『ドント・ブリーズ』 盲人と小娘のバーリトゥード
製作にはオリジナル版『死霊のはらわた』のサム・ライミ。

ロッキー(ジェーン・レビ)は仲間のふたりと共にある家に強盗に入る。その家には30万ドルの金が隠されているという情報があり、住人は盲目の老人(スティーヴン・ラング)ということもあって簡単な仕事になるはずだった。しかし物音で住居侵入に気づかれたかと思うと、あっという間に仲間のひとりは殺されてしまう。
『暗くなるまで待って』や『見えない恐怖』のような盲人が登場するサスペンスでは、観客は盲人の立場になり、見えないことで追い込まれていく恐怖を味わう。この作品も「見える」「見えない」という非対称をうまく使っているけれども、観客は見える側に立ち、見えることが逆に恐怖の源泉になっている。
老人は目が見えないけれど音には敏感だから、逃げるにしても音を立ててもいけないし、息をすることもはばかられる。通常のホラー映画であれば、モンスターに遭遇した瞬間が一番ドッキリするのだけれど、本作ではモンスターがすぐ近くにいて、見えているのにも関わらず主人公は動くこともできないという状態に陥り、観客は手に汗を握ることになる。
舞台となるのは老人の住む一軒家。そこは完全に老人のテリトリーで、ロッキーたちは内部に侵入したのはいいけれども、出口を閉じられて逃げ場を失ってしまう。さらに飛び道具として獰猛な番犬も加わるから強盗としては絶体絶命だ。
一軒家はさほど大きいわけではない。それでも地下室や2階に屋根裏と舞台が立体的に広がっていくから、かくれんぼのフィールドとしては意外にも奥行きがある。ただ、そのアイディアだけでは間が持たないと思ったのか、別の設定が明らかになることで余計に恐怖が味わい深くなってくる。
※ 以下、ネタバレもあり! 結末にも触れているので要注意!

盲目の老人が退役軍人で、目が見えないにも関わらず銃をものともせずに強盗のひとりを倒してしまう。それだけでは目の見えない老人の逆転劇に過ぎないのかもしれないのだけれど、老人が地下室に抱えている秘密が明らかになると、その異常性が際立ってきてモンスターらしくなってくる。
老人は交通事故で娘を喪って、多額の賠償金で手に入れる。しかし、それだけでは飽き足らず娘を事故で殺した女性を地下室に監禁していたのだ。しかもその女性には自分の子どもを産ませようとしている。老人曰く「レイプはしない」らしいのだが、やっていることはヘタするとそれ以上におぞましい。女性であるロッキーも想定外のことに顔色が変わるのもうなずける。殺されるのも恐ろしいだろうが、こちらもトラウマになること間違いない仕打ちなのだから……。
「強盗」VS.「殺人&誘拐」という図式となると、どちらにも正当性はない。ロッキーは追い詰められて神にすがろうとするのだが、老人は神の存在を否定する。『カラマーゾフの兄弟』のイワンの思想のように、神が存在しないならすべてが許されるわけで、神なき世界を生きている老人は自分の目的のためには何だってすることができる。
一方でロッキーは逃げることと同時に金のことも考えている。老人がただひとつの目的に執着するのに対し、ロッキーはあれもこれもを手に入れようとするから爪が甘くなる。それでも最後の瞬間だけはすべてを捨てて逃げることだけを考えたからこそ、運良く両方を手に入れることができたのだろう。
88分というコンパクトな上映時間もいいし、今年一番ハラハラさせてくれた作品だったと思う。すでに続編の製作も噂されているようだけれど、ロッキーは二度と老人に会いたくはないだろうし、どんな闘いになるのだろうか。
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この記事へのコメント:
ここなつ
Date2016.12.28 (水) 14:02:21
>一方でロッキーは逃げることと同時に金のことも考えている。老人がただひとつの目的に執着するのに対し、ロッキーはあれもこれもを手に入れようとするから爪が甘くなる。
ああ、確かに確かに。おっしゃる通りです。
あの年頃の女って欲張りなのかも。
最初に金庫のナンバーを知っちゃって、金に固執したのも逃げ遅れた原因ですよねー。
Nick
Date2016.12.28 (水) 21:24:07
とりあえず色々と細かい部分ではアラもあるけど、最後まで引きこまれる映画でしたね。