極私的に選んでみた2016年の映画ベスト10

『グレート・ウォリアーズ/欲望の剣』のルトガー・ハウアー

  『ザ・ウォーク』
  『ヘイトフル・エイト』
  『リップヴァンウィンクルの花嫁』
  『レヴェナント:蘇えりし者』
  『SHARING』
  『ディストラクション・ベイビーズ』
  『或る終焉』
  『シン・ゴジラ』
  『淵に立つ』
  『手紙は憶えている』

 今年の10本はこんな感じ(観た順に10作品)。
 何はともあれハラハラしたもの、陶酔したもの、驚かされたもの、よくわからないけれどひっかかるものなど様々。総じて日本映画は好調で、この10本からは漏れたけれど悩んだ作品も多い。
 今年の作品ではないけれど『グレート・ウォリアーズ/欲望の剣』がとても良かった。これはポール・ヴァーホーヴェンの1985年の作品で、TSUTAYAの発掘良品の1作としてリリースされたもの。レビューを書くタイミングは逃してしまったものの、ヴァーホーヴェンの作品のなかでも一番おもしろいんじゃないかとすら思う。
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Date: 2016.12.29 Category: 映画 Comments (2) Trackbacks (6)

『ドント・ブリーズ』 盲人と小娘のバーリトゥード

 監督・脚本にはリメイク版『死霊のはらわた』フェデ・アルバレス
 製作にはオリジナル版『死霊のはらわた』のサム・ライミ

フェデ・アルバレス 『ドント・ブリーズ』 なめてかかっていた老人(スティーヴン・ラング)は凄腕の元軍人だった。


 ロッキー(ジェーン・レビ)は仲間のふたりと共にある家に強盗に入る。その家には30万ドルの金が隠されているという情報があり、住人は盲目の老人(スティーヴン・ラング)ということもあって簡単な仕事になるはずだった。しかし物音で住居侵入に気づかれたかと思うと、あっという間に仲間のひとりは殺されてしまう。

 『暗くなるまで待って』『見えない恐怖』のような盲人が登場するサスペンスでは、観客は盲人の立場になり、見えないことで追い込まれていく恐怖を味わう。この作品も「見える」「見えない」という非対称をうまく使っているけれども、観客は見える側に立ち、見えることが逆に恐怖の源泉になっている。
 老人は目が見えないけれど音には敏感だから、逃げるにしても音を立ててもいけないし、息をすることもはばかられる。通常のホラー映画であれば、モンスターに遭遇した瞬間が一番ドッキリするのだけれど、本作ではモンスターがすぐ近くにいて、見えているのにも関わらず主人公は動くこともできないという状態に陥り、観客は手に汗を握ることになる。

 舞台となるのは老人の住む一軒屋。そこは完全に老人のテリトリーで、ロッキーたちは内部に侵入したのはいいけれども、出口を閉じられて逃げ場を失ってしまう。さらに飛び道具として獰猛な番犬も加わるから強盗としては絶体絶命だ。
 一軒家はさほど大きいわけではない。それでも地下室や2階に屋根裏と舞台が立体的に広がっていくから、かくれんぼのフィールドとしては意外にも奥行きがある。ただ、そのアイディアだけでは間が持たないと思ったのか、別の設定が明らかになることで余計に恐怖が味わい深くなってくる。

 ※ 以下、ネタバレもあり! 結末にも触れているので要注意!

『ドント・ブリーズ』 アレックス(ディラン・ミネット)とロッキー(ジェーン・レビ)は音を立てることも、息をすることもはばかられる状況に陥る。

 盲目の老人が退役軍人で、目が見えないにも関わらず銃をものともせずに強盗のひとりを倒してしまう。それだけでは目の見えない老人の逆転劇に過ぎないのかもしれないのだけれど、老人が地下室に抱えている秘密が明らかになると、その異常性が際立ってきてモンスターらしくなってくる。
 老人は交通事故で娘を喪って、多額の賠償金で手に入れる。しかし、それだけでは飽き足らず娘を事故で殺した女性を地下室に監禁していたのだ。しかもその女性には自分の子どもを産ませようとしている。老人曰く「レイプはしない」らしいのだが、やっていることはヘタするとそれ以上におぞましい。女性であるロッキーも想定外のことに顔色が変わるのもうなずける。殺されるのも恐ろしいだろうが、こちらもトラウマになること間違いない仕打ちなのだから……。

 「強盗」VS.「殺人&誘拐」という図式となると、どちらにも正当性はない。ロッキーは追い詰められて神にすがろうとするのだが、老人は神の存在を否定する。『カラマーゾフの兄弟』のイワンの思想のように、神が存在しないならすべてが許されるわけで、神なき世界を生きている老人は自分の目的のためには何だってすることができる。
 一方でロッキーは逃げることと同時に金のことも考えている。老人がただひとつの目的に執着するのに対し、ロッキーはあれもこれもを手に入れようとするから爪が甘くなる。それでも最後の瞬間だけはすべてを捨てて逃げることだけを考えたからこそ、運良く両方を手に入れることができたのだろう。

 88分というコンパクトな上映時間もいいし、今年一番ハラハラさせてくれた作品だったと思う。すでに続編の製作も噂されているようだけれど、ロッキーは二度と老人に会いたくはないだろうし、どんな闘いになるのだろうか。

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Date: 2016.12.26 Category: 外国映画 Comments (2) Trackbacks (6)

『フィッシュマンの涙』 もはや地上に希望はない?

 エグゼクティブ・プロデューサーを務めているのはイ・チャンドン
 監督・脚本はクォン・オグァン。コンペティションによってこの映画のアイディアが選ばれて、今回の長編デビューとなったとのこと。

クォン・オグァン 『フィッシュマンの涙』 魚人間とその仲間たち。と言っても彼を利用しようとするばかりだが。

 「魚人間」のビュジュアルが妙に気になるこの作品。魚と人間の組み合わせでも、下半身が魚になれば、「人魚」と呼ばれてファンタジーのキャラっぽくなるのだが、この『フィッシュマンの涙』のように上半身が魚となると途端に得体の知れないものとなる。監督のクォン・オグァンは、ルネ・マグリットの「共同発明」という絵画に触発されてこの作品をつくったらしい。
 「魚人間」の造形は明らかに被り物とわかる代物で、グロテスクというよりも意外にもかわいらしくも感じられる。ちなみにこの映画が上映された新宿の劇場では、ロビーのソファーに腰掛けるような「魚人間」が居て、ひとり佇む姿がやけに哀愁を誘う。

劇場内に居たの魚人間(誰かが撮影したものがネットに落ちていた)。ちょこんと座っている姿が哀愁を誘う。

 バケモノの哀愁といったテーマとしては、たとえば『ザ・フライ』とか『エレファント・マン』など様々あると思うが、この作品の魚人間は意外にも出オチといった感もある。魚人間の苦悩を掘り下げるというよりは、魚人間というバケモノを発見してしまった周囲の騒動を描いていくからだ。
 魚人間の正体はパク・グ(イ・グァンス)というフリーターの青年で、製薬会社の治験に参加したために副作用で魚人間になってしまう。恋人というのは嘘で、実際には一度寝ただけの女だったジン(パク・ボヨン)は、酔った勢いそんな関係になったものの魚人間に愛情を抱いているわけではなく、彼を製薬会社に売り飛ばしてしまう。
 製薬会社の開発者は魚人間を利用するだけだし、彼の父親(チャン・グァン)は多額の賠償金をふんだくろうとし、名前を売りたい弁護士なども参加して騒ぎは大きくなる。そんな騒ぎをドキュメンタリーとして撮影しているサンウォン(イ・チョニ)が、一応の語り部となっているのだけれど、サンウォンにしても仕事を得るためにやっているにすぎない。魚人間はそうした騒動のなかで右往左往するばかり……。

 こうした騒動には韓国社会の現実が見て取れる。韓国でも日本と同じように就職難が続いているようだ。語り部のサンウォンも、魚人間の恋人を騙ったジンも、魚人間になってしまったパク・グも、仕事にあぶれた若者で韓国社会にあまり希望を見出せないでいる。そんななかの唯一の希望が公務員試験となっているのも、希望というよりは生きていくために仕方がないというあきらめにも感じられる。
 製薬会社や弁護士、さらにはパク・グの父親も含め、魚人間を利用しようとするものは彼の周囲に集まってくる。世間は底辺の人間たちのスターとして魚人間を一度は持ち上げるものの、風向きが変わると一転して今度はそこから引きずり下ろそうとする。この辺には大統領ですら犯罪者になってしまうという国の事情が反映しているのかもしれない。

