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『バーニング 劇場版』 “見えるもの”と“見えないもの”

 原作は村上春樹の短編「納屋を焼く」(『螢・納屋を焼く・その他の短編』所収) 。
 監督は『ペパーミント・キャンディー』『オアシス』などのイ・チャンドン
 タイトルに劇場版とあるのは、昨年末にNHKでドラマ版が放映されたから。ドラマ版は劇場版の148分より50分くらい短いとのこと。

イ・チャンドン 『バーニング 劇場版』 ジョンス(ユ・アイン)の家の前で飲み明かす3人の姿。

 原作は30ページ程度の短編。小説家らしい主人公(映画ではジョンス)はある金持ちの男(映画ではベン)から「ときどき納屋を焼くんです」と聞かされる。そして次のターゲットの納屋はこの近くだと宣言されて、主人公は納屋を巡ることになるのだが、一向に焼けた納屋を見つけることはできないという話。
 80年代に発表された原作だが、映像化された作品は舞台が現在の韓国へと変更されている。私はドラマ版を観ていないのだが、ドラマ版は原作に忠実らしい。一方で劇場版では、原作では仄めかされる程度だった部分を明確に掘り下げていき、原作にはなかったラストを描いている。

◆“見えるもの”と“見えないもの”
 原作でも劇場版でも印象に残るのはヘミの言葉。ヘミ(チョン・ジョンソ)はパントマイムを習っていて、それをジョンス(ユ・アイン)の前で披露する。何もない居酒屋のテーブルでみかんを食べるというパントマイムをしてみせるのだ。ヘミは一番大事なのは「(みかんが)ないことを忘れる」ということなのだと言う。
 みかんをむいて食べるということは、実際にみかんがあればもちろん誰にでもできる。それをパントマイムでやろうとするときは、実際にはないみかんを「あると信じる」ことで成り立つと考えるのが一般的なのかもしれないのだが、そうではなくて「ないことを忘れる」ことが秘訣なのだとヘミは語るのだ。
 「あると信じる」ことと、「ないことを忘れる」こと。この違いが何なのかは私にはよくわからないのだが、イ・チャンドンはこれを“見えるもの”と“見えないもの”の対比と解釈している。劇場版にはそうした対比があちこちに顔を出す。ヘミの飼っているネコは人見知りで、ジョンスがやってくるとどこかに隠れてしまって見えなくなってしまう。それから韓国の南北問題はベン(スティーヴン・ユァン)の暮らす都会ではほとんど見えることがないのだが、ジョンスの暮らす田舎では見えやすい。ジョンスの家は山ひとつ越えたところに国境線がある地域にあり、北朝鮮が韓国に向けて流しているプロパガンダ放送が常に聞こえているからだ。そして後半になるとヘミも姿を消して見えなくなってしまう。

『バーニング 劇場版』 ヘミ(チョン・ジョンソ)は夕暮れのなかで踊りだすことになる。山の向こうは北朝鮮らしい。

◆韓国の3人の若者像
 ジョンスが「ギャッツビーのようだ」と評したベンは、洒落たマンションとポルシェなど、金で買える物ならすべてを持っている。ただそれだけでは飽き足らないのか、「ときどきビニールハウスを燃やしている」ことをジョンスに告白する。
 ヘミはアフリカでベンと知り合うことになったわけだが、ヘミはアフリカの部族からリトルハンガーとグレートハンガーの違いを学んでくる。リトルハンガーとは空腹な人であり、グレートハンガーとは人生の意味を探している人のことだ。
 ベンが物だけでは飽き足りず放火という犯罪に手を染めるのは、“見えないもの”を追い求めていることになるのだろうし、ヘミはグレートハンガーとして“見えないもの”を追って彷徨っている人と言えるだろう。
 もうひとりのジョンスは母親には捨てられ、父親は裁判沙汰になり拘束されている。その父親は、弁護士曰くプライドが高すぎて失敗したということになっている。プライドとはもちろん“見えないもの”であり、ジョンスはそうした血を受け継いでいることになり、3人が3人とも“見えないもの”に囚われているとも言えるのかもしれない。

◆曖昧さ? 複雑さ?

 劇場版独自の結末について触れておけば、ジョンスはヘミの失踪をベンの放火という行為に結びつける。「ビニールハウスを焼く」というのはメタファーであり、ヘミはベンによって殺されたのではないかと考えるのだ。
 ちなみに原作ではジョンスは「ないことを忘れる」というヘミの言葉通り、ヘミの失踪そのものを忘れたかのように、追跡をあきらめてしまったままで終わっている。それが劇場版では、“見えないもの”であったはずのネコが姿を現したことで、ジョンスはヘミの失踪をベンの殺人行為へと結びつける。“見えないもの”は一時的に見えないだけで探せば出てくるはずで、いつまでも“見えないもの”のままというのはヘミは消されてしまったということなんじゃないか。そんなふうにジョンスは考えたのかもしれない。
 ただ、そうした解釈は多くの読みのなかのひとつでしかない。小説家志望のジョンスは消えたヘミの部屋で小説を書き始めているわけで、ラストのエピソードはジョンスが描いた小説の話という可能性もあるからだ。ほかにもそうした曖昧さは見られ、ジョンスが幼いころにビニールハウスを焼いているという場面は、ジョンスとベンが同一人物なんじゃないかという疑いすら抱かせたりもする。実際には、ジョンスが出て行った母親の服を父親に焼かされたというエピソードと、ベンの話が奇妙に交じり合ってそうした幻想になっているということなんだろうと思う。
 ジョンスのベンに対する気持ちは、当然ながら愛しているヘミを奪われたという嫉妬はあるだろうし、貧困層であるジョンスから富裕層であるベンに対しての羨みもある。ただそれだけでは足りなくてジョンスは、ビニールハウス巡りをしているうちにベンの悪癖である放火を自らもやってしまいそうにもなる。ここではジョンスはベンと一体化していくようでもあり、そうした複雑なあれこれが最後の行為へと結びついていくことになる。

 イ・チャンドンは信頼できる監督であり、どの作品も傑作揃いと言ってもそれほど言いすぎではないだろう(『グリーンフッィッシュ』は未見だが)。『バーニング 劇場版』も148分という長尺でも観るべき価値がある作品となっている。村上春樹の原作ということで、ジャズなど村上春樹っぽいテイストを交えたり、水の枯れた井戸などの村上春樹的アイテムを取り入れつつも、独自の作品に仕上がっていたと思う。夕暮れの庭でジャズ(マイルス・デイヴィスの曲とのこと)を聴きながらヘミが踊るシーンは特に印象深い。
 ただ、ちょっと気になってしまったのは村上春樹の選んだメタファーの部分。「納屋(ビニールハウス)を焼く」という行為が、なぜ殺人のメタファーになるんだろうか。私が昔この短編を読んだときには、まったくそうしたメタファーとは気がつかなかったような気がする。もともとはウィリアム・フォークナーの短編に「納屋を焼く」という意味の「Barn Burning」という作品があるらしいのだが、これは韻を踏んでいるからわかるのだけれど……。

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Date: 2019.02.11 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (1)

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「シークレット・サンシャイン」「オアシス」で知られる名匠イ・チャンドンの8年ぶり監督作で、村上春樹が1983年に発表した短編小説「納屋を焼く」を原作に、物語を大胆にアレンジして描いたミステリードラマ。「ベテラン」のユ・アインが主演を務め、ベンをテレビシリーズ「ウォーキング・デッド」のスティーブン・ユァン、ヘミをオーディションで選ばれた新人女優チョン・ジョンソがそれぞれ演じた。第71回カンヌ国... >READ

2019.04.12

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