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『私の20世紀』 嬉しい誤算

 『心と体と』などのイルディコー・エニェディの1989年の監督デビュー作。本作は第42回カンヌ国際映画祭でカメラ・ドールを受賞した。

イルディコー・エニェディ 『私の20世紀』 リリ(ドロタ・セグダ)とドーラ(ドロタ・セグダの二役)は生き別れになるのだが……。


 1880年のハンガリー・ブダペスト。ある女性が双子を授かる。リリ(ドロタ・セグダ)とドーラ(ドロタ・セグダの二役)と名付けられたふたりはやがて孤児となり、引き離されることになってしまう。そして、20年後の1900年、リリは革命家となり、ドラは詐欺師となってブダペストに再び現れることに……。

 モノクロ作品なのだが光の使い方がとてもうまい。冒頭は1880年のニュージャージーはメンロパークでの光のパレードの様子。エジソンが発明した白熱電球を宣伝するための見世物なのだが、木に花が咲くようにぼんやりとした光が闇のなかに浮かび上がる様子は幻想的。カラー作品で同じことをやってもこれほど印象的にはならなかっただろうと思わせるほど、モノクロの映像が映える作品だったと思う。
 タイトルは20世紀の歴史を振り返るものを想像させるのだが、「私の」とわざわざ断りを入れているだけにごく一般的な歴史などは描かれない。エジソンの電球から始まった本作は、そうした光をスクリーンに投影することで誕生することになった映画というものが念頭に置かれているようにも思える。つまりはイルディコー・エニェディ監督にとっての20世紀とは映画の世紀だったということなのだろう(映画誕生100周年は1995年だったけれど)。明確にそうした映画史を振り返ることはないのだが、初期のサイレント作品の引用がなされているし、『上海から来た女』(オーソン・ウェルズ監督)のミラーハウスのシーンをそっくり真似たりもしている。
 ただ本作がおもしろいのは映画史への目配せみたいな部分ではなく、ある意味ではデタラメな語り口だろうか。星空から語りかけてくる声とか、なぜか唐突にしゃべるチンパンジーが登場したり(単に監督が動物好きなんだろう)、ほとんど意味不明とも思える自由な展開がとても楽しいのだ。

『私の20世紀』 ドロタ・セグダがとても魅力的だった。ミラーハウスの場面は『上海から来た女』っぽい。

 本作ではリリとドラとさらにその母親役という三役を演じたドロタ・セグダがとても魅力的だった。男に色目を使う詐欺師のドラと、革命に燃える堅物のリリ。ふたりの心の声が響いてくるところもいいのだが、溜息とか「うふふ」としか表現できないような様々な音の表現がとてもかわいらしかった。
 私はイルディコー・エニェディ『心と体と』を昨年のベスト10を入れるほど気に入ったのだが、世間でそれほど評判になっていたとも思えなかった。それにも関わらず急に監督デビュー作『私の20世紀』が4Kレストア版となって登場したのは嬉しい誤算だった。それともどこかで誰かが評価していたのだろうか?
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Date: 2019.03.31 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (0)

『ブラック・クランズマン』 作品の出来よりも主張が大事?

 『ドゥ・ザ・ライト・シング』などのスパイク・リー監督の最新作。
 アカデミー賞では脚色賞を、カンヌ国際映画祭でグランプリを獲得した作品。
 原題は「BLACKKKLANSMAN」。中央に3つ並んだKがクー・クラックス・クランのことを仄めかしている。

スパイク・リー 『ブラック・クランズマン』 黒人のロン・ストールワース(ジョン・デヴィッド・ワシントン)とユダヤ人のフリップ(アダム・ドライヴァー)。

 時代は1970年代。コロラドスプリングスで初めての黒人警官であったロン・ストールワース(ジョン・デヴィッド・ワシントン)は、白人至上主義の過激派団体KKK(クー・クラックス・クラン)に潜入捜査することになる。
 これが実話なのだというから驚かされる。実際には黒人がKKKに潜入できるわけもないので、ロンがやるのは電話でKKK上層部の信頼を勝ち取ることであり、KKK内部に入り込むのは白人の相棒ということになる。
 原作となっている本ではこの白人の正体は明かされていないらしいのだが、本作ではそれがユダヤ人という設定となっている。KKKは黒人を忌み嫌っているわけだが、それだけではなくWASP(ホワイト・アングロ-サクソン・プロテスタント)以外はすべて劣っているという優性思想を抱いていて、ユダヤ人も黒人と同様の扱いになるらしい。だから実際にKKKに潜入することになるフリップ(アダム・ドライヴァー)は危ない橋を渡ることになっていく。

