『鉄くず拾いの物語』 ある国のある少数民族のある家族の生活

 『ノー・マンズ・ランド』ダニス・タノヴィッチ監督の最新作。
 ベルリン国際映画祭では主演男優賞を含む3冠に輝いた。

ダニス・タノヴィッチ 『鉄くず拾いの物語』ベルリン国際映画祭で三冠!

 主人公ナジフたちはボスニア・ヘルツェゴヴィナのロマ族という少数民族だ。一応、家も自動車もあるけれど生活は貧しく、仕事は鉄くず拾いだが、それはとりあえず糊口を凌ぐためのものでしかない。村はずれに不法投棄されたと思わしきゴミから鉄くずを漁るのだから、たかがしれているのだ。周囲の仲間たちも似たような生活をしており、少数民族の辛い立場がよくわかる。
 街の病院へ向かう途中には、昼も夜も発電所が盛んに煙を吐き出している。戦争が終わり一部では新たな生活が始まったのかもしれないが、辺境の少数民族としては何も変わらないようだ。発電所が生み出す電気さえも料金が払えずに停められることになる。そんなだから、「戦争のころのほうがマシだった」なんて言葉も漏れたりもする。多数派の民族同士が勝手に争った戦争であり、ナジフたち少数民族は巻き込まれたあげくに恩給すらもらえない状況なのに……。


 ある日、ナジフの妻セナダが腹痛に襲われる。病院で診察してもらうと流産が発覚する。産婦人科で掻爬手術をしてもらえば済む話なのだが、保険証がないために大金を請求される。貧困に喘ぐナジフたちには無理な金額だ。その日、ナジフはあきらめて病院を去るほかなかった。


 日本は国民皆保険制度ということになっている。しかし、先進国のはずのアメリカでさえもそんな制度はないらしく、マイケル・ムーア『シッコ』が知らせるところでは、金がないために、間違って切断した中指と薬指のどちらか一方をあきらめなければならないなどという冗談みたいなことがあるのだという。この映画でも、ナジフは貧乏のために手術を受けることが出来ず、妻を死なせる一歩手前まで追い詰められることになる。

『鉄くず拾いの物語』 ナジフは妻セナダにそっと寄り添う

 タノヴィッチの出世作『ノー・マンズ・ランド』はボスニア戦争を描いた映画だが、巧みな設定を構築することで戦争のエッセンスを凝縮してみせた。限られた場所で民族を異にする者たちがいがみ合う場合、銃を手にする者がそうでない者を、有無を言わせず制圧する。そうなるともう銃を捨てることはできず、互いに銃を手にした緊張関係に陥るほかなくなる。和平の仲介者たる国連などが登場しても、ほとんど状況は変らず、あとは泥沼化した戦争があるだけということになる。(*1)
 『鉄くず拾いの物語』では『ノー・マンズ・ランド』のような綿密に構築された脚本というよりも、出来事の推移を具体的に追うことで、よりリアリティのある話になっていると思う。何しろこの映画で登場人物を演じているのは、現実にこの事件を体験した当事者たちなのだ。タノビッチ監督は新聞でそれを知り、当事者たちにそれを演じさせてドキュメンタリーのようなこの作品を作り上げたのだ。

 ナジフたちは常に虐げられる立場にいるからか、病人なのに病院で手術を受けられないという事態にも怒りを露にするわけではない。「そこを何とか頼めないだろうか」とお願いはしても、「手術を受ける権利がある」などと声高に言い張るわけではない。連日、二度に渡ってそんなことが繰り返されるものの、病院側は金がなければ手術はしないという一点張りで埒が明かない。人権団体らしきものも登場するが、病人であるセナダ自身が意志を挫かれ、病院側と正面から争うことをあきらめてしまう。
 ナジフが取り得た道は違法行為にほかならないが、そうでもしなければ死ぬほかないという状況がそうさせたのだ。(*2)ようやく手術を終えたあとには、ささやかな家族団欒の姿が見られる。セナダの大きな身体に、やや小さく見えるナジフがそっと身を寄せるのがいじらしい。まだ何もわからずにはしゃぎまわっている子供たちの姿もかわいらしかった。
 ラストは薪割りをするナジフの姿を淡々と描写するだけで終わる。子供たちの笑顔から始まり、薪を割る男の姿で終わる『鉄くず拾いの物語』は、物語というよりは彼らの貧しい生活そのものだった。

(*1) これをもっと図式的で、もっとバカらしくやっていたのが、キム・ギドク脚本の『プンサンケ』だろう。

(*2) 新聞記事やこの映画の成功で事実が明るみに出たわけだが、ナジフにおとがめはなかったようで、公園清掃の仕事を得たらしい。


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Date: 2014.01.23 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (0)

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