ギドクの最新作 『殺されたミンジュ』 メッセージあるいは美学

 キム・ギドクの最新作。この作品はギドクの第20作目で、製作総指揮から脚本・撮影・編集までひとりでこなしている。原題は「ONE ON ONE」
 ちなみに“ミンジュ”というのは韓国語では“民主”を意味するとのこと。
 出演陣には『俳優は俳優だ』にも顔を出していたマ・ドンソク『春夏秋冬そして春』の秋の場面に出ていたキム・ヨンミンなど。キム・ヨンミンはなぜか8役もこなしている。

キム・ギドク最新作 『殺されたミンジュ』 待ちに待った監督第20作目。オウム真理教強制捜査のときの装備を思わせる風貌の男。


 5月9日、ミンジュという女子高生が男たちに殺される。男たちは役割を分担し協力してミンジュを追いつめ、ためらうこともなく彼女の命を奪う。
 その後しばらくして下手人のひとりが謎の集団に拉致される。迷彩服に身をまとったその集団は「去年の5月9日、何をしたかすべて書け」と迫る。こうして謎の集団はミンジュ殺害に関った7人をひとりひとり拷問して悪事を白状させていく。

 ミンジュを殺した男たちは、快楽殺人者でもなければミンジュに恨みを抱いていたわけでもない。男たちは仕事としてミンジュを殺しただけである。上の者に指図されたから、その指示に唯々諾々と従ったのだ。指示を出した者に責任があるのは当然だが、下手人に何の責任もないのかと言えばそんなことはないはずで、謎の集団シャドーズは正義の鉄拳を振るい、事件に関わった7人を糾弾していく。

◆責任の所在
 “ミンジュ”という名前に託された「民主主義」は、国民に主権があるということだ。そして、その反対には「独裁制」がある。独裁者がすべてを取り仕切っていれば責任の所在は明らかだ。たとえば北朝鮮という国ならば誰でもその責任者の名前を知っている。一方、民主主義では国民に主権があるのが建前なわけで、責任の所在が見えにくくもなるのかもしれない。
 『殺されたミンジュ』では、民主主義であるはずの韓国社会で、上の命令に従順に従うばかりの無責任な個人が制度そのものをダメにしている様子を描いていく。主権者であるはずの国民がそれぞれの意見を引っ込めて命令に従うばかりでは、上の者に支配されているのと変わらないわけで、そんな体制が独裁制とどこが違うのか。そんな疑問をギドクは投げかけるのだ。

 『殺されたミンジュ』の韓国社会では、あちこちに小さな独裁者が顔を出す。シャドーズのメンバーたちはそうした小さな独裁者に苦しめられる側にいる。そして、小さな独裁者に対抗しなければ社会がダメになってしまうと憤るのがシャドーズのリーダー(マ・ドンソク)なのだ。彼は支配する側にも問題はあるが、それを許す側にも問題があると考えるのだ。
 リーダーの憤りが一番よく表れているのが、暴力を振るう恋人から離れられない女のエピソードだろう。(*1)DVにおいては暴力を振るったあとに急にやさしくなる時(ハネムーン期)がある。女はハネムーン期を思い、「我慢しているといいこともある」と小さな独裁者である恋人を許してしまう。リーダーにそれが許せないのは、個人が忍耐することで、独裁者がさらに幅を利かせることになるからだ。

(*1) 暴力的な恋人の男をキム・ヨンミンが演じている。キム・ヨンミンはシャドーズたちを苦しめる小さな独裁者たちの8役をこなしている。最初にシャドーズに拷問されるのがキム・ヨンミンだからちょっとわかりにくいのだが、キム・ヨンミンの演じる役は全て権力側に属している。