『ブラック・クランズマン』 パトリス(ローラ・ハリアー)のアフロヘアーがとてもカッコいい。

 KKKを描いた作品でありながら、たとえば『ミシシッピー・バーニング』みたいな深刻さよりも、アレック・ボールドウィン演じるトランプ大統領的キャラの暴言から始まる本作はコメディっぽい印象でもある(アレック・ボールドウィンのテレビ番組での持ちネタがトランプ大統領の真似なんだとか)。というのも登場してくる白人たちの多くはバカ丸出しで、そのおぞましい姿を嗤うことが意図されているからだ(『國民の創生』のKKK登場シーンに沸き立つ白人たちの姿は醜悪だった)。
 そして、その反対に「ブラック・イズ・ビューティフル」というスローガンを鮮明に感じさせる。ロンやパトリス(ローラ・ハリアー)のアフロヘアーには、黒人であることを肯定するような意味合いがあるらしい(町山智浩の指摘)。ロンは珍しい黒人警官として差別的扱いを受けながらも、本作では虐げられる側としての黒人の姿だけではなく、ロンとパトリスのダンスのような楽しい場面もふんだんに盛り込んでいるのも、そうしたスローガンを意識しているのだろう。
 それでもやはり黒人の置かれた状況は笑えないところもある。ラスト近くでハリー・ベラフォンテ演じる長老が語るのは、黒人がリンチされ焼き殺され、バラバラにされて記念品とされるという信じがたい話だ。さらにはそうした怒りが高じてきたのかのように、最後にはそれまでの物語を無視してまで最近の事件(こちらのページを参照)を無理やり挿入している。そして、トランプ大統領本人が差別主義者たちを擁護する発言のニュース映像が続いていく。作品の物語は1970年代のものだけれど、醜悪な事態は今も続いているということを明らかにしているのだ。

 スパイク・リーはアカデミー賞作品賞受賞の『グリーンブック』には不快感を示していた。『グリーンブック』の黒人ピアニストが、結局は白人にとって都合がいい存在になっているからだろう。もちろんそうした主張はわかるのだけれど、作品として『ブラック・クランズマン』が『グリーンブック』より出来がいいかは微妙な気もした。
 『ブラック・クランズマン』は構成がゆるく全体的にとりとめがない感じが否めなかった。私自身はスパイク・リー作品は『マルコムX』しか観てないので、それがスパイク・リーのスタイルなのかはよくわからないが……。
 特に最後のニュース映像は、その主張の正当性を印象付けるという意図は果たしてはいたとしても、作品としてのまとまりを欠くことにもなってしまっている。ただ映画の出来以上に、その主張を強調することが必要だったということでもあるのだろう。残念ながら警鐘を鳴らす必要性がまだまだあるわけだから……。

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Date: 2019.03.27 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (4)

『サンセット』 手法にこだわりすぎ?

 『サウルの息子』(アカデミー賞外国語映画賞)のネメシュ・ラースロー監督の長編第2作目。

ネメシュ・ラースロー 『サンセット』 イリス(ヤカブ・ユーリ)はブダペストの街の帽子店に現れる。


 舞台は1913年のブダペスト。高級帽子店に現れたイリス(ヤカブ・ユーリ)は、その店の創業者の娘だった。現オーナーであるブリル(ヴラド・イヴァノフ)は、「両親が遺した店で働くのが夢だった」と語るイリスを適当な理由を付けて厄介払いしようとするのだが……。

