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『オーバー・フェンス』 その瞬間のみ光輝く

 佐藤泰志原作の『海炭市叙景』『そこのみにて光輝く』に続く「函館3部作」の最終章。
 監督は『どんてん生活』『リンダ リンダ リンダ』などの山下敦弘
 出演陣にはオダギリジョーや蒼井優以外にも個性的な面々が。舞台となる職業訓練校の仲間には松田翔太や満島真之介など。一番年上の勝間田を演じた鈴木常吉がいい味を出している。

山下敦弘 『オーバー・フェンス』 職業訓練校の面々。何だか塀のなかにいるようにも見える。


 離婚して地元に戻ることになった白岩(オダギリジョー)は、失業保険延長のために何となく職業訓練校に通っている。そんなある日、職業訓練校の仲間に誘われたキャバクラで風変わりなホステス(蒼井優)と出会う。

 主人公の白岩は空っぽな男だ。夜に遊び歩くでもなく、弁当を食べながらビールの350ミリ缶を2本だけ飲むという無味乾燥な生活を送っている。それでも外見は普通に見えるのか、なぜか職業訓練校の仲間には頼りにされたりするところもあったりもするのだが心は荒んでいる。誘われた飲み会では若い女の子たちに向かって「この先おもしろいことなんて何もないよ」みたいなことを口にして場を凍りつかせたりもする。
 そんな白岩が聡(さとし)という男のような名前のホステスと出会って再生していくというのがこの物語だ。蒼井優が演じる聡のキャラクターがとても魅力的だった。聡は唐突に道端で鳥の求愛ダンスをやってみせたりする風変わりなところのある女で、そのキャラが「魅力的」というと語弊があるかもしれない。聡は自ら「ぶっ壊れてるから」と語るほど不安定な女で、現実に出会ったとしたら遠慮したいような女性だからだ。
 しかしそんな女性を蒼井優がどう演じるかというのは、この作品の見所だろうと思う。映画のなかに登場する「こわれゆく女」は、ヘタすればとても見てられないようなものになる(思い浮かぶ例は色々とあるだろう)。蒼井優の聡にはそんなところは感じられなかったし、奇妙なダンスも『花とアリス』でも見せたバレエの素養があるからか、動きの細部にまで熱がこもっていたと思う。白岩はそんな聡に惹かれ、世捨て人のような生活から抜け出すことになる。

 ※ 以下、ネタバレもあり!

『オーバー・フェンス』 白岩(オダギリジョー)は聡というホステス(蒼井優)と出会う。

 ラストは「函館3部作」のなかでも奇妙に明るい。ただ、原作とは違って聡のキャラが情緒不安定な女となっているところもあって、ラストの明るさも未来に対する希望と受け取っていいのかちょっとわかりかねた。
 聡は外から帰ると沐浴しなければ気が済まないような何かしらの病を抱えていて、薬の世話にもなっている。唐突に怒り出す聡の不安定さは、白岩のペースを乱し翻弄していくことになる。白岩にとっての聡は、夜の動物園で鳥の羽が雪のように舞うようなマジカルな魅力を持っている。しかしその一方で、澄ました白岩も声を荒げてしまうほど厄介な女だ。
 それでも白岩に失うものはない。聡の誘いにも応じず檻のなかに留まった白頭鷲とは違い、ラストでフェンス越えのホームランを狙う白岩は、刑務所みたいな職業訓練校という檻から出て聡と生きることを選んだということなのだろう。(*1)ただ、聡があまりに気まぐれなため、その明るさも長続きしそうにないものにも思えたのだ。ちなみに白岩の元妻・洋子(優香)も精神を病んでいて、それが離婚のきっかけになっている。一度そうした失敗をしたにも関わらずそれを繰り返すのは酔狂では済まないような……。

 佐藤泰志原作の『そこのみにて光輝く』でも、朝陽が照らすラストの瞬間だけが輝いているように見えた(タイトルの「そこ」というのは、場所を示しているのと同時に「底」を示しているらしい)。『オーバー・フェンス』のラストもそうした一瞬の光だったのかもしれないのだが、それにしては底抜けに明るかったようにも感じられた。

(*1) これは『あんにょん由美香』などの松江哲明の指摘だが、山下敦弘監督は「視線を合わせない」人物配置の長回しが特徴的なのだとか。しかしこの『オーバー・フェンス』では白岩と聡の対話は「切り返しショット」で描かれている。白岩が聡と正面から向き合うことを示しているのだろう。

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Date: 2016.10.01 Category: 日本映画 Comments (0) Trackbacks (5)

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