『パリ、テキサス』『ベルリン・天使の詩』などの
ヴィム・ヴェンダースの最新作。
最近はドキュメンタリー作品が続いたヴェンダース。劇映画は『パレルモ・シューティング』以来で、しかも今回は3D作品。
原題は
「Every Thing Will Be Fine」。

作家のトーマス(
ジェームズ・フランコ)は夕暮れ時、雪深い田舎道であわや事故という事態に遭遇する。ソリに乗った少年が飛び出してきて、トーマスは慌ててブレーキを踏んで事なきを得たのだ。突然のことに驚いたのか呆然としたままの少年クリストファーを近くの家まで送り届けると、彼の母ケイト(
シャルロット・ゲンズブール)は血相を変えて飛び出していく……。
事故を回避したのかと思っていると、実はクリストファーには弟がいて、彼はその事故によって亡くなっていたことが判明する。この作品はそんなちょっと不思議なエピソードから動き出す。
事故はアクシデントで、誰のせいでもなかったということで済まされる。ただそれですべてが済むはずもなく、事故に関わった者たちの人生は変わっていくことになる。事故後、トーマスと恋人サラ(
レイチェル・マクアダムス)の関係は、今まで以上にギクシャクすることになる。その2年後、トーマスは被害者遺族であるケイトに会って赦しを乞う。その4年後、トーマスはサラと別れ、編集者アン(
マリ=ジョゼ・クローズ)とその娘と暮らしている。さらに4年後、事故で生き残り16歳になったクリストファー(
ロバート・ネイラー)がトーマスに手紙を寄越す。
時間が経過するごとに登場人物の関係も変化していく。ただ登場人物の心情が説明されることはない。それでも登場人物の心の葛藤をそこはかとなく感じさせる映画になっていたのは、その3D表現に理由があるのかもしれない。
『誰のせいでもない』において3Dで捉えるのは、部屋の窓の外に広がる風景である。前景にある部屋の内部と、後景の窓の外が奥行きをもって描かれる。それから窓ガラスへ映り込む風景であったりもする。これは部屋のなかからトーマスが外を眺める様子と、トーマスの視線の先に広がる風景が同時におさえられるわけで、ここでも奥行きを感じさせる。こうした情景がわざわざ3Dで撮影されていることには意味があるはずだ。
ヴェンダースの意図は、風景の奥行きを登場人物の心の奥行きと重ねることにあるのだろう。たとえば息子を亡くしたケイトは部屋でひとり佇んでいるときに、何のきっかけもなく泣き出したりする。ここではカメラはケイトの表情を捉えているだけでも、心の奥で何が蠢いているのかは推測することができる。
冒頭はトーマスが観客に向かって笑いかける場面から始まり、ラストは同じように観客に笑いかける場面で閉じられる。何気ない表情のクローズアップだけれど、そこに心の奥行きというものを感じさせようというのが、この作品の3Dの使い方としてチャレンジングなところだろう。

心の奥行きというのははかりしれないが、この作品で心の奥にあるとされるものは、それぞれの過去ということになるのかもしれない。登場人物は誰もが過去に囚われているからだ。トーマスは事故によって少年を殺してしまったことで常に罪悪感を抱えている。息子を喪ったケイトも事故の当日フォークナーを読み耽っていて子どもたちのことを忘れていたことを後悔している。
事故が原因の一端となってトーマスと別れることになった恋人サラは、その後に幸せをつかんだあとでもトーマスのことを恨みに思っているし、トーマスの父親も過去のすべてが無駄だったかもしれないと考えている。また、アンは事故という特別な過去によってトーマスが自分の知らない苦悩のなかに逃げ込んでいることに苛立っている。
それからトーマスと親しいはずのサラやアンが彼との距離を感じる一方で、他人にすぎないケイトや11年後に現れたクリストファーは、トーマスがなぜか心を許すようにも見える時間がある。これも事故という悲劇の過去を共有したからかもしれない。
もちろん3Dにしたからといって登場人物の過去がスクリーン上に表れるわけではないのだけれど、前景と後景がいくつも層になっているかのような風景描写は、そこに映される登場人物の心のなかにもこれまでの時間が何重にも層となって展開しているような気もしてくる。
事故から11年後、成長したクリストファーがトーマスの家の庭に現れる場面は、外を眺めるトーマスