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『クリーピー 偽りの隣人』 境界に危ないものが棲みつく

 黒沢清監督の最新作。
 原作は日本ミステリー文学大賞新人賞に輝いた前川裕の小説『クリーピー』だが、かなり改変されている模様。
 「クリーピー」とは「ぞっとする」とか「身の毛がよだつ」という意味。

黒沢清 『クリーピー 偽りの隣人』 西野家の玄関前。高倉(西島秀俊)が妻と一緒に挨拶に伺うと妖しげな風が……。


 犯罪心理学を学んでいた刑事・高倉(西島秀俊)は、犯人の気持ちを理解しているつもりになって大きな失敗をしてしまう。その後、高倉は犯罪心理学者として大学で教鞭をとることになり、妻・康子(竹内結子)と共に新居に移り新しい生活を始める。しかし、隣の西野家には奇妙な男(香川照之)がいて……。

 この作品でも黒沢演出はいかにも何かが起こりそうという雰囲気を醸し出している。隣家に挨拶に出かけると急に風が吹き荒れたり、ある事件の生存者・早紀(川口春奈)のインタビューでは、光あふれるガラスばりの大学の部屋が次第に真っ暗になったりもする。ラストあたりではいつものように異空間を飛んで行くようなドライブ・シーンもあったりして、いかにも黒沢映画らしい演出が楽しめる作品になっていると思う。さらにいつもながら何かしらやってくれる香川照之は今回も健在で、いかにも安定した薄気味悪さを見せてくれる。

 黒沢作品は境界というものを意識させるものが多い。前作の『岸辺の旅』では境界とはこの世とあの世の境界であったし、『リアル~完全なる首長竜の日~』では夢と現実の境界だった。今回の作品に関しても『キネマ旬報』のインタビューを読むと、黒沢監督は「境界に危ないものが棲みつく」ということを語っている。
 また『黒沢清、21世紀の映画を語る』という本では、『宇宙戦争』『グエムル』など川が描かれる映画を参照しつつ、川というものが「三途の川を例に挙げるまでもなく、河岸と彼岸を表現するのに、監督や脚本家が、自然と選び取る場所なのでしょう。」と記している。川というものが境界に位置することが明確に意識されている。
 そして『クリーピー 偽りの隣人』では、川を類推させるようなものが登場する。それは住宅街のなかを切り裂くように走る線路だ。早紀だけが残された一家失踪事件現場ではすぐ近くに電車が走っていくし、主人公・高倉が引っ越した家の近くにも高架線が通っている。加えて言えば、崩壊寸前の危うい状態にある家族を描いた『トウキョウソナタ』の主人公の家も線路沿いにあったわけで、線路というものも何かしらの境界線として意識されているのかもしれない。

 この作品には幽霊や超自然現象が登場するわけではない。あくまでも人間しか出てこないのだが、その人間のなかにはちょっと常人とはかけ離れた人物もいる。高倉が研究する犯罪心理学においては、犯人の類型として「秩序型」「無秩序型」があり、さらにそのふたつの「混合型」があるという。「秩序型」「無秩序型」に関してはこれまでの研究により詳細な分析が可能だが、未だに「混合型」に関してはお手上げの状態。そして高倉の隣人・西野もその「混合型」の人間だ。常人のはかり知れない行動をする彼は、まさしく境界にいる存在なのだろう。そして西野の家の奥には外側から窺い知ることができない妖しい部屋が潜んでいる。

 ※ 以下、ネタバレもあり!



『クリーピー 偽りの隣人』 高倉(西島秀俊)と隣人の西野(香川照之)。後ろには高架線が走っているのが見える。

 この映画ではかつての未解決事件と隣人・西野が結びついてくる。西野の娘(藤野涼子)が言うところによれば、西野は「全然知らない人」。なぜ知らない人が父親のフリをしているのかと言えば、隣家はすでにその男に乗っ取られているからだ(この原作自体が北九州一家監禁殺人事件をモデルにしている)。
 劇中では父親はすでに殺され、母親は薬を打たれ、娘は心理的に西野のコントロール下にある。なぜ隣家が乗っ取られたのかはわからないのだけれど、ひとりで家を守る高倉の妻・康子が次第にいかにも妖しい西野に近づいていくことからも、ごく普通の家族には何かしら付け入る隙があるものなのだろうとも思う。

 かつての共同体では隣近所の人となりくらいはわかっていたはずだが、今では隣に誰が住んでいるのかも知らない。高倉のもうひとつの隣家・田中家も愛想がよくないし近所付き合いも遠慮がちで、家のなかでは要介護の誰かの叫び声が聞こえる。昔ならば共同体のなかで処理されていたかもしれないそうした物事は、今では家庭のなかに閉じ込められる。内に閉じ込められた家族は問題を抱えていても、外に助けを乞うわけにもいかない状況にある。そんななかでその閉じ込められた内側に潜り込むことができた西野のような男は、秘密を共有した新しい家族として受け入れられることもある。ちょっと通常では想像できないような状況なのだけれど、人の心理をうまくコントロールする術に長けた人物によればそうしたことが可能になるらしい。そんな意味では幽霊なんかよりも怖いかもしれない。

 ただ、家族のなかに付け込む隙があるとすれば、康子が西野に引き込まれたのも家族の問題があったはずなのだけれど、この映画では西野が康子を陥れる描写がほとんど抜けているので、康子が勝手に罠にはまってしまったようにも見えた。
 夫である高倉は早紀には「あなたには心がない」と指摘され、康子からもあきらめられているのだが、それは単純に元刑事の悪癖であり、夫婦喧嘩によくある売り言葉に買い言葉にも感じられる。しかし最後の康子の絶叫から鑑みるに、高倉の心には康子をあれほどまで追い込むような異様な部分があったのかもしれないのだが、そのあたりがあまり感じられないためラストは唐突だったようにも思えた。野暮な説明などしないほうがいいということなのだろうとは思うのだけれど……。

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黒沢清、21世紀の映画を語る


キネマ旬報 2016年6月下旬号 No.1718


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Date: 2016.06.20 Category: 日本映画 Comments (0) Trackbacks (7)

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2016.06.23

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2016.07.05

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2016.07.06

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2016.11.04

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2017.08.25

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