『愛、アムール』 この題名は決して皮肉ではない(のだと思う)

 アカデミー外国語映画賞及びカンヌのパルムドールも受賞したミヒャエル・ハネケ作品。パルムドール受賞は『白いリボン』に続いて2作品連続。
 主演は『男と女』のジャン=ルイ・トランティニャンと『二十四時間の情事』のエマニュエル・リヴァ

 今回のテーマは“愛”だが、なかなか甘いものではない。男女のロマンスなどではなく、老いた夫婦の愛だからだ。『ファニーゲーム』『ピアニスト』(*1)から不快な映画の印象が強いハネケだが、今回は“愛”がテーマだけに、感動的ですらあるし、多くの人に受け入れやすい作品かもしれない。

ミヒャエル・ハネケ『愛、アムール』 主演のジャン=ルイ・トランティニャンとエマニュエル・リヴァ

 『愛、アムール』の登場人物はごく少ない。元音楽教師の老夫婦とその娘が主要人物だ。仲むつまじい老夫婦の生活は、妻アンヌの突然の病によって新たなステージへと向かう。
 老老介護の現実は厳しい。アンヌは半身不随となった身体について人に訊かれるのを嫌がる。介護するジョルジュも娘にアンヌの病状のことばかり訊かれると「話題を変えよう」とそれを阻止する。さらには突然訪ねてきた娘を母親に会わせようとせず「見せるようなものではない」とまで言う。介護の現実から目を逸らそうとしているようにも感じられる。だがやはりそれは叶わない。アンヌの病は進行し、現実は否応なしにジョルジュに襲いかかるからだ。
 こんな状況では、やはり行き着くところは限られる。多分常識的にはもっと違う方向性があるだろう。日本映画ならもっと湿っぽくなったり感情的になったりしつつ、最後には皆で助け合ったりするかもしれないが、ハネケ映画ではそうはならない。
 この映画で常識の部分を代表しているのが娘エヴァ(イザベル・ユペール)の存在で、母親の衰えを受け入れられず父ジョルジュに向かって抗議する。ほかに方法があるはずだと。それでも「じゃあ、真剣に話し合おう」と返されると確たる答えは持っていない。「ホスピスに入れるのか」などと提案されてもそれ以上返す言葉はないのだ。ラストシーンのエヴァのように、常識的な人間は厳しい現実を前に佇むことしかできないのかもしれない。しかしジョルジュは違った。それは「愛があるから」というのが、この映画での説明となるだろう。(*2)

 『愛、アムール』は室内劇だ。世界はほとんどアパルトマンのなかだけ。そのアパルトマンの玄関を出るシーンでは、ホラー映画のような悪夢が描かれる。突然、肩越しに出てきた腕に絡めとられる。この場面は老夫婦の逃げ場のなさを示しているのと同時に、アパルトマンの外部はこの世(われわれが住まう現実)ではないことをも示しているのかもしれない。だから、ふたりが連れ立ってアパルトマンから出てゆくという幻想は、ふたりがこの世のものでなくなったことを暗示する。ジョルジュは亡くなったアンヌを花で飾り自分なりに葬ってから、自らも命を絶ったものと思われる。(*3)
 この映画でちょっと意外だったのは、愛ゆえにアンヌに手をかけることになるジョルジュにとって、幻想が救いになっていることだ。意外というのは、『白いリボン』のときにも記したが、見たくない真実を突きつけ観客を揺さぶるのがハネケ映画だと思っていたからだ。
 スリラー映画のパロディ『ファニーゲーム』では、よくあるスリラーの筋をリアリズムで描いていた。通常、スリラーあるいはホラーなどのジャンルは、観客は当然安全な場所にいて、ポップコーンでも食べながら殺人鬼の残虐行為を眺める。描かれる猟奇殺人が虚構の代物だとわかっているからこそ、観客はそれを笑いながら楽しむことができる。『ファニーゲーム』はスリラー映画によくあるこけおどし的な手法を廃し、リアリズムに徹して描くことでスリラー映画をパロディにしている。すると何とも後味の悪く、恐ろしく不快な映画になったわけだ。確かに現実であんな事件に直面したら笑ってはいられないだろう。
 ハネケはインタビューで「いかに奈落に突き落とすような恐ろしい物語を作ってみても、我々に襲いかかる現実の恐怖そのものに比べたら、お笑い草にすぎないでしょう」(参考1)と語っている。しかし『愛、アムール』では現実だけで終わらせなかったのだ。観客に現実を突きつけて揺さぶるだけではなく、そこに幻想を挿入して救いを与えているのだ。
 夫婦の愛について、さらに介護問題の現実の過酷さは、ハネケもそれをそのまま提示するのは憚られたのだろうか。それともテーマが“愛”だけに、幻想が必要とされるという認識なんだろうか。

(*1) 今回、改めて『ピアニスト』を見返したが、主人公エリカの心情の機微は私には到底理解しがたいものだったし、後味の悪さもかつて観たときと変わらなかった。ラスト、エリカが自分を傷つける前に一瞬表情を崩すところは“すごい”。とにかく“すごい”としか言いようがないようなシーンで、一瞬何が起きたのかと戸惑うほどだ。

(*2) 鳩がアパルトマンに舞い込んでくるシーン。一度目は窓から逃がしてやるが、二度目は捕まえて愛おしい様子で抱きしめる。これは老夫婦の関係を象徴しているのだろう。最初は自由にしてやった鳩を、次には自分の手のなかに抱え込む。老いた妻の存在を自分の責任で抱え込むということだ。

(*3) 冒頭に亡くなって花に囲まれたアンヌが示されているから、この結末はある程度予想がつく。展開に驚きはない。それよりもそこまでの過程をじっくり見せる作品になっている。

(参考1) 引用元はこちら


愛、アムール [DVD]


ミヒャエル・ハネケの作品
関連記事
スポンサーサイト
Date: 2013.03.17 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (0)

この記事へのコメント:


管理人のみ通知 :

トラックバック:


プロフィール

Nick

Author:Nick
新作映画(もしくは新作DVD)を中心に、週1本ペースでレビューします。

最新記事
最新トラックバック
最新コメント
月別アーカイブ
03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03 
カテゴリ
カウンター
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

タグクラウド


検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
このブログをリンクに追加する
Powered By FC2ブログ


ブログランキングに参加しました。

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

QRコード
QR