園子温 『恋の罪』

 桐野夏生『グロテスク』でも題材にされた実際の事件を題材にした作品。事件とは、先日、再審が決定されたことでも話題となった、いわゆる東電OL殺人事件のこと。

園子温 『恋の罪』

 題名『恋の罪』を英語で記すと「Guilty of Romance」となる。園監督によれば、“恋”とは「ロマンス」のことであり、それは“愛”とは別の“何か”を表現したものだ。主人公の3人の女性はそうした“何か”を抱えている。“愛”とは生活に密着した穏やかなものである。一方、“恋”が表現する“何か”は、監督曰く「トキメキ」であり、女性を縛る“抑圧から解放”だ。有名作家の妻である菊池いずみ(神楽坂恵)も、事件を追う刑事である吉田和子(水野美紀)も“何か”を求めてしまう。その“何か”が罪になるのは、いずみも和子もそこそこ満ち足りた結婚生活を送っているはずなのに、旦那以外の男と関係を持ってしまうような厄介なものが“何か”には含まれているからだろう。

 この“何か”は一言では言い難い。『ボヴァリー夫人』だって、その“何か”を扱っている。昼ドラにだってありがちだろう。また、同じ事件を扱った『グロテスク』であれば、それは“心の闇”などと呼ばれるかもしれない。
 『恋の罪』の3人のなかで最もその“何か”に囚われてしまったのが、現実の事件の被害者がモデルの尾沢美津子というキャラクターだ。美津子は昼には大学助教授として文学を教え、夜は渋谷円山町で街娼として客をとる。夜の美津子は、その“何か”をカフカを参照して「城」(永遠に辿り着けない場所)だと語る。また昼の美津子はその“何か”をある詩のなかに見出している。

言葉なんかおぼえるんじゃなかった
日本語とほんのすこしの外国語をおぼえたおかげで
ぼくはあなたの涙のなかに立ちどまる
                      (田村隆一「帰途」)



 これは「言葉のない世界」への憧憬を詠った詩だ。「帰途」の解説(渋沢孝輔)にはこうあった(『現代の詩人3 田村隆一』より)。

「言葉なんかおぼえるんじゃなかった」という1行はとりわけ印象的である。平易な日常語で書かれたこの1行は、大げさに言えば、人間の条件と宿命に真直ぐに届くところを持っているからである。人間は言葉をおぼえることによって文化を作ったが、そのおかげでまた、他人や事物の世界に直接触れることができなくなってもいる。

 
 もう“恋”とかを越えて人間の根本的な部分に対する洞察なのだ(ラカンを想起させもする)。美津子は「言葉のない世界」への憧憬を語りながらも、その不可能性にも気付いており、「城」という象徴的な言葉をもって“何か”を表そうとするのだ。

 さて、本題はここから。上に記したようなことは映画のなかの言葉の解釈に過ぎないのだが、それではこの映画を説明したことにはならないようだ。
 園子温の映画を観ているとそれまで観ていた内容がわからなくなってくるような時がある。『冷たい熱帯魚』では殺人鬼の挑発に反撃した主人公が、(家族の元に戻るのではなく)偽りの集まりだった家族にも手にかける。『紀子の食卓』では「自殺サークル」が食物連鎖になぞらえられる詭弁によって、なぜか自殺が高次のステップとして正当化される。挑発が殺人へ、詭弁が自殺へ結び付くには大きな“隔たり”がある。園監督はその展開をロジックで説明しようとは考えていないのだ。
 この映画でもそうだった。いずみは美津子から「城」や「言葉のない世界」の話を聞き、美津子がその“何か”を飼いならす術を持っている人間だと考える。私は美津子がいずみをどこかへ導く先導役をしているのかと思っていると、買春客として現れたいずみの夫と美津子の関係が明らかになって混乱してくる。美津子はいずみの夫と昔から関係があり、そうした情事が作家である夫の創作を支えていたのだという。美津子は「何の講義がしたくてわたしが親切心を出すと思ってたんだよ、このボケ」といずみを罵倒する(文字にすると凡庸だが、吐き出されるテンションたるや凄まじい)。同類相憐れむ的なものではなくて、単なる女の嫉妬心なのか、だとすれば途端に昼ドラみたいなアホらしい話になる。と思う間もなく、美津子は急にしおらしくなって、自分を殺すようにいずみに仕向ける。
 このあたりの展開は突拍子もなく、わけがわからずに笑えてくるほどだ。例えば『グロテスク』なら主人公の成育環境、持って生まれた素質、社会的な差別、丹念な心理描写を通じて「さもありなん」と納得させようとするだろう。園監督はそうではない。“何か”を示すそれらしい表現は提出しているが、“何か”によって美津子が死に赴いたり、“何か”によっていずみが娼婦に身を落としたとは描かない。“何か”とそれぞれが行き着いた先には“隔たり”があるのだ。
 いずみは海辺の町に流れ着く、娼婦として。いずみ自身は「詩」と「城」によって“何か”が説明された気になっている。そして出会った客にその話を聞かせる。しかし客にはそんな御託ごたくは関係なく、「クソみたいな詩だ」と否定されたあげくボコボコにされてしまう。そんな言葉で安易に“何か”を説明した気になるなという監督自身の戒めにも感じられる。
 園子温の映画はロジカルなものではなく、有無を言わせぬ力技なのだ。その過剰なまでのテンションは“隔たり”を飛び越えていく。チープでけばけばしい悪夢のような円山町のホテル街の雰囲気と、演者たちの迫力で強引に映画を引っ張っていく。『冷たい熱帯魚』の殺人鬼(でんでん)も恐ろしいが、美津子を演じた富樫真は化け物じみた存在で迫ってくる。その世界では美津子がだれに殺されたとか、いずみがなぜ娼婦になっていくのかはどうでもいいことに感じられてくる。解釈とか説明なんて考えず、ただ圧倒されて園世界そのワールドを体験すればいいのだ。その強引さに幻惑されるところが心地よくなれば、あまた存在する園子温ファンの一員だろう。

恋の罪 [DVD]


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Date: 2012.06.14 Category: 園子温 Comments (2) Trackbacks (0)

この記事へのコメント:

GP

Date2015.01.10 (土) 14:05:24

はじめまして。GPと申します。
先日、この映画を観まして衝撃、というより感銘を受けました。
そして、僕も僕なりに思った事をブログにて考察とし書きました。

もしかしたら、同じ様な考えの方がいらっしゃらないかと、色々評論を探していたところです。

映画の評論、考えは人それぞれで、思う事も十人十色だとは、思うのですが、この評論を読ませて頂いて、感じるところが近いと思い、コメントさせていただきました。

もし、お時間がありましたら、是非僕のブログも読んで頂ければ幸いです。

Nick

Date2015.01.11 (日) 20:30:31

コメント、ありがとうございました。

自分でもこんなこと書いていたのかと思うくらいだったのですが、
好き勝手な感想を読んでいただきましてありがとうございます。

先日レンタル開始になった『BAD FILM』は、
社会的に死んでるみたいに生きている人に対して訴えかけるような園作品でした。
特に「東京ガガガ」の運動あたりが。
かなり暑苦しいところがありますから、個人的には苦手ですが。

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