 ラストでは海のなかで「水を得た魚」という言葉通りの姿を見せてくれる魚人間だけれど、その反面、もはや地上には希望はないということを感じさせなくもないわけで、地上で生きざるを得ない人間としてはちょっと複雑な気分。

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Date: 2016.12.24 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (0)

『誰のせいでもない』 チャレンジングな3Dの使い方

 『パリ、テキサス』『ベルリン・天使の詩』などのヴィム・ヴェンダースの最新作。
 最近はドキュメンタリー作品が続いたヴェンダース。劇映画は『パレルモ・シューティング』以来で、しかも今回は3D作品。
 原題は「Every Thing Will Be Fine」

ヴィム・ヴェンダース 『誰のせいでもない』 主演のジェームズ・フランコとなかなか豪華な女優陣。


 作家のトーマス(ジェームズ・フランコ)は夕暮れ時、雪深い田舎道であわや事故という事態に遭遇する。ソリに乗った少年が飛び出してきて、トーマスは慌ててブレーキを踏んで事なきを得たのだ。突然のことに驚いたのか呆然としたままの少年クリストファーを近くの家まで送り届けると、彼の母ケイト(シャルロット・ゲンズブール)は血相を変えて飛び出していく……。

 事故を回避したのかと思っていると、実はクリストファーには弟がいて、彼はその事故によって亡くなっていたことが判明する。この作品はそんなちょっと不思議なエピソードから動き出す。
 事故はアクシデントで、誰のせいでもなかったということで済まされる。ただそれですべてが済むはずもなく、事故に関わった者たちの人生は変わっていくことになる。事故後、トーマスと恋人サラ(レイチェル・マクアダムス)の関係は、今まで以上にギクシャクすることになる。その2年後、トーマスは被害者遺族であるケイトに会って赦しを乞う。その4年後、トーマスはサラと別れ、編集者アン(マリ=ジョゼ・クローズ)とその娘と暮らしている。さらに4年後、事故で生き残り16歳になったクリストファー(ロバート・ネイラー)がトーマスに手紙を寄越す。

 時間が経過するごとに登場人物の関係も変化していく。ただ登場人物の心情が説明されることはない。それでも登場人物の心の葛藤をそこはかとなく感じさせる映画になっていたのは、その3D表現に理由があるのかもしれない。
 『誰のせいでもない』において3Dで捉えるのは、部屋の窓の外に広がる風景である。前景にある部屋の内部と、後景の窓の外が奥行きをもって描かれる。それから窓ガラスへ映り込む風景であったりもする。これは部屋のなかからトーマスが外を眺める様子と、トーマスの視線の先に広がる風景が同時におさえられるわけで、ここでも奥行きを感じさせる。こうした情景がわざわざ3Dで撮影されていることには意味があるはずだ。
 ヴェンダースの意図は、風景の奥行きを登場人物の心の奥行きと重ねることにあるのだろう。たとえば息子を亡くしたケイトは部屋でひとり佇んでいるときに、何のきっかけもなく泣き出したりする。ここではカメラはケイトの表情を捉えているだけでも、心の奥で何が蠢いているのかは推測することができる。
 冒頭はトーマスが観客に向かって笑いかける場面から始まり、ラストは同じように観客に笑いかける場面で閉じられる。何気ない表情のクローズアップだけれど、そこに心の奥行きというものを感じさせようというのが、この作品の3Dの使い方としてチャレンジングなところだろう。

