『ローン・サバイバー』 “痛み”のある落下アクション

タリバン幹部抹殺のためにアフガンに潜入した、米国海軍精鋭部隊ネイビー・シールズの4人。山岳地帯での偵察中、たまたま山羊飼いの村人に遭遇したことで作戦は狂い始める。村人は非戦闘員であり、軍規に照らせば殺すことはできない。しかし彼らを逃せばタリバンを呼び寄せる可能性は高く、自分たちを危険に追い込む。また作戦の失敗は米国の敵であるタリバン幹部を生き延びさせることになり、ほかの米兵の命をも危険に晒すことになる。将来殺されるかもしれない米兵(自分たちも含む)を選ぶか、今目の前にいる非戦闘員の村人を選ぶか。片方を選べば、片一方は死ぬわけだから、ここにはジレンマがある。結局、彼らは愛に溢れた選択をするわけだが、そのことで作戦は地獄と化す。
「トロッコ問題」(*1)などとも呼ばれる道徳的ジレンマは、後半では逆にアフガンの村人たちの間にも生じる。彼らには“パシュトゥーンの掟”というものがあり、「助けを求めてきた客人は、どんな犠牲を払っても守り抜く」のだそうだ。(*2)しかし米兵を守ることは、タリバンに敵対することになり、村にはタリバンによる報復が待っている。それでも米兵を助けるのか? これはシールズたちと同様の道徳的ジレンマだ。このようなジレンマは結局のところ簡単に解決できるものではない。それでも『ローン・サバイバー』は、そういったジレンマを生じさせる戦争の残酷さを示していて、反戦映画としても優れていると言えるかもしれない。
しかし、この映画で特出すべきはそんなジレンマについてではないだろう。『ローン・サバイバー』は“痛み”を感じさせる戦争映画として特出しているのだ。たとえばスピルバーグの傑作『プライベート・ライアン』なら、兵士たちは銃弾の一発、銃剣の一突きで、次々と死体の山となっていく。一方の本作だが、タリバンは1発の銃弾で死んでいくが、シールズは簡単には死なない(物語の都合上ということを抜きに現実的に説明すれば、銃器の差と射撃の腕前の差があるからだろう)。それでも4人のシールズに対して、敵は次々と現れる。所詮は多勢に無勢で、シールズは次第に傷ついていく。手や足を撃たれ、ある者は指を失い、とにかく満身創痍で血塗れになり闘い続ける。
そして何と言っても、この映画で“痛み”を最もよく表現しているのが落下シーンだ。追い詰められ逃げ場のなくなった4人の隊員は、崖の上から飛び降り、岩がむきだしになった斜面を転げ落ちていく。地面に叩きつけられ、岩で身体を削られながらの落下シーンは衝撃的だ。『プライベート・ライアン』なら、死体の山やちぎれた手足に戦争の壮絶さは感じても、“痛み”は感じない(すでに彼らは死んでいるから)。しかし『ローン・サバイバー』は徹底的に“痛み”を伴う場面を連ねることで、戦争の残酷さをまざまざと見せつけようとするのだ。
とりあえず“戦争の残酷さ”などと言ってみたものの、ピーター・バーグ監督の主な意図としては、確かに“痛み”の伝わるリアルな戦争映画だったのだろうが、一方で泥臭いアクション映画への色気も捨て切れなかったように思える。というのは、落下シーンで私が思い出したのは、ジャッキー・チェンの映画だったからだ。ジャッキーと言えば“落下アクション”であり、ジャッキー最後のアクション超大作とされる『ライジング・ドラゴン』でも、ラストは山の斜面を転げ落ち、岩に激突して死にかけるという凄まじいアクションだった(ジャッキーの場合はあくまでコミカルなものだけれど)。
また、ラストの救出場面でヘリがタリバンを蹴散らす様子とか、主人公がナイフで敵を殺すエピソードなどは『ランボー』的なマッチョな主人公が活躍するアクションを思わせる。さらにはエンディング・クレジットで流れされるのはデビッド・ボウイの「Heroes」(歌っているのはピーター・ガブリエル)だったのも、アクション・ヒーローものの雰囲気を感じさせなくもないのだ。そうした部分がそれまでの徹底的なリアリティを損なうという批評もあるようだけれど、アクション映画ファンにとっても、今までに見たこともない“落下アクション”はやはり見応えがあると思う。
(*1) 「トロッコ問題」とは、「ある人を助けるために他の人を犠牲にするのは許されるか?」という倫理学の思考実験(ウィキペディアより)。
(*2) 池上彰はこの映画のホームページにおいて、“パシュトゥーンの掟”が主人公を救ったが、アフガンでの戦闘のそもそもの原因も“パシュトゥーンの掟”にあるのだと解説している。アメリカ同時多発テロの首謀者とされるビンラディンを守ったのが“パシュトゥーンの掟”だったからだ。
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