『天使の分け前』 社会派ケン・ローチの夢物語

 『ケス』などで知られるケン・ローチ監督作品。
 舞台はスコットランドのグラスゴー。少年院あがりの主人公ロビーは傷害の罪で起訴される。しかし、もうすぐ父親になることを考慮され、懲役は免れ300時間の社会奉仕を命じられる。そこで出会ったハリーにウイスキーの味を教えてもらい、ロビーは自分の隠れた才能(ウイスキーのテイスティング)を知ることになるが……。
 “天使の分け前”とは、「ウイスキーなどが樽の中で熟成されている間に、年2%ほど蒸発して失われる分のこと」を言う。幻のウイスキーであるモルト・ミルも登場し、酒好きなら観た後には間違いなくウイスキーが飲みたくなる。

『天使の分け前』 ケン・ローチ監督のコメディ 帽子と眼鏡姿がアルバート

 ※以下、ネタばれあり。

 ケン・ローチに限らず、イギリス映画では失業者やらアル中の登場人物も多く、景気のいい物語は少ない。風景は美しいのだけど、空の色と同じで気分は晴れないといった印象が強い。『天使の分け前』でも状況は同じで、隠れた才能を発見したロビーに順調な人生が待っているわけではない。ロビーは生まれたばかりの息子のために更生したいと考えているが、周りはそれを許さないからだ。
 ここでは個人がたとえ改心したとしても、周囲が足を引っ張るような社会状況がある。ロビーのけんかも親の代から続くつまらない人間関係にあると説明され、ロビーがその連鎖を断ち切ろうとしても相手にそれは通じない。ロビーの恋人レオニーの父親にはそれがわかっているから、ロビーに地元を離れることを持ちかける(もちろん娘から悪い要素を取り除く意味もある)。しがらみから逃れて一からやり直すほうが、真っ当でより現実的な解決法だろう。しかしこの映画ではそうはならない。地元に対する想いか、逃げることへの嫌悪かはわからないが、窮地からどうやったら抜け出せるかというのがテーマになっている。(*1)
 
 ケン・ローチは社会派だと言われる。労働者階級(労働してない失業者も多いのだが)の人々を好んで取り上げるし、題材としては戦争やいじめ、移民、アル中など厳しい現実を描いている。先日、亡くなったサッチャー元首相に対しても、その葬儀の莫大な費用(5億円だとか)を皮肉るコメントを発表している“政治的な人”でもあるようだ。そうしたケン・ローチの現状認識からすれば、この映画はかなり“甘い”だろう。現実的にはあり得ない話だし、社会の底辺にいるロビーの夢のような逆転劇だからだ。
 代表作のひとつ『SWEET SIXTEEN』は、まったく“sweet”ではなかった。絶望的と言ってもいい。ケン・ローチ作品の基調からすれば、『SWEET SIXTEEN』が正統だという気もするが、『天使の分け前』ではその先が用意されている。絶望的な状況に落ち込んでも、そこから抜け出す展開があるのだ。絶望から希望へ、そんな変化があるようだ。もう充分に厳しい現実を描いてきたという意識があるのかもしれないが、『エリックを探して』(2009年)や『天使の分け前』においては、あえて窮地からの逆転という夢物語を見せてくれるのだ。(*2)

『天使の分け前』 恩人ハリーと主人公ロビー

 『天使の分け前』では、少年院行きとなった事件の被害者との対話がある。ロビーの暴力行為は許されるものではないし、被害者からの非難にも返すべき言葉も見つからない。ロビーは息子という大切な存在ができたことで、息子と同様に誰かの大切な息子である被害者の存在の重さを知る。このエピソードは人を傷つけた我が身の愚かさを知るきっかけにはなるのだが、暴力への罪の意識には深く踏み込まない。ケン・ローチ(あるいは脚本のポール・ラヴァティ)の目には、ロビー自身も親世代の築いてきた劣悪な社会環境に置かれた犠牲者として映っているからだろう。そんなロビーが主人公だからなかなか道徳的共感を得にくい部分もあるのだけれど、ほかの仲間(特にアルバート)の存在によって、コメディとして成立していると思う。
 どんな生活環境にあったのか不明だが、アルバートは“モナ・リザ”すら知らない浮世離れした存在だ。そのバカさ加減は周囲を呆れさせイラつかせるが、最後には皆が許してしまうという不思議なキャラクターだ。幾分かファンタジックなほどのアルバートのバカっぷりは、深刻な場面もあるこの映画をコメディにしているのだ。ラストの逆転劇も、やってることは犯罪だから決して褒められたものではないが、盗まれた側が気づかなければご愛嬌だろう。また逆転と言っても、大逆転というよりはスタート地点に戻るという感じで、儲けをみんなで分け合うもの清々しい。あんな大失敗をしたアルバートにも平等だし、きっかけをくれたハリーにも“分け前”を忘れないのも泣かせる。
 それにしてもアルバートの大失敗には飛び上がった。あまりの歯がゆさにロビーではなくても「F×ck!」と叫びたいところではあるが、映画は充分に楽しめた。

(*1) 『天使の分け前』では、社会奉仕は“コミュニティ・ペイバック”という言葉で示されていた。これが英語表現として一般的なものなのかは知らないが、負債を返すべき相手はコミュニティとされているのだろう。
 ケン・ローチ映画では狭いコミュニティが描かれる。『エリックを探して』に特徴的だが、絶望的な状況を生み出しているのもそうしたコミュニティではあるが、助けを与えるのもコミュニティの仲間になっている。ケン・ローチ映画にとってのコミュニティの重要性が表れているのだろう。

(*2) 『天使の分け前』は『エリックを探して』とよく似ている。『エリックを探して』でも、地元のチンピラとのイザコザで進退きわまった主人公は、コミュニティを捨てて逃げることはなかった。また、警察など公権力にも頼らなかったが、周りの仲間の力を借りて逆転しチンピラを懲らしめた。主人公にアドバイスをするのは、天使ならぬ守護神のような存在であった点でもファンタジックなコメディ映画だった。


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Date: 2013.04.28 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (0)

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