『誰のせいでもない』 窓ガラスへの映り込みを3Dで捉えている。主人公トーマスの視線の先に過去から現れたクリストファーが……。

 心の奥行きというのははかりしれないが、この作品で心の奥にあるとされるものは、それぞれの過去ということになるのかもしれない。登場人物は誰もが過去に囚われているからだ。トーマスは事故によって少年を殺してしまったことで常に罪悪感を抱えている。息子を喪ったケイトも事故の当日フォークナーを読み耽っていて子どもたちのことを忘れていたことを後悔している。
 事故が原因の一端となってトーマスと別れることになった恋人サラは、その後に幸せをつかんだあとでもトーマスのことを恨みに思っているし、トーマスの父親も過去のすべてが無駄だったかもしれないと考えている。また、アンは事故という特別な過去によってトーマスが自分の知らない苦悩のなかに逃げ込んでいることに苛立っている。
 それからトーマスと親しいはずのサラやアンが彼との距離を感じる一方で、他人にすぎないケイトや11年後に現れたクリストファーは、トーマスがなぜか心を許すようにも見える時間がある。これも事故という悲劇の過去を共有したからかもしれない。

 もちろん3Dにしたからといって登場人物の過去がスクリーン上に表れるわけではないのだけれど、前景と後景がいくつも層になっているかのような風景描写は、そこに映される登場人物の心のなかにもこれまでの時間が何重にも層となって展開しているような気もしてくる。
 事故から11年後、成長したクリストファーがトーマスの家の庭に現れる場面は、外を眺めるトーマスと遠く離れた庭の奥にいるクリストファーを同時に捉えていて、この作品で一番キモになるシーンだろう。トーマスは窓の外を眺めているようで、過去のことを見つめているようでもある。3Dによる奥行きの表現がトーマスの心の奥底を覗き込ませるような瞬間だったと思う。

 派手なところは少しもない作品だし、3Dによる挑戦は成功しているか否かは評価がわかれそうでもある(個人的にはおもしろい挑戦だったと思う)。それでも劇場でなければその微妙な感覚は体験できないわけで、興味のある人は観てもいいんじゃないかと思う。

ヴィム・ヴェンダースの作品

Date: 2016.12.20 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (1)

『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』 普通の映画ファンとしての感想

 『スター・ウォーズ』シリーズの外伝と位置づけられる作品。
 監督は『GODZILLA ゴジラ』などのギャレス・エドワーズ

ギャレス・エドワーズ 『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』 主人公ジン・アーソ(フェリシティ・ジョーンズ)とローグ・ワンの面々。

 最初に公開された『スター・ウォーズ』エピソード4は、デス・スターの設計図をR2-D2が反乱軍側にもたらすところからスタートしている。冒頭の字幕でも「反乱軍が設計図を盗み出し……」といったことが説明されるわけだけれど、今回の外伝『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』はまさにその部分の映画化となっている。
 外伝とはいえダース・ベイダーが登場して大暴れする場面もあるし、最後にはきれいにエピソード4へとつながっていくことになり、『スター・ウォーズ』サーガの壮大さを感じさせる物語になっていたと思う。

 エピソード4はデス・スターの弱点部分にルークの弾が当たるか当たらないかというラストがハラハラさせられた。子ども心にも単純なのが楽しかった。しかし、今になって考えてみると「弱点部分に一発当たればすべてが破壊されるってどうなの?」というツッコミは一部からはあったのかもしれない。
 この作品はそんなツッコミに対する回答にもなっている。もともと考えられていた設定なのか否かはわからないけれど、エピソード4のツッコミどころを解消させるためにさらに1本外伝をつくってしまうというのだから何とも贅沢な作品だ。

 この作品の主人公ジン・アーソ(フェリシティ・ジョーンズ)は科学者ゲイリン・アーソ(マッツ・ミケルセン)の娘。ゲイリンは帝国軍につかまってデス・スター開発に無理やり協力させられることになる。ゲイリンは自分がそれを拒否しても誰かが開発することになるのを見越して、自らが開発にたずさわることでデス・スター内部に重大な弱点を仕込むことを決意する。ジンは父親が帝国軍側に寝返ったと考えていたわけだが、やがて父親の真意を知ることになり、反乱軍たちと共にデス・スターの設計図を奪うという不可能な作戦に命を賭けることになる。

 ※ 以下、ネタバレもあり!

