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『ゲティ家の身代金』 じいさんたち頑張る

 『エイリアン:コヴェナント』『悪の法則』などのリドリー・スコット監督の最新作。
 巷で話題になっていたのは、この作品の出演者だったケビン・スペイシーがセクハラ騒動で大問題となって出演シーンが使用できなくなり、その部分を急遽再撮影したということ。代役となったクリストファー・プラマーは、その役でアカデミー賞の助演男優賞にノミネートされた。

リドリー・スコット 『ゲティ家の身代金』 一応の主役はゲイル(ミシェル・ウィリアムズ)なのだが、扱いはちょっと小さい。

 石油王の孫が誘拐されたという実話をもとにした作品。ただ、この作品では誘拐事件よりも、石油王ジャン・ポール・ゲティ(クリストファー・プラマー)のキャラのほうが目立つ。身代金を払わないとマスコミの前で宣言して、誘拐犯どころか世間まで驚かすことになる。
 とにかく世界一の金持ちとまで言われたゲティじいさんの守銭奴ぶりが見もの。ホテルではランドリー・サービスをケチって自分で下着を洗うし、屋敷にやってくる客のための電話代がかさむからと公衆電話を設置したりする。あげくの果てには身代金を値切ってみたり、身代金を利用して税金対策をしてみたりもする。そこまでやらないと世界一にはなれないということだろうか。守銭奴と資本家は似ている部分があるらしいのだが……。
 そんなゲティじいさんと向かい合うことになるのが、誘拐されたジャン・ポール・ゲティ3世(チャーリー・プラマー)の母親ゲイル(ミシェル・ウィリアムズ)。ゲイルはすでに離婚していてゲティ家の人間ではないが、巨額の身代金を出すほどの金はどこにもなく、元義父であるゲティじいさんを頼るほかなく、何とか金を出させるよう奮闘することになる。

 ※ 以下、ネタバレもあり!


『ゲティ家の身代金』 石油王ジャン・ポール・ゲティ(クリストファー・プラマー)は世界一の大富豪。その孫が誘拐されることになる。

 時代は1970年代だからかちょっとのんびりしている。電話を逆探知するようなこともできないし、犯人たちマフィアの人質の扱いも酷いものではないから緊迫感には欠けるのだ。不思議だったのは誘拐事件自体がマスコミにバレているというのに、マフィアは警察が動いていないと信じ込んでいるあたり。ゲティ3世を解放したあとになって慌てて捜し回るというのは間が抜けている気もする。
 それでもちょっと怖かったのはそのマフィアの描き方で、彼らが町ぐるみでその仕事に取り組んでいるところ。一度は逃げ出したゲティ3世も人のいい警察官に保護されて事件解決かと思われた矢先に、どこからか情報が漏れていて連れ戻されてしまう。その地域のすべてを取り仕切っているのは警察などではなくマフィアなのだ。受け取った身代金は地域のおばさまたちが総動員されて、人力で大金を数え上げる。誰もがそれを仕事として当たり前のようにこなしていて、悪事に加担している風が一切ないのがかえって怖い。マフィアの生き方が地域に根付いているということなのだろう。

 ゲティじいさんは金に関わる交渉では誰にも負けない。アラブの石油を仕切っている地元部族ともうまく交渉して権利を買い取ったのだろうし、身代金を求める犯人との交渉でもゲティじいさんのほうが上手だったと言えるかもしれない。ただ、息子を奪い返したい母親ゲイルや、ゲティの業突張りに嫌気が差したフレッチャー(マーク・ウォールバーグ)のように、金以外のものに突き動かされている人間にはその手腕も通じないらしい。
 ゲティじいさんを急遽演じたクリストファー・プラマーは現在88歳だとか。主演作品『手紙は憶えている』も記憶に新しいところだが、まだまだ頑張っている。監督であるリドリー・スコットももう80歳。この作品でも人質の耳を切り取り血が噴き出してくるシーンを嬉々として描いていて、その悪趣味ぶりも健在だった。

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Date: 2018.05.27 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (6)

『ピーターラビット』 小気味いいスラップスティック

 原作はビアトリクス・ポターの人気絵本。
 監督は『ANNIE/アニー』などのウィル・グラック
 声の出演はピーターにジェームズ・コーデンのほか、3姉妹役にはマーゴット・ロビー、デイジー・リドリー、エリザベス・デビッキ。

