ドゥニ・ヴィルヌーヴ 『複製された男』 女という蜘蛛の巣

 原作はノーベル賞受賞作家ジョゼ・サラマーゴ。監督は『灼熱の魂』『プリズナーズ』のドゥニ・ヴィルヌーヴ

ドゥニ・ヴィルヌーヴ 『複製された男』 アダムとアンソニーの二役を演じわけるジェイク・ギレンホール


 歴史教師のアダム(ジェイク・ギレンホール)は同僚に薦められた映画を観て、自分とそっくりの役者を発見する。アンソニー(ジェイク・ギレンホールの二役)というその男は、身長・体重や声までアダムと瓜二つなのだ。アンソニーとは一体何者なのか?

 たとえば一卵性の双子ならばもともとの遺伝的形質は同じだが、アダムには兄弟すらいないはずだ。万が一、母親が嘘つきで本当は双子だったのだとしても、アダムはもう30代の大人であり、それだけの長い年月があれば、環境により違いが生じそうなものだが、ふたりは胸にできた傷痕までそっくり同じなのだ。だからこれは生き別れた双子の話ではない。彼らはまるでついさっき複製されたような存在なのだ。
 どこか哲学者・永井均が論じるような思考実験を思わせないでもない。自分とまったく同じ肉体と記憶を持つコピーが作製されたとして、それを自分と同じ存在として考えられるのだろうか? 自分が自分であることのすべてをそのコピーは持っているはずなのだけれど、やはりそれを自分とは認められないだろう。理由はともかく何となく嫌な感じがするからだ。そんな不気味な存在と出会ってしまうのが、『複製された男』という映画だ。
 果たしてどんな理由によってその男が複製されたのだろうか?

 ※ 以下、ネタバレもあり。

『複製された男』 トロントの街に巨大な蜘蛛が出現。画面の色合いも特徴的。

 この映画はそんな問いに答えるつもりはまったくないようだ。そもそも「複製された男」という題名すらミスリードなもので、アダムは複製などされていないのだ。『プリズナーズ』でも犯人探しとは別のところに物語の真意があったわけで、この映画も「複製された男」について最後まで合理的な説明があるわけではないし、そうした謎解きとは別なところに主題はあるようだ。私も観終わった直後は狐につままれたような感覚だったが、振り返ってみれば同じ写真をふたりが共有していたり、ヒントも与えられているし、濃密に構成された“わからなさ”には魅かれるものがある。
 公式サイトには、「ラストは口にするな」と言いながらも、監督自身の解釈が丁寧にも載せられている。たしかにそのように解釈すれば納得できるところも多いのだが、それですべて矛盾がないというものでもない。「カオスとは未解読の秩序である」というのが最初に引用される言葉だが、この言葉通り、この映画もカオスのままに留まっているのだろう。

 監督はこの映画を「1+1=1」という等式で説明している。この等式は『灼熱の魂』を説明することも可能なものであり、『複製された男』ではアダムもアンソニーも実は同じ人間だというのがオチだ。つまりアンソニーはアダムの幻想なのだ(だからといって辻褄が合うわけではないが)。
 冒頭の秘密クラブから始まって、蜘蛛のイメージはアダムを捕らえて離さない。この蜘蛛はラストでも唖然とさせてくれるわけだけれど、その象徴するものは女の存在に関わっている。アダムは歴史の授業で「支配の方法」について語っている(同じ台詞は二度も繰り返され強調される)。支配には教育や情報統制など様々な方法があるが、母親(イザベラ・ロッセリーニ)の手段は愛情と言えるだろう。アダムにとってそれは束縛であり、アダムは母親という女に支配されている。
 ちなみにレンタルビデオ屋のシーンでは、『妖怪巨大女』というC級映画のポスターが貼られている。この選択はもちろん監督の意図的なものだ。この巨大女というのは母親のような女であり、作品中に何度も現れる蜘蛛と同様のイメージなのだろう。
 母親はブルーベリーを食べることをアダムに勧めるが、アダムはそれを嫌っている。一方でアンソニーはブルーベリーを好んで食べている。アダムは母親の支配から逃れようと思い、アンソニーは受け入れているということだろう。また、メアリーという彼女(メラニー・ロラン)はいるけれども独身を通しているアダムに対して、アンソニーは結婚していて妻ヘレン(サラ・ガドン)が妊娠しているのも、アダムの支配から逃れようとする欲望を感じさせる。(*1)
 アダムはアンソニーとホテルで初めて相対したとき、「これは良くないことだ。間違ったことだ」と拒絶しているが、これは自分と同じ存在がいるという不快感ではなく、自分の隠された欲望を見せつけられたような不快感だったのだろう。最後には妻という蜘蛛の巣に絡め取られることを選ぶわけで、アダムがため息と共に安堵の表情を浮かべているようにも見えるのは、さらに逸脱していきそうな自分の欲望を、支配されることで押さえつけることに成功したことの安堵だったのかもしれない。

 砂塵にまみれたような黄色い画調が印象的な『複製された男』は、蜘蛛という象徴もあって、『渦』というヴィルヌーヴの過去作品を思い出させる。“渦”という象徴と青い水のイメージが鮮烈だった『渦』は、一度劇場で観ただけで詳細はほとんど覚えていないのだが、アマゾンでも中古品しか扱ってないようだ。昨年閉館した銀座テアトルでは、最後のラインナップに『渦』が入っていたし、やはり評判はよかったのだろう。ドゥニ・ヴィルヌーヴがこうして注目されていることだし、再ソフト化してほしいものだ。多分レンタル屋ではエロチック・サスペンスといった棚にひっそりと置かれることになるのかもしれないけれど……。

(*1) アダムとアンソニーの女の趣味は似通っている。妻役で妊婦ヌードを披露するサラ・ガドンも、彼女役のメラニー・ロランも、金髪碧眼という点は共通している。ただ妻はこれから母親という蜘蛛=巨大女になる存在であり、アダムはそうした支配から逃げ出したかったのだろう。

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Date: 2014.07.26 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (8)

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