 ブリルがイリスのことを不審に思っているのは、彼女の兄のことがあるかららしい。イリスの兄カルマンはかつてその店で働いていたのだが、伯爵殺しという大事件を起こしていた。ブリスが警戒するのはイリスがカルマンのようなトラブルを持ち込むんじゃないかということだったのだ。
 しかし追い払われたイリスはそれにめげることもなく、いつの間にか帽子店に雇われることになり、さらにそれまでは知ることもなかった兄のことを探るようになっていく。

◆独特な撮影手法
 本作は手法としては前作『サウルの息子』と同様のものを引き継いでいる。主人公イリスの視点となるカメラは、彼女に密着して移動していくことになるのだが、その被写界深度は極端に浅く彼女以外の周囲はぼんやりとした状態になっている。
 『サウルの息子』の場合は、こうした手法は物語上理に適っている部分があったようにも思えた。というのも主人公サウルはアウシュヴィッツに収容されたユダヤ人であり、同胞たちの死体処理係として働かされているからだ。そこでは衣服を剥ぎ取られたユダヤ人たちが次々殺されていく。そんな非現実的な状況では、なるべく感覚を遮断して悲惨な状況を見ないようにしようとする対処法が、サウルにとって生き残る術となっていたとしてもおかしくはないだろう。
 それに対して『サンセット』では、イリスが担うことになるのは探偵役とも言える。ほとんど初めてとも言えるブダペストの街をあちこち徘徊し、兄に関する情報を集めていく。彼女はブリルに追い払われても諦めないし、勝手にあちこちの施設に入り込んでは聞き込みを行っていく。
 探偵役として情報を収集するはずのイリスの視点がぼやけているというのでは、それを追う観客も途方に暮れるということになるんじゃないだろうか。一応『サウルの息子』のときのスタンダードサイズとは異なり、本作ではアメリカンビスタ(1.85:1)となっていて、余白が大きいためにそこに映し出されるものも多いはずなのだが、周囲はピントがあっていないわけでそれほど印象は変わらなかった。
 ネメシュ・ラースロー監督によると、この手法は主観的なものを狙っているとのこと。われわれは神の視点のように世界を把握したりはしないということらしい。とはいえ、われわれの目は常にぼんやりとしか物を見ていないわけではないわけで、この状態を主観的というのはどうなのかとも感じられた。カメラはほとんどイリスの顔だけに焦点を当てていて、イリスが相対する人物くらいまでしかピントが合わない状態になっている。だからほとんどがイリスの後頭部ばかりが追うことになり、周囲の状況を見ようとしてもぼんやりとしているということになり、ストレスが溜まる作品となっているのだ。

『サンセット』 ブリル(ヴラド・イヴァノフ)はイリスを追い払おうとするのだが……。

◆イリスが追っていたものは?
 物語はイリスが拙いながらも兄カルマンを探していくうちに、カルマンの仲間が画策している様々な事件を目撃することになる。実は帽子店では王侯貴族に対する接待なのか、店の女の子たちを差し出しているという秘密があるらしい。そうした闇の関係性に反抗しているグループがカルマンたちらしい。そして帽子店は彼らによって襲撃されることになっていくのだが、そうした騒動が実はオーストリア=ハンガリー帝国のフランツ・フェルディナント大公殺害という事件に結びつくということらしい。つまりは第一次世界大戦につながるブダペストの状況を描いているということなのだ。
 ただ、これはとてもわかりにくい。本作の最後で第一次世界大戦の塹壕が出てくるから何となくそれを理解する人もいるのかもしれないのだが、帽子店のいざこざを第一次世界大戦のきっかけとまで結びつけるには、それなりの知識が必要とされるだろう。前作のアウシュビッツならばある程度は知っていても、100年以上前のヨーロッパの複雑な事情が前提とされるとなるとなかなか難しいところがある作品であるとは言えるかもしれない。

◆なぜ“サンセット”なのか?
 本作のタイトルはヨーロッパの没落というイメージでもあるのだが、それに加えてF・W・ムルナウ『サンライズ』を意識しているとのこと。ムルナウは『サンライズ』でひとつの街をセットで作り上げたらしく、『サンセット』もブダペストの街をすべて作り上げたとのこと(この記事を参照)。
 『サンライズ』では路面電車が街を移動していく場面がとても素晴らしいのだが、その車窓を流れていく風景がとてもセットとは思えないほどよく出来ていた。しかし『サンセット』では、せっかくブダペストの街を作り上げたのにその全体を捉える視点がないし、街の風景は視野の周囲でぼんやりとしか見えないためにとてももったいないことになっているようにも思えた。やはり手法は作品ごとに選ぶべきなんじゃないだろうか。

