『女が眠る時』 生きているときの最期の姿

 『スモーク』ウェイン・ワン監督作品。
 原作はスペイン人作家ハヴィア・マリアスによる短編小説「WHILE THE WOMAN ARE SLEEPING」。原作は日本が舞台ではないのだろうと思うのだが、映画版では日本が舞台となっており、出演陣も日本人(ビートたけし、西島秀俊、忽那汐里など)である。川端康成『眠れる美女』のことが念頭にあってのことなのかもしれない。

ウェイン・ワン 『女が眠る時』 佐原(ビートたけし)は美樹(忽那汐里)の眠る姿を見守る。


 作家の健二(西島秀俊)は処女小説で有名な文学賞を受賞して以来、次の作品が書けないでいる。編集者の妻(小山田サユリ)の仕事を兼ねた旅に付き合い、健二も伊豆のホテルに滞在していると、プールサイドで若い女と初老の男という不思議なふたりを目撃する。健二はその関係に興味を抱くようになる。

 小説家だから世の中の出来事を観察するのは仕事の一環のようなもので、健二はふたりの様子を遠目に見るだけでは飽き足らなくなり、部屋の様子をこっそり覗き見るようになる。すると男はいつくしむように女に接し、ベッドに眠る女の姿をビデオカメラに収めている。
 ウェイン・ワン監督の『スモーク』では、街角の様子を毎日撮影している男が登場する。同じ街角の風景も日々少しずつ変わっていく。その記録として写真はあったわけだが、『女が眠る時』の佐原という男(ビートたけし)の撮影もそれと似ているがちょっと違う。佐原は撮影した美樹(忽那汐里)の映像を上書きしてしまうからだ(実は気に入ったものだけは保存している)。
 佐原が撮りたいと望むのは、美樹の日々の成長よりも美樹が生きているときの最期の姿なのだ。亡くなったときの姿を写真に残すというのは『アンジェリカの微笑み』にもあったからめずらしいわけでもないのだろうが、生きているときの最期の姿を記録に残すのは死期がわかっている人でもない限り難しい。
 美樹は病で死を待つ身ではない。佐原は大人になりつつある美樹がいつ裏切るのかという不安で、愛が死ぬくらいならば自分が美樹を殺すほうがいいとまで考えるようになる。最期の姿を望むのは佐原の独占欲からで、佐原のビデオ撮影は性的なもの以上に死の匂いを感じさせる。

『女が眠る時』 佐原たちの関係に興味を抱いた作家の健二(西島秀俊)は……。

 自分の子供ほどの年齢の女の眠る姿を撮影し続けるという佐原という男は、いかにもあやしい雰囲気を醸し出している。ただ佐原の姿はすべて健二が覗き見したものであり、どこまでが現実の佐原なのかは曖昧模糊としている。小説家の創造力(想像力)はプールサイドでのふたりの仲睦まじい様子を発展させ、途中からは健二の小説の登場人物としてのふたりの妄想が膨らんでいくからだ。
 健二の妄想が現実と乖離すればするほど、カメラは健二の姿を斜めに捉えていく。スクリーンの垂直線に対して平行だったホテル室内の線が、次第に角度を増していくのは健二の歪んだ妄想を示しているようだ。ときに妻の登場が正常な位置関係を取り戻させたりもする。
 ただそんなふうに浸っていく妄想が魅力的だったかと言えば疑問だ。佐原は死の匂いを感じさせつつも、結局はプールサイドで足だけ水に浸けてバチャバチャともがくだけだし、美樹は健二を振り回すものの崖の上で雨に打たれるだけだった。妄想の飛躍のなさが健二という作家の創造力の欠如を表してしまっているようだった。

 加えて言えば、英語で書かれた脚本を日本語に翻訳しているからか、「愛が死んだとき」とか「どれだけ愛しているか」とか、日本人が到底言いそうにない言葉ばかりでそれだけで興醒めだった。そんな台詞を発する佐原を演じるビートたけしはさぞかしやりづらかったんじゃないだろうか。
 悪口ばかりでは気が滅入る感じもするので、最後に逆のことをしておけば、『スモーク』がよかったのはポール・オースターの創造力に溢れた脚本がとても魅力的だったからだろうと思う。

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Date: 2016.03.05 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (5)

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