ミシェル・アザナヴィシウス監督 『アーティスト』 サイレントからトーキーへ

 第84回アカデミー作品賞監督賞主演男優賞など5部門の受賞作品。
 ちなみに芸達者な犬のアギーは、カンヌ映画祭でパルムドック、、、賞を受賞。

アカデミー作品賞受賞 『アーティスト』

 サイレント(しかもモノクロでスタンダードサイズの画面という当時の映画そのものを再現)という取っ付きにくさが災いしてか、アカデミー作品賞という付加価値にも関わらずヒットにはほど遠いようだ。近くのTSUTAYAでは新作として棚の多くを占領していたが、ほとんどが借りられることなく並んでいた。

 サイレントでは人の声(台詞)で物事を説明することができない。重要な言葉や状況設定などは字幕画面を挟み込むことで補うことが可能だが、これは必要最低限なものに限られる。だから『アーティスト』の筋は単純だ。
 サイレントのスターだったジョージは時流に乗れず落ちぶれていき、一方の新人女優ペピーはトーキーの波に乗ってたちまちスター街道を行く。ペピーは一度ジョージに世話になり、少なからず恋心も抱いているから彼を助けたいが、果たしてどうなるか。これだけのお話だ。
 役者たちは笑う箇所では絵に描いたような笑顔を見せるし、怒るとすれば手を振り上げて怒りを表す。とにかく記号的とも言えるほどわかりやすく、複雑さはない。一度観ただけでは煙に巻かれるばかりという映画が多い昨今、こんな単純でわかりやすい映画があってもいい。『アーティスト』には過去の名作映画へのオマージュもあるらしいが、残念ながら私にはまったくわからなかった。そんなことは知らなくても十分に楽しめる映画だ。サイレントというだけで敬遠してしまうのはもったいない気がする。

 サイレント映画(無声映画)というのは台詞がないだけではなく、音そのものがない映画だという当たり前のことに『アーティスト』は気づかせてくれる。サイレント映画を観たことがないわけではなかったが、それらは後に製作されたサウンド版であり伴奏音楽も収録されたものだ。かつてのサイレント映画は映像だけしかなく、音楽は劇場でオーケストラが生演奏していたのだ(『アーティスト』はサイレントのサウンド版の体裁をとっている)。
 音がないということは、映画のなかの世界の様々な音が聞こえないということだ。例えば、風が大気を切り裂く音、木々のざわめき、人の息づかいなど、そんな自然な音が存在しない光と影だけの世界なのだ。『アーティスト』は全編がサイレントではなく、映画のなかで突如音が聞こえ出す場面がある。この映画はサイレントからトーキーへの、時代の移り変わりを描いているのだ。
 サイレント映画のスターだったジョージは、トーキーという新技術を受け入れることができない。「トーキーに未来はない」などと見得を切ったあと、グラスを置く音が突如響く。それまで伴奏音楽しかなかった世界が一変する。いつの間にかサイレントからトーキーへと移行しているのだ。ジョージはその世界の変化に驚く。犬は吠え声をあげ、電話のベルが鳴り出し、撮影所の女たちの笑い声も続くのだが、ジョージだけは声を出すことができない。これは世のなかの流れに乗ることのできなかった男の悪夢なのだが、サイレントとトーキーの違いを示してもいるし、その移行期の驚きや戸惑いも感じさせる。
 映画には様々な技術革新があった。モノクロからカラーへ、スタンダードサイズからビスタ・シネスコへ、2Dから3D映画へ。それらのどれと比べても、サイレントからトーキーへの移行はもっとも画期的なものだったのだろう。映画の構成も根本的に変わらざるを得ないし、演じる役者としてはパントマイム演技から演劇のように台詞を読み上げる必要性が出てくる。
 「僕のファンは声など求めないさ」とトーキー進出を渋っていたジョージだが、ラストで復活を果たす秘策はミュージカルだ。当時を知っている人には当たり前なのだろうが、ミュージカル映画はトーキー時代の新たな戦略として生まれてきたのだ。そしてジョージとペピーが踊るのはタップダンスだ。突如グラスが机を叩く音が響いたときのように、ふたりの靴が床板を軽快に打ち鳴らす。トーキーは声を聞かせるだけではないのだ。ジョージはトーキーでも生きる術を見つけるというわかりやすいハッピーエンディングだ。
 サイレント映画として始まった映画が、最後になってトーキーのミュージカル映画となり、役者たちの声をちょっとだけ聞かせてくれるのも嬉しい。

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Date: 2012.11.27 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (0)

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