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『ウィッチ』 すべてを脱ぎ捨て自由な森へ

 ロバート・エガースの初監督作品。サンダンス映画祭で監督賞を受賞するなど評判になった作品。
 『スプリット』のアニヤ・テイラー=ジョイの主演作。

ロバート・エガース 『ウィッチ』 トマシン役のアニヤ・テイラー=ジョイの出世作。

 舞台は1630年のアメリカ・ニューイングランド。篤い信仰心のためにコミュニティを追放されることになったウィリアム(ラルフ・アイネソン)とその家族たちは、ゲートで区切られた安全な場所を離れ、森の近くの荒地に住むことになる。長女トマシン(アニヤ・テイラー=ジョイ)が赤子のサムを相手に「いないいないばあ」で遊んでいると、サムは本当に消えてしまう。森に住む“何か”のせいなのか家族に不運なことが続いていくと、次第にトマシンは魔女ではないのかという疑いをかけられることになる。

 人が森を切り開きゲートで周りを囲い群れて住んだりするのは、外敵から身を守るために助け合う必要があるということなんだろう(それだけ森のなかは恐ろしい)。清教徒たちの信じる神がそれぞれのコミュニティごとに罪を量るわけではないとは思うのだけれど、コミュニティのなかで不幸が起きると罪を犯した人が探されることになる。信仰に厳格すぎるウィリアム一家はコミュニティにとってかえって目障りだったのか、理由をつけて追放されることになってしまう。
 同じことはウィリアム一家の内部でも生じる。新居を構えた森のそばで不幸が続くと、誰かが神に背いた(悪魔と契約した)から一家に災いがもたらされたということになり、その原因として魔女が生み出されることになる。まだ無邪気な双子は除かれるとして、母親からの寵愛を受ける長男ケイレブにも問題はない。そうなるとケイレブの視線に気づいても、それをもてあそぶ程度には成熟しつつあるトマシンは危険な存在と見なされやすいのかもしれない。
 森のなかに住んでいる人のなかには、コミュニティから魔女として追放されたふしだらな女たちもいたのだろう。原題は「The VVitch」。「W」ではなく「V」がふたつ。「Vitch」という綴りが「bitch」と発音が似ているのかどうかはよくわからないのだけれど、『ウィッチ』はビッチが救済される映画のようにも思えた。信仰でかんじがらめの生活からすべてを脱ぎ捨てて自由な森へ行こうと誘う作品なのだ。

『ウィッチ』 ミレーの絵画のような一場面。

『ウィッチ』 ろうそくの灯で撮影された場面は宗教画のよう。低音ボイスが印象的な父親の姿はイエスっぽい。

 この作品はトマシンが魔女とされていく過程をじっくり見せていくというもので、ホラー映画というジャンルに分類されるものの、モンスターが暴れまわったりするようなものではない。得たいの知れない森の恐ろしさは次第にウィリアム一家を追いつめていき、森からやってくるウサギやカラスすら魔女の使いのようにも思えてくる雰囲気を醸し出している。飼っている黒山羊の禍々しさも特筆すべき点だろう。
 ミレーの絵画風なカットとか、ろうそくの灯で撮影された宗教画のような場面など、丁寧な画づくりはとても好感が持てるし、静かに緊張感を高めていくサウンドもいい。物語の展開には驚くようなものはないかもしれないけれど、何度も見たいと思わせるような良品に仕上がっているんじゃないかと思う。
 出演陣ではこの作品のあと『スプリット』へとジャンプ・アップすることになるアニヤ・テイラー=ジョイが出色。当時19歳だったというアニヤ・テイラー=ジョイは意外に幼くも見える部分もあるのだけれど、弟の視線を集めてしまう白い胸元が血で赤く染まるあたりにエロスを感じさせる。魔女に魅せられ熱に浮かされるように事切れる弟ケイレブを演じたハーヴィー・スクリムショウの熱演も見どころ。

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Date: 2017.07.30 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (0)

『君はひとりじゃない』 霊媒師がつなぐもの

 ベルリン国際映画祭で銀熊賞(監督賞)を受賞したポーランド映画。
 監督はマウゴシュカ・シュモフスカ
 原題は「Body」。邦題は劇中で何度もかかる「You'll Never Walk Alone」という曲から採られているらしい。

