『私の、息子』 馬を水飲み場に連れて行くことはできても、水を飲ませることはできない

 2013年ベルリン国際映画祭で金熊賞を受賞したルーマニア映画。

ベルリン映画祭金熊賞 『私の、息子』 「CHILD'S POSE(胎児の姿勢)」は原題。  

 ルーマニアの上流階級に位置する母親コルネリア(ルミニツァ・ゲオルギウ)と、その支配から逃れたい息子バルブ(ボグダン・ドゥミトラケ)の物語。この息子はもう30歳を過ぎているのに、未だ大学院生という立場で、母親の心配の種になっている。というよりも、次のように言ったほうが正確かもしれない。母親は子離れできずストーカーまがいに息子に干渉し、息子はそれが嫌で母親を疎ましく思い、さらにひどい態度をとるという負の連鎖を引き起こしている。
 バカな親がバカな子供を再生産するという図式。これだけでも愉快な話ではないが、この親子のパーソナリティーも不快さを増す。母親は周囲に対して居丈高な態度を崩さないし、甘やかされた息子は第二次性徴期の不安定な子供みたいに母親を罵倒したりするのだ。
 そんなある日、息子が交通事故で誤って見知らぬ子供をひき殺してしまう。母親は息子のために事故の処理を穏便に済まそうとして奔走する。金や人脈を最大限に利用して事故のもみ消しを図るのだ。すべては息子のためなのだけれど、傍若無人な振る舞いは特権階級にいる者の傲岸不遜さを表している。(*1)

『私の、息子』 母親はルーマニアの特権階級に属する。

 母親の仕事はインテリア・デザイナーだが、舞台美術の仕事もこなしている。事故の連絡を受けた際も、オペラの稽古中だった。そこでは演出家らしき人物は、演者のそばに付き添って声の出し方や身振りを細かく指導している。これは母親が彼の息子に対してしていることそのものであり、事故以来、母親は息子の側に寄り添っていちいち指示を与えていくことになる。しかし、本番のオペラではそれは通用しないし、現実においても息子は常に母親の指示を仰げるわけではないのだ。
 ラストでの息子の変化も、母親の指図とは別のところから生じたものだった。被害者家族へ会いに行く場面、息子はその家の前までは行くものの、車から出て直接謝罪しようとはしない。「馬を水飲み場に連れて行くことはできても、水を飲ませることはできない」ということわざがある。馬でさえ飲みたくない水は飲まないのだから、わがまま息子は言うまでもない。息子は母親の手を離れたひとりの人間だし、すべてを思いのままに扱うのは当然のことながら無理な相談なのだ。
 母親は土壇場になっても現実と向き合おうとしない息子を前に、初めて弱音を吐く。一歩被害者の家に踏み込めば、被害者家族に怒りで暴力を振るわれたりするかもしれないし、経験のない修羅場が予想されるだけに、いかに老練な母親とは言え不安だったのだ。
 被害者家族との長いやりとりでも、母親のやり方が真っ当だとは思えない。最初は哀悼の意を表してはみるものの、結局最後には息子を殺された親の感情をさておいて、「自分の息子の将来を壊さないで」と哀願するのだから……。ただ、泣きながら車に戻ってきた母親を見て、息子は意外な行動にでる。被害者の父親と言葉を交わしにいくのだ。交わされた言葉はわからないが、車に戻ってきた息子は母親と同じように涙を流している。母親の説得には決して応じることのなかった息子だが、情にほだされる形で母親の願いに屈するのだ。
 「理を尽くしても人は説得できない」というラストからして、女性監督の実体験による反省と気づきがそうした展開を促しているのかと推測したのだが、カリン・ペーター・ネッツァー監督は男性のようだ。それでもこの映画では、母親の心理の機微を丁寧に捉えている。母親を演じたルミニツァ・ゲオルギウのうまさもあるだろうが、息子から見た母親のウザい感じは妙にリアルだった。ただ、そのリアルさは傲岸不遜な人物への不快感へつながるため、ラストのわずかな希望よりも、もやもやした不快感ばかりが残る映画とも思えた。

(*1) ある映画批評家によれば、この映画はルーマニアのチャウシェスク政権の傷跡が感じられる映画なのだとか。たとえば息子の恋人に対する極端な潔癖症は、かの時代の不安感の表れなのだとか。私自身はルーマニアについてほとんど何も知らないので、そのあたりはよくわからなかった。

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Date: 2014.07.09 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (2)

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>>私の、息子 from 象のロケット
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2014.07.16

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27日のことですが、映画「私の、息子」を鑑賞しました。 ルーマニアのブカレストに住むコルネリアは、30歳を過ぎてもしっかりしない息子バルブの世話を焼いている。 バルブが交通事故を起こし子供が亡くなったことから コルネリアは考え付く限りの手段を駆使し息子を助け... >READ

2014.12.12

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