『スリー・モンキーズ』 “見ざる、聞かざる、言わざる”そうでもしないとやっていけない

 『昔々、アナトリアで』ヌリ・ビルゲ・ジェイランの2008年の作品(カンヌ映画祭監督賞受賞作)。この作品も日本では劇場公開はされていないが、『昔々、アナトリアで』に続いて11月7日にDVD化された。
 題名の“スリー・モンキーズ”とは、日光東照宮にあるような“見ざる、聞かざる、言わざる”のこと。これは世界的にも“Three wise monkeys”として知られていて、似たような表現は日本だけでなく世界各地にあるのだという。

ヌリ・ビルゲ・ジェイラン 『スリー・モンキーズ』 くすんだ色合いの映像が印象に残る。


 エユップはボスである政治家セルヴェトの罪をかぶって刑務所へ入ることになる。大黒柱を失ったエユップの家では、息子イスマイルがニートな生活を送っている。「憂うつなんだ」と言ってはばからず、夜にはどこかでけんかをし、血だらけで帰ってくるイスマイル。そんな息子を見て、母親ハジェルは彼が欲しがっていた車を買うためにセルヴェトのところに金策に行くのだが……。

 物語の中心となるエユップ一家がそれまでどんな家庭だったのかはわからないが、冒頭の事件以降、バランスを欠いて危うい雰囲気を漂わせている。一歩間違えれば決定的な何かが生じるのではないかという緊張感がある。今にも何かが起こりそう、そんな予兆に満ちた映画だと私には思えた。
 説明的な台詞はなく、登場人物の内面も語られることがないため、とても余白が多い映画だ。それを退屈と感じる人もいるかもしれないが、ゆったりとした描写と想像をたくましくさせる間があって、余白に様々ものを読み込むこともできるだろう。

 『スリー・モンキーズ』で、一歩道を踏み外してしまったのは、ひき逃げの罪をなすりつけた政治家セルヴェトだろう。彼がさらに大きく道を外れることになるのは、身代わりをさせたエユップの妻ハジェルとの不倫だ。そのきっかけとなる場面では、相手に対して意味ありげな眼差しを向けるよりも、ただ扇風機の風に当たるセルヴェトの様子が捉えられている。多大な犠牲を払って臨んだ選挙に負け、自暴自棄気味のセルヴェトに魔が差した瞬間なのだと思うのだが、そうした何げない描写にもあやしい雰囲気がある。(*1)

『スリー・モンキーズ』 イスマイルは電車に乗って風を顔に感じる。「大自然のなかにある人間」といったモチーフは『昔々、アナトリアで』でも感じられた。

 イスマイルは刑務所の父親に会いに行く際、途中で何の前触れもなく突然嘔吐する。服を汚してしまったイスマイルは一度帰宅し、そこで母親ハジェルとセルヴェトとの不倫の場面を覗いてしまう。ここでなぜイスマイルが突然嘔吐するのかはわからない。幾分かマザコン気質にも見えるイスマイルが、母親の不倫に対して虫の知らせを感じたものなのしれない。(*2)あるいは、もっと漠然とした不安に駆られてのことかもしれない。
 イスマイルは大学受験に失敗し、仕事もないという鬱屈とした生活を送っている。それだけでも十分に憂鬱かもしれないが、その苦悩の影にはかつて幼くして亡くなった弟の姿がある。父親エユップもその存在を感じている。弟の存在はふたりの弱った心に忍び寄ってくるようだ。(*3)この弟の亡霊に託されているのは、実存に対する不安といったものにも思える(これは余白の部分に私が勝手に読み込んだものかもしれない)。この映画は後半になるにつれて、空の色とともに物語も不穏さを増し、雷鳴が轟く大荒れの天候が予想されたところで終わる。「風雲急を告げる」的に何かを予兆するようなラストにも、そんな不安が表れているようだ。

 イスマイルは浮気を知って、一度は母親を叩くのだが、そのあとは距離を置く(ふたりの描写はしばらく登場しない)。刑務所から戻ったエユップも、妻ハジェルの変化に気がつくが、浮気について詰問して三行半を突きつけることもない。さらにエユップは屋上から飛び降りんとするハジェルを止めようともしない。“見ざる、聞かざる、言わざる”という状態がここにある。そもそも母親が浮気に走るのも、現実を直視しない(見ざる)という対処法なのだろう。
 結局、ハジェルは飛び降りを実行することはないが、“一歩足を踏み出せば破滅”という場所に身を置いていることは確かだ。何かが起きそうでいて、何も起きないとも言えるのかもしれないが、それはたまたま回避されただけにすぎないのだ。多かれ少なかれ、われわれはイスマイルが抱えるような苦悩と向き合うわけだし、ハジェルがいるような極めて危うい場所に立たされることもあるのだ。そして、それはたまたまバランスを保っているだけで、いつそのバランスが崩れるかはわからない。『スリー・モンキーズ』は、そんな漠然としてはいるが普遍的なテーマを、そこはかとなく感じさせてくれる映画だと思う。

(*1) このセルヴェトとハジェルが事務所で面会する場面は、編集がこなれている。ふたりが顔を合わす瞬間も、別れる瞬間も省略されているのだが、文脈としてはきちんとつながっている。さすがに手練れの監督という感じがする。

(*2) ハジェルとイスマイルの母子は、海辺でふたり仲良く並んでみたりする。この場面は『東京物語』のワンシーンとそっくりである。ヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督のお気に入りのなかには小津安二郎の作品もあるとのこと(こちらのサイトから)。

(*3) 亡くなった弟の登場は、ホラー映画のような描写になっていて驚かされた。

スリー・モンキーズ [DVD]


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Date: 2014.11.14 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (0)

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