『はじまりへの旅』 頑固ジジイになるよりは……

 監督のマット・ロスは、カンヌ国際映画祭「ある視点」部門監督賞に輝いたとのこと。
 原題は「Captain Fantastic」

マット・ロス 『はじまりへの旅』 父親ベン(ヴィゴ・モーテンセン)と子供たちは亡くなった母親の葬儀へ出席するため山を下りる。

 現代社会から隔絶した山のなかで自然と一緒になった生活をしつつ、独自の訓練に明け暮れるちょっと変わった父親とその子供たちを描いた作品。
 「愛するが故に今のアメリカは見ていられない」とジャングルに新しくアメリカを創造しようとする『モスキート・コースト』によく似ているけど、『はじまりへの旅』の父親ベン(ヴィゴ・モーテンセン)はどこかで元の社会を意識しているように見える。『モスキート・コースト』の父親がほとんど何も持たずにジャングルへと向かったのと比べると、ベンは本や音楽などの教養に関しても、アスリート並みの身体能力についても、自分の子供たちが街中で暮らしている人以上であることを誇りにしているようでもあるからだ。
 ベンは有名な育児書の著者であるスポック博士に関する論文を書いていたこともあり、教育に関しては一家言を持つようで、子供たちへの教育も独自の理念に基づいている(それが一般的な社会に適合するかはともかくとして)。読書の感想にはあらすじではなく独自の考察を、権利章典を暗唱するだけではなくその意義を説明せよ、そういったベンの教育方針は実際に子供たちにものを考える力を植えつけることだろう。
 しかし山のなかの生活でそれが役に立つのかというと疑問もある。時代的にはズレがあるような気もするけれどヒッピー的な雰囲気もあるベンだから、そうした信条からの山ごもりなのかと思いきや、そもそものきっかけは奥さんの病にあったらしい。ベンは自信満々のようでいてブレがある部分もあるようだ。

『はじまりへの旅』 ベンたちは山のなかで自給自足の生活をしている。

『はじまりへの旅』 子供たちは優秀だがとても素直でかわいらしい。

 結局奥さんは躁うつ病のせいで自殺することになってしまうが、そのことが再びベンとその子供たちを社会に触れさせるきっかけになる。そして、子供たちは自分たちの暮らしがとても普通ではないことに気づいていくようになる。ハーバード大学にも合格した長男(ジョージ・マッケイ)も、女の子とのコミュニケーションのことは何も知らずに痛い目を見ることになる。

 奥さんの遺した言葉のなかにはプラトンの“哲人王”というキーワードがあった。これはプラトン『国家』において説いた理想国家の形に由来している。哲学を学んだエリートが支配する社会が最も理想的であるという考えだ(プラトンの後期には否定されるらしいが)。けれどもそんな“哲人王”も山のなかにいつまでもこもっていては何の意味もない。どこかで山を下りて社会と交わる必要が出てくるのは当然のことなのだろう。
 だから子供たちが社会とのつながりを欲したときに、ベンは自分の間違いを認めて妥協した道を行くことになる。ブレがあるというのはある意味では柔軟でもあるということであり、頑固ジジイにならなかったのは作品の展開としてはインパクトには欠けるけれど、人間的には真っ当なあり方だったように思えた。

 母親の弔いのために歌われるのはGuns N' Roses「Sweet Child o' Mine」だが、母親が好きだった曲として聴くと、母親が子供たちを想って歌っているもののように聴こえてくる。もとは恋人のことを歌った曲だったのだろうと思うのだけれど、独自のアレンジもあってまったく解釈が異なるものとして聴こえた。
 それから権利章典の意義を語る子供なんてこましゃくれたガキのように思えるけれど、本作の子供たちはみんな厭味がなく微笑ましく見ていられるところがよかった。



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Date: 2017.04.08 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (4)

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