『ジュリアン』 どちらが嘘をついている?
ヴェネチア国際映画祭の銀獅子賞(最優秀監督賞)受賞作。

冒頭では離婚調停の場面が丁寧に描かれている。ここではジュリアン(トマ・ジオリア)の親権を巡っての母親と父親双方の言い分が明らかにされ、さらにジュリアンの陳述書が読み上げられる。そこには「あの男が来るのが怖くて外で遊べない」などと書かれている。
ジュリアンの言葉を素直に受けとれば、父親は完全に嫌われているということになるのだが、そこにジュリアンはいない。もしかすると母親が入れ知恵をしている可能性もある。その場では母親側と父親側の言い分は食い違い、どちらかが嘘をついていることも指摘されるのだが、結果的にはジュリアンは2週間に一度週末を父親と過ごすことが決められる。
親ならば自分の子供はかわいいだろうという思い込みがあるからか、離婚調停の決定に私自身もさほど違和感は抱かなかった。しかし、その後のジュリアンの様子を見ていると、どうもそうした判断は間違いだったのかもしれないとも思えてくる。
父アントワーヌ(ドゥニ・メノーシェ)がジュリアンに会いにくるのは、息子への愛情からではなく、別れた妻ミリアム(レア・ドリュッケール)への執着心だということが明らかになってくるからだ。アントワーヌはジュリアンを利用してミリアムの情報を引き出そうとするのだが、ジュリアンは健気にも母親を守るのは自分だと考えていて、父親には嘘をついても母親につながる情報を避けようとするのだが……。

たとえばハリウッドがこうしたストーカーものを製作するとするならば、その男の異常性をサイコスリラーなどのジャンルものとして描いていきそうだ。しかし、『ジュリアン』はあくまでもリアルに見せていく。観客を怖がらせる効果音などはなく、シートベルトの警告音や、携帯電話の呼び出し音、エレベーターの音など、日常的な音が緊張感を高めていく。そして、子供を気にかける父親を装っていたアントワーヌは次第に本性を露わにしていき、最後はホラー映画のモンスターそのものとなる。
決定的な出来事が起きてからでは遅いはず。ただ、実際に起きてみなければわからないこともある。現実世界においては、よくあるサイコスリラーのように結末への伏線が張られていたりするわけではないからだ。調停のときにもDVの話は出ていたにも関わらず、明確な証拠が何もないことからアントワーヌを家族から引き離すということにまでは至らなかった。
そもそも家庭内には第三者的な目撃者はいない。証言する人も利害関係のある人とみなされれば、公平な見方とは認められないわけで、離婚調停での判断もやむを得ないのかもしれない。恐らく観客の多くもその決定を不当なものだとは思わなかったのではないだろうか。そこにこそ家庭内でのDV被害の根深い問題があるということなのだろう。
リアルなストーカーの怖さをたっぷり味わえる作品で、自らを犠牲として差し出すかのようなジュリアンの暗い表情が印象的だった。それからモンスターと化す父親の目の据わりっぷりも怖い。
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