『追憶の森』 理屈と膏薬はどこへでも付く
富士山麓に広がる青木ケ原樹海を舞台にした作品。

アメリカから片道切符で日本へやってきたアーサー・ブレナン(マシュー・マコノヒー)は青木ケ原樹海へと向かう。アーサーはそこを死に場所として選んではるばるやってきたのだ。薄暗い樹海の奥にある光の射す場所に腰を据えたアーサーはためらうこともなく薬を飲み始めるのだが、そのとき近くから男の声が聞こえる。血だらけになった日本人の男ナカムラタクミ(渡辺謙)が出口を求めてさまよっていたのだ。
ネット検索で「the best place to die」と入力すると本当に青木ケ原樹海が1位にヒットするのかはわからないけれど、日本人にとっては「自殺の名所」として有名な場所で特段説明の必要もないだろう。ただ「自殺の名所」という評判は噂がつくった面も多いらしく、ウィキペディアなどを調べてみると、「樹海から出られなくなる」とか「方位磁針が狂う」とかいうのは俗説なのだとか。それでも青木ケ原樹海で毎年結構な数の人が遺体となって発見されることもまた事実らしい。
この映画ではアーサーはわざわざ金と時間を費やして極東の島国までやってくることになるが、そのほかにも劇中ではドイツからやってきた人物の死体も発見されたりして死ぬにはうってつけの場所という設定になっている。一方で死に切れなかった男タクミは樹海を抜けようと必死だが抜け出すことができない。アーサーは家族に会いたいと訴えるタクミのことを見捨てることもできず、自分の自殺よりも彼のことを助けることのほうが目的になっていく。
男がふたりでさまよい歩くというのはガス・ヴァン・サントは『ジェリー』でもすでにやっているわけだけれど、『ジェリー』では誰もいない場所で相手の男が邪魔になっていくのと反対に、『追憶の森』では互いのことを励まし合って生き延びるために必要な存在となっていく。
この作品はカンヌ映画祭ではブーイングで迎えられたという珍しい作品。ブーイングの理由に関してはよくわからないけれど、劇中で描かれていることが世間の常識とかけ離れた衝撃的な問題作ということではないことからすると、ガス・ヴァン・サントというそれなりにネームバリューのある監督だけにかえって陳腐なものとして受け止められたのかもしれない。確かにありきたりな話とは言えるし、この作品の重要な秘密も勘のいい人ならば途中で気がつくかもしれないとも思う。
※ 以下、ネタバレあり! 結末に触れているので要注意!!


ネタバレをしてしまえば、渡辺謙が演じるタクミは幽霊なのだ(反転するとネタバレ)。アーサーは自分と妻ジョーンとの過去についてタクミに話すことになるが、タクミは青木ケ原樹海には霊(スピリット)が漂っているのだと語る。アーサーは若くして死んでしまったジョーンとの断絶を感じているわけだが、タクミは霊を介してこの世界は死者の世界ともつながっているのだということを仄めかしていたのだ。タクミはジョーンからのメッセージをアーサーに伝えることで、アーサーが亡くなった妻といまだにつながっているということを示すことになる。
なかなか感動的なオチであり、泣かせるところもあるのだけれど、すべてが腑に落ちてしまい「なるほどね」で終わってしまった感じも否めない。隠された謎が明らかにされるとかえって興醒めするということはままあること。そんな意味ではコロンバイン高校銃乱射事件を題材にした『エレファント』では、犯人の少年たちの動機に関しては謎のままだったのと対照的なラストだった。ブーイングするほどひどいとは思わなかったけれども……。
ガス・ヴァン・サントの『永遠の僕たち』でも幽霊が登場していたが、そこでもやはり幽霊は日本人だった。第二次大戦の特攻隊員だった加瀬亮もだいぶ長い間さまよっていることになるわけだが、『追憶の森』の渡辺謙もついこの最近死んだわけではなさそう。というのも渡辺謙は仕事を干されて資料室へと異動となったサラリーマンであり、バブル期の企業の余裕が感じられるからだ(今ならすぐにリストラされてしまう)。幽霊がなぜか日本人から選ばれるのは何かしらの意味がありそうな気もするが……。
それにしてもナオミ・ワッツ演じるジョーンの辿る運命はひどい。泣きっ面に蜂というか、あんなに散々な目に遭わせなくてもとちょっと同情した。
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