『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』 ドロイドのK-2SOは思ったことをすぐ口に出してしまう愛らしいキャラ。

『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』 最後の戦いの舞台は南の島みたいな雰囲気。

 前半は新しい登場人物の紹介もあってもたついた印象。反乱軍も一枚岩ではないらしく、反乱軍内部でのいざこざもあったりするからだ。それでもそんなならず者(ローグ)たちが大義のために戦いに挑むことになる後半はやはり楽しめる。2時間14分という時間もあまり長くは感じなかった。
 この作品は最後にレイア姫が登場してきれいにエピソード4へとつながるわけだけれど、『ローグ・ワン』のならず者たちは誰一人エピソード4には顔を出さない。というのは作戦遂行のために全員が命を落とすことになるからだ。これは『スター・ウォーズ』の正編では到底無理な展開だし、次のエピソード4の副題が「新たなる希望」となっていて、その後の展開に希望があるからこそできたラストなのだろうと思う。
 しかし、そんな悲惨な展開の割にはそれぞれの死に方があっさりしすぎている感じも残った。一番壮絶だったのはドロイドのK-2SOで、このキャラはこの作品のなかでも最も愛らしいキャラなのだが、それが身を挺してジンたちを守ることになる。これが可能なのはK-2SOがロボットだからで、全体的には戦争映画になっているにも関わらず人を傷つける描写を回避しているのだ。
 ソウ・ゲレラ(フォレスト・ウィテカー)はあっさり消え、ゲイリンも反乱軍の爆撃に倒れたまま息絶える。チアルート(ドニー・イェン)とベイズ(チアン・ウェン)が「フォースと共にあらんことを」と念仏のように唱えつつ死んでいく部分はマシだったとはいえ、ジンとキャシアン・アンドー(ディエゴ・ルナ)がどこかのディザスター映画で見たようなきれいな最期だったのにはちょっと違和感があった。外伝だからとはいえ自由にはつくれないのだろうとは思うのだけれど……。

追記:このレビューをアップした後に、「『スター・ウォーズ』シリーズは血が流れないことになっている」という記事をどこかで読んだ。言われてみれば確かにそうで、オビ=ワン・ケノービなどはなぜか消失してしまったりもするくらいで、登場人物が死んでも血は流れない。だからエピソード7で血が描かれたときはファンの間では話題となったらしい。
 それでもエピソード5では、ルークの腕を切り落としたり(ここでも血は出ない)、動物の腹を割いたりするシーンなんかもあったわけで、今回の『ローグ・ワン』は全員死んでしまうという話なのに遠慮しているような気もする。

 今回はフォースを使うジェダイたちは登場しない。フォース自体が伝説みたいなものとなっている。だからジェダイたちが使うライトセーバーも出てこない(ダース・ベイダーは例外だけど)わけで、その代わりにフォースの存在を信じる盲目の僧侶チアルートが登場する。
 チアルートを演じるのはドニー・イェンで、『イップ・マン 序章』などでブルース・リーの師匠を演じていた人だけに、武術の腕前だけで帝国軍の敵たちをあっという間になぎ倒す場面が見どころとなっている。このチアルートの相棒がベイズで、これを演じるのはチアン・ウェン『さらば復讐の狼たちよ』などでは監督も)。これらのキャラは中国の観客への目配せなのだと思うが、それでもふたりがかなりおいしいところを持っていったのも確かだと思う。
 主人公のジンを演じたフェリシティ・ジョーンズは、『インフェルノ』などでもゴージャスな美人さんといった印象で、この作品のように泥だらけになって動き回る役柄にはまっていたようには見えなかった。『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』の女主人公レイが元気に走り回っていただけにそんなことも感じた。
 以上はごく普通の映画ファンとしての感想であって、多分『スター・ウォーズ』が特別に大好きというマニアの人は別の見方があるのかもしれない。様々なメカとか、新しい惑星の造形とか、そうした細かい部分に関してマニアックな人が見るべきところは多いんだろうと思う。

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『スター・ウォーズ』シリーズ作品
Date: 2016.12.17 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (21)

『アズミ・ハルコは行方不明』 現実的なサバイバルの方法

 原作は山内マリコの同名小説。
 監督は『アフロ田中』『私たちのハァハァ』などの松居大悟
 主演の蒼井優はあちこちに顔を出している印象があるのだけれど、『百万円と苦虫女』以来の単独主演作とのこと。

