『エブリバディ・ウォンツ・サム!! 世界はボクらの手の中に』 リトマス試験紙として

カーステレオから流れる能天気でご機嫌な音楽。運転するジェイク(ブレイク・ジェナー)がフロントグラス越しに目をやるのは女の子のお尻。野球部に推薦入学したジェイクはこれから始まる大学生活に胸躍らせる。この作品は大学生活が始まるまでの3日間の話だ。
リチャード・リンクレイターは“時間”をテーマにした作品も多く、『6才のボクが、大人になるまで。』では12年間という時が経過して少年が大人になるまでが描かれるが、この『エブリバディ・ウォンツ・サム!!』では特別な3日間が丹念に追われていく。ジェイクは野球部の寮に入り、チームメイトたちと一緒に音楽とお酒と女の子という楽しいばかりの時間を過ごす。ジェイクにはまだ悩みもなければ葛藤もない。練習も授業も始まる前で、彼らのすることは青春時代を思う存分楽しむだけなのだ。
時は1980年。それをリアルタイムで切り取っていく。ここには現在から過去を振り返るという視点はないわけだけれど、それでも「永遠に続けばいい」というような特別な“時間”を感じさせる。というのもチームメイトの一人が去り際に放つ「今を楽しめ。永くは続かないんだ」という思いは、どこかで誰もが感じているからかもしれない。とか言いつつもやっていることはほとんどバカ騒ぎで、「後悔しないために」と女の子を説得してやらせることはキャットファイトだったりもするのだけれど、リンクレイターはそんな“時間”を慈しむように撮っている。

リンクレイターが当時実際に聴いていたというヒット曲もあって、とにかく楽しい作品であることに間違いはない。(*1)ただ、なぜだか素直には褒められないような気もするのは、彼らがあまりにもうらやましすぎるからだろうか。
この作品では野球部はスクールカーストの頂点である。劇中には頂点にいる若者たちばかりが登場して、それを横目に妬んでいるようなその他大勢の底辺の連中は出てこない。屈折しているのが青春で、そんなところに二度と戻りたくないという人間からすると彼らはまぶしすぎるのだ。
ビバリー(ゾーイ・ドゥイッチ)が「ジム・モリソン生存説」を聞かせることでジェイクを弁別していたように、この映画は観客にとってのリトマス試験紙としての役目を果たすかもしれない。この映画を素直に楽しめる人はジェイクと同じような頂点に近い人間なのだろう。
他方の底辺の人間だって、この作品で描かれるような特別な時間を過ごしたかったはずなのだけれど、それにはなかなか手が届かない。となるとそれを「すっぱいブドウ」だと決め込んで忘れ去ろうとする。いつの間にかに仲間と特別な時間を過ごすことよりももっと大事なことがあるのではないかと勘違いするようになり、こうした作品を薄っぺらいと感じたりして単純に楽しめなくなる。多分にそんなことはあるんじゃないかという気はする。
ビバリーを演じていたゾーイ・ドゥイッチはリー・トンプソンの娘さんだそうだ。80年代に『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズで人気者となったリー・トンプソンの娘さんがこんな役を演じているわけで、変なところで時間の経過を感じさせる作品でもあった。
(*1) ザ・ナックの「マイ・シャローナ」以下の曲名リストは公式ホームページに。劇中では曲は流れないものの、ニール・ヤングのアルバム『ディケイド~輝ける10年』を巡っていざこざが生じるというエピソードもちょっとニヤリとさせる。
![]() |

![]() |

![]() |

↑ これはサウンドトラック。
- 関連記事
-
- 『シークレット・オブ・モンスター』 耳に残るはスコット・ウォーカーの音楽
- 『エブリバディ・ウォンツ・サム!! 世界はボクらの手の中に』 リトマス試験紙として
- 『孤独のススメ』 孤独な堅物男が変わるとき
この記事へのコメント: