『ある過去の行方』 過去はすぐそこまで忍び寄っている

 『彼女が消えた浜辺』『別離』アスガー・ファルハディの最新作。
 出演はベレニス・ベジョ、タハール・ラヒム、アリ・モサファなど。『アーティスト』のコメディエンヌぶりでアカデミー賞助演女優賞にノミネートされたベレニス・ベジョは、今回、まったく異なるキレやすいシリアスなキャラを演じてカンヌ映画祭の主演女優賞を獲得した。

アスガー・ファルハディ 『ある過去の行方』 ベレニス・ベジョ演じるマリー=アンヌ


 離婚手続きのために4年ぶりにフランスへ戻ったアーマド(アリ・モサファ)は、妻のマリー=アンヌ(ベレニス・ベジョ)に別の男がいて、さらに再婚の準備をしていることを知る。マリー=アンヌはすでに何度も結婚・離婚を繰り返しており、長女リュシー(ポリーヌ・ビュルレ)は次の父親となるかもしれないサミール(タハール・ラヒム)と折り合いが悪く、家庭の雰囲気は殺伐としている。かつて義父だったアーマドは、家に寄り付かないリュシーの相談者として呼び出された意味合いもあるようで、アーマドはリュシーから驚くべき話を聞かされることになる。


 リュシーによれば、過去のある事件が、現在の家族関係をぎくしゃくさせる原因となっている。(*1)サミールの妻セリーヌが自殺を図ったのだ。そして現在も植物状態にある。リュシーはそんな事件を引き起こす母親の軽薄さを嫌い、未だ意識の戻らないセリーヌをさしおいて結婚しようという母親たちを軽蔑しているように見える。しかし家庭内の部外者たるアーマドが探偵役となって事情を探っていくと、次第に別の事情が明らかになる。
 なぜセリーヌは自殺を試みたのか、なぜリュシーは母親マリー=アンヌとサミールと嫌うのか、そうした謎がひとつひとつ解き明かされていく脚本はさすがに巧みだ。『彼女が消えた浜辺』で彼女が失踪した場面や、『別離』で言えなかった交通事故など、すでに起こってしまった決定的な事件に関しては描かれないのだが、それが謎となって物語を牽引していく。

 ※ 以下、ネタバレあり。事件の真相にも触れていますので、鑑賞後にどうぞ。


『ある過去の行方』 ポリーヌ・ビュルレ演じるリュシー

 リュシーには誰にも言えなかったことがある。母親の不倫を、不倫相手の妻であるセリーヌにばらしてしまったのだ。リュシーは恐らく母親の不倫を阻止しようとして、メールを介してその事実をセリーヌに伝える。それが自殺に結びついたことで、リュシーは罪悪感を覚え、その罪悪感は母親やサミールに対するうしろめたさともなり、ふたりの再婚を恐れていたというのが真相だったのだ。イランを舞台にした『別離』では宗教的なくびきが強く意識されていた。フランスを舞台にした『ある過去の行方』では、宗教的なものというよりも、より普遍的な罪悪感といったものになっているようだ。
 しかし、実はさらに先がある。セリーヌの自殺の原因には、別の人物が関わっていた可能性が浮上するのだ。しかしそれはあくまで憶測にすぎず、自殺の真相を知るものは植物状態にあるセリーヌその人だけだ。また、そのことはリュシーには伝わらないため、リュシーの罪悪感が消えるようなカタルシスはない。

 自殺の真相が少しだけ明らかになると、探偵役を果たしていたアーマドは後景に退く。(*2)逆にリュシーから避けられていたサミールのほうへ視点が移行する。サミールは未だ妻のセリーヌに思いを残しており、過去に囚われていることが描かれる。
 この作品の原題は「THE PAST」だ。またチラシなどに使用されているカットは振り返るマリー=アンヌの姿だし、長女リュシーの振り返る表情も印象的に捉えられている。共に振り返ったところにいるのは、アーマドという過去の男(元夫/義父)なのだ。そしてマリー=アンヌの向こう側にぼんやり映っているのは、将来の旦那となるかもしれないサミールだ。この物語は過去に囚われず前を向こうとするマリー=アンヌが物語の発端にいるが、過去はしつこくマリー=アンヌを追ってくることになる。
 最後になって、謎の中心にいたセリーヌが姿を見せる。植物状態で未だ動くことはできないが、リクライニングベッドの働きでゆっくりと身体を起こす場面は、カール・ドライヤーの『奇跡』のような“甦り”にも思えた。この場面は夫婦の愛を確認する感動的なものだが、同時に別の意味も孕んでいる。過去の亡霊のようなセリーヌが登場することで、「過去は振り返らない」と宣言していたマリー=アンヌの未来に不穏な影を投げかける終わり方でもあるからだ。
 『別離』は主人公たちの葛藤に感情移入し泣かされた。この『ある過去の行方』は隠されていた事実が発見されるにつれて次々に視点が移行し、それぞれが抱える問題があらわにされていく。その分、感情移入できるような登場人物には欠けるのだけれど、やはり見応えがある作品であることは間違いないと思う。

(*1) 大人たちの都合に巻き込まれるかわいそうな子供たちの姿はこの映画でも健在だった。それでもサミールの息子の暴れっぷりは凄まじく、マリー=アンヌでなくてもキレそうなほど。子供も大変だけれど、親もやっぱり大変そう。

(*2) 過去を清算するためにイランからフランスに戻ったアーマドだったが、マリー=アンヌに4年前になぜイランに帰ったのかを説明しようとすると、「過去は振り返らない」と制されて理由を説明できずに終わる。そのほかにも意図的に語らない部分もあり、たとえばマリー=アンヌがなぜ腕にサポーターをしていたかは最後までわからないまま。すべての謎を解くことが意図ではないのだ。


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Date: 2014.04.26 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (3)

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