ウィル・グラック 『ピーターラビット』 CGで描かれるピーターは実に表情豊か。畑を狙うギャングとして悪い顔もいい。

 そのキャラクターは誰でも知っているピーターラビット。原作となっている絵本は世界中で出版され、『ピーターラビットのおはなし』をはじめとして24作品があるらしい(このサイトを参照)。
 淡い色彩で描かれたその絵は牧歌的な印象を感じさせるのだが、今回の実写版映画はそのイメージとはちょっと違う(原作絵本を読んだわけではないので推測だが)。とはいえ、お父さんウサギがウサギパイにされてしまったという怖いエピソードは原作通りらしいし、それなりに原作に基づいているのかもしれない。
 原作のほんわかとしたイメージのピーターの部分もちょっとだけはあるのだけれど、映画版のピーターはかなりのわんぱくでいたずら好き。近所のマクレガー家の庭に侵入しては作物を荒らす憎たらしい表情は、マクレガーおじさん(サム・ニール)やその跡を継いだトーマス・マクレガー(ドーナル・グリーソン)にとっては害獣以外の何者でもない。それでいて動物好きのビア(ローズ・バーン)にはかわいらしい人畜無害な表情を見せて愛嬌を振りまくことも忘れない。
 そして物語の中心となってくるのは、マクレガー家の庭を巡っての命懸けの闘いだ。気持ちよさそうにさえずるスズメたちの歌がいつも途中で遮られ、ピーターたちの大騒ぎが始まるように、この作品は徹底的にスラップスティック・コメディのほうを狙っているのだ。テンポよく小ネタを繰り出して、95分の上映時間をダレることもなく一気に見せる監督ウィル・グラックの手腕はなかなかのものだったと思う。

『ピーターラビット』 トーマス・マクレガー(ドーナル・グリーソン)とピーターは畑とビアを巡って仁義なき戦いを繰り広げる。この瞬間はビアに見られているからお澄まししている。

 ただ、いささかやり過ぎの感もあって、ピーターはトーマスをアナフィラキシー・ショックでホントに殺しかけるし、爆弾によってビアの家を半壊させたりもする(やられる側に回るトーマス役のドーナル・グリーソンの狂いっぷりも楽しい)。ピーターは途中で親戚のベンジャミンにすら愛想を尽かされそうになるのだけれど、その後、きちんと謝罪するところが憎めないところ。
 ピーターたちの悪ふざけと同様に製作陣のいい意味でのいい加減さもあって、ラスト・ミニット・レスキューを無駄に長引かせないために「ダイジェストをお楽しみください」といった感じで済ませていて、とてもまとまりがいい作品になっている。特段ピーターラビットを知らなくても、ウサギ好きじゃなくても十分に楽しめる。
 野生動物たちのキャラの描き分けも見事だったのだけれど、特にニワトリの台詞が笑えた。朝っぱらからとち狂ったように泣き叫ぶニワトリは確かにあんなことを言ってそうな気がする。

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Date: 2018.05.21 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (4)

『孤狼の血』 ヤクザより警察のほうが怖い?

 原作は“警察小説×「仁義なき戦い」”と評判となった柚木裕子の同名小説。
 監督は『凶悪』『彼女がその名を知らない鳥たち』などの白石和彌

白石和彌 『孤狼の血』 マル暴のベテラン刑事・大上を演じるのは役所広司。


 暴対法成立前の昭和63年。広島の架空の街・呉原。そこではある失踪事件をきっかけにして、広島の巨大組織・五十子会系の「加古村組」と、地場の暴力団「尾谷組」とが抗争になりかけていた。マル暴のベテラン刑事・大上(役所広司)は、新人刑事の日岡(松坂桃李)と組まされて捜査を開始する。

 東映のヤクザ映画は久しぶり。それだけに気合いが入っている。製作陣が「テレビでの放映は考えていない」というように、お茶の間で放映するには問題がありすぎる内容だ。冒頭は養豚場の豚がひり出す糞のシーンだし、放送にはふさわしくない品のない言葉の連発だ。血みどろの暴力行為(最後の殺しの撮り方にこだわりを感じた)はもちろんのこと、腐乱死体に土左衛門、エロもあり、様々な規制の対象となるものばかりなのだ。そんな規制なんぞクソ喰らえとばかりの熱量で生み出された作品は見逃せない1本となっていることは間違いない。

