ペドロ・アルモドバル 『私が、生きる肌』 願いの奇妙な叶え方

 ペドロ・アルモドバル監督が、久しぶりにアントニオ・バンデラスと組んだ最新作。

『私が、生きる肌』 主人公ロベルとボディスーツを着た“ある人物”

 ギリシャ神話におけるオルペウスとエウリュディケーの話や、古事記におけるイザナギとイザナミの話にもあるように、「かつて愛した人を取り戻したい」という願いは、いにしえから今に至るまで続く切なるものである。『エヴァンゲリオン』の碇ゲンドウは妻ユイを人類補完計画の名のもとに取り戻そうと企てたし、『クエーサーと13番目の柱』のニナイも「引き寄せの法則」で妄想的ながらも母親を蘇らせようとした。その誰もが願いを叶えられはしなかったが、『私が、生きる肌』の主人公は、その願いを科学的知識や医療技術によって現実化することに成功する。

 これらの願いが常に男性が主体となって、失った女性を蘇らせようとしているのがおもしろい。「白馬の王子様」みたいな“欲望のあいまいな対象”を求めることはあっても、具体的なひとりの男性に執着する女性は少ないのだろうか。ストーカー事件で加害者が女性というのは滅多に聞かない気がする。
 こんな性別による差異は、現実にも当然あるのだろうが、アルモドバル映画ではより一層重要な役割を果たしてきた。男性は女性を苦しめるはた迷惑な存在として登場する。何かしらの騒動の発端には必ず男がいて、女は虐げられ苦しみつつもどうにか生き抜き、最後にはアルモドバルによって女性たちは賛美されることになる。そんなアルモドバル作品のなかでは、『私が、生きる肌』はちょっと毛色が違う作品なのかもしれない。

 ギリシャ神話でも古事記でも、「愛した人を取り戻したい」がために男は冥府にまで赴き、死者となった女を連れ帰ろうとするが、さすがにその方法は現実的ではない。かといって碇ゲンドウとかニナイの方法がまっとうかと言えばそうでもないわけで、『私が、生きる肌』のマッド・サイエンティストたる主人公ロベルは、“ある人物”を亡くなった妻に改造することを画策する。最先端の技術が生んだ人工皮膚によって、別人の姿形を亡くなった妻とそっくりに加工するのだ。(*1)
 これだけでも十分に1本の映画になるプロットだが、ほかにも不倫、交通事故、自殺、強姦、誘拐、殺人などなど波瀾万丈な物語が続いてゆく。さらにこの映画は、“波瀾万丈”という形容も色褪せるほど、予想もつかない展開をしていく。吃驚仰天させることが素晴らしい映画というわけでもないわけだし、この作品もアルモドバルの最上級の作品でもないだろうが、唖然とさせる展開は楽しませてくれるだろう(“ある人物”に関わる秘密を明かしてしまうと、おもしろさも半減しそうな気がするのでここでは控えておく)。

 精神科医の香山リカは、アルモドバル監督が「人間の「自我」が脳の機能のひとつだということにずっと疑いを抱いている」として、「皮膚-自我」という概念でこの映画を解説する。自分が自分であることの根拠が皮膚(=外見)にあるということだ。だから美容整形などで皮膚という外見を幾分か操作することで、自我をも作り変えることが出来るのだという。(*2)
 そんなこともあるのかもしれないが、この映画では外見は完全に変わったにも関わらず、失われないものがあるとして描かれている。そんな変わらないもののひとつが『オール・アバウト・マイ・マザー』『ボルベール〈帰郷〉』にも描かれた母と子の関係性なのだ。
 この映画には二組の母と子の物語がある。一組は主人公ロベルと、諸事情により使用人として息子を育てるほかなかった母親の物語である。もう一組(作り変えられた“ある人物”とその母親)に関しては、ラストにその物語がこれから始まるであろうという余韻を残して終わる。

 香山リカが指摘しているのは作り変えられた側の問題だが、一方で、作り変えた側(ロベル)はどうなのか? 外見がまったく同じならば、亡くなった妻と同様に別の人物を愛せるのか、こちらのほうが興味深いテーマにも思える。この映画で言えば、それは肯定されているようだ。つまり見た目さえよければ、内面なんてどうだっていいというわけだ。ロベルは作中で盆栽に精を出すシーンがあるが、そんな盆栽同様に手塩にかけて育てた娘みたいな存在だったから愛おしいのかもしれないが……。それでもこの父と子みたいな関係は、アルモドバル映画のなかでは母と子の関係には及ばない。だから最後には父と子の関係は退けられ、母と子の関係が賛美されることになるだろう。

(*1) 人工皮膚を体に定着させるためという名目のボディスーツは、丸裸みたいだけれどセクシーというよりは滑稽な印象だからか、えげつない話も過度に陰惨にならずに済んでいる。

(*2) キネマ旬報2012年7月上旬号より。ディディエ・アンジューという精神分析医の記した『皮膚・自我』という本の指摘を元にしている。


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Date: 2012.12.10 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (0)

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