『ゼロ・グラビティ』などの
アルフォンソ・キュアロン監督の最新作。
ヴェネツィア国際映画祭では金獅子賞を受賞した作品。
本作は日本では東京国際映画祭で上映されただけで、12月14日からNetflixでストリーミング配信されている。
アカデミー賞でも作品賞・監督賞などを獲得して大成功を収めた
『ゼロ・グラビティ』の後ということで、選択肢は広がったんじゃないかと思うのだが、アルフォンソ・キュアロンが選んだのは一見すると地味な作品だ。
最先端の技術を駆使した『ゼロ・グラビティ』からすると意外な感じもするが、この作品のモノクロ映像には最新鋭のカメラが使用されているらしい。だからだろうかクリアな映像で奥行きが感じられる(排水のなかに映り込む飛行機の姿はこうした技術のおかげか)。
音響効果にもかなり凝っているとのことで、劇場公開を予定してつくられた作品となっているようだ。しかしスター俳優はまったく登場せず、英語作品でもないというハンデもあって、Netflixでの公開となったようだ。劇場公開がないのはちょっともったいない気もする。
◆ごく個人的な作品? 物語はキュアロン監督の子供のころの話であり、自伝的な作品となっている。主人公はメキシコシティの中流家庭の家政婦クレオ(
ヤリッツァ・アパラシオ)であり、本作は監督が世話になったリボという女性に対して捧げられている。
『ROMA/ローマ』では、後の『ゼロ・グラビティ』につながるような
『宇宙からの脱出』という映画が引用されていたりもするし、
『天国の口、終りの楽園。』にもつながるようなキュアロン監督のごく個人的な作品を目指したものにも感じられた。
たとえば本作で印象的に使われている飛行機のシーンやウンチネタは、デビュー作
『最も危険な愛し方』にも見られるものだからだ(ほかにも日本に関するエピソードとかプロレスラーみたいなキャラとか共通点がある)。というよりも、本作に描かれたような子供のころの記憶がデビュー作にも色濃く表れていたということなのだろう。
本作の舞台となるのは1971年のメキシコシティのローマ地区。キュアロンは1961年の生まれだからだいたい10歳くらいのときの話ということになる。そのころのメキシコシティがどんな時代だったのかは不勉強でわからないけれど、歴史的な出来事なども背景にして、ある家族の生活が綴られていく。今では失われてしまったノスタルジックなものも感じさせる。
目立つエピソードがあるとすれば、父親が家族を捨てて出て行ったことと、クレオが妊娠をして恋人に捨てられるところだろうか。残された女主人ソフィ(
マリーナ・デ・ダビラ)は気が短いところもあるけれど、妊娠したクレオに対してはとても親切で、夫がいなくなり経済的には厳しくなってもクレオを家族の一員として処遇する。
◆長回しの効用 そして、繰り返される横移動の長回しを堪能することが本作の醍醐味とも言えるかもしれない。キュアロンはとても効果的に長回しを使う監督だ。『ゼロ・グラビティ』
『トゥモロー・ワールド』などの長回しは技巧的なものがまさっていて「これみよがし」なところがあるけれど、本作の長回しは情感に訴える部分があったと思う。
特にクレオが溺れかけた子供たちを助ける場面。カメラは心配そうに海を見つめるクレオを追い続け、彼女は泳げないにも関わらず子供たちのために高波のなかに入り込んでいく。何とか子供たちと共に危機から生還し、家族たちと抱き合うという感動的な場面のなかでクレオは唐突に本音を漏らす。
それは死産だった子供に対しての言葉だ。クレオは
「生まれて欲しくなかったの」と涙ながらに言うのだ。この台詞はその直前に必死になって子供たちを救った行為とは正反対のことのようにも思える。それでも感情の発露としてはわからないでもない。
情感に訴える長回しとしては『天国の口、終りの楽園。』がある。この作品では悪ガキふたりと人妻という3人が描かれる。そのなかで長回しで描かれるキモとなるシーンがあって、このシーンでは音楽と酒の勢いもあって3人が踊っているうちに、なぜか悪ガキふたりがキスシーンを演じてしまう。この悪ガキたちはゲイではないけれど、その場のノリによってなぜかそんなことが起きてしまうのだ。
『天国の口、終りの楽園。』にしても『ROMA/ローマ』にしても、登場人物の感情には複雑なものがあるはずだ。キュアロンの長回しは、説明しがたいそうした複雑な感情を、登場人物と共に一定の時間を体験することによって、言葉ではない何らかの形で観客に伝えるような効果があると思う。要は何が言いたいかと言えば、何だか説明はつかないけれど感動的だったということだ。とにかく泣かせるのだ。
最後に訂正をひとつ。劇場至上主義みたいなことも言ってみたけれど、Netflixはオリジナル作品が多くてお得であることも確か。今は
コーエン兄弟の最新作
『バスターのバラード』とか、
スサンネ・ビアの
『バード・ボックス』あたりが注目の作品。年末年始の時間のあるときに楽しませていただくつもり。



