であることが判明する。

 犯人のカエル男は「ドッグフードの刑」ではある女性を犬に喰わせ、「母の痛みを知りましょうの刑」では母親にパラサイトしているオタクの肉をそぎ落とすという狂気じみたことをしている。この被害者の共通点は「少女樹脂詰め殺人事件」の裁判員となっていたことで、カエル男はその事件を裁いた人間たちを私刑(リンチ)していることが判明する。
 沢村の妻もその裁判員の一人で、すぐにも保護しなければいけない対象なのだが、沢村が刑事の仕事にのめり込むあまりにまったく家庭を顧みずにいたことで子供を連れて出て行ってしまったあとだった。

 カエルの扮装をした男が連続殺人を犯していくというあり得ない設定だし、ツッコミどころも多い。それでも次はどんな殺され方をするのかという悪趣味な興味で観客を引っ張っていくし、雨は降り続けるどんよりした世界とカエル男の造形はよくできていたと思う。
 出演陣は誰もがオーバーアクト気味な印象だが、もとから設定が設定だけにそんなものかもしれない。そんななかカエル男を演じた妻夫木聡がかえって自然に見えたのは、カエル男の存在自体が化け物みたいなものだろうか。カエル男の最期は『悪魔の毒々モンスター』みたいだった。

 ※ 以下、ネタバレもあり!

『ミュージアム』 ダークなイメージはやはり『セブン』を意識しているのだろう。

 連続殺人の被害者たちが何かしらの罪を負わされてカエル男に殺されるというのは、いかにも『セブン』とよく似ている。『セブン』の被害者たちはカトリックの「7つの大罪」という考えに基づいて、憤怒・嫉妬・高慢・肉欲・怠惰・強欲・大食という罪のために殺されたことになっている。
 『ミュージアム』の場合は罪が先にあるわけではなく、ターゲットが決まっていてカエル男が勝手に罪を設定しているだけだからデタラメである。それでも「母の痛みを知りましょうの刑」「均等の愛の刑」とか家族関係の問題が多く(ペットも家族とすれば「ドッグフードの刑」も)、最後のターゲットとされる遥の罪も刑事である沢村の仕事を理解していないということで「お仕事見学の刑」となる。

 沢村はカエル男の罠にはまりえげつない悪夢を見させられることになるのだが、最後の最後の部分では生き残った息子の将太(五十嵐陽向)がカエル男と同じ光線過敏症という病気になっているかもしれないことがほのめかされる。これは悪意にさらされることによって生じる心因性のものだと説明される。
 カエル男は両親を惨殺されたという過去が明らかにされている。それでは将太がどこで悪意にさらされたのか? もちろんカエル男と接触して悪意にさらされたとも言えるのかもしれない。しかしいつも一緒にいたのは母親であるはずで、遥が悪意を発していたのではないかとも思わせなくもない。
 カエル男と遥と沢村が対峙したとき、遥は「私を殺して」と言い張っていたのは、カエル男との約束があったからなのだろうが、それ以上に自分に対してやましいことがあったのではないかと邪推してしまう。もしかすると遥は仕事にかまけて沢村が家に寄り付かない間に、その沢村のことを悪し様に語るようなことがあったのかもしれない。そのことが息子の将太のストレスになっていたと考えるのは深読みしすぎだろうか。

 最初は家庭を顧みない夫が罪人だったわけだけれど、次第に理解のない妻という方向へと罪が移動していくようで、そのあたりがとても日本的とも思えた。『セブン』においては神との関係での罪がはかられるのだとすれば尺度はある程度決まっているのだろう。一方で『ミュージアム』の沢村と遥は立場としては同等なはずで、夫には夫の言い分があるし、妻には妻の言い分がある。尺度はそれぞれの立場によって変わってくる。だからこそどちらも罪人になる可能性があるのかもしれず、常に互いのパートナーの顔色を窺っていなければならないのかもしれない。神の顔色を窺うのも大変だろうけれど、こちらも楽ではないという気もする。

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Date: 2016.11.13 Category: 日本映画 Comments (0) Trackbacks (7)
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新作映画(もしくは新作DVD)を中心に、週1本ペースでレビューします。

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