『海よりもまだ深く』 なりたいものにはなれなくて……

阿部寛と樹木希林が共演する是枝作品ということで、『歩いても 歩いても』の姉妹編のような印象。『歩いても 歩いても』のタイトルがいしだあゆみの歌った「ブルー・ライト・ヨコハマ」の歌詞から採られているように、『海よりもまだ深く』のそれはテレサ・テンの「別れの予感」から来ている。樹木希林扮する母親が阿部寛の袖口あたりを引っ張りながら歩いてゆく場面とか、金のない息子が無理して母親に小遣いを渡すエピソードなどがどちらの作品にも共通して登場するのは、家族の関係が中心にあるからだろう。
『海よりもまだ深く』で阿部寛が演じる良多はダメな男である。かつては一度文学賞(『死の棘』で有名な「島尾敏雄賞」という設定)を受賞した作家だったのだが、今では落ちぶれて創作のための取材と自分に言い聞かせながら探偵の仕事をしている。そのノウハウを活用して別れた妻・響子(真木よう子)と新しい彼氏(小澤征悦)との関係を探ってみたり、仕事で知った個人情報をゆすりに使ったりもする。未だに大人になりきれず、夢をあきらめきれないままで、さらに元妻や息子(吉澤太陽)には未練タラタラという何とも情けない中年男である。
そんな良多とその息子、さらには元妻がたまたま母親の家に集まった夜、折からの台風の影響で帰るに帰れなくなった元家族たちはマンションの部屋で一晩を過ごすことになる。

是枝作品はどこにでもある日常を丁寧に描きつつ、さりげない形でそれぞれの登場人物同士で醸成されていくせめぎ合いを見せていく。交わされる会話は普段のそれと同じように「それはあれなのよ」といった曖昧な言い方を連ねたりする一方で、急に人生訓めいたことを言ってドキッとさせたかと思うと、気恥ずかしくなってか笑いに紛らせてみたりする。そのあたりのバランス感覚は絶妙だ。
作家になりたかった良多は探偵の真似事をして稼ぐしかないし、父親らしいことをしたかったはずなのにそれもなかなか叶わない。なりたかったものにはなれないにも関わらず、嫌っていた父親と同じようにギャンブルにはまって実家の金を漁るようなことまでしてしまう。なりたいものにはなれないけれど、なりたくなかったものになっていく……。そんな感覚はそれなりに歳を重ねた人ならば共有しているものであり、妙に身につまされるところがあった。
舞台となっている東京都清瀬市の旭が丘団地は是枝監督が実際に住んでいた場所とのことで、脚本には自身の過去も色濃く反映されているのだろう。その分、いかにも自然で血が通った作品になっていると思う。マンガが原作だった前作『海街diary』は、今回のようなオリジナル作品と比べると色々と足かせあって不自由だったんじゃないかという気もした。
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