 主人公である大上はマル暴の刑事。暴力団を相手にするマル暴は、自分もそれだけの気構えがなければやっていけない。一昨年の白石作品『日本で一番悪い奴ら』でも、真面目な警察官だった主人公はマル暴となったことで変貌していく。『孤狼の血』の大上も本物の暴力団以上に暴力団らしい風貌と度胸を持っている。
 大上は「警察じゃけ、何をしてもええんじゃ」と言うように、捜査のためには手段を選ばない。そんな大上に翻弄されることになるのが新人の日岡。広島大学出のエリートとしては、違法行為も厭わない大上のやり方には反発を覚えながらも、マル暴としての生き方を学んでいく。

『孤狼の血』 役所広司演じる大上の風貌には凄みがあった。

 久しく見なかった暑苦しい男たちの切った張ったのやりとりは、それだけで十分に見応えがある。いつもはちょっと食傷気味な感もある役所広司だが、今回のヤクザのような刑事という役柄は魅力的だった(役所広司には『シャブ極道』という作品もあるらしいのだが未見)。ただ、いくつか気になる点もあった。
 マル暴の大上は暴力団と癒着しているように見えるのだが、それは暴力団を飼い殺すためだ。対立する暴力団の両方と交渉し、決定的な戦争へと発展することを避けようとする。それが何のためなのかは大上の死のあとになって次第に明らかになる。
 ここが感動的なところでもあるのだが、あまりに大上がカッコ良すぎて、真相が明らかになるにつれて妙に醒めてしまった。大上が暴力団の内部にまで入り込んで彼らを操ろうとするのは、カタギの人間を守るためだというのだ。そのためには暴力団と同じように違法行為も辞さないし、同時に警察上層部に背後から刺されないように彼らの弱味を握り、自分の立場を堅固なものとする。誰に頼まれたわけでもないのに独りで勝手に命を張っているのだ。
 原作者も多大な影響を認める『県警対組織暴力』の主人公の刑事(菅原文太)が広谷(松方弘樹)に肩入れするのは、彼の男気に惚れたからだった。カタギの人間のためなどという正義感よりも、こちらのほうが腑に落ちる気がするのだ。

『孤狼の血』 新人刑事の日岡を演じる松坂桃李と、薬局の店員を演じる阿部純子。阿部純子は以前「吉永淳」という名前で『2つ目の窓』に出ていた人。

 それからもうひとつの違和感は、大上(=狼)の血を受け継ぐこととなる日岡の、その受け継ぎ方だ。日岡はただの新人ではなく、県警から送られたスパイとして大上を監視するのが真の任務だった。そんな日岡が大上の死によって変貌する瞬間がこの作品の見どころでもあり血がたぎる部分でもある(今回も松坂桃李はおいしい部分を持っていっている)。ただ、後になってよく考えてみると、大上と日岡には立場に違いがある。
 大上は暴力団を飼い殺して操ることを選んでいたわけだが、日岡のやり方では決定的に暴力団と対立してしまっている。「暴力団は駒に過ぎない」と言ったのは大上だが、そう言いつつも暴力団を潰そうとはしていなかったわけで、日岡のやり方は警察という権力の手先になっているだけのようにも見えてしまう。大上の正義は暴力団と警察の間でバランスを取ることだったわけだが、日岡の足場は警察のほうにある。しかも警察内部の不正を暴くことこそが仕事であり、最後に吐く捨て台詞は「まだまだ悪徳警官は残っている」という言葉だった。“ヤクザもの”のパッケージで売りに出されている作品だが、実は“警察もの”なのだ。
 暴力団の無軌道なエネルギーの発散こそが“ヤクザもの”の魅力だとすれば、この作品ではそうしたエネルギーは警察という権力によって騙され丸め込まれてしまう。警察が取り締まりに本腰を入れ暴力団員がどんどん減少している時代の趨勢からすれば、そうした結論になるのは致し方ないのかもしれないけれど、映画としてはちょっと寂しいような気もした。

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Date: 2018.05.16 Category: 日本映画 Comments (0) Trackbacks (5)