マウゴシュカ・シュモフスカ 『君はひとりじゃない』 ベルリン国際映画祭で銀熊賞(監督賞)を受賞したポーランド映画。

 冒頭のエピソードが奇妙だ。首吊りで死んだはずの男が、警察によって木から降ろされてしばらくすると、死んでいたことを忘れてしまったかのように歩いてどこかへ去っていく。周囲の人たちは唖然とするものの、この現象に対しての説明はなく「死者の世界」と「生者の世界」の境界はあやしいものになっていく。
 主人公となる父と娘は妻(母)を亡くしたことによって、精神的なバランスを欠いた状態にある。娘のオルガ(ユスティナ・スワラ)は摂食障害となり、父親の前で奇行をしてみせたりする。そんな娘を見守っている父親ヤヌシュ(ヤヌシュ・ガヨス)も、現実的な感覚を失っているようで、検察官の仕事で残酷な死体を見ても動じることはなく、食事には大量のコショウをかけないと味がしないらしい。そしてオルガのカウンセラーとして登場するのがアンナ(マヤ・オスタシェフスカ)で、霊媒師としての能力を持つアンナは、オルガの母親の霊について仄めかすことになる。
 アンナは子供を喪って以来、霊媒としての能力を授かることになったらしい。今では亡くなったばかりの少年の霊を見たり、死者の声を届けるメッセンジャーとしても活動している。そんなアンナがヤヌシュの妻の声を聞いているかのようなことを語ったりもするものだから、この作品では霊的存在の証拠が何らかの形で示されるのだろうという観客の期待も高まっていく。

 ※ ネタバレもあり! ラストにも触れているので要注意!!


『君はひとりじゃない』 アンナ(マヤ・オスタシェフスカ)はカウンセラーとしてオルガ(ユスティナ・スワラ)の治療にあたる。

 ラストは交霊術を試す場となり、丸いテーブルの周りにはヤヌシュとオルガとアンナの3人が揃うことになる。いよいよアンナが霊媒師としての力を示す時間ということになるわけだけれど、アンナはそれに失敗することになる。(*1)
 一晩中交霊術をやってみるものの結局何も起こらないのだ。それでもヤヌシュとオルガは何となく笑ってしまう。ふたりは霊的存在について信じていたわけではなかったけれど、アンナを媒介としてそれまで真摯に向き合うこともなかった父と娘が、奇妙な一晩を過ごすことになったからだ。
 実際にアンナが霊的存在を感じることができるのか否かはあまり問題ではないのだろう。アンナは死者の言葉(とアンナが考えるもの)を伝えることで、現実世界に居場所を獲得していたことも確かなのだ。ヤヌシュとオルガにとっては、それまではその家族の中心にいたであろう妻(母)を喪ったことで、ふたりの気持ちもバラバラになりかけていたわけだけれど、そこにアンナという媒介が入ることで再びつながることができたのだ。
 霊媒というのは霊的存在と人とを結びつけるものなのだそうだ。アンナは霊媒としての役割は果たせなくとも、人と人とを結びつける役割は果たしたわけで、カウンセラーとしての仕事もまっとうしたとも言えるのかもしれない。

 誰もがみんな病んでいるのだけれど、それがあまり深刻にならずに滑稽なもの見える。アンナと一緒に生活している犬のデカさには異様なものを感じるし、ヤヌシュの彼女のダンスシーンには呆気にとられる。ヤヌシュの彼女はもう還暦くらいなのにパンツ一丁で踊り狂うのだ。ヤヌシュはそれを笑いながら見ているのだけれど、観客として傍から見るとまるでホラー映画……。ヤヌシュの闇を感じる場面だった。

(*1) このオチは以前『お嬢さん』のところでも触れた『半身』と似ている。「やっぱり嘘だったのね」ということになるわけだけれど、『半身』には怒りを覚えても、『君はひとりじゃない』は微笑ましい。何だかんだ言ってもアンナはいい人だから。

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Date: 2017.07.25 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (2)

『甘き人生』 マザコン男の覚醒と救い

 『ポケットの中の握り拳』『眠れる美女』などのマルコ・ベロッキオの最新作。
 原作はイタリアではベストセラーになったジャーナリストの自伝小説。
 原題は「Fai Bei Sogni」で、「よい夢を」といった意味合い。

