アンドリュー・ニコル 『TIME/タイム』

 秀逸な設定の脚本が楽しませてくれた『ガタカ』(監督/脚本)や『トゥルーマン・ショー』(脚本のみ)のアンドリュー・ニコルの脚本・監督作品。

アンドリュー・ニコル 『TIME/タイム』

 『TIME/タイム』は『ガタカ』の世界の先を見据えたような作品だ。『ガタカ』では遺伝子操作によって“適正者”と“不適正者”が区別される世界だった。遺伝子を検査すれば持病から寿命、社会的に不都合な性格までも判断できてしまう。だから自然に生まれた人間よりも、遺伝子操作された“適正者”が優遇されることになる。
 『TIME/タイム』の世界では、もう“不適正者”は存在しない。すべての人間が遺伝子的に“適正者”として生まれ、肉体的に完成されるであろう25歳をもって成長を止め、その後いっさい老いるということはない。完成された肉体を持ち、銃で頭を撃ち抜かれでもしない限りは死ぬことはない。不老不死が実現された世界なのだ。
 そうなると皆が幸せになるかというと、どうやらそうでもないようだ。病気も老化もなく死者が出ないということになれば、当然人間は増え続けることになる。そうなると不都合が生じるのは明らかで、なんらかの形で選別がなされなければならない。
 そのための方策として登場するのが“ボディ・クロック”という発明だ。腕に時計が埋め込まれ、そのカウントは25歳になり人が成長を止めたときからスタートする。この時計は時刻を示すものではなく、その人の残り時間を示すのだ(最初は1年間の寿命が与えられる)。
 さらに、その時間は通貨の役割をも果たす(これもユニークな設定だ)。まさに「時は金なり」だ。通貨である<時間>をたくさん持っている人間は、残り時間も多いことになる。保有する通貨の多寡で選別がなされるわけだ。病気も老いもないのだから生活保護なんかあるはずもなく、何らかの理由で手持ちの<時間>が尽きた順に死んでいくのだ。富裕層は莫大な<時間>を保持し、ほぼ永遠の命を有することになる。逆に貧者の残り時間は少ない。日々<時間>を稼いでチャージしていかなければ生きていけないのだ。
 この世界では給料も日々<時間>で配られ、買い物も<時間>で取引される(コーヒー一杯が4分、バス賃が1時間半とか)。例えば、娼婦はこんなふうに声をかける。「10分で1時間よ」。これをわかりやすく言葉を補えば、「1時間分の<時間>をわたしにくれれば、10分間だけいいことしてあげるわよ」といったところだ。すべてが時の尺度で計られるのだ。この世界では時間=通貨=命ということになるわけだ。

 現実の世界なら、金満家の老人も金を払って寿命を延ばすことはできないし、若者の多くは時間は無駄なほどあっても有効に活用するための手段となる金には事欠いている。どちらにしてもままならないのが世の中なのかもしれないが、『TIME/タイム』の世界ではそれが解決されたのだろうか。もしかすると富裕層にとっては解決したのかもしれない。すでに死は失われた。<時間>という通貨を集めれば、永遠に生きていける可能性がある。人口問題は<時間>の流通を操作したり、物価を上げることで調整できる。<時間>はそのまま命だから、市場に出回る<時間>が少なくなれば当然死者は増える。体制側からすればこんなに管理が楽なシステムはないのかもしれない。体制側が困らない程度の人間を生き延びさせて社会を回し、私腹をさらに肥やすわけだ。
 
 とにかく設定は冴えている。その設定に関してのみでさらに言葉を連ねることもできるのだけれど、これは映画の出来とはまったく関係のないこと。決して退屈する映画ではないのだが、残念ながらその設定のおもしろさをうまく処理できているとは思えないのだ。興味深い部分ももちろん多い。老いの失われた世界だから、母親も妻も娘も皆一様に若く魅力的で恋愛事情も複雑になるとか、その他諸々……。一方でツッコミどころもまた満載なのだが、ここではラストについて記す(どんなラストにしようが勝手なのだが、あまりにもその設定とかけ離れている)。
 『ガタカ』では空を見上げれば宇宙へ向かうロケットが飛び、“不適正者”の主人公は“適正者”を差し置いてタイタンへ旅立つことができた。努力次第でなんとか“適正者”に太刀打ちできる余地があったのだ。簡単に言えば、その世界にはどこか夢や希望があった。『TIME/タイム』ではまったくそれがない。完全に管理されつくしたディストピアなのだ。もちろん夢や希望がないのは一向に構わないのだが、そこから導き出されるラストが「暴れてみたら楽しかった」みたいな個人的な発散にしか見えないのだ。
 主人公は大富豪の娘を人質に取って、ボニーとクライドを思わせる逃避行をし、体制に対して反抗を試みる。それは大富豪が言うように、「究極的には何も変わらない」程度なのだが、主人公はたかだか100万年分の<時間>を街にばら撒いただけで、体制を変えたみたいに得意顔なのだ。あまりに能天気すぎるだろう。『TIME/タイム』の設定は、ごく一部の人間が富を独占する現実社会の風刺だろうが、それに対する解決策にしてはあまりに投げやりだ。銀行を襲えば資本主義体制が崩れるなんてことはないのだから。ボニーとクライドがいつまでも好き勝手を続けられなかったように、主人公たちの行く末も決まってくるはずなのだ。マーケティング戦略に則ったのかわからないが、上辺だけ取り繕ったようなエンディングにはかえって興醒めだろう。

アンドリュー・ニコルの作品

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Date: 2012.07.23 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (0)

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