ユアン・マクレガー主演作 『人生はビギナーズ』

 ポランスキー『ゴーストライター』でも主役を演じたユアン・マクレガーの主演作。

ユアン・マクレガー主演 『人生はビギナーズ』

 「父親が75歳でゲイであることをカミング・アウトする」なんて聞くと、コメディ映画なのかと思えるけれど、印象はだいぶ違う。冒頭、誰もいない部屋を捉えたいくつかのカットは、ウディ・アレンベルイマンの影響を受けてつくった『インテリア』の冒頭によく似ている(ベルイマン『ファニーとアレクサンデル』にも似た場面があったような気もするし、リヴ・ウルマンのことが語られたりするのは、どこかでベルイマンの影響があるのかもしれない)。とにかく静かな印象なのだ。その空っぽな家で、主人公オリヴァーが父の遺品を片付けるうちに、父と過ごした日々の回想へと入っていく。
 『人生はビギナーズ』では、現実と回想は行きつ戻りつして、現在と過去も区別されることがない。これは父親を亡くしたばかりのオリヴァーにとっての喪失感の表れなのだろう。何かきっかけがあれば絶えず回想へと引き戻されていくのだ。筋道立った物語として記憶が存在しないように、この映画は様々な断片としてつながっていく。
 一方で、スチール写真や雑誌の切り抜き、短いカットなどをつないで様々な歴史がつづられる。1955年父と母の歴史、2003年オリヴァーとアナの歴史、オリヴァーとアナそれぞれの恋の歴史、ゲイ・ムーヴメントの歴史。この歴史シークエンスはとても軽快で、グラフィックアートシーンで活躍していたという監督の描くイラストも味があって楽しい。
 
 筋らしい筋はないのだが、主人公オリヴァーと父母、恋人アナ、愛犬との関係が描かれる。無理にまとめれば“コミュニケーション”の問題となるかもしれない。あまり親しげでなく幼いころの記憶がない父との関係は、カミング・アウトをきっかけに変わっていく。そのカミング・アウトの前に亡くなっている母親は、ちょっと風変わりでオリヴァーは戸惑うことも多い。
 「150の言葉を解するけど、しゃべれない」愛犬アーサーは、オリヴァーの目を見つめてじっと話を聞く姿がなんとも可愛らしい。字幕でアーサーの心の声が説明されるのだが(ウディ・アレンが『アニー・ホール』でやっていたみたいに)、実際、愛犬家ってのはそんなふうに犬と会話しているのだろう。
 ふさぎこむオリヴァーは友人たちに仮装パーティに連れ出されるのだが、気乗りはせずフロイトの格好で精神分析を気取って人の話を聞いてやり過ごそうとする。そこで初めてアナと出会うのだが、アナは咽頭炎でしゃべることができない。フロイトの自由連想法という治療法は、寝椅子に横たわった患者が語り、医者はそれを聞くだけ。そして時間が来れば患者は去らなければならない。しゃべりたくないオリヴァーとしゃべれないアナ。この奇妙なふたりの関係もおもしろい。そんなディスコミニュケーションがあるからこそなのか、あまり恋に積極的とは思えないオリヴァーもアナに惹かれていくことになる。
 オリヴァーはアナと付き合うようになるのだが、父を喪った哀しみを忘れて前向きに生きるというように単純にはいかない。どこかその関係にも躊躇があるのか、喜びはあってもすぐに迷いが忍び寄ってくるといった感じ。アナはオリヴァーにこんなふうに言う。

「半分は悲観的に考える人たち(残りの半分は魔法を信じる人たち)」
「無表情の人/そういう人はある方向を見ながら心は違う場所にあるのよ」

 これはオリヴァーについての言葉なのだ。オリヴァーは物事を悲観的に考えてしまう人間で、どこか心ここにあらずで、過去の恋愛の失敗に照らしては、ふたりの関係すら「うまくいかない」と考えてしまうのだ。

 もっともこの作品は“コミュニケーション”というひとつのテーマに縛られた映画ではない。それは監督・脚本のマイク・ミルズの実体験に基づいている映画だからだ。エピソードはテーマに寄与するのではなく、実体験としてのエピソードそのものが断片として生き生きと描かれる。そこに劇的なところはないが、プライベートなものだけに細部にリアリティがあるのだ。
 オリヴァーとアナはふたり一緒にいるのに気の効いた台詞も言えず、「僕たち、どうなる?」「分からないわ」などと煮え切らない。このあたりも妙に生々しいのだ。現実に自分たちの行く末なんて誰もわからないのだから。ベルイマンは「『第七の封印』は頭でつくったが、『夏の遊び』は心でつくった」と語っていた。マイク・ミルズの『人生はビギナーズ』も、心でつくった作品なのだろうと思う。

 オリヴァーはけんか別れしたアナとやり直すことを選ぶ。それは先人としての父親の姿に学んだからだ。75歳になってゲイの初心者ビギナーを始められるのだから、人は失敗をしてもいつでもやり直すことができる。最後にふたりは「試してみよう」と前向きな言葉を残して終わる。もちろんそれはすんなり成功に終わるはずもないものだとは思うけれど……。

 芥川龍之介は『侏儒の言葉』において、こう記している。

 「我我は母の胎内にいた時、人生に処する道を学んだであろうか? しかも胎内を離れるが早いか、兎に角大きい競技場に似た人生の中に踏み入るのである。勿論游泳を学ばないものは満足に泳げる理窟はない。同様にランニングを学ばないものは大抵人後に落ちそうである。すると我我も創痍を負わずに人生の競技場を出られる筈はない。」

 芥川は悲観的過ぎるけれど、人は皆、生きることにおいて初心者ビギナーだということだ。だからこそ何度でも「試してみる」ほかないだろう。失敗したらまたやり直せばいいのだ。


 最後に余談だが、ユアン・マクレガーがオビ=ワン・ケノービを演じる『スター・ウォーズ』シリーズでは、オビ=ワンの師匠であるヨーダはこう言っていた。 

「やるか、やらぬかじゃ。試しなどはない。」   
                             (『スター・ウォーズ 帝国の逆襲』より)

 とはいえ、『スター・ウォーズ』は超人的なフォースを持つジェダイの騎士の話なので、われわれ凡人としては何度でも「試してみる」ほかないだろうと改めて思う。

ユアン・マクレガー出演作
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Date: 2012.08.08 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (0)

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