マルコ・ベロッキオ 『甘き人生』 マッシモ(ヴァレリオ・マスタンドレア)とエリーザ(ベレニス・ベジョ)。

 マッシモ(ダリオ・ダル・ペーロ)は9歳のとき母親を喪う。あまりの突然のことにマッシモはその死を受け入れることができない。成長してジャーナリストとなったマッシモ(ヴァレリオ・マスタンドレア)は、父親の死後、母親が亡くなった場所でもある家を相続することになり過去と向き合うことになる。
 この作品は1969年のトリノと、1990年代のローマでの出来事を行ったり来たりしながら進んでいく。マッシモにとってのトラウマは、母親が消えるようにいなくなってしまったこと。それが原因なのかマッシモは他人との間に壁をつくってしまい、女性との関係もうまくいかなかったりするし、夢のなかを彷徨っているように生きている(劇中ノスフェラトゥの姿が登場するのはマッシモのイメージなのかも)。

 イタリア人の男性はマザコンであるというのはよく聞く話。この映画の主人公マッシモも母親との日々と忘れることができず父親(グイド・カプリーノ)を困らせることになるし、成長してからも友人エンリコとその母親(エマニュエル・ドゥヴォス)の関係を羨んでいるようでもある。
 ジャーナリストになってからは、「母を愛せない」という読者投稿欄の返答として、幼くして母を亡くした自らの境遇を告白し、「母親がそばにいることは素晴らしいことじゃないか。今すぐ帰って母親を抱きしめろ」といった内容の記事を書くことになる。これは社会で大反響を呼んでしまい、マッシモはかえって困惑することになる。

 ※ 以下、ネタバレもあり! 


『甘き人生』 母親(バルバラ・ロンキ)はマッシモがまだ子供もころに亡くなってしまう。

 マッシモの母親が亡くなった日の描写は、母親の決意めいたものを感じさせるものになっている。それでも母親の死の真相は明かされることなく物語は進み、マッシモはあちこち彷徨ったあげくエリーザ(ベレニス・ベジョ)と出会うことになる。エリーザとの歓喜のダンスシーンもあってこのまま大団円で終わるのかとも思っていると、最後の最後で真相が明かされることになる。実はマッシモの母親は病気を苦に自殺していたのだ。カトリックの国であるイタリアでは自殺は罪とされるため、その事実はマッシモに伝えられることがなかったのだ。
 新聞投稿の「母を愛せない」という言葉に反応して「母親を抱きしめろ」と煽ったマッシモだが、そんな自分は母親に見捨てられていたのかもしれないと30年後にようやく気がつくことになる。マッシモがその真相に気がつかないというのはちょっと間が抜けているような気もするけれど、最後になって梯子を外すという展開はなかなか意地が悪い。ベロッキオ監督は処女作『ポケットの中の握り拳』では主人公に母親を崖から突き落とさせたりしているわけで、マザコン礼賛で終わるわけがないとも言えるのかもしれない。
 ただこの作品では一度は母親との過去の想い出を否定したようでいて、同時にマッシモを救っているのは母親を思わせるエリーザという女性であるという点で、母親に対する複雑な感情を吐露しているようにも思える。

 エリーザと母親が似ているというのは、面影が似ているといった意味合いではなく、ふたりの姿が重ね合わせるように描かれているということで、冒頭の母親とマッシモのダンスシーンはラスト近くでエリーザとマッシモとの間で繰り返される。
 母親の投身自殺そのものは描かれることはない。それでもマッシモはナポレオン像を外に投げ落としたり、壁のオブジェを落として割ってしまったりと、落下のイメージは何度も登場する。そして飛び込み台から落下することになるエリーザがそのあとマッシモのそばに寄りそうことになるのは、母親が復活したかのようなイメージとして描かれているということなのだろう(少年時代のマッシモはベルフェゴールという悪魔に母親が戻ってくることを願ってもいた)。
 ラストの母親とマッシモのかくれんぼも美しい想い出として描かれていて、若かりしころの『ポケットの中の握り拳』のような残酷さは薄れたとしても、老境に達したベロッキオ監督の円熟味を感じさせる作品となっているんじゃないだろうか。

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マルコ・ベロッキオの作品
Date: 2017.07.17 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (2)

『裁き』 不条理を感じる人は誰?