◆制度圏(権力側)と非制度圏
 ミンジュを殺した実行犯7人は社会的な成功者で権力側にいる。それに対してシャドーズはドロップアウトした側にいる。これをギドクの言葉で言えば「非制度圏」の人間ということになる。シャドーズのリーダーはネットの掲示板などを通して正義を行使するメンバーを集めたのだが、表向きの活動意義と現実の活動は次第に乖離していく。悪党を拷問して悪事を自白させる過程は、メンバーたちにシャドーズの正義に疑問を抱かせるのには十分で、リーダーは次第に孤立し、シャドーズ内部の独裁者となっていく。
 権力側とシャドーズとは何が違うのか? シャドーズの面々は活動時にコスプレのごとく衣装を変えている。最初は海兵隊の姿だったが、次はヤクザ風の面々に化け、アメリカ軍や国家情報院の姿になったりする。作品内では「本物と偽物」の違いが何度も話題になるが、どちらにもあまり差はないのだ。シャドーズがコスプレによって外見を整えてしまうとその違いはほとんどなくなり、やっていることも似通ってくる。双方が茶番劇を繰り広げているようにも見えてくるのだ。

 ※ 以下、ネタバレもあり!

『殺されたミンジュ』 キム・ヨンミン演じるミンジュ殺害の実行犯は拷問を受ける。

◆ドジョウとライギョ
 リーダーが権力側に対抗するのには理由がある。ミンジュはリーダーの娘だったのだ(もしかすると妹かも)。彼にとって、シャドーズの仕事は“正義”ではなく“私怨”である。そのことを理解しているから、リーダーはシャドーズの活動をメンバーに強要できなくなる。一方の権力側の7人はミンジュ殺害の理由をまったく知らない。ただ、国家的な戦略ということで命令に従ったのだ。「国家のため」という名目だけしかなかったからこそ、仕事ができたのかもしれない(女子高生を殺さなければならない正当な理由があると思えないが)。
 リーダーはシャドーズとしての仕事の最後に「ドジョウとライギョ」の話をする。ドジョウはドジョウだけで水槽に飼われているとすぐに死んでしまう。しかし、ライギョと一緒に飼われると、ドジョウはライギョから逃げ回ることで健康になり長生きする。敵がいたほうがエネルギーが増大するということだろう。ここでは権力側は必要悪のようなものとして認められているわけで、シャドーズの末路はいかにも苦いものとなる。とはいえ、リーダーが望んだのは「復讐の連鎖」でも、「権力の転覆」でもないわけで、リーダーにとってそうなることは予想できていたことであり、だからこそ余計に後味は苦いものだった。

◆メッセージあるいは美学
 この作品のラストは『春夏秋冬そして春』のそれを思い出させた。『春夏秋冬そして春』では、ギドク自身が演じた主人公が運び上げた仏像が下界のすべてを見下ろすようにして終わる。それは一種の悟りの風景のようだった。『殺されたミンジュ』では、達観したように下界を見下ろす位置にいたリーダーは、惨たらしく権力側のひとりに殺されることになる。その姿はギドク自身が『春夏秋冬そして春』の悟りの位置から叩き落され、地上に戻ったかのような印象でもある。
 最近の『レッド・ファミリー』では南北問題を取り上げ、『鰻の男』では食の安全という問題から始まって東アジアの国々同士の偏見を扱っていた。そして『殺されたミンジュ』も現実的な社会の問題を扱っている。ギドクは『アリラン』で自らを改めて見直した結果、より幅広く現実的な社会へも関心を向けているようだ。

 それにしてもこの作品は雑だし、ヘタでもある。洗練からほど遠いのだ。撮りたい作品がたくさんあることは素晴らしいことだが、クオリティを度外視しているようにも思えなくもない。弟子に監督を任せ脚本や製作だけの作品が続いたのも、今回のように撮影まで自分でこなしてしまうのも、作品を効率よく発表するためなのだろう。
 前作の『メビウス』は奇想天外な展開に圧倒されたけれど、「観念的な骨組みばかりが目立ってしまった」ようにも感じられた。『殺されたミンジュ』も、ギドクが訴えるメッセージは拝聴すべきものがあるとは思うのだが、そのメッセージばかりに頼りすぎで映像に艶っぽいところがまったくないのが残念だった。かつての『魚と寝る女』『春夏秋冬そして春』『うつせみ』あたりは審美的な方向にも重点があったと思うのだが、ギドクはそうした方向には興味を失ってしまったのだろうか。

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↑ 6月にはこんなのが出るらしい。『魚と寝る女』まで入っている。
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Date: 2016.01.21 Category: キム・ギドク Comments (0) Trackbacks (7)

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