松居大悟 『アズミ・ハルコは行方不明』 安曇春子(蒼井優)の手配写真から生まれたグラフィティアート。


 主人公となる安曇春子(蒼井優)はもう27歳。小さな会社の事務員として働いていたのだが、ある日突然失踪することになる。もう一人の主人公と言ってもいい愛菜(高畑充希)は、成人式を迎えたばかり。仲間たちと行方不明となった春子の手配写真をアートとしてばら撒きうっぷん晴らしをしている。さらには巷では少女ギャング団のニュースが話題で、彼女たちは夜中に男だけを無差別に襲撃して、男どもを震え上がらせる。

 この作品をとっつきにくくもし、逆に魅力的にも感じさせるのは、時間軸をシャッフルした構成だろう。上記の3つのパートは時間軸を無視して並行的に描かれていくことになるために、物語のつながりを見失って行方不明になる観客もいるかもしれない。
 愛菜のパートで警察が行方を捜しているはずの春子は、春子のパートではまだ実家で日常生活を送っている。「春子失踪後のエピソード」と、「春子失踪前のエピソード」が同時に描かれていくわけで最初は混乱するのだ。
 とはいえ決して難解な作品ではない。なぜ春子が失踪したか、いつそれが起きたのかは最後のほうで丁寧に示されるし、それによってシャッフルされていたエピソードがつながってくると全体像がおぼろげながらに見えてくることになる。
 
 春子と愛菜には接点はないし、世代的にも差があり、共通点はないようにも見える。春子は会社ではセクハラ上司たちに愛想笑いし、痴呆のある祖母と両親との生活にもうんざりし、幼なじみの曽我(石崎ひゅーい)と関係を持ったりする。愛菜はもっと自由に楽しんでいるようにも見えるけれど、仲間のユキオ(太賀)や学(葉山奨之)からはヤラせてくれるけれどウザい女と思われている。共通しているのはいつまでも狭い人間関係のなかに留まっていることだろうか。
 『アズミ・ハルコは行方不明』の舞台は関東近郊の地方都市だ。ロードサイドのファミレスやコンビニといった無個性な場所ばかりが登場する。それらは全国どこへ行っても同じなわけで、結局のところ逃げ場がない感じすら漂う。さらにそこに住まう人々もほとんどが顔見知りで、小学校以来の関係を引きずったまま大人になっているわけで、なかなかの閉塞感なのだ。

『アズミ・ハルコは行方不明』 春子(蒼井優)と愛菜(高畑充希)は最後まで出会うことはない。高畑充希のNHKのキャラとは違うウザいキャラにも注目。

 原作のことは不明だが、この映画のなかの女の子たちは理屈で考えて動いているわけではなさそうだ。
 春子は突然失踪するのだけれど、先行きが見えていたわけではなさそうで、夜中に買い物で出たついでにふらっと行方不明になってしまう。一方の愛菜も疎外感からか自殺を考え飲んで暴れているうちに、なぜか春子の幻影を見ることになり、それに諭される。春子の幻影は愛菜が生み出したもののはずで、なぜか愛菜は自ら正しい道を見出していることになる。
 春子にしても愛菜にしても理屈を捏ね回して考えたりしているわけではないわけで、直感的に正しい道を選んでしまっているのだ。だからたとえこの作品が真っ直ぐな時系列で描かれたとしても、彼女たちの行動の因果関係が明らかになり理詰めで納得させられるものになるわけでもないのだろう。彼女たちは混乱した状況のなかで直感的に正しい道を見出したわけで、その意味ではこの作品の手法が物語を混乱させているように感じられても、それはあながち間違った感じ方でもないのかもしれない。
 この作品のなかで最もファンタジックな存在である少女ギャング団たちも、経験によって学んだから男を狩るようになったわけではなく、男どもがクソであることを直感的に知っているからなのだろうと思う。
 
 最後に行方不明だった春子と愛菜は初めて出会うことになる。少女ギャング団の行動は女の子たちの願望の結晶化したものかもしれないけれどあまりにもファンタジーすぎるわけで、春子の示した行方不明への道はもっと現実的なサバイバルの方法なのだろう。
 多分どこまで逃げてもロードサイドには同じようなファミレスやコンビニがあるのだろうけど、狭い人間関係から逃れて自分が誰にも知られていないところに行けばちょっとは息が吐けるということはあるかもしれない。奇しくも蒼井優主演作『百万円と苦虫女』(タナダユキ監督)みたいな方向性であるわけで、そうした感覚が女の子たちの間で一般化しているということなのかもしれないとも思う。

