『永い言い訳』 “他者”とは誰のこと?
原作は西川美和自身の書いた同名小説で、これは直木賞候補にも選ばれた作品。

テレビのバラエティ番組にも出演したりもする人気小説家の幸夫(本木雅弘)は、ある日突然、妻・夏子(深津絵里)を事故で亡くすことになる。その知らせを受けたとき、幸夫は妻の居ぬ間に自宅に愛人(黒木華)を連れ込んでいたところであり、世間の同情をよそに幸夫は涙を流すこともなかったのだが……。
冒頭、リビングで美容師である夏子が幸夫の髪をカットしている。話題は幸夫の名前について。衣笠幸夫(きぬがささちお)という、国民栄誉賞まで獲得した人物(鉄人・衣笠祥雄)と同じ読み方の名前を持つことの辛さが、旧姓田中だった夏子にわかるわけがない、そんな愚痴だ。これからバス旅行へ向かうという夏子の都合を気にすることもなく、愛人に会うための身支度を整えさせる。幸夫は自分のことにしか興味がないダメ人間なのだ。
しかし、それと同時に憎めない奴でもある。罪滅ぼしのつもりなのかはわからないけれど、同じように事故で伴侶を亡くした陽一(竹原ピストル)の子供たちのことを知ると、自ら助けを申し出るような部分もある。幸夫は仕事で自宅を留守にしがちな陽一の代わりに子供たちの面倒を見るようになる。
前作『夢売るふたり』のときにも記したのだけれど、この作品も物事の様々な側面を捉えるような曖昧さやややこしさがある。メディアに登場する作家・津村啓としての幸夫は冷静で文化人面をしているけれど、酒を飲んで暴れる姿を見ている周囲の人間にとっては子供じみた嫌な奴に映るだろうし、それでいてなぜか一貫性を欠くように突然人助けをしてみたりもする。
そんなふうに人物造形は単純ではないし、幸夫の行動の意味合いにも別の見方が示される。幸夫の人助けは自分では善行のつもりかもしれないのだが、マネージャーの岸本(池松壮亮)に言わせれば逃避でしかなく自分のダメさを帳消しにする免罪符ということにもなるのだ。
同様に人間関係も揺れ動いていく。妻を亡くした悲しさを率直に表現できる陽一のことを好ましく思い、その愚直さに幸夫はある意味羨望を感じているわけだけれど、それも変化していく。亡くなってしまった妻への想いに執着するばかりに、その後も成長し続ける子供たちに対する関心が疎かになっている陽一を幸夫が諭してみたりもする。
そんなわけで展開はまっすぐというわけではないし、行きつ戻りつしたり蛇行してみたりする。幸夫が最後にたどり着いたのが「人生は他者だ」という気づきだ。

幸夫は自分にしか興味がなかった。そういう人間には広がりがないわけで、小説家としては致命的なのかもしれないし、生活を共にしていた夏子にとってもありがたくはないだろう。この作品では夏子の死をきっかけにして、幸夫は様々な“他者”と接していくことになる。屈折した小説家とは正反対の愚直な陽一もそうしたひとりだし、その娘の灯(白鳥玉季)もそうだろう。灯はわがままだしアレルギー持ちでとにかく手がかかる。そうした“他者”と触れ合うことで、幸夫は人間としては少しずつ真っ当になっていく。
そして一番の“他者”は誰かと言えば、亡くなった妻ということだろうと思う。夏子はメールの幸夫宛の下書きに「もう愛していない、ひとかけらも」と記していた。この言葉の意味するところを確認したくても、その相手である夏子はもう居ない。こうした文面をやむにやまれぬ気持ちで下書きにこっそりしたためていたのは、幸夫に対しての三行半(みくだりはん)だったのかもしれない。多分、幸夫はそんなふうに受け取っていたのだと思う。しかし一方でこれは下書きに過ぎないわけで、もしかすると「もう(私を)愛していない、ひとかけらも?」と夏子が愛を確認する言葉だったのかもしれない。
その答えは永遠にわからないという意味で、夏子は“他者”として立ち現れてくるということなのだろう。もちろん死んだあとになって言い訳をしてみてもどうしようもないのかもしれない。それでも死んでしまってからのほうがその存在がより一層重要なものとなるということはあるのだ。幸夫は一応その言い訳を本の形でまとめることになり、夏子の遺品を整理したりもして区切りをつけるわけだけれど、『永い言い訳』というタイトル自体にも今後もその言い訳は続いていくということが込められているのだろう。
自分の遺伝子なんて残したくないと言い切ってしまうダメ男の幸夫には共感してしまうし泣かせるところもあるのだけれど、その幸夫を演じるのは本木雅弘という誰もが知る二枚目で、必要以上に幸夫のアップが多かったように感じられるのはちょっと気になった。そんな本木雅弘がわざわざアイドル時代の仲間とは連絡すら取っていないなどと語っていたようだが、これは本木のほうが幸夫のキャラに寄せていっているのか、もとからそうだったのか、どちらなのだろうか。とりあえずは本木雅弘の世間的なイメージをうまく利用している点で、『そして父になる』(是枝裕和監督)の福山雅治の使い方とよく似ている。
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