『ヘイトフル・エイト』 疑心暗鬼の対立関係は……

 クエンティン・タランティーノの第8作目。題名もそれにちなんでいるのかもしれない。憎むべき人は8人では収まっていないわけだし……。
 今回はこれまでもタランティーノがラブコールを送り続けてきたエンニオ・モリコーネが音楽を担当しており、先ほど発表されたアカデミー賞では作曲賞の受賞が決まった。モリコーネは意外にも名誉賞は受賞していたものの、アカデミー賞の作曲賞は初受賞。モリコーネと言えば『荒野の用心棒』など多くの西部劇に音楽をつけてきたわけで、今回のタランティーノの西部劇『ヘイトフル・エイト』にも欠かせない要素となっている。

クエンティン・タランティーノ 『ヘイトフル・エイト』 個性豊かな面々。男どもを相手にジェニファー・ジェイソン・リーはくせ者ぶりを発揮していた。


 賞金首のデイジー(ジェニファー・ジェイソン・リー)を縛り首にするためにレッド・ロックへ向かうジョン・ルース(カート・ラッセル)は、雪のなかでたまたまふたりの男を拾う。同じく賞金稼ぎのマーキス(サミュエル・L・ジャクソン)と新任保安官を名乗るクリス(ウォルトン・ゴギンズ)だ。彼らは吹雪を避けるために山小屋へと避難することになるのだが、その密室で殺人が起きることになる。

 密室ミステリーだけをやるならば90分でも語れるはずだが、タランティーノとしてはそんなつもりはないのだろう。冒頭のキリスト磔刑像からの長回し。一面の雪のなか遥か遠くから駅馬車が走ってくる様子を、モリコーネのオリジナルスコアが高鳴るなかでじっくりと見せていく。
 『ヘイトフル・エイト』は滅多に使われない方式の70mm(ウルトラパナビジョン70)で撮影されているらしく、アスペクト比は「2.75:1」というシネスコ以上に横長の画面となっている(こちらのページを参照)。映画館の大画面で観なければ、その贅沢さを感じることは難しいだろう。
 タランティーノ作品だけに無駄話が多いのは当たり前だけれど、駅馬車に乗り合わせた4人がひとしきり無駄口も叩き終えて、妙な間が支配するあたりもいい。そのあとでジョン・ルースがためらいがちに口に出すのが、マーキスが持っていると噂される「リンカーンからの手紙」で、それがのちのち効いてくる。かと思えば、山小屋の便所までの通路設置を意味もなく丹念に追ってみたりする。この場面では不気味な音楽が奏でられているのだが、特段何かが起きるわけではないというのが何ともおもしろい。とにかくそんな贅沢な時間の使い方でありながら、168分間退屈するところがなかった。タランティーノが最高傑作と自画自賛するのもあながち冗談とも言えないのだ。

 ※ 以下、ネタバレもあり! ラストにも触れているので要注意!




『ヘイトフル・エイト』 ジョン・ルース(カート・ラッセル)は賞金首のデイジー(ジェニファー・ジェイソン・リー)と手錠でつながれている。

 70mmフィルムで撮影するのと通常の35mmとでは何が違うのかは専門家ではないから詳しくはわからないのだけれど、極端に横長の画面はそれだけで迫力がある。ただ、この作品は密室劇なわけで、もともと空間的に狭いわけであまり関係ないようにも思えなくもない。このあたりに関して、今回の山小屋(ミニーの紳士服飾店)のセットを作り上げた美術監督の種田陽平のインタビューが参考になる(こちらのページを参照)。

 暖炉のところに居るスミザーズ(ブルース・ダーン)から、すぐ先10メートルくらいのところにドアがあるんですが、ドアから入ってくる人たちとの関係が肉眼で見たものとは全然違って映っている。


 70mmで撮影された映像は奥行きの感覚も通常とは違ったものとして映るようなのだ。だからなのか今回の作品ではタランティーノはしきりに「ピント送り」という手法を使っている。簡単に説明すれば、手前の人物に合っている焦点を奥の人物へと移行させてみたり、その逆に奥の人物から手前の人物へと焦点が移るような手法だ。通常は野暮ったく見えるからあまり使われないが、『ヘイトフル・エイト』ではその「ピント送り」が何度も繰り返されている。
 なぜこの手法が選ばれているのか? この山小屋の密室では、いくつもの対立関係が交差していて、その対立の距離感を強調するためではないだろうか。
 この作品は南北戦争後という時代設定である。ここでは南軍と北軍という敵対関係が未だに根強く残っている。また、その南北戦争とも深く関わりのある黒人に対する差別もある。さらに、賞金首を移送中のジョン・ルースからすれば、一時的に同盟関係にあるマーキスや御者の男以外は、賞金首の横取りを企む敵なのかもしれないという疑心暗鬼がある。対立する側がどう動くかという緊張感があるのだ。それはたとえば手前にいる黒人のマーキスと、奥にいる人種差別主義者の自称保安官クリスのような関係として現れる(その逆の場合も)。そして、その距離感を強調するために「ピント送り」が効果的に使われていたように思う。

 人種的偏見の対立関係にあったマーキスとクリスが生き残り、ふたりは別の敵と向かい合うわけだけれど、疑心暗鬼のマーキスとクリスの距離はなかなか埋まることがない。それでも最後の最後にふたりの顔が同じ平面上に合成されたように現れる瞬間がくる。その際、ふたりの実際の位置関係には距離があるはずなのだけれど、最後の瞬間にはその距離を無視してひとつの平面に収まるのだ。このときふたりの対立関係も雲散霧消している。これは何とも感動的な場面ではなかろうか。別にそんなことを考えず、血まみれゲロまみれの惨劇を体験するだけでも楽しいのだけれど、やはりそんな部分にも映画的な瞬間があったこともまた確かだと思う。

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Date: 2016.02.29 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (7)

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