 傑作として名高い『サンライズ』だが、実は今回初めて観た。サイレントというだけで敬遠しがちなのだが、『サンライズ』はとても楽しい作品だった。ソフトはかなり高価だが、パブリックドメインとなっているためにYou tubeなどでも観ることができる。『サンセット』は結構な苦行だが、『サンライズ』は傑作の名にふさわしい感動的な作品だから一度は観てみてもいいんじゃないかと思う。

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Date: 2019.03.17 Category: 外国映画 Comments (4) Trackbacks (0)

『運び屋』 男が惚れる男

 『ハドソン川の奇跡』『15時17分、パリ行き』などクリント・イーウトウッドの最新作。今回は『グラントリノ』以来の監督・主演作品。
 ニューヨーク・タイムズに載った実話を元にした作品とのこと。

クリント・イーウトウッド 『運び屋』 イーウトウッドにとっては『グラントリノ』以来の監督・主演作品

 アール・ストーン(クリント・イーストウッド)は商売に失敗し、家も差し押さえられ困窮していたとき、軽い気持ちで「車を運転するだけ」という仕事をすることに……。知らずに始めた仕事は実はあやしげなブツを運んでいるわけだが、アールはそれに気づいてもその仕事を辞めることはなかった。
 アールはデイリリーの栽培という仕事にかまけて家庭を顧みなかった90歳。そのために一人娘の結婚式も欠席し、それ以来ずっと険悪な関係が続いている。しかしその一方で外面はとてもいい。家庭内では役立たずな分、外の世界で自分の価値を認めてもらおうと躍起になるのだ。運び屋の仕事で得た金も退役軍人の組織に寄付したりして、昔の仲間にいい格好を見せようとするあたりもアールの人柄が出ている。
 アールは戦争経験者のクソ度胸なのかアジトで銃を突きつけられても動じることがないし、棺桶に片足を突っ込んでいるという自覚からくる図太さなのか様々な窮地も乗り越えていき、組織にも受け入れられるようになっていく。そのうちに大量のブツを任されるようになり伝説的な運び屋となったアールには、警察の手も迫ってくる。麻薬捜査官のコリン・ベイツ(ブラッドリー・クーパー)は麻薬組織の内部から情報を得、伝説の運び屋を捕らえようとするのだが、まさかよぼよぼの老人が伝説の人物とは思うわけもなく、なかなかアールを逮捕することはできないでいた。

『運び屋』 アール・ストーン(クリント・イーストウッド)はデイリリーを栽培することに熱意を傾けていた。

 アールという人物は、家庭内の妻メアリー(ダイアン・ウィースト)からすれば、「最愛の人でありつつも、すべての苦痛の源でもある」ような男であり、それは娘アイリス(アリソン・イーストウッド)にとっても同様だろう。もちろんアールはそれについては反省している面もあって、実は家庭をないがしろにしているという点では共通しているベイツには、自戒の念を込めて説教らしいことを言ってみたりする。ラストでのふたりの会話の場面は泣かせる。
 イーストウッドは撮影当時87歳だったとのこと。『運び屋』での最初の登場場面ではイーストウッド扮するアールがまるで笠智衆のような歩き方で、いかにもしおれた爺さんという雰囲気を出している。しかしその後に運び屋の仕事も調子にのってくると、麻薬組織のボス(アンディ・ガルシア)の屋敷では女たちとダンスをしたりいちゃついてみたりとお盛んなところも見せる。アールと同様にイーストウッドもまだまだ現役ということらしい。
 おもしろいのは麻薬組織の人間のほうがアールのペースに巻き込まれていくところ。麻薬組織の体制は少しずつ変わっていき、友好的な関係からギスギスしたものとなっていくが、アールはほとんど態度を変えることはない(脅されつつも運転時にはいつも鼻歌交じりというのが微笑ましい)。アールのお守り役としてあてがわれた人間も、最初は彼を無理やり組織に従わせようとするのだが、次第に彼のペースに飲み込まれていくのだ。というのもアールにはそれだけの魅力があるからで、老いてもなお男が惚れるような男がアール=イーストウッドなのかもしれない。

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Date: 2019.03.12 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (2)

『翔んで埼玉』 逃れられない郷土愛?

