『嗤う分身』  「本当の自分はこんなんじゃない」という叫び

 ドストエフスキーの原作小説(岩波文庫版は『二重人格』という題名)の映画化作品。
 同じ原作を映画化したものでは、『ベルトルッチの分身』もある。
 監督はリチャード・アイオアディ。日本では限定的な公開しかされていない『サブマリン』という処女作で注目された人。
 昨年劇場公開され、今月に入ってDVDがリリースされた。

リチャード・アイオアディ 『嗤う分身』 ジェシー・アイゼンバーグは二役を演じ分ける巧みさを見せた。中央はハナ役のミア・ワシコウスカ。

 大佐と呼ばれる人物が支配する主人公の職場は全体主義を思わせるけれど、かつてのソビエトとは違うようで、どの時代のどこの国なのかもわからない世界観が魅力的な作品だった。一度たりとも太陽が顔を見せることはなく、常に暗闇が支配している。会社に向かう通勤電車も車内は薄暗く、どこかシュールな雰囲気を醸し出している。そんな妖しい世界になぜか日本の歌謡曲が流れ出す。ディストピア的世界に坂本九「上を向いて歩こう」ブルー・コメッツ「ブルー・シャトウ」など昭和の歌謡曲というミスマッチ感が何とも言えない奇妙な味になっている。

 “分身”を題材にした小説や映画は結構多い(以前取り上げた『複製された男』もそうだろう)。たとえばエドガー・アラン・ポーの短編「ウィリアム・ウィルソン」における“分身”は、主人公の“良心”の具現化であるとされる。ここでは邪悪な主人公をいさめる役割を“分身”がしていて、最後はふたりが対決することになる(オムニバス『世にも怪奇な物語』のなかの「影を殺した男」として映画化もされている)。また、よくある多重人格の話では、幼少期のトラウマが原因となり、元の人格を防衛するために、別の人格が生じるというケースがほとんどだ。ここでは“分身”はもとの自分を守る役割なのかもしれない。
 そんなふうに“分身”と言っても様々なケースがあるのだと思うが、この『嗤う分身』の“分身”は主人公の理想像の具現化と言えるだろう。主人公サイモン・ジェームズ(ジェシー・アイゼンバーグ)は職場では怒鳴られ、母親からもダメ出しばかりされている冴えない男だ。想いを寄せる同僚のハナ(ミア・ワシコウスカ)に声をかけることもできない(マチコ巻き的なハナのスカーフの使い方は昔風)。そんな自分には嫌気が差すわけで、「本当の自分はこんなんじゃない」という思いを抱えている。「大佐の会」というパーティで閉め出しを食らったサイモンは「これは僕じゃない」と叫ぶと、そのあとに“分身”であるジェームズ・サイモン(ジェシー・アイゼンバーグの二役)が登場する。

 ※ 以下、ネタバレもあり!

『嗤う分身』 分身の登場に驚く主人公だが、周りは誰も気にしていないというのも奇妙な……。

 ジェームズは見た目はサイモンと瓜二つだが、性格は正反対。仕事も人間関係もうまくこなすし、女性ともすぐに仲良くなる。それもそのはずで、ジェームズはサイモンの理想像が具現化したものなのだから、サイモンができないことをジェームズがうまくこなすのは当たり前なのだ。
 次第に“分身”であるはずのジェームズが、サイモンのすべてを奪っていく。サイモンが考案した仕事のアイディアも、想いを寄せるハナもすべてがジェームズのものになり、サイモンはその存在意義を失っていく。それでも理想的な自己像(ジェームズ)が生き残れば、冴えない自己像(サイモン)なんかいらないと割り切ることができないというのが人間の複雑なところだろうか。「本当の自分はこんなんじゃない」という叫びがジェームズを生んだのに、それが優位になってくると元のサイモンからすればジェームズは偽者であると感じられるわけで、逆に「本当の自分はジェームズなんかじゃない」と叫ばなくてはならなくなるという……。
 サイモンが最後に発する言葉は「特殊な存在(ユニーク)でありたい」だった。自分だけが唯一無二の存在になりたいという、どうにも抑えようのない自我というものが“分身”を生み出してしまった正体ということなのだろう。

 ちょっと怖かったのは、サイモンが自殺する場面をもうひとりの自分であるジェームズが見てしまうところだ。自分が自殺する場面を目撃するなんて、そんな怖いことがあるだろうか。
 サイモンは作品の前半で、一度ほかの男の自殺を目撃している。最後のサイモンの自殺場面になったときには、一度目の自殺はサイモンの未来の姿だったようにも見えるのだ。
 一度目の自殺ではすべてを目撃したサイモンは、その騒動をきっかけにしてハナと話す機会を得る。実は、ハナは自殺した男のことを知っていて、ストーカー的につきまとわれていたのだ。ハナはその男を激しく非難する。「ただ私を見つめて、気持ちが伝わる? 見つめていれば、そのうち私からキスするとでも? つきまとわないで!」と。その結果としてストーカー男は自殺したわけだが、ハナの非難を聞かされているサイモンにもその言葉は深く突き刺さる。サイモンは向かいのマンションからハナの姿を覗くことを趣味にしているからだ。
 一度目の自殺の時点で、ストーカー男はサイモンの姿と重ね合わせられていたわけで、だから最後にジェームズがサイモンの自殺を目撃する場面では、一度目で予告されていた自殺が実際に起きてしまったようで、余計に怖いものがあったのだ。しかもその事態を自分が見ているという……。

追記:先日、ポランスキー『テナント/恐怖を借りた男』(1976年)を観たら、かなり『嗤う分身』とカブるところがあって驚いた。向かいから覗かれているとか、飛び降り自殺なんかもあったりして結構パクっていると思う。

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Date: 2015.07.25 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (2)

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