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松居大悟の作品
Date: 2016.12.13 Category: 日本映画 Comments (0) Trackbacks (4)

『古都』 京都人の自信のほどがうかがえる作品

 川端康成原作の『古都』は過去に二度映画化されているが、今回はさらにその続きの物語も含めて現代風にアレンジされている。
 監督はYuki Saito。ハリウッドで映画製作を学んできた人物らしい。名前は某女性タレントっぽいけれど恐らく男性。

Yuki Saito 『古都』 佐田千重子(松雪泰子)と舞(橋本愛)。京都の観光名所が色々登場する。


 京都で古くから続く呉服店を切り盛りしているのは佐田千重子(松雪泰子)。周囲は次第に新築マンションなどが立ち並ぶようになり、京都の街並みも変わりつつある。そんななか千重子が呉服店存続にこだわるのは、彼女が佐田家にたまたま拾われた捨て子だったから。次の世代を担うかもしれない舞(橋本愛)は現在就職活動中で、家を継ぐよりも自分の可能性を試したいと考えているのだが……。

 原作は読んだことがないのだが、1980年の市川崑版の『古都』だけは観ることができた(1963年の中村登版も評判がいいらしい)。この作品は生き別れた双子の物語で、一方の千重子は名家のお嬢さんとして育てられ、他方の苗子は北山杉を育てる苦労人として育っていく。たまたま縁があって祇園祭の日に出会ったふたりだが、身分の違いなどもあって一晩だけ一緒に過ごしただけで別れることになる。
 今回の現代版『古都』では、生き別れた双子の話も回想シーンとして描きつつも、中心となるのはそれぞれの娘たちの話となる。千重子の娘・舞(橋本愛)と、苗子の娘・結衣(成海璃子)は互いのことを知らない。それぞれ人生の岐路にあり、舞は社会へ出ることを望んで家業を継がせたい母親と対立し、結衣は絵画を学びにフランスへ留学したものの壁にぶち当たることになる。

 もともと川端康成の原作の意図は、変わりつつある京都の姿を残すことにあったらしい。この作品でも京都自体が主役となっている。回想シーンのくすんだ色の紅葉が、現代へと移行するとともに赤く色づいていき、鴨川を自転車で疾走する舞の姿からそのまま京都の情景を上空から捉えるという連なりには、京都そのものが主役であるという意識が表れていたと思う。
 ただ市川版と比べてしまうと、京都の町屋のなかの陰影がほとんど感じられなかったようにも思える。とはいえ、すでにもう町屋自体がなくなりつつあって、残ったものも外国人観光客のツアールートになっているとなると、変わりつつある京都を捉えているとも言えるのかもしれない。

『古都』 舞(橋本愛)はほんまもんの帯を締めて日本舞踊を舞う。

 もともと捨てられた子であった千重子は恵まれた生活があったものの佐田家の存続というものに縛られることになり、それは娘の舞にも受け継がれる。一方で貧乏暮らしだった苗子には比較的自由があり、その娘の結衣も特段何かに縛られることはない。それでも舞と結衣に共通するのは、自分が何をしたいのかがまだわかっていないということ。
 こんなことは若いうちには誰にでもあることなのだけれど、これに関しての舞の父親(伊原剛志)の説明がふるっている。京都人は「ほんまもん」に囲まれて「ほんまもん」を見抜く力がある。しかし目が肥えているからこそ、かえって自分で何をすればいいのかわからなくなる……。
 ほとんど傲慢スレスレの理屈なのだが、それだけに京都人の自信のほどがうかがえる。「ほんまもん」などわからない田舎もんとしては皮肉も言いたくなのだが、そんな皮肉すらも京都人のほうが堂に入っているわけでちょっと太刀打ちできそうにない。