 原作は『パタリロ!』の作者である魔夜峰央の同名漫画。
 監督は『テルマエ・ロマエ』シリーズの武内英樹
 原作は未完らしく、途中からは映画オリジナルのものとなっている。

武内英樹 『翔んで埼玉』 結構ごちゃごちゃとしているが、主役のふたりは沖縄県の出身なんだとか。

 東京都にすべての権力が集中し、埼玉県などほかの土地の人間は差別を受けているという日本の話。その架空の日本はラジオドラマのなかの話となっていたり、「本作はフィクションで地名は関係ない」と注釈を入れたりしているのは、埼玉県を中心にあちこちをディスっているために反感を買うのを恐れたためか。実際にフタを開けてみれば、埼玉県ではとりわけ人気になっているとか。

 埼玉県民は東京都に入るには通行手形が必要で、それがない場合はSAT(Saitama Atack Team:埼玉急襲部隊)に捕えられてしまう。SATが使う武器はドライヤーそのものというバカバカしさ。「バカも休み休みyeah!」というキャッチフレーズの映画があったけれど、『翔んで埼玉』も負けてないかもしれない。ここまでやれば立派とも言えるかも。
 主人公の壇ノ浦百美(二階堂ふみ)と転校生の麻実麗(GACKT)のビジュアルは、宝塚の『ベルサイユのばら』のような雰囲気。その学園のスクールカーストは都会指数で決まることになっていて、埼玉県からの移民たちは最下層にいる人たちということになる。
 中心にある東京と、その腰巾着のような神奈川県。東京にいい顔をしてその名前を借りている千葉県。「ダサいたま」と皮肉られる埼玉県。秘境の地の群馬県などなど。関東圏の人間が見ればそのネタは身近なものでわかりやすい。ただ、関西圏の人とか、海外の人が見たらさっぱりなんじゃないかとも……。常に世界展開を念頭においているハリウッドなんかとは逆行しているけれど、日本ではご当地云々が流行りだからいいのかも。

『翔んで埼玉』 主人公の壇ノ浦百美(二階堂ふみ)と転校生の麻実麗(GACKT)。ふたりは一応男子高校生という設定。

 ディスり合戦のはずがいつの間にか郷土愛の話ともなっていて、テレビ番組の『秘密のケンミンSHOW』のようでもあった。観客の反応としては劇場でもあまり経験したことのないほどの盛り上がりぶりで、上映終了後には拍手が起きたほどだった。私が観たときにはエンペラー千葉というキャラの部分で一部客席が異様に沸いていたりして、その辺の客席は千葉県民が占拠していたのかもしれない。いろんなネタが詰め込まれているから、毎回違う場所で盛り上がるということもあるのかもしれない。
 『七つの会議』のラストではないけれど、幕藩体制の名残が日本人には染み付いていて郷土からは離れられない部分があるのかも。実際の東京人は元田舎者の集まりだし、東京の洗練を気取ってみたりしても借り物でしかないけれど、郷土のことは良くも悪くも我が事のように感じてしまうらしい。だからこその劇場での観客の盛り上がりなんだろう。やはり自分の地元が登場するとそれだけで嬉しくなるものなのだ。地元に関しては、特徴がなくて無視されるよりはディスられるくらいのほうがいいのかも。地元の人は当然その欠点を自覚しているし、笑って許せるような気もするから。

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Date: 2019.03.08 Category: 日本映画 Comments (0) Trackbacks (0)

『グリーンブック』 骨はOK、カップはNG

 監督は『メリーに首ったけ』などのピーター・ファレリー
 アカデミー賞では作品賞と脚本賞と助演男優賞(マハーシャラ・アリ)を獲得した。

ピーター・ファレリー 『グリーンブック』 トニー・“リップ”・バレロンガ(ヴィゴ・モーテンセン)はドクター・シャーリー(マハーシャラ・アリ)という黒人の運転手となる。

