ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ 『ロゼッタ』

 『ロゼッタ』は私の大好きな映画。それだけに思い入れが強くて、多少なりとも思い込みの強いレビューになっているかも。

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 この映画ではカメラは常にロゼッタのそばを離れることがない。
 突進するように歩き回るロゼッタの姿をカメラは追い続け、原因不明の腹痛に悩まされるときも、街角でもの思いに耽るときも、張り詰めた緊張の糸が途切れて自ら死に赴こうとするときも、常にカメラは寄り添うようにしている。観客は常にロゼッタの目を通した世界を体験する。仕事にあぶれ、アル中の母親を抱えてキャンピングカーに暮らす日々は楽しいわけもなく、それを見続ける観客も息苦しさを感じるかもしれない。この息苦しさの理由はなんだろうか?

 カメラはロゼッタのそばを離れないから、ロゼッタの見ていない世界は彼女の知らない場所で動いている。だから解雇通知は予告もなく突然だし、友人の訪問はけたたましく耳障りなバイクのエンジン音としてロゼッタを不意打ちすることになる。世界との調和に欠けるからこそ、ロゼッタには解離という症状も現れる。
 「この世界には音楽など聴こえない」と言わんばかりに、エンディングクレジットにすら音楽が入ることのない映画のなかで、唯一音楽が響くのがロゼッタが友達の家でダンスをするシーンだ。ラジカセからつたないバンドの音が流れ、つかの間、友達と心を通わせる。アル中の母親の元から一時だけ離れた安堵のとき、ロゼッタはこうつぶやく。

あなたはロゼッタ。わたしはロゼッタ。
仕事を見つけた。わたしも見つけた。
友達ができた。わたしにもできた。
まっとうな生活。わたしもそう。
失敗しないわ。わたしも失敗しない。
おやすみ。おやすみ。


 わたし=ロゼッタは当然だが、あなた=ロゼッタと呼びかけている。“自分”を対象化して、あなたと呼びかけるのだ。そもそも解離とはどういう症状か。

解離とは、耐えがたい苦痛による精神崩壊を防ぐために、痛みを感じなくなったリ、忌々しい記憶やそのときに感じた生々しい感情を自分から切り離すことによって苦痛から逃れる心理的なメカニズムです。解離状態とは、記憶、意識、身体感覚、時間感覚など、本来ならばうまく統合されている精神機能が統一されていない状態といえます。


http://www1.hinocatv.ne.jp/nanao/didex.html
(↑ 上記参照しました。)

 ロゼッタは病気とまでは言えない。ロゼッタが現実と対峙するための処方箋として解離が選択されている。解離の試みとでも言おうか。“自分”を客観視しなければやっていけないような辛い現実があるのだ。
 そう考えると寄り添うようなカメラは、自己の解離した姿のようにも見えてくる。ただそれは試みに過ぎないから、ロゼッタのあとをついて回るだけで、完全に客観的な視点にはならない。だが覗き見のシーンだけは、カメラが突然正面からロゼッタの表情を捉える。物陰からこっそり顔を出すロゼッタは、カメラに後ろから追われるのではなく正面から真っ直ぐに捉えられるのだ。覗き見するはずの“自分”が見られてしまう。解離した意識が“自分”を見つめているようだ。ここにロゼッタの解離症状が表現されているように考えるのは思い込みが過ぎるだろうか。
 覗き見という行為は、“自分”を隠して世界を見つめようとすることだろう。“自分”を隠そうという意識が、ロゼッタを解離の症状に導いたのかもしれない。世界と真正面から対峙しているときは、どうしても無我夢中で“自分”という存在から逃れられず、世界を観察しようと覗き見をするときに解離しているのが興味深い。

 ロゼッタは仕事がほしいばかりに友達を裏切る。この友達との関係も微妙なもので、男女であっても恋愛関係からは程遠く、ロゼッタは湖で溺れそうになる友達を助けるのをためらう。彼がいなくなれば仕事の口が空くかもしれないというわけだ。
 結局ロゼッタはたったひとりの友達を失ってまで仕事を得た。それは生きるために必要だったから。だが帰宅してアル中の母親の酔いつぶれた姿を目にして、それが無駄だったと知り、淡々と自殺を図る。さらにその自殺も失敗に終わったとき、裏切った友達の前でロゼッタは初めて弱々しい涙を見せる。
 カメラが常にロゼッタのそばを離れられないように、ロゼッタは“自分”という殻のなかに閉じ込められ、そこから逃れられない。息苦しさはそこにあるのだ。その息苦しさはロゼッタを延々と見続けた観客も同じことで、ロゼッタがロゼッタ以外の何者にもなれないように、観客のひとりひとりも“自分”という状況から逃げ出すことができないのだ。解離というのは通常は病理だが、ロゼッタが経験した状況下では自己防衛だ。しかしロゼッタのそうした解離の試みも、世界の前に虚しく破れ去ることになるのだ。
 それにしてもロゼッタの最後の表情はなんとも言えない。それまで常に前向きで強気だったロゼッタを見続けてきただけに、かえってその泣き崩れた顔に愛おしいものを感じざるを得ないだろう。

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Date: 2012.04.07 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (0)

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