 監督・脚本はチャイタニヤ・タームハネー
 アカデミー賞外国語映画部門のインド代表となった作品。原題は「COURT」

チャイタニヤ・タームハネー 『裁き』 法廷を舞台にした話だが、よくある法廷劇とは趣きが異なる。

 ある日、年老いた民謡歌手カンブレ(ビーラー・サーティダル)が舞台で歌を披露していると、突然闖入してきた警察官に逮捕される。容疑は彼の歌が自殺を煽ったというもの。「下水清掃人は下水道で窒息死しろ」という内容の歌が、ある下水清掃人を自殺へと追いやったのだという……。
 裁判映画ということで、法廷内での喧々諤々の激論を予想していたのだが、この作品はそんなふうには展開しない。一応の悲劇の主人公となるカンブレだが、逮捕されて以降はほとんど姿を現さず、法曹関係者たちの姿が追われていくことになる。
 この作品の法廷劇は観客の情感に訴えるということもなく平坦に進んでいく。事務的に作業を進めようとする検察官(ギーターンジャリ・クルカルニー)は文書を朗々と読み上げるだけだし、人権派らしい弁護士(ビベーク・ゴーンバル)も派手な見せ場があるわけではない。
 さらにこの作品を独特なものにしているは、法廷劇の合間に弁護士・検察官・裁判官のごく普通の生活が描かれていくところだろう。しかも法曹関係者の日常描写は法廷劇に何らかの影響を与えるわけでもない。たとえば弁護士は紀ノ国屋的な高級スーパーでチーズやワインなどを買い漁るのだが、こうした描写は弁護士がそれなりに裕福な生活をしているというだけのものであって、物語の中心であると思われたカンブレの裁判とは何の関わりもないのだ。

『裁き』 カンブレ(ビーラー・サーティダル)の歌はなかなか威勢がいい。

 この作品の感想を見ると「不条理」という言葉があちこちに見られる。たた登場人物たちはそうした「不条理」をまるで当然のものとして受け入れているようにも見える。何の罪もない人間が冤罪によって不当に逮捕されているにも関わらず、法曹関係者たちはそれを当たり前の事態として日常を過ごし、自らの仕事に対する矜持といったものを感じさせるわけでもなければ、インド社会の状況に苦悶するわけでもない。
 そして、何より冤罪の当事者であるカンブレ自身も怒りや苦しみを訴えようとするわけでもないのだ。カンブレは歌っているときは威勢がいいのだが、逮捕されるときは従順な様子で抵抗をすることもない。カンブレの態度は不可触民として差別されてきたことによる深い絶望なのか、あるいはそれをごく自然のものとして受け入れているのかは判断がつきかねた。後者だとすれば不気味なものすら感じるのだけれど、それはこの作品を日本の映画館で観ている観客だから言えることなのかもしれないわけで、かの国の人々はどんな話として受け取るのだろうか。
 法廷劇を見に行ったつもりがインドの何気ない日常風景を見る羽目になるという事態は「不条理」な状況だったと言えるかもしれない。とりあえずユーロスペースにネット予約システムが導入されたのを確認できた点では収穫があったかと思う(以前の『FAKE』のときは文句を垂れていたので)。

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Date: 2017.07.14 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (2)

『ライフ』 カルビンによる殺人劇場

 監督は『チャイルド44 森に消えた子供たち』などのダニエル・エスピノーサ
 キャスト陣はジェイク・ギレンホールレベッカ・ファーガソンライアン・レイノルズなどと結構豪華で、真田広之も顔を出している。

ダニエル・エスピノーサ 『ライフ』 ジェイク・ギレンホール、レベッカ・ファーガソン、ライアン・レイノルズなど豪華なキャスト陣。

 火星で採取された地球外生命体の細胞を宇宙ステーションで調査するうちに、その生命体が成長して人間を襲うようになるというSF作品。
 漂流状態にある宇宙船をキャッチするミッションを長回しで捉えるという『ゼロ・グラビティ』的なノリから始まって、成長した生命体が人間を襲うようになると『エイリアン』的な怖さを感じさせる。ただ“カルビン”と名付けられた生命体の造形は安っぽい。成長した姿がどことなくタコっぽいのは、由緒正しい火星人の姿に引っ張られているのかもしれない。この場合、“人”とは到底思えないけれど……。
 作品のほとんどが宇宙船内の話で無重力状態のまま展開していくあたりには金がかかっているように見えるのだけれど、物語はかなり古臭いB級テイスト。それなりに名前の知られたキャスト陣が集まっているのがかえって不思議に感じられるくらいだった。
 見どころはカルビンによってクルーたちがひとりひとりと殺されていくところ。ライアン・レイノルズは早々にやられてしまうのだけれど、その死に方が凄まじかった。絶体絶命の人間たちは自分を犠牲にしても、その生命体を地球に持ち込むことだけは避けなければならない。そのために検疫官のような役目の人物がいるというのはリアルなのだけれど、全体的なつくりは雑と言えば雑。
 ラストのオチは個人的には好み。主人公デビッド(ジェイク・ギレンホール)の「80億人のバカが暮らすところに戻りたくない」という台詞が意味深なものにも感じられなくもない。