 トニー・“リップ”・バレロンガ(ヴィゴ・モーテンセン)は職を失い困っていたところ、ある人物の運転手としてスカウトされる。ドクター・シャーリー(マハーシャラ・アリ)というその人物は、カーネギー・ホールの上に住む黒人のピアニストだった。彼は南部への演奏旅行に行くために、運転手兼用心棒のような人物を探していたのだ。

 トニーはイタリア系で腕っぷしが強いガサツな人間。一方でシャーリーは黒人でありながらホワイトハウスでも演奏しているという上流階級。そんなふたりが演奏旅行で旅を続けるうちに、というロードムービー。
 タイトルとなっている“グリーンブック”とは「黒人のために作られた施設利用ガイド」のこと。旅の舞台となるのは1962年のアメリカ南部で、登場人物は実在の人物がモデルとなっている。この時代は黒人は公共施設の利用を禁止されていたために、そうしたガイドブックがなければ快適な旅を過ごすことができなかったのだ。本作のなかでもシャーリーはVIPとして招待されているにも関わらず、黒人だからそのレストランを利用することはできないという理不尽なことが平気でまかり通っている。
 なぜシャーリーは黒人が差別されている南部へわざわざ出かけていくのか? これは作品の後半になって明らかにされることだが、シャーリーは自分の才能を理解しているがそれだけで満足する人間ではなく、人々の心を変えるために勇気を持って行動を起こしているということになる。

『グリーンブック』 トニーはシャーリーに対する差別に怒りを露わにする。

 長い旅を通してふたりもそれぞれに変化していく。トニーはシャーリーから美しい手紙の書き方を学ぶことになり、黒人に対する差別意識を捨て去ることになる。シャーリーはそのピアノの腕前で上流階級のなかで地位を築いたわけだが、逆に仲間であるはずの黒人たちとは距離があった。道中で畑を耕す黒人たちをただ見つめていたシャーリーは、後半では黒人たちが集まるジャズバーで即興を披露する。そして最後にトニーの家に現れることからも、自分から人に歩み寄ることの大切さを学んだということだろう。
 
 監督のピーター・ファレリー『メリーに首ったけ』などで品性に欠けるコメディ作品が売りだったファレリー兄弟の片割れ。しかし本作はシャーリーの説教が影響したのか、品格を持ってまとめている。情感に訴え過ぎるのではなく、ほどよく抑制が効いているところがアカデミー賞でも評価されたんじゃないだろうか。フライドチキンの骨は捨ててもいいけれど、ドリンクのカップはNGという絶妙な感覚がよかったのかもしれない。
 ただ、アカデミー賞作品賞の受賞には政治的なものを感じさせる部分もある。というのも監督賞においてピーター・ファレリーは無視されていることからすると、作品そのものの出来よりもそのメッセージのほうがハリウッドが思い描くものにほどよく合致していたからなんじゃないかとも思えるからだ。スパイク・リーあたりを筆頭に批判の声も出ているのもわからなくはない気もする。
 とはいえ普通のおじさんになりきったヴィゴ・モーテンセンは見どころだし、澄ました感じで大物の風格を見せるマハーシャラ・アリがフライドチキンのエピソードでちょっとかわいらしく見えたりするあたりなどはにんまりさせる。小ネタが効いた笑いもよかったと思う。

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Date: 2019.03.06 Category: 外国映画 Comments (14) Trackbacks (3)

『岬の兄妹』 ギリギリの場所

 ポン・ジュノや山下敦弘などの助監督を務めた片山慎三の初長編監督作。

片山慎三 『岬の兄妹』 足の悪い兄・良夫(松浦祐也)と自閉症の妹・真理子(和田光沙)。

 足の悪い兄・良夫(松浦祐也)と自閉症の妹・真理子(和田光沙)。そんなふたりが生活のために売春をすることになるという話。脚本・監督の片山慎三は自費で本作を作り上げたとのことで、商業ベースではあり得ないような遠慮会釈もない題材を取り上げている。