『タクシー運転手 約束は海を越えて』 韓国の負の歴史を描くエンタメ作

 監督は『映画は映画だ』などのチャン・フン
 1980年5月の光州事件を題材としており、韓国では1200万人を超える大ヒット作となった。

チャン・フン 『タクシー運転手 約束は海を越えて』 キム・マンソプ(ソン・ガンホ)は光州事件を目撃することになる。

 光州事件とは、1980年5月18日から27日にかけて光州市を中心として起きた民衆の蜂起(ウィキペディアより)。民主化を求める市民のデモに対し、軍はそれを暴動として銃でもって鎮圧した。今では韓国の負の歴史として知られ、『ペパーミント・キャンディー』『光州5・18』などの映画にも描かれてきた。
 しかし当時は、政府側が厳しい情報統制をしていたために、光州市がそんな状況になっていることは、韓国国内でもあまり知られてはいなかったようだ。それを世界へと伝えることになったのが、東京で特派員をしていたドイツ人の記者ユルゲン・ヒンツペーター。彼はソウルへと渡り、タクシー運転手を雇って光州へと向かい、のちに光州事件と呼ばれることとなる惨劇の状況を発信することになる。

 『タクシー運転手 約束は海を越えて』は、ユルゲン・ヒンツペーター(トーマス・クレッチマン)を乗せて光州まで赴き、事件を垣間見ることとなったタクシー運転手キム・マンソプ(ソン・ガンホ)の目を通して描かれていく。キム・マンソプは娘とふたりで暮らすしがない労働者。家賃も払えず、娘の靴も買ってやれない状況から抜け出すために、光州までの運転を買って出ることになる。

『タクシー運転手 約束は海を越えて』 ユルゲン・ヒンツペーター(トーマス・クレッチマン)はどちらかと言えば影が薄い。この場面でも顔が見えてないし……。

 チャン・フン監督の作品では、立場の異なる登場人物がぶつかり合いながらも行動を共にしていくうちに互いを理解するようになる。たとえば『義兄弟 SECRET REUNION』では、「韓国の諜報員」と「北朝鮮の工作員」という相容れない立場のふたりが、いつの間にかに仲間になっていく。
 今回の『タクシー運転手 約束は海を越えて』でも、そうしたテーマは共通している。労働者代表として現実的なキム・マンソプに対して、反政府運動という理想に燃える大学生(リュ・ジュンヨル)がおり、外国から来て事件を世界に伝える使命を帯びるドイツ人記者がいる。キム・マンソプは大学生には勉強しろと説教を垂れ、ドイツ人記者には韓国語がわからないからとバカにした言葉を投げかけたりもする。そんな立場の異なる登場人物たちは、光州事件という現場を体験するうちに少しずつ互いのことを分かり合うようになる。
 あくまでも主役はキム・マンソプであり、演じるソン・ガンホの親しみやすいキャラが作品を引っ張っている。最初は金目的だった仕事も、生来の困った人のことを放っておけないという気質が次第に顔を出し、銃弾飛び交う戦場さながらの現場を走り回ることになる。
 137分という上映時間をあまり感じさせないほど楽しませる作品だった。とはいえ、事実をもとにした作品にしてはやり過ぎの感もある。2016年に亡くなったというユルゲン・ヒンツペーターは、生前彼が世話になったタクシー運転手を捜し求めていたらしいのだが、結局見つからなかったとのこと(映画が大ヒットした後になって見つかった)。その分、この作品はかえって自由に作れた部分があるのかもしれず、光州事件の悲惨な状況を描きつつもエンターテインメントに徹している。そのあたりが韓国では大ヒットとなった理由だろうか。
 
 それはともかくとして、チャン・フンという自分の弟子が大ヒット作を生み出したことに対して、かつての師匠キム・ギドクはどんなことを思っているのだろうか(監督として資質が違うから関係ないのかもしれないけれど)。ちょっと前には女優に対する暴行事件が不名誉な話題になってしまったキム・ギドク。一応は新作の話なども出ているようだけれど、今までだって韓国での評判がよろしくないのに余計に立場が悪くならなければいいのだけれど……。

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Date: 2018.05.10 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (2)

『サバービコン 仮面を被った街』 輝かしかったあの時代……

 監督は『グッドナイト&グッドラック』などのジョージ・クルーニー
 脚本に名前を連ねているのは、コーエン兄弟とジョージ・クルーニー、グラント・ヘスロヴの4人。
 原題は「Suburbicon」で、「Suburb(郊外)」から派生した造語っぽい。

ジョージ・クルーニー 『サバービコン 仮面を被った街』 ガードナー(マット・デイモン)とマーガレット(ジュリアン・ムーア)。閑静な郊外に住む彼らの秘密は?


