『ハクソー・リッジ』 地獄で見つけた奇跡
アメリカで良心的兵役拒否者として初めて名誉勲章が与えられたデズモンド・ドスという人物の実話をもとにした作品。
タイトルの「ハクソー・リッジ」とは「のこぎり崖」といった意味で、沖縄の前田高地がのこぎりのような崖になっているのを見てアメリカ兵たちが名付けたもの。
アカデミー賞にも作品賞や監督賞など6部門ノミネートされた。

デズモンド・ドス(アンドリュー・ガーフィールド)は敬虔なキリスト教徒として育ち、聖書の「汝、殺すことなかれ」という教えに忠実でありたいと願いつつ、第二次大戦で周囲の男たちが出兵していくのを見て自らも軍隊へ志願する。しかし、訓練に入ってもドスは銃を持つことを拒否することになる。
良心的兵役拒否者というのは宗教上の理由などで戦争に行くこと自体を避けるのだろうと思うのだが、デズモンド・ドスという人物は愛国者でもあり、周囲が戦っているのに自分が安穏とした場所にいることも許せないらしい。愛国者としては国を守るためには敵を殺すことになるわけだけれど、戦場で誰もが殺し合うなかでひとりくらい助けて回る人間がいてもいいんじゃないかというのがドスの論理だ。
ドスの信念は周囲を動揺させることになる。軍隊の上官や同僚たちは嫌がらせをして辞めさせようとするし、説得に現れた婚約者ドロシー(テリーサ・パーマー)がちょっとだけプライドを捨てればと勧めても、ドスは決して信念を曲げることはない。
メル・ギブソンの作品は『パッション』でのキリストの受難のように、ほとんど度を越した“痛み”を嬉々として描いていく。『ハクソー・リッジ』での沖縄戦の描写もまさに地獄絵図だった。崖の上にはそれまでの激戦を物語る多くの死体が転がり、千切れた身体の一部が散乱する。戦闘が始まれば兵士たちは内臓や脳漿を撒き散らし、火炎放射で火だるまになりながら死んでいく。そんな場所を兵士と一緒に駈け回りつつも、自衛のための武器すら持たないというドスはちょっと正気とは思えない。
この作品のなかで死んでいく兵士たちは米兵にしても日本兵にしても数多いのだけれど、日本兵がやられる場面は大方が背後から撮られていた。どちらかいえば無個性な日本兵のなかで、洞窟のなかで割腹自殺する場面だけが妙に丁寧に描かれているあたりは、単純に監督メル・ギブソンの趣味の問題なのだろう。

この作品は一応史実に基づいているとされているのだけれど、誇張されている部分も多いのだろうと思う。手榴弾すら跳ね返してしまったりもするし……。ただメル・ギブソンが描きたかったのはドスという男の常軌を逸した信念なのだろう。それはほとんど奇跡のようなものに思えた。
ラストでドスがハクソー・リッジから降ろされるとき、まるで彼が空を飛んでいるように描かれている。神々しく地上に降臨してくる姿にも見えるのだ。『パッション』で描かれたキリストの物語が今に至るまで語り継がれているように、ドスという男の物語も語り継がれるべきであるというのがメル・ギブゾンの信念ということなのだろう。
ちなみに実在のデズモンド・ドスは自分が亡くなる寸前まで、映画化に許可を出さなかったのだという。「真の英雄は大地に眠る人たち」だとして自分が英雄として持ち上げられることを良しとしなかったらしい。何て謙虚な人なんだろうか。もちろん彼の行動が戦争の手助けになっているという意見もわからないのではないのだけれど、誰もがドスのようになれるわけではないし、こんな人がひとりくらいいてもいいんじゃないかと思う。
メル・ギブソンの作品はしつこいほどの残酷描写でかなり偏っている印象だったのだけれど、この作品では戦争の地獄絵図だけではなく妙に泣かせどころがある作品になっている。アル中の父親(ヒューゴ・ウィーヴィング)が息子を想う気持ちを吐露する場面だとか、先頭に立ってデズモンドをいじめていた「すごく意地が悪い」スミッティ(ルーク・ブレイシー)との和解などあちこちでホロリとさせる。前半の薄気味が悪いほど健全なラブシーンから一転して血みどろの戦場へという急展開が、偏執的なところが薄れた分かえってアンバランスにも感じられるけれどエンターテインメントとしてはいいのかもしれない。
主演のアンドリュー・ガーフィールドは『沈黙 -サイレンス-』に続いて信念の男を演じている。しかもどちらも日本が舞台というのも不思議な縁。アンドリュー・ガーフィールドの童顔はヘラヘラしているようにも見えるけれど、それが純粋さにも感じられるところがいいのかもしれない。
![]() |

![]() |

![]() |

![]() |

![]() |

![]() |

![]() |

![]() |

![]() |

![]() |

![]() |

- 関連記事
-
- 『ディストピア パンドラの少女』 新機軸のゾンビものだけれど……
- 『ハクソー・リッジ』 地獄で見つけた奇跡
- 『ありがとう、トニ・エルドマン』 何事にも時間は必要
この記事へのコメント:
パピのママ
Date2017.07.15 (土) 18:28:03
メル・ギブソン本人は、あまり好きになれない人物ですが、監督としてと、俳優としての演技などは好感が持てていいですね。
この作品も、実話だというし、最後に本人が映し出されて、それが自分の事を英雄として描かれているのに対して、「真の英雄は大地に眠る人たち」だと、謙遜して言える人間になりたいですね。
Nick
Date2017.07.16 (日) 13:32:20
実在の人物とは思えないくらいに……。
ご指摘にあるようにメル・ギブソン本人は色々と問題があるようで、
到底尊敬できる人ではないみたいですが、
そんな人だからこそ無いものねだりでこんな人物を描いてしまうということでしょうかね。
一時期は干されていたメル・ギブソンですが、
『パッション』の続編の企画などもあるようで楽しみです。