◆悪い男?
 妹を売春に駆り出すといっても、兄・良夫がとりわけ酷い男というわけではない。職を失い、食べるものもなくなり、ゴミを漁るような日々のなかで、残された最後の手段がそれだったということなのだ。
 また、真理子にとって売春という行為は“冒険”とも呼ばれていて、狭苦しい家のなかに鎖でつながれていた生活とは違い、化粧をして外を歩くことができる生活は幾分かマシなものとも言える。六畳一間に閉じこもった生活は互いにとってストレスフルで、冒頭に見られた良夫の真理子に対する暴力的な扱いは、売春が始まると影を潜める。つまりは売春がふたりにとってわずかな救いになっているということでもあるのだ。
 
◆目を逸らさずに現実を見つめろ
 良夫の幼なじみらしい警察官の肇(北山雅康)は売春のことを知り良夫を非難する。もちろん「清く正しく美しく」生きることができればそれは望ましいのだが、本作の良夫や真理子のように障害を抱えた人たちがどうすればそんな生き方ができるのか。生きるためには不正を気にしていられないし、醜い生き方でも受け入れるほかないわけで、「目を逸らさずに現実を見つめろ」というのが本作なのだ。
 おもしろいのはその現実は厳しいばかりではなくて、ちょっとは愉快なところもあるところだろうか。良夫は無理やり真理子のセックスの様子を見せられたりもするのだが、妹のそんな姿を見たくない良夫に対して、真理子は兄の視線など気にもせずにセックスを楽しんでしまうのだ。
 だが、その一方でやはり壮絶な場面もある。泣き喚く子供には母親ですら根を上げるが、真理子は大人だけに余計に始末におけないわけで、真理子が人目も憚らず泣き喚く場面は観ている側としてもキツいものがある。それでも障害を抱えた人の人生のすべてが辛く耐え難いものではないというのは、やはり現実に即したことなんだろうと思う。

『岬の兄妹』 兄と妹は生活のために売春をして稼ぐことになるのだが……。

◆兄妹の立っている場所
 良夫を演じる松浦祐也のコミカルな表情と、真理子を演じる和田光沙の無邪気さもあり、『岬の兄妹』には笑える部分もあるわけだが、やはり現実はそれほど甘くはない。
 酷く辛らつだったのは真理子を何度も買ってくれていた小人の男性とのエピソード。妊娠した真理子の人並みの幸せを思った良夫は、その彼に真理子を託そうと考えてみるのだが、その申し出は断られてしまう。
 差別される側にいる者同士が手と手を取り合っていければ、そんな淡い希望は打ち砕かれるのだ。その小人の男性にとって、真理子と過ごす時間が楽しくないわけではないと思われるのだが、同時に彼は「母親のお腹のなかにいたほうがよかった」と語ってもいた。
 たとえどん底に居たとしてもそれなりに愉快にやることはできなくもない。ただ、基本には「生まれて来なければ良かった」という思いもある。それはその後に良夫が感じることになる「死んだほうがマシ」というところまで容易に転がり落ちそうでもある。
 ラストの真理子の表情は何もわかっていないようにも見えるし、ちょっとは状況を察しているようにも見える。それがどちらに転がるとしても、タイトルの「岬」というものが地上が海へと突き出した場所を意味するように、兄妹の立っている場所はかなりギリギリのところにあるとは言えるかもしれない。

 こちらサイトの情報によれば、企画の最初には『悪い男』(キム・ギドク作品)のこともちょっとは念頭にあった模様(ギドクの情報が伝わってこないのが心配)。風祭ゆきもゲスト出演していてロマンポルノへの目配せもあるようで、映画評論家森直人の指摘によれば『(秘)色情めす市場』(私は未見だが傑作とのこと)の影響があるのだとか。題字の古臭い感じもその辺を狙っているのだろうか。鉛色の空のシーンや路地の猫などが特に印象に残った。

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Date: 2019.03.05 Category: 日本映画 Comments (0) Trackbacks (1)
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新作映画(もしくは新作DVD)を中心に、週1本ペースでレビューします。

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