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Date: 2017.07.09 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (12)

『ディストピア パンドラの少女』 新機軸のゾンビものだけれど……

 原作はM・R・ケアリーの小説『パンドラの少女』
 監督はテレビドラマなどを手がけていたというコーム・マッカーシー

コーム・マッカーシー 『ディストピア パンドラの少女』 第二世代のメラニー(セニア・ナニュア)。ハンニバル的なお面をつけているのは……。

 冒頭では子供たちが車椅子に座らせられ勉学に励んでいる。何のための車椅子なのかと疑問に思っていると、実はそれが子供たちを拘束するためのものであると判明する。その子供たちは人間のような姿をしているけれど、人間など生き物の匂いを嗅ぐと獣のように喰らいつく危険な存在だ。
 銃を持って子供たちを警戒している軍人たちは、地下施設で彼らを研究対象にしているらしい。実はこの作品は一種のゾンビものであり、すでに地上の世界のほとんどは“ハングリーズ”と呼ばれるゾンビによって覆いつくされている。冒頭に登場してくる子供たちはその第二世代なのだ。『ディストピア パンドラの少女』がほかのゾンビものと違っているのは、この部分だろう。
 第二世代は菌に感染してハングリーズとなった母親から生まれてきた子供たちで、ゾンビ菌と人間の共生状態にある。彼らは胎児のときに母親から感染したという設定で、生まれるときには母親の腹を喰い破って誕生したと語られるのだ(『エイリアン』のあのシーンみたいに)。

※ 以下、ネタバレもあり! ラストにも触れているので要注意!!


『ディストピア パンドラの少女』 第二世代の子供たちは車椅子で拘束されながらも勉学に励む。

 第二世代は見た目も普通だし思考能力もある。主人公であるメラニー(セニア・ナニュア)のように教育によって成長している子供もいる。ただ、腹が空いても我慢するといった自制心は皆無で、エサがあれば人間でもかじりついてしまう。そんな危険な第二世代を人間たちが手元に置くのは、第二世代からハングリーズに対抗するワクチンを生成するためだ。コールドウェル博士(グレン・クローズ)はメラニーに人類のために犠牲となることを懇願する。
 メラニーは人間たちからは実験材料として扱われている。それでも大好きな先生であるヘレン(ジェマ・アータートン)の教育もあり、ギリシャ神話を学ぶほどの能力もあるし、人間たちに愛想を振りまくほど社会性もある。メラニーにとっては自分が人間とは違うことは意識しながらも、それでもなぜ自分たちが人類のために犠牲にならなければならないのかと考える。

 ラストはひねりが効いている。それでも人間の観客としては、人類が滅んでしまう結末が複雑なのは確か。藤子・F・不二雄『流血鬼』の結末のように、実際にゾンビの側になってみなければわからないのかもしれないのだけれど……。
 人類のネクスト・ステージが描かれた作品『AUTOMATA オートマタ』では、人類の次を担うのは人工知能だった。人工知能に取って代わられるのは仕方ない気もするけれど、ゾンビに取って代わられるのは複雑というのは変なのかもしれない。一応、第二世代は人間とゾンビ菌の共生によって進化している部分もあるのだから、人類が形を変えても存続するのは喜ばしいのかもしれないのだけれど、どうにも第二世代の子供たちはお行儀の悪い獣たちのようで希望が感じられない気もした。




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Date: 2017.07.06 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (2)

『ハクソー・リッジ』 地獄で見つけた奇跡

 『ブレイブハート』『パッション』などのメル・ギブソンの久しぶりの監督作品。
 アメリカで良心的兵役拒否者として初めて名誉勲章が与えられたデズモンド・ドスという人物の実話をもとにした作品。
 タイトルの「ハクソー・リッジ」とは「のこぎり崖」といった意味で、沖縄の前田高地がのこぎりのような崖になっているのを見てアメリカ兵たちが名付けたもの。
 アカデミー賞にも作品賞や監督賞など6部門ノミネートされた。

