『アンジェリカの微笑み』 古きことは素晴らしきこと

 今年の4月に106歳で亡くなったマノエル・ド・オリヴェイラ監督が101歳のときに完成させた作品。

マノエル・ド・オリヴェイラ 『アンジェリカの微笑み』 亡くなったアンジェリカ(ピラール・ロペス・デ・アジャラ)はただ眠っているだけのよう。


 イザク(リカルド・トレパ)はある雨の夜に写真撮影の依頼を受ける。撮影の対象は若くして亡くなった女性アンジェリカ(ピラール・ロペス・デ・アジャラ)の姿だった。イザクが眠るように横たわるアンジェリカをファインダー越しに覗き込むと、彼女がまぶたを開けやさしく微笑んできて……。

 生者が死者に魅入られてしまい、“あの世”へ連れて行かれるというのはよくある話だ。この作品もそうしたジャンルを踏襲しているのだけれど、怪談話のような怖さはない。アンジェリカに心を奪われた青年イザクは“あの世”へと誘われることになるが、そこに迷いはないように見える。死の扉の向こう側へ赴くことを楽しみに“この世”を去っていくのだ。101歳という年齢だったオリヴェイラ監督が、身近に感じていたかもしれない自身の最期の瞬間を描いているようにも……。さすがに100歳を越えると恐怖感のようなものはないのか、この作品も死を描いていても楽天的なものに感じられる。

 イザクを演じるのはオリヴェイラ監督の孫リカルド・トレパ。オリヴェイラの分身かもしれないイザクは、古くて伝統的なことは素晴らしいことだと考えている。作品の舞台は現代のはずだが、イザクの部屋には家電らしきものはラジオくらいしか見当たらない。使われる音楽もショパンだし、映画全体にクラシカルな趣きが漂う。イザクの部屋の窓から見えるのは、ドウロ河を挟んだ向こう岸の風景だ。その斜面の畑では歌いながら鍬で畑を耕す農民たちの姿もあり、イザクはそうした昔ながらの生活と人々を写真に収めている。
 イザクの生活と同じように、この作品自体もとても古臭い。写真のなかのアンジェリカが微笑んでみたりするのも映画としては珍しいことではないし、イザクとアンジェリカが空中浮遊する幸福感に満ちたシーンは無声映画の時代を感じさせる。この作品では古臭いことは悪いことではないのだ。
 古いものと比べると味気ない現代的で新しいものは作品から慎重に排除されている。外の世界は現代的なものもあるのだが、映画のほとんどはイザクの部屋と窓からの昔ながらの風景で占められている。イザクは寝食を忘れるほどアンジェリカのことを考え、彼女と過ごした夢の想い出に浸っている。そんなとき現実の世界はどんどん遠のいていく。イザクの部屋と、アンジェリカの屋敷があるドウロ河の向こう岸の風景、そんな古き良き時代のものばかりが描かれ、新奇なものはほとんど姿を見せないのだ。ごくたまにイザクが現実に回帰したときだけ、窓の下を走っていくトラックなどの外界の喧騒が聞こえてくるほど新しいものの排除は徹底している。そんな「古いものは素晴らしい」という考えも、100歳を越えても現役というオリヴェイラの作品だとさすがに重みが増すような気もする。

『アンジェリカの微笑み』ドウロ河の上をふたりが飛んでいく。とても懐かしい感じがする場面。

 オリヴェイラは現役最高齢の映画監督として知られていた。あの新藤兼人だって100歳で亡くなったわけで、それを越しているだけでもすごいことだ。けれどもそれだけではない魅力があるからこそ、70歳を越してからは毎年のようにコンスタントに作品を発表できるような評価を得たのだろう。
 ただ、その魅力を伝えることはなかなか難しいようにも思う。この作品もそうなのだが、オーソドックスで奇を衒ったようなところはなく、オリヴェイラの独自なスタイルというものが明白にあるような印象もない。物語には起伏がなく、驚くような展開もないのだ。たとえば『夜顔』の後半などは、主人公のふたりがホテルで会食をするだけに費やされる。しかし、それでも何だかよくわからないけれど魅せられてしまうところがあるのだ。
 『アンジェリカの微笑み』の冒頭の雨のシーンでは、暗闇のなかで車のヘッドライトに照らされて雨が雨らしく映し出されるし、農民たちが陽光のもとで働く場面もとても心地がいい。こうしたシーンは何気ないけれど、何気ないシーンがすんなりと決まるのは貴重なことなのだと思う。
 そして何よりドウロ河の向こう岸が遠景で捉えられるところがとても素晴らしい。オリヴェイラ監督がフローベールの『ボヴァリー夫人』を下敷きにして撮った『アブラハム渓谷』(1993年)では、神話的な土地としてドウロ渓谷が撮られていて印象深い作品だった。この『アンジェリカの微笑み』もそんな奇跡的な風景や、アンジェリカとイザクの夢のようなひとときを体験するだけでとても幸せな気分になることができる映画だったと思う。
 来年早々には追悼上映なども決定しているオリヴェイラ監督だが、74歳のときに製作した『訪問もしくは記憶、そして告白』は、監督自身の意向で死後に公表することになっていたのだとか。オリヴェイラ自身もまさかそれから30年も生きるとは思わなかったのかもしれない。遺言みたいな作品なのか否かはわからないけれど妙に気になる。

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Date: 2015.12.10 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (1)

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2015/12/29 シネ・リーブル梅田 8/10 まさかとは思うが深夜にもかかわらず写真屋を訪ねてきた執事の所にだけ雨が降り注いでるんではなかろうかと思わせる為なのか意識が吸い込まれそうになる程の深い闇を孕んだドウロ河沿いの町並みを捉えたファーストショットだけでは雨… >READ

2016.01.13

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