 とにもかくにもこの作品にはそんな「ほんまもん」が様々登場する。京都自体が「ほんまもん」なのだろうし、パフォーマンスを披露する書道の先生だとか、お茶だとか日本舞踊だとか、京都が世界に誇る「ほんまもん」を見せてくれる。東山魁夷の絵画「北山初雪」から着想されたらしき帯もそうした「ほんまもん」のひとつだろう。
 最後はその帯を締めた橋本愛がフランスで日本舞踊を披露する。長い髪をアップにして舞を見せる橋本愛がとても凛々しくて見惚れた。セーヌ川沿いに着物で佇むという構図はよくわからないけれど……。

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Date: 2016.12.11 Category: 日本映画 Comments (0) Trackbacks (1)

『エヴォリューション』 着実に進化していく妄想

 監督・脚本は『ミミ』『エコール』などのルシール・アザリロヴィック
 今回は併映として2014年製作の短編『ネクター』も上映された。

ルシール・アザリロヴィック 『エヴォリューション』 舞台となる島には女性と少年だけが住む。


 外界を海に囲まれ孤絶した島に住むニコラ(マックス・ブラバン)は、母親(ジュリー=マリー・パルマンティエ)とふたりで暮らしている。ある日、海の底で赤いヒトデの引っ付いた死体のようなものを発見する。しかし母親はその話を信用せずに、いつものようにニコラに薬を与える。ニコラには薬を飲まなければいけない病があるのだ。

 舞台となる島には若い女性と少年たちしかいない。女性と少年はペアとなっていて、一応母親と息子ということになっている。しかし、その見守り方は愛情からというよりも、監視しているようにも見える。
 というのは実は女性たちは子供を産まないようで、少年たちが子供を孕ませられるのだ。少年が与えられていた薬はそのためのもので、少年たちは病院に入れられて手術を受け、そのお腹に生命を宿すことになる。女性は少年を飼うことで、人間を繁殖させているのだ。
 一応女性たちは人間のようなフリをしているのだが、彼女たちの身体には吸盤のようなものもあり、無表情のまま少年を手術に追いやる姿はかなり不気味。進化した存在なのかもしれないのだが、彼女たちのあまりにおぞましい行為は女性たちが何かに乗っ取られているようにも見えてくる。

『エヴォリューション』 冒頭の海のなかの映像はユートピアのようだったのだが……。

 ルシール・アザリロヴィックという監督は、女性に生まれたことにひどく戸惑っているのかもしれない。壁に囲まれた閉鎖空間で少女たちが共同生活する『エコール』では、少女たちを美しく描きながらも、成長することへの恐れのようなものを感じさせた(色彩にインパクトがあった短編『ミミ』は、危なっかしいロリコンものだったような……)。
 今回併映された『ネクター』では、なぜか主人公の女性が身体から蜜を生み出すことになっていて、これは女性が子供を産むことへの驚きが別の妄想となって表現されているようにも思えた。そして『エヴォリューション』ではさらに嫌悪感が付け加わった悪夢のようなものに進化している。

 この作品のキャッチコピーは「そこはユートピアか、ディストピアか」。冒頭の海の底の映像は何とも言えず美しくまさしくユートピアなのだけれど、話が病院での少年たちへの医療行為のほうへと移っていくと途端に陰鬱なものになる。この作品自体が監督の妄想であり、さらにそんな世界に投げ入れられた少年ニコラの悪夢も加って、それらが説明もなく展開されていくものだから観客としては置いてけぼりを食らった気持ちになった。
 たとえば『ネクター』の蜜蜂の描写は、それが多くの召使いとそれを従える主人公の関係を類推させるのはわかりやすい。では『エヴォリューション』のヒトデは何なのか? 実はヒトデには様々な生殖形態があるようだ。人間と同じようにオスとメスで増える種類もあるのだが、メスだけで増える種類とか、個体が分裂しながら増えていく種類などもある。つまりヒトデは人間にもあるかもしれない別の生殖形態の可能性を類推させるような役割を果たしているのだろう。
 ただ蜜蜂の生態はそれなりに知られていても、ヒトデの生殖形態のことが思い浮かぶ人は少ないんじゃないかとも思う。あの血のような色のヒトデが何かしら不気味なものとして迫ってくることはあるのかもしれないけれど……。個人的にはわからないことだらけで、81分という上映時間にも関わらずやけに長く感じた。アートってのはそんなものか。

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Date: 2016.12.06 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (3)
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