『彼女がその名を知らない鳥たち』 谷崎的マゾヒズムの世界?
監督は『凶悪』『日本で一番悪い奴ら』などの白石和彌。

十和子(蒼井優)は陣治(阿部サダヲ)の家に居候している。働きもせずに陣治がくれるわずかばかりのお小遣いで自堕落な生活をしているのだ。彼女は8年前に別れた男・黒崎のことを未だに引きずっているようで、ある日、彼とよく似た水島という男と出会い、彼との情事に溺れていく。
十和子と陣治の関係はちょっと不思議なものにすら感じられる。十和子からすれば陣治はかなり歳の離れたおじさんだし、何と言っても陣治は薄汚いからだ。食事の際には差し歯をはずしてテーブルの上に置いてみたり、臭ってきそうな靴下を脱いでみたりと、女性が嫌がりそうなことばかりしているのだ。
十和子はそんな陣治に依存して生きている。家事などは何もせず水島(松坂桃李)との不倫関係に夢中になる十和子は、陣治のことを利用しているようにしか見えない。それでも陣治は「十和子のためだったら何でもできる」と言い切ってはばからない。
陣治はなぜそこまで十和子に尽くすことができるのか。そこには過去の男・黒崎(竹野内豊)のことが関わってくるらしい。実は黒崎は失踪してしまったというのだが、その失踪事件には陣治が関わっているのかもしれない。陣治はいったい何をしたのか?
※ 以下、ネタバレもあり!


それまでのふたりの関係が一変するしたようにも感じられるところは感動的でもあったのだけれど、陣治の最後の行動が予想外にも感じられて戸惑ってしまった。というのも、ふたりの関係を見ながら私が勝手に思い浮かべていたのは、『春琴抄』とか『痴人の愛』なんかの谷崎潤一郎の世界だからだ(谷崎の影響下にある映画『月光の囁き』なんかも)。
『春琴抄』『痴人の愛』には谷崎潤一郎という男性作家による女性崇拝の色合いも濃く、どんなに酷い目に遭っても崇拝する女性によって恍惚とさせられる瞬間があったはずだ。しかし『彼女がその名を知らない鳥たち』の陣治にはそんな瞬間があっただろうか。ただひたすらに十和子に尽くすばかりで報われることが皆無だったようにも思うのだ。十和子の笑顔が見られればなどとは言うものの、陣治はちょっといい人過ぎないだろうか。
もっともこの作品に谷崎的なマゾヒズムを読み込んだのは私の勝手な思い込みであって、単にそれは間違いだったのかもしれない。というのはこの作品の原作は沼田まほかるという女性作家によるものだから。ちなみに白石監督も原作を最初に読んだとき、ラストには疑問を持っていたようだ(この記事を参照)。白石監督は男性目線で原作を読んでいたのだろう。
この作品の主人公はもちろん十和子であり、十和子の視点ですべてが描かれている。十和子はすでに死んでいる黒崎と幻想のなかで海辺に遊んだり、水島との情事の後ではタッキリマカン砂漠の妄想を抱いたりもする。そんな十和子の妄想のひとつとして陣治という男も存在しているのかもしれない。
十和子は男にだらしなく、自制心にも欠けるどうしようもない女だ。それでも、そんなダメな十和子のことを真摯に気にかけてくれる陣治のような男に出会うこともある。そんな原作者の妄想がこの作品に結実しているようにも感じられたのだ。とはいえ陣治の行動が十和子の幸せにつながっていったのかどうかは微妙なところでもあるのだけれど……。
ラストに関しては微妙だけれど、登場してくるキャラは色合い豊かで楽しめる作品だったと思う。世間では不倫関係がバレただけでタレントなんかは散々な目に遭うことになっているのに、この作品でのキャラクターのクズっぷりはとんでもない(特に竹野内と松坂の演じた男ども)。世間の共感なんか「クソ喰らえ」とでもいうこの作品の姿勢にはかえって好感を抱く。
白石監督はロマンポルノのリブート作品『牝犬たち』なんかも撮っているからか、結構艶かしい場面もあった。そんななかで蒼井優も大人になったということなのか、『オーバー・フェンス』以上にかなり際どい場面も演じている。蒼井優が女子高生役だった『リリイ・シュシュのすべて』は15年以上も前の作品なのだなあとちょっと感慨に耽ったりもした。
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