『アデル、ブルーは熱い色』 レズビアンの性愛あるいは自分探しの物語

 映画祭などわずかな例外を除き、日本では初めて紹介されるアブデラティフ・ケシシュの監督・脚本作品。カンヌ映画祭ではパルム・ドールを獲得し、監督と共に出演したふたりの女優(アデル・エグザルホプロス、レア・セドゥ)にも賞が贈られた。これはカンヌ史上初とのこと。

『アデル、ブルーは熱い色』 カンヌ映画祭パルム・ドール受賞作。

 女性ふたりが演じる写実的な性描写が話題になっていた作品だが、全体から見れば同性愛ばかりがテーマとなっているわけではないように思えた。もちろん3時間の映画のなかで、アデルとエマの出会いは中心に位置するわけだけれど、それだけではないのだ。
 たとえば教室での授業シーン。題材は『マリアンヌの生涯』という小説で、道で出会った人に一目惚れするが、声をかけられなかったときに感じる“物足りなさ”について議論している。なぜ“物足りなさ”を感じたのか? 人によって様々な答えがあるだろうが、ある生徒はそれを“後悔”と解釈する。声をかけていれば別の事態が生じたかもしれないのに、結局それはできなかったわけで、自分のあるべき姿とは違う状態にあることから、その“後悔”は生じている。
 また、アデルはエマに会う前に、クラスのイケメンと付き合うことになるが、セックスはしてもどこか疑問を抱いている。アデルは「何かしっくりこない」といった違和感として、それに気づく。街で見かけた青い髪のエマに魅せられて、異性愛者であるという彼女のアイデンティティが揺らいでいたからかもしれない。アデルはエマと親密になることで、それまでの違和感を忘れ、そこに自分の居場所があると感じ、自分のあるべき姿というものを見出す。これは端的に言えば、同性愛への目覚めなのだけれど、大きく捉えればアイデンティティの問題であり、自分探しを描いた映画でもあるのだ。

『アデル、ブルーは熱い色』 主役のアデルを演じたアデル・エグザルホプロス。どこかあどけなさが残る風貌。

 一度は自分の居場所を見つけたアデルだが、それは永遠に続くものではない。多くの自分探しが容易に完結することがないように、アデルはそれまでとは別のあるべき姿を模索しなければならなくなるだろう。アデルは画家であるエマと同居するが、芸術家が集まる場所に彼女の居場所はない。最後の展覧会でも同様で、ふたりの住む世界は違い、エマの晴れ舞台の賑やかな場所で、アデルには寄る辺なさも漂う。(*1)
 結局アデルとエマの愛は終わったけれど、展覧会では次に続く出会いも感じさせる。アデルはかつて俳優だった男と再会する。彼も現在では俳優よりも不動産業を主にしており、自分探しの途上でアデルと再会するのだ。ふたりの間にほのかな気持ちが生じたかにも思われるけれど、映画はそこで終わる。
 この映画の原題は、「アデルの生涯 第1章&第2章」であり、アデルの生涯は未だ序章にすぎないのだ。アデルの生涯には先があり、これからも自分探しは続くのだろう。エマとの関係で一時は同性愛へ向かったけれど、もしかすると社会的に受け入れやすい異性愛に戻るかもしれない。そんなあやふやで危なっかしい何かが、アイデンティティという言葉が示すものの正体だろう。『アデル、ブルーは熱い色』は、レズビアンの性愛ばかりでなく、そんな普遍的なテーマを感じさせる映画だと思う。

 青という色はこの映画では熱い色とされ、ベッドシーンのシーツの色などスクリーンに度々登場する。エマは青く染めた髪で現れるが、画家として成功し出すと青色は消える。一方、アデルはエマの展覧会に青いワンピースで出かける。アデルは未熟で青い存在なのであり、自分探しが必要な時期なのだ。
 予告篇などでは青い髪で登場するエマ(レア・セドゥ)が印象的だが、『アデル、ブルーは熱い色』は主人公と同じ名前のアデル・エグザルホプロスの映画だった。(*2)この映画は、役柄と一体化したようなアデル・エグザルホプロスの自然な姿をクローズアップで撮り続ける。油断すると半開きになる口元とか、到底上品とは言えない食事風景、ベッドに突っ伏して眠る姿、それからエマとの濃密な性愛の時間もある。瞳の奥までカメラで映さんとするかのような徹底的な凝視により、台詞以外の細部の描写のほうがより饒舌にアデルの心情を語っているように感じられた。

(*1) ふたりの家庭も対照的に描かれている。テレビを見ながらボロネーゼ(つまりミートソースのパスタ)を腹いっぱい頬張るアデルの家庭と、生牡蠣を高級ワインと一緒に味わい、飾られた絵画について議論するといったエマの家庭。どちらの家族もシェフが父親というのが、フランスらしいような……。

(*2) 原作では主人公はクレモンティーヌという名前だが、ケシシュ監督の意図により、映画版では主人公の名前をアデルに変更したとのこと。演じるアデル・エグザルホプロスが役に没頭できるようにするための配慮だ。私は原作漫画を読んでいないが、映画とはまったく違う結末とのことでちょっと気になる。


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ブルーは熱い色 Le bleu est une couleur chaude


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Date: 2014.04.11 Category: 外国映画 Comments (2) Trackbacks (5)

この記事へのコメント:

blue

Date2014.05.14 (水) 18:34:05

この映画は社会学者宮台真司さんが仰るとうりフランスの今日に至る古典的な階級社会をえぐった映画なのであります。

Nick

Date2014.05.15 (木) 22:46:00

 ご指摘の宮台真司さんの『アデル』論、探してみたらyou tubeにありました。雑誌での連載が終わって残念に思っていたのですが、ラジオで語っているとは知りませんでした。とても参考になりました。映画批評ばかりではないみたいですが、今後はチェックしておきたいと思います。

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2014.12.18

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