 時代は1950年代。閑静な郊外の街“サバービコン”。そこに住むロッジ家の平穏な日々は、突然の強盗事件によって一変する。足の不自由なローズ(ジュリアン・ムーア)が殺されてしまうのだ。ローズの夫であり一家の主であるガードナー(マット・デイモン)は、遺された息子ニッキー(ノア・ジュープ)を心配し、ローズの姉マーガレット(ジュリアン・ムーアの二役)に母親代わりを頼むことに……。

 この作品の主な筋は上記のようにまとめられるもので、絵に描いたような幸せの風景が、ひとつの事件をきっかけにして悪い方向へと転がっていくあたりは、『ファーゴ』を思わせるブラック・コメディっぽい。
 ただ、この作品にはもうひとつの筋がある。それが“サバービコン”に引っ越してきたマイヤーズ一家のエピソードだ。それまで白人だけしか住むことのできなかった“サバービコン”に、黒人の一家が現れたから周囲の人々は騒然となる。そしてマイヤーズ家の周囲に壁を建て、騒音による嫌がらせで立ち退きを迫るようになっていく。

『サバービコン 仮面を被った街』 マット・デイモンは体重を増やして50年代風の男に。眼鏡も壊れて血に塗れているのは一体?

 公式ホームページによれば、マイヤーズ一家のエピソードは実話に基づいている。ペンシルベニア州レヴィットタウンで起きた事件がそれで、『Crisis in Levittown』というドキュメンタリー作品もあるらしい。ジョージ・クルーニーと共同脚本のグラント・ヘスロヴがその事件の映画化を検討している際、コーエン兄弟が書いたままお蔵入りとなっていた『Suburbicon』の脚本を思い出し、それらを組み合わせて出来上がったものが『サバービコン 仮面を被った街』らしい。
 この作品の評判がよくないのは、ふたつの筋が全然交わることもなく進行していくという部分にあるようだ。冒頭はマイヤーズ一家の引越し風景から始まり、夜になるとその周囲には物見高い人々が監視を始めている。しかし、主な物語はそれとは関係のない、隣のロッジ家でひっそりと進行していく。マイヤーズ一家に対する立ち退き要求が暴動となり、焼き討ちのような酷いあり様となっている頃、ロッジ家ではまったく関係ない別の騒動が展開している。
 こんなふうにわざわざ別のものを組み合わせた意図を考えると、悪意を感じなくもない。それはロッジ家で起きた災難すらも、マイヤーズたち黒人が“サバービコン”にやってきたから生じたこと違いないという思い込みだ(周囲の人も黒人たちが現れ、かつての輝かしい時代は失われたのだと勝手に信じ込んでいる)。ふたつの出来事に因果関係などありはしないわけだけれど、人はどうしても犯人探しや原因追及をしなければ気が済まないのだ。誰かが悪者にならなければ事が済まないとき、ターゲットとされるのはマイノリティである黒人だったということなのだろう。
 ただ、その仄めかし方があまりうまくいっているとは言えない部分は確かにあるのかもしれない。そう言えば、ニッキーにマイヤーズ一家の一人息子と遊んでくることを推奨したのは、ローズではなくマーガレットのほうだった(もしかしたら記憶違いかも)。ロッジ家の騒動を裏で操っているのはマーガレットであったはずで、その後のロッジ家の趨勢を決めたのは、黒人と付き合うようなタチの悪いことをしたからということが仄めかされているのだろうか。それからロッジ家がユダヤ系であることが仄めかされる(ガードナーは聖公会だと否定するのだが)のも意味ありげにも思えるのだけれど、そのあたりの事情に疎いのでよくわからず……。
 騒動の最中、逃げ回るニッキーの目線でベッドの下から足元だけで格闘シーンを描くあたりとか、その後の「背中に突き刺さるナイフ」や「毒の入ったミルク」などヒッチコックを思わせる演出はなかなか楽しめた。

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コーエン兄弟の作品

Date: 2018.05.07 Category: 外国映画 Comments (8) Trackbacks (4)

『ザ・スクエア 思いやりの聖域』 「気まずさ」の感覚

 『フレンチアルプスで起きたこと』リューベン・オストルンド監督の最新作。
 カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞した作品。

リューベン・オストルンド 『ザ・スクエア 思いやりの聖域』 テリー・ノタリー演じるモンキーマン。一応これもパフォーマンス・アートということになっているのだが……。

