『リリーのすべて』 トランスジェンダーの先駆者とそれを支えた人

 『英国王のスピーチ』『レ・ミゼラブル』のトム・フーパー監督作品。
 原作はリリー・エルベという実在の人物をモデルにした小説。日本語訳では『世界で初めて女性に変身した男と、その妻の愛の物語』となっているが、原題は「The Danish Girl」となっていて、「デンマーク人の女の子」という意味。
 邦題に違和感はないし、『イヴの総て』など似たような題名の作品だって多いとは思うのだけれど、どこかで『リリイ・シュシュのすべて』のことを意識しているようにも感じてしまう。

トム・フーパー 『リリーのすべて』 アイナー・ヴェイナー(エディ・レッドメイン)はモデルとしてバレエの服装を……。

 きっかけは些細なことから。デンマークでも指折りの風景画家と評価されているアイナー・ヴェイナー(エディ・レッドメイン)は、妻で肖像画家のゲルダ(アリシア・ヴィキャンデル)のためにバレリーナの服装を身に付けることになる。アイナーはそこで何かを感じてしまう。
 ストッキングの手触りとかシルクの肌着の光沢のようなフェティシズムを感じさせるが、それはあくまできっかけにすぎず、本当の自分探しというテーマのほうが重要なのだろう。アイナーは異性愛者の男性として生きてきたわけだけれど、本当に自分は異性愛者なのか、あるいはジェンダー・アイデンティティ(性自認)は本当に男性なのだろうかという疑問を抱くようになる。
 女装したアイナーはリリーを名乗るようになり、男性の同性愛者であるヘンリク(ベン・ウィショー)と親しくなったりもするのだけれど、アイナー=リリーの自己認識としてはあくまで自分は女性であり、ヘンリクと親しくすることはヘンリクの性的対象が男性であるから問題ないということになるらしい(何だか混乱するけれど)。
 アイナー=リリーの性自認が女性ということになると、アイナー=リリーの身体には余計なものがついていることになるわけで、アイナーが鏡の前で股間の余計なモノを太ももに挟んで女性になってみるという恥ずかしいシーンも切実なものなのだろう。自らそれを切り取って本当の自分の身体になろうとする勇気は尋常なものではないのだから。

 そんなわけでアイナーは性別適合手術を受けて男性器を切除し、女性器の形成を初めて行なった先駆者となる。ちなみにモデルとなったリリー・エルベはそれだけではなく、母親になることを求めて子宮形成の手術までしていたようだ。男性への子宮移植手術は未だに成功していないようで、リリーは前人未到の領域を切り開いたということになるのだろう。
 トランスジェンダーを描いた作品は今では珍しくはない。以前に取り上げた『彼は秘密の女ともだち』『わたしはロランス』などもそうした作品だが、リリーのような先駆者がいなければ後に続く者は現れなかった可能性だってあり得るわけで、先駆者の切り開いた世界は過小評価されているくらいなのかもしれない。

『リリーのすべて』 ゲルダ(アリシア・ヴィキャンデル)と女装してリリーとなったアイナー。

 先駆者となったリリーだが、その隣にはそれを支える人物がいる。この作品の感動的な部分は、妻のゲルダの存在によるのだろうと思う。最初のきっかけを作ったのもゲルダだし、遊び半分で女装をさせてさらにそれを助長してしまうのもゲルダなのだけれど、ゲルダの予想を超えた領域まで行き着いてしまうリリーを見放すことがないし、最後までリリーの自由を尊重する。そんなゲルダの支えがなければリリーも先駆者にはなれなかったに違いない。
 原題の「The Danish Girl」というのはもちろんリリーのことを指しているのだろうが、一方でゲルダのことでもあるのかもしれない。この作品でアカデミー賞で助演女優賞を受賞したアリシア・ヴィキャンデルだが、ほとんど主演女優と言ってもいいくらいだった。ゲルダはタバコを片手に絵を描き、アイナーには自分から声をかけるくらい男勝りな女性なのだけれど、リリーの前で困惑して涙を流す場面では、ほとんど表情を変えないのに涙だけをポロポロととめどなく流していて妙に感心してしまった。

 監督トム・フーパーは『レ・ミゼラブル』での女優陣(アン・ハサウェイ、アマンダ・セイフライド)の描き方があまりにみすぼらしかったのが印象に残っているのだが、『リリーのすべて』ではゲルダにしてもリリーにしてもとても美しく描かれていたと思う。ミュージカルでおとぎ話の『レ・ミゼラブル』のほうはリアルな人物造形で、逆に事実をもとにした『リリーのすべて』のほうは美しく飾り立てているということなのかもしれない。その意図に関してはちょっと測りかねるところもあるけれど……。脇役のウラ(アンバー・ハード)や、ハンス(マティアス・スーナールツ)なんかも妙に見目麗しくて、多分に美化されているところがある話なのだろうとは思う。

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Date: 2016.03.20 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (15)

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