メル・ギブソン 『ハクソー・リッジ』 アメリカ版のポスター。

 デズモンド・ドス(アンドリュー・ガーフィールド)は敬虔なキリスト教徒として育ち、聖書の「汝、殺すことなかれ」という教えに忠実でありたいと願いつつ、第二次大戦で周囲の男たちが出兵していくのを見て自らも軍隊へ志願する。しかし、訓練に入ってもドスは銃を持つことを拒否することになる。
 良心的兵役拒否者というのは宗教上の理由などで戦争に行くこと自体を避けるのだろうと思うのだが、デズモンド・ドスという人物は愛国者でもあり、周囲が戦っているのに自分が安穏とした場所にいることも許せないらしい。愛国者としては国を守るためには敵を殺すことになるわけだけれど、戦場で誰もが殺し合うなかでひとりくらい助けて回る人間がいてもいいんじゃないかというのがドスの論理だ。
 ドスの信念は周囲を動揺させることになる。軍隊の上官や同僚たちは嫌がらせをして辞めさせようとするし、説得に現れた婚約者ドロシー(テリーサ・パーマー)がちょっとだけプライドを捨てればと勧めても、ドスは決して信念を曲げることはない。

 メル・ギブソンの作品は『パッション』でのキリストの受難のように、ほとんど度を越した“痛み”を嬉々として描いていく。『ハクソー・リッジ』での沖縄戦の描写もまさに地獄絵図だった。崖の上にはそれまでの激戦を物語る多くの死体が転がり、千切れた身体の一部が散乱する。戦闘が始まれば兵士たちは内臓や脳漿を撒き散らし、火炎放射で火だるまになりながら死んでいく。そんな場所を兵士と一緒に駈け回りつつも、自衛のための武器すら持たないというドスはちょっと正気とは思えない。
 この作品のなかで死んでいく兵士たちは米兵にしても日本兵にしても数多いのだけれど、日本兵がやられる場面は大方が背後から撮られていた。どちらかいえば無個性な日本兵のなかで、洞窟のなかで割腹自殺する場面だけが妙に丁寧に描かれているあたりは、単純に監督メル・ギブソンの趣味の問題なのだろう。

『ハクソー・リッジ』 死体が転がり銃弾が飛び交うなかを武器を持たないドスが駆け回る。

 この作品は一応史実に基づいているとされているのだけれど、誇張されている部分も多いのだろうと思う。手榴弾すら跳ね返してしまったりもするし……。ただメル・ギブソンが描きたかったのはドスという男の常軌を逸した信念なのだろう。それはほとんど奇跡のようなものに思えた。
 ラストでドスがハクソー・リッジから降ろされるとき、まるで彼が空を飛んでいるように描かれている。神々しく地上に降臨してくる姿にも見えるのだ。『パッション』で描かれたキリストの物語が今に至るまで語り継がれているように、ドスという男の物語も語り継がれるべきであるというのがメル・ギブゾンの信念ということなのだろう。
 ちなみに実在のデズモンド・ドスは自分が亡くなる寸前まで、映画化に許可を出さなかったのだという。「真の英雄は大地に眠る人たち」だとして自分が英雄として持ち上げられることを良しとしなかったらしい。何て謙虚な人なんだろうか。もちろん彼の行動が戦争の手助けになっているという意見もわからないのではないのだけれど、誰もがドスのようになれるわけではないし、こんな人がひとりくらいいてもいいんじゃないかと思う。

 メル・ギブソンの作品はしつこいほどの残酷描写でかなり偏っている印象だったのだけれど、この作品では戦争の地獄絵図だけではなく妙に泣かせどころがある作品になっている。アル中の父親(ヒューゴ・ウィーヴィング)が息子を想う気持ちを吐露する場面だとか、先頭に立ってデズモンドをいじめていた「すごく意地が悪い」スミッティ(ルーク・ブレイシー)との和解などあちこちでホロリとさせる。前半の薄気味が悪いほど健全なラブシーンから一転して血みどろの戦場へという急展開が、偏執的なところが薄れた分かえってアンバランスにも感じられるけれどエンターテインメントとしてはいいのかもしれない。
 主演のアンドリュー・ガーフィールド『沈黙 -サイレンス-』に続いて信念の男を演じている。しかもどちらも日本が舞台というのも不思議な縁。アンドリュー・ガーフィールドの童顔はヘラヘラしているようにも見えるけれど、それが純粋さにも感じられるところがいいのかもしれない。

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Date: 2017.07.02 Category: 外国映画 Comments (2) Trackbacks (12)
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新作映画(もしくは新作DVD)を中心に、週1本ペースでレビューします。

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