 美術館のキュレーターのクリスティアン(クレス・バング)は、次の展示として「ザ・スクエア」という現代美術作品を選ぶ。この正方形のなかでは「すべての人が平等の権利を持ち、公平に扱われる」という設定だ。
 この美術作品は横断歩道のような役割を持つ。横断歩道では自動車は歩行者に注意をしなければならないとされているように、「ザ・スクエア」のなかでは普段の社会的地位などとは無関係に誰もが平等で公平であるべき。身体が不自由な者がいれば手を差し伸べなければならないし、お腹を空かせている者がいれば食べ物を分け与えなければならない。
 当たり前と言えば当たり前なのだけれど、実際には実行することは難しい博愛精神。「ザ・スクエア」という美術作品は、目に見える形でそうした空間を創り出すことで、今一度普段は見過ごしていることを問題提起しているということになる。
 それを積極的に推すクリスティアンは悪い奴ではない。たとえ偽善的だったとしても、博愛精神という理想を忘れていない程度にはいい奴である。ただ現実にはどうかと言うと、理想ほどうまくはいかない。
 クリスティアンは助けを求める女性を気にかける程度にはいい奴で、だからこそスリの被害に遭ったりもする。ただ、その女性が実際にはスリ集団の一味だと知ると、盗まれたスマホと財布を取り戻すために、突き止めた貧困地区のマンション全戸に脅しの文書を入れるほど、博愛精神からはほど遠い人物でもある。クリスティアンはその脅しの文書によって余計に自分の首を絞めることになっていく。

『ザ・スクエア 思いやりの聖域』 このなかでは「すべての人が平等の権利を持ち、公平に扱われる」という設定の現代美術作品。

様々な正方形
 みんなで助け合いながら踊るチアリーディングの場面など、タイトルからしてスクリーンのなかの正方形が目に付くことになる。とはいえ一番の正方形はスクリーンという正方形(実際にはビスタサイズだったから長方形だけれど)とも言える。
 この作品では、そのスクリーンの外側を意識させるような演出が何度もなされている。スリの場面でも叫び声が響くのはスクリーンの枠の外側からだし、クリスティアンの脅迫状によって迷惑を被る少年の助けを求める声もスクリーンの外側から聞こえてくる。
 なぜそんな演出が選択されているかと言えば、「ザ・スクエア」の内部だけで博愛主義が意識されればいいわけではないからだろう。「ザ・スクエア」という美術作品によって人々が博愛精神を掻き立てられ、どんな場所においてもそれが意識されることが意図されるのと同様に、スクリーンの外側にいるこの映画の観客もクリスティアンのことが他人事ではないような気持ちになるだろう。

◆「気まずい」感覚
 『ザ・スクエア』はどちらかと言えば散漫なエピソードの集まりのようでもあるのだけれど、共通しているのは「気まずさ」だったような気がする。そして、観客がクリスティアンと共有するのも「気まずさ」だったんじゃないだろうか。
 人が気まずいのは誰かが見ているからで、誰も見ていないところでは「気まずさ」は感じない。前作『フレンチアルプスで起きたこと』では家族のなかで面目を失った父親の姿が描かれていたけれど、『ザ・スクエア』のクリスティアンも途中までは独身貴族を謳歌しているように見えたけれど、突如として娘ふたりが現れ父親の権威が崩れていくところを目撃していくことになる。
 「気まずさ」が誰かに見られているから生じる感覚であるのと同様に、ほかのエピソードでも周囲の人との関係が影響している。女性が助けを求めて叫んでいても周りに人がたくさんいると誰も助けようとはしないという「傍観者効果」のエピソードも、「ミルグラム実験」を思わせるモンキーマン(テリー・ノタリー)のエピソードも、どちらも社会心理学の成果から生まれたものだろう。どちらのエピソードも周りに人がいるからこそ、個人として考えることを放棄してしまうのだ。
 『フレンチアルプスで起きたこと』では最後のバスのエピソードで、みんながバスを降りるなか、ひとりだけ決然と自分の意志を通す女性がいたけれど、普通はなかなかそれができずに「右へ倣え」という行動を選択してしまうのだ。
 そんななかでよくわからなかったのは、アン(エリザベス・モス)という女性とのエピソード。情事のあとに中身の詰まったコンドームの取り合いをするというシュールなおかしさがある作品でもある。一応アンとの情事も、その後の美術館内でのクリスティアンとの「気まずい」会話という点では共通しているわけだけれど、151分の長尺を絶妙な間(というよりそのはずし方)で描くという巧妙な作品でもあった。最後に付け加えておくと、ボビー・マクファーリンの声だけで奏でる音楽もこの作品の雰囲気にとてもマッチしていたと思う。

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Date: 2018.05.01 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (2)
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新作映画(もしくは新作DVD)を中心に、週1本ペースでレビューします。

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