『或る終焉』 衝撃的なラストよりも冒頭の違和感について

 『父の秘密』ミッシェル・フランコの最新作。カンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞した作品。
 原題は「chronic」で、「慢性の」とか「長患いの」といった意味。
 
ミッシェル・フランコ 『或る終焉』 デヴィッド(ティム・ロス)はエイズで死が迫っている女性のケアをしている。

 主人公のデヴィッド(ティム・ロス)は終末期患者をケアする看護師だ。彼の患者に対する態度はとても真摯なものだ。徹底したプロ意識が感じられるし、患者に対する接し方は出しゃばらないけれど気配りにあふれている。そのため死を前にした患者にとってデヴィッドのケアは必要不可欠なものとなっている。
 ただその仕事に対する態度にはちょっと度を越したものがある。エイズで死んだ女性のことをまるで自分の妻のように思いつつケアをしていたらしく、その葬式の帰りにはバーで「妻が死んだ」と嘘をつくほどに入り込んでいるし、次の患者が建築家と知れば自分も建築について勉強してみたりもする。そうした熱意が何かしら異様なものを感じさせないでもないわけで、患者の家族にはデヴィッドが患者を独占しているようにも感じさせ誤解を生んでしまうことにもなる。

 この作品はデヴィッドの姿をごく客観的に丹念に追っていく。動くことのできない患者の入浴や、粗相してしまったときの始末などもデヴィッドは嫌な顔ひとつ見せずにこなしていく。彼がなぜそこまで看護に熱意を持っているわけは説明されないのだが、デヴィッドが持って生まれた資質からそれが生じるというわけでもないようだ。エイズで死んだ女性の家族が彼の仕事に敬意を示しても連れない態度だし、いつも通っているジムではタオルが清潔ではないことに難癖をつけたりもするような人なのだ(仕事では糞尿の始末も厭わないのに)。そんなわけでデヴィッドを看護の仕事に駆り立てるものは何なのかが謎として迫ってくる。

 ※ 以下、ネタバレもあり! 

『或る終焉』 デヴィッドには別れて暮らす娘がいた。

 この作品の冒頭部分に個人的には何かしらの違和感を覚えた(この冒頭は公開されていてこちらのサイトで観ることができる)。ここでは車のなかからある家を窺う様子が長回しで捉えられる。フロントガラスの向こうにある若い女性が現れ、車に乗って走り去る。その車の姿をカメラは追う。ここまでカメラはある登場人物の視点を代替している。つまり誰かが若い女性につきまとうような視点で描かれている。しかし、そう思った矢先にカメラはゆっくりパンをすると、女の姿を追っているデヴィッドを捉えてしまう。
 ここまでワンカットで撮影されているから、女性をつきまとう視線だと思われていた映像のなかに、そのつきまとう側の男の姿が映ってしまったようにも感じられる。覗きをしていた自分がなぜか自分の姿を見てしまうといった違和感があるのだ。たとえばこれが女性の車を追う視点で一度カットを割り、その後にデヴィッドが登場すれば特段なんてこともないシーンだとも思う。しかし、この場面はワンカットで撮影されているために、最初に登場するデヴィッドの姿が異物のように私には感じられたのだ。
 デヴィッドはこの映画の主人公であり、カメラはデヴィッドの傍を離れることはないのだが、彼は観客を物語に誘い込むための視点人物とはちょっと違う。彼はあくまで観客がひとつの謎として追うことになる対象なのだろう。デヴィッドは観客が共感を覚えるような人物ではないし、彼の主観と見えるシーンもないことはないけれど、どこかカメラは客観的にその姿を捉えていてその感情を推し量ることは難しいのだ。

 ちなみにデヴィッドが遠くから見守っていた若い女性は、彼の娘である。自分の娘に会うことがためらわれるのは、デヴィッドが離婚したからだけではなく何かしら後ろめたい気持ちを抱えているからだ。というのはデヴィッドにはダンという息子がいて、その安楽死にはデヴィッドが関わっている。そして彼はそのことに何かしらの責任を感じている。デヴィッドが終末期患者のケアにこだわるのはダンを安楽死させたことが要因となっているのだ。映画の後半ではマーサという患者に安楽死を求められるのだが、デヴィッドは一度はそれを断ることになる。

 前作『父の秘密』のレビューでは、妻の死をきっかけに内に閉じこもった父親が感じる「世界との不調和」といったことを書いたのだが、この『或る終焉』でも同じようなものを感じる。
 デヴィッドが息子の死をきっかけにして家族とも疎遠になり、ただひたすら仕事だけに励んでいるのはダンを安楽死させた罪滅ぼしのようにも思えるし、体調を維持するためにフィットネスに精を出すのは、世界と身体がフィットしていない(つまり調和が欠けている)からだろう。冒頭の映像に私がデヴィッドを異物のように感じたのは、デヴィッド自身が世界のなかで自らを異物のように感じていたからかもしれない。そんな意味ではラストの出来事は「世界との不調和」をさらに際立たせるものだったように思う。それがデヴィッドの意志によるものだったのか否かはわからないけれど……。

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Date: 2016.06.03 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (2)

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>>或る終焉 from 象のロケット
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2016.06.04

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