『祖谷物語-おくのひと-』 “祖谷”と書いて「いや」と読みます

 監督は84年生まれの蔦哲一朗。ちなみに蔦監督の祖父は、甲子園でお馴染みだった池田高校の蔦文也監督(こちらは野球の監督)とのこと。
 昨年劇場公開され、今月になってDVDがリリースされた。
 この作品に興味を持ったのは、以前たまたま祖谷を訪れたことがあったから。映画のなかにも登場するかずら橋を見てカラフルなバスにも乗ったけれど、たかが観光なのでほとんど知らないのと同じなのだが、公式ホームページなどによると祖谷(いや)は「日本最後の秘境」とか呼ばれているとか。

蔦哲一朗 『祖谷物語-おくのひと-』 春菜を演じた武田梨奈。お爺を探して雪山を駆け回る。

 徳島県の山奥・祖谷に住むお爺(田中泯)は、事故に遭ってひとり取り残された子供を拾う。長じて高校生になった春菜を武田梨奈が演じている。武田梨奈はアクション女優として活躍しているそうで、セゾンのCMにも登場している。最近では『進撃の巨人』にも顔を出していた。イチャつくカップルとして登場し、相方が殺されると空手仕込の蹴り技を炸裂させてちょっとだけ見せ場を作っていた。
 武田梨奈がこの『祖谷物語-おくのひと-』の主役に選ばれたのは、起伏が激しい山のなかを駆け回る役回りだったからだろう(雪のなかをセーター一枚で走り回り、頬を染めるあたりがとてもいい)。祖谷の土地は勾配が急で、カメラで撮られた映像はどこに水平面があるのかよくわからなくなるような感覚だ。東京のような平野とは違う世界なのだ。後半では東京も舞台となるのだが、そこでも春菜は祖谷を懐かしむようにビルの屋上の際に腰掛けて下を見下ろす位置にいる。

 お爺の存在は、祖谷の自然の化身なのだろう。背中に苔が生えてくるというのもそのことを示しているし、お爺に拾われた春菜が「オオカミ少女」と呼ばれていることからもそんな推測が成り立つと思う。
 ちなみに「オオカミ少女」とは「オオカミ少年」の女の子版のことではないわけで、オオカミに育てられた少女ということだ。昔は教科書にも出ていたこともあるという「アマラとカマラ」の話が有名だ。『オオカミ少女はいなかった』という本によると、「アマラとカマラ」の話自体は嘘だったらしいのだが、人間の子供がオオカミやほかの動物に育てられたという伝説の類いは世界各地にあるとのこと。この作品ではお爺はオオカミの役割を果たしていて、春菜は自然の化身に育てられた少女だということだ。
 お爺はその辺の石や木みたいにしゃべることをしない。そんなお爺が珍しく興味を持って見つめるのが、都会からドロップアウトして祖谷に逃げ込んだ青年工藤(大西信満)だ。お爺は農作業を始めた工藤のことをただ見つめている。それだけなのだがお爺は工藤の素質みたいなものを感じているのだろう。工藤は山のなかで動物のように木の実か何かを食いながら生活していくようになっていく。

『祖谷物語-おくのひと-』 お爺(田中泯)は死期が近づいたのか山へ還ろうとする? 田中泯は歩き方からして異彩を放っている。

 後半に役者として河瀨直美が登場してくるのは、その手法を意識しているからなのだろうか。この作品はドキュメンタリー的な手法を交えて進行していく(ちなみに次回作は、祖父・蔦文也を追ったドキュメンタリーだとか)。地元の村人が役者として登場するし、害獣駆除のシーンなどは、地元の猟友会に撮影クルーが同行して撮影されている部分があるように見える。しかし、お爺の背中に苔が生え出す中盤以降にはファンタジックな色合いが濃くなっていく。
 地元のおばあさんが手作りしていたカカシが動き出し、お爺が春菜を育てた家は自らを折りたたむようにしてつぶれていく。以降、この家は二度と登場しないところに鑑みると、あの家自体も狐や狸に化かされた幻だったのかもしれない(『雨月物語』の屋敷が消えてしまったように)。

 祖谷は山深い。この作品はその自然を35ミリフィルムで捉えている。『羅生門』を思わせる森のなかの横移動撮影とか、最後には山全体を捉えた空撮などもあり、祖谷の美しい自然を見事にフィルムに収めていて陶然とさせるところがある。
 そんな祖谷にも開発の波はある。元からの住民たちは便利さを選ぼうとするが、外部からやってきて新たに自然を発見した外国人グループは自然保護を訴える。彼らは資本主義に毒された都会のサイクルを“悪循環”だと考える。そして、その反対の自然のサイクルは称揚される。
 都会からやってきた工藤は、祖谷の山を彷徨っていると血のようなものを吐く。また、春菜も夢のなかで自分が祖谷にやってきたときのことを再び体験したあとで、血のようなものを吐く(春菜の両親と思われる人物は都会からやってきたようだ)。都会で汚れた身体が、祖谷の自然で浄化され、悪い血が吐き出されたということなのだろう。
 ここでは自然の浄化作用と汚れた都会の悪循環が対比されている。終盤、春菜は東京へ出て水を浄化する研究に励む。研究成果は経済が回ることを優先する資本主義の論理によって抹殺されることになるが、春菜はマリモみたいな成果物を隅田川に投下して水の浄化を図る。自然が育んだ春菜が、自然に恩返しをしているのだ。(*1)
 最後は都会で汚れたカカシを抱いて祖谷に戻ってくる春菜だが、そこで待っていたのはお爺のように自然と同化した工藤の姿だった。お爺=自然に育てられた春菜が、その自然に恩返しをするというのは、鶴の恩返しみたいなおとぎ話めいたものを感じるが、すべてが自然の手の平のなかの出来事でもあり、この作品の主人公は自然そのものだとも言えるのかもしれない。何はともあれ169分の長尺を気にせずに観るべきだと思う。そんな稀有な作品だ。

(*1) その恩返しが都会を迂回しなければならないのは、最先端の科学技術へのアクセスのしやすさよりも、蔦監督が影響を受けたという宮崎駿『風の谷のナウシカ』(特に漫画版)の腐海と人間たちの関係が意識されているからだろうか(漫画版をちゃんと読んでないので勝手な推測だが)。

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Date: 2015.08.19 Category: 日本映画 Comments (0) Trackbacks (0)

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