ギドク脚本作  『レッド・ファミリー』 不可能だと知りつつ夢見ること

 12月6日から最新作『メビウス』の公開が迫っているキム・ギドクが、脚本、編集、エグゼクティブプロデューサーを務めた作品。監督は本作が初の長編作となるイ・ジュヒョン
 出演はキム・ユミ、チョン・ウ、ソン・ビョンホ、パク・ソヨンなど。
 第26回東京国際映画祭では観客賞を受賞した作品とのこと。
キム・ギドク脚本作『レッド・ファミリー』隣の家族は北朝鮮のスパイだった。
 理想的な家族に見える一家は、実は北朝鮮のスパイ一味だった。『レッド・ファミリー』はそんな設定から始まる。その隣に住むのは資本主義に毒された韓国の家族たち。北側のスパイたちは、年長者たちに対する敬意という儒教的な心を忘れていない家族と見える。一方で韓国の家族は、贅沢な食事にも文句をいい、借金してまで無駄な金を使い、自由すぎるあまり自己主張が強く夫婦げんかが絶えない。韓国側は特にその嫁を中心にしてバカな家族として描かれているのだ。北側のスパイたちはそれを傍目に見て「資本主義の限界」だとし、北朝鮮の思想に対する想いを強くするのだが……。

 北側の家族構成は、若い夫婦とその娘と祖父。隣家も構成は似ていて、若夫婦と息子に祖母。伴侶のいない子供たちと老人たちは惹かれ合うようになり、次第にふたつの家族は近づいていく。この映画は、北のスパイが韓国社会に触れて変っていくというのが大筋だが、それ以上に家族のあり方を再考する映画となっているようだ。
 スパイの4人は、北朝鮮に残してきた家族のために、スパイ活動をどうしても成功させねばならない使命を帯びている。北の思想にかぶれてスパイをしているのではなく、家族を人質に捕られてやむなくスパイとなっているのだ。
 そんなスパイたちが韓国のバカ家族と触れ合ううちに、家族のかけがえのなさを改めて感じる。国家や国境というものは幻想にすぎないが、家族だけは確固として存在する。そして家族は一緒に暮らすものだ。そんな想いを最初はやや滑稽に、最後は大泣き泣かせる展開で描いている。

 ギドク作品にはありがちだが、色々とツッコミどころも多い映画である。まず隣家の声が北側のスパイには筒抜けになっているというのが不自然だ(隣家を盗聴していることにでもすればよかったのに)。それから暗殺の場面が何回も登場するが、アクション描写がヘタである。とにかく色々と拙い部分があるのだ。監督は初の長編作品だというし、それも仕方がないのかもしれないが、ギドクが担当した編集も奇妙な部分が目立った気がする。
 たとえば韓国の少年が北側の家族に車で送ってもらう場面。少年はチョコレートバーらしきものを北の少女に差し出すのだが、彼女は上官(スパイグループの班長)を気遣ってチョコをもらおうとはしない。それを見た班長はチョコをもらっておくようにと諭す。これは班長もそれを食べてみたかったというオチなのだと思うが、その処理の仕方がとても素っ気ない。チョコを皆で食べる場面はあるのだが、すぐに別のシークエンスになってしまい、オチをオチと感じさせる間もないのだ。
 また予告編にも登場している金日成たちの肖像画を隠す場面でも、予告編では丁寧なつながりになっているのに、本編では短くカットされている。肖像画を外すときに将軍様に謝る部分がカットされ、ちょっとわかりづらいものになっている。編集の意図としては、全体的にテンポを上げ上映時間の短縮を目指しているのかもしれないのだが、シーン間のつながりが分断されるようで気にかかるところも多かった(まさかここで南北分断を表現しようというのではないだろうし、ギドクの編集でも拙さは隠せなかったということだろうか)。

 ※ 以下、ネタバレもあり。ラストにも触れていますのでご注意を。



 ギドク作品のなかで南北分断について描いたものには、まず『プンサンケ』(脚本)がある。これは韓国と北朝鮮の境界線を行き来する運び屋を描いていた。そのほかにも『コースト・ガード』では38度線が消えることを夢想する場面がラストを飾り、『ワイルド・アニマル』ではフランスを舞台に韓国出身の画家見習いと脱北者の元兵士の交流がテーマとなる。これらの作品のどれもが悲劇的な終わり方をするわけで、この作品もそうなる運命にある。ただラストに関しては監督イ・ジュヒョンの意向で、ギドク脚本とは異なるものとなっているようだ。

 ラスト、北のスパイたちは作戦失敗の名誉挽回として、隣家の家族を殺すように命じられる。だが、それを果たすことができない。彼らがスパイ活動をしているのは、北朝鮮に残してきた家族のためだ。自分の家族のために、別の家族を皆殺しにするというのは途轍もないジレンマだ。それが同じ民族であり、特段憎いわけでもない隣人ならなおさらだろう。スパイたちは結局捕えられる。そんな絶体絶命のときに、彼らはなぜか韓国のバカ家族が演じていた寸劇を涙ながらに真似をするのだ。
 あの芝居で事態が変わるわけではない。彼らはもう北朝鮮の家族に会うことも叶わず、海に沈められることになる。そんなときに彼らの胸に去来するのは、隣のバカ家族たちの寸劇なのだ。彼らスパイたちはそれぞれの部屋にこもり、北朝鮮に残してきた家族を想いつつ、バカ家族の会話を聞いていた。けんかばかりの韓国のバカ家族には、北朝鮮ではあり得ない自由な家族の姿があった。資本主義で堕落したはずの家族の姿が、北側のスパイたちからは羨望の目で見つめられるのだ。
 彼らがそれを涙ながらに真似するのは、それが夢でもあり、憧れでもあるからだ。叶わない夢だからこそ自己憐憫の涙が流れるのだろう。彼らスパイたちにとって、そんな家族にはなり得るはずもないという「不可能性」を感じさせるのだ。観客としてもそれが理解できるから、ただむせび泣くほかないのだ(私もヘタだと文句を言いつつも、このあたりでは泣かされた)。もちろん、脚本を書いたギドクとしては、そんな「不可能性」を描くことで、南北の統一を夢見ているのだろうと思う。
 不可能だと知りつつ夢見るというのは「ロマンティシズム」だとか言ってみたい気もするが、ここでは次の言葉を引用しておきたい。『不可能性の時代』という本の著者であり、社会学者の大澤真幸はこんなことを言っている。 

 現実主義だリアリズムだと言って、可能なことだけを追求するというのは単に、船が沈むのを座して待つということにしかなりません。みんなが可能なことしか求めなかったら、可能なことしか起きないじゃないですか。沈まない別の船を求めるのならば、不可能なこと、現時点ではあり得ないようなことを要求する方がむしろ現実的です。歴史的には何度も不可能だったはずのことが起きている。それは不可能なことを求める人がいたからに他なりません。自分が本当は何を望んでいるのか。どんな社会を目指したいのか。まずは口にしてみましょうよ。あなたが口にすることによって、不可能は可能になる可能性をはらむのです。


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Date: 2014.10.09 Category: キム・ギドク Comments (0) Trackbacks (6)

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