『闇を生きる男』 逃れられない“さだめ”について

 第84回アカデミー賞の外国語映画賞にノミネートされたベルギー映画。監督・脚本ミヒャエル・ロスカム。昨年劇場公開され、先月からレンタルが開始された。

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  人生における決定的な事件、そこから逃げることは不可能だ。冒頭でそんなことが語られる。この映画は逃れられない“さだめ”についての映画だ。
 主人公ジャッキーはある事件で睾丸の機能を奪われてしまう。そのとき一緒にいて、すべてを目撃していたディエドリックと偶然に再会したことから、その決定的な事件の記憶がよみがえってくる。
 主人公に生じた悲惨な事件は別にしても、彼が巻き込まれるいざこざはベルギーで現実に起きた事件がもとになっている。ホルモン・マフィアと呼ばれる組織が、違法な薬剤を牛に投与して荒稼ぎしていたという事件だ。日本でも食品偽装問題などが明るみに出たが、ベルギーでも安全性が疑われる食肉の問題が社会を賑わせたようだ。主人公ジャッキーは畜産農家としてその末端に位置していたわけだが、組織が関与した殺人事件とは関係がなかった。しかし、偶然から警察に目を付けられることになってしまう。

『闇に生きる男』 ジェロム・レ・バンナみたいな肉体を持つ男が主人公ジャッキー

 さて、ジャッキーのように睾丸をつぶされたらどうなるのか? 端的に言えばとんでもなく痛いだろうが、ここで問題になるのは別のことだ。生物の基本仕様はメスだという話がある。その基本仕様の状態に男性ホルモンが加わるとオスになるんだとか。だから睾丸がないと男性ホルモンが与えられず、ちゃんとした“男”になることができないのだ。主人公のジャッキーは第二次性徴期を迎える前の少年だから、母親はジャッキーがゲイになるのかと心配する。(*1)その的外れな心配はともかく、ジャッキーは“男”になるためにホルモンの投与を続け、ジャッキーが育てる牛は体重を増やし高く売るためにホルモンが投与される。(*2)
 ホルモン注射の効果もあり、屈強な筋肉を身につけて見た目は“男”になったジャッキーだが、女性に対しては臆病らしい。「射精はできるだろう」と医者は言うが、精神的にダメなのかもしれない。とにかく事件が影響して女性を避けていることは明らかだ。その代わり暴力的衝動は強く、ある男を半殺しにするような鬱屈を抱えているのだ。

 舞台はベルギーのフランドル地方。フランドル地方とはフランスにもまたがる地域を指し、そこを舞台にした『フランドル』(ブリュノ・デュモン監督)というフランス映画もあった。『フランドル』では、見渡す限りに広がる牧草地で家畜を育てる昔ながらの生活があったが、若者たちは娯楽もなく退屈を持て余していた(牧草地の林の陰での性行為は素っ気なく、楽しんでいるようには見えない)。『闇に生きる男』もそうした場所を舞台にしている。
 『闇を生きる男』のホルモン・マフィアたちは、退屈を紛らわすためか登場するたびに酒を飲みながら会食している。近くには“飾り窓”があり、女を買うことも容易い。やばいビジネスの相談のための集合場所は競馬場であり、マフィアのボスはそこのオーナーなのかもしれない。それでもジャッキーはそんな男の道楽、いわゆる「飲む、打つ、買う」には縁がないようだ。
 性的には臆病で、博打には興味はなく、ホルモン剤の投与のためアルコールは制限されている(飲んだら肝臓がダメになると言われている)。単純に言って憂さ晴らしのしようがないのだ(映画の雰囲気も暗くて重々しい)。だからそんな鬱屈は暴力的な方向へ傾くことになり、その肉体は格闘家のそれのように凶器と化している。

 「寡黙な男のバイオレンス」と無理に括れば、最近では『ドライヴ』(ニコラス・ウィンディング・レフン監督)があった。『ドライヴ』では、主人公は二枚目でスマートな出で立ちだったし、何らかの美学があった。女を守るためとか、男と男のタイマン勝負とか、そういった美学だ。一方、『闇に生きる男』にはそんなものはない。守るべきものもなければ、挑むべき敵もいない。警察に追われながらも、決定的事件にも関わりのあるルシアという女性に会いに行くが、結局はルシアを前にしても何もできない。
 ラストのシークエンスは、屠場に引かれていく牛の最後の悪あがきのようで悲愴感が漂う。闇のなかで崩れ落ちるジャッキーは、走馬灯のように少年時代に見つめたものを想い出す。カメラはそれを映し出すことはなく、ジャッキー少年の表情だけを見せている。明るい光のもと、食い入るように見つめる視線の先には何があったのだろうか? それはかつてのルシアの姿なのかもしれないが、確かなことはわからない。それでも希望に溢れた未来がそこにはあったように思える。だからこそ決定的事件を境に「闇を生きる」ことになってしまったジャッキーの悲愴さが際立つ。(*3)

(*1) 事件を目撃したディエドリックは、ジャッキーと違って被害を免れたが、皮肉にも(?)ゲイになっていた。警察に意中の彼がいるためか、警察の犬となってホルモン・マフィアを嗅ぎまわる。ディエドリックの恋心を知りつつも彼を操るアントニー(ティボ・ヴァンデンボーレ)は、ウィレム・デフォー的な怪しい風貌で印象に残る。

(*2) 原題「RUNDSKOP」はフラマン語で「牛の頭」。英語題は「BULLHEAD」。ベルギーはフランス語圏とフラマン語圏に二分されているのだそうで、ジャッキーたちはフラマン人である。

(*3) 鳴り響いている音楽も、映画のテーマに合っていて情感を盛り上げる。
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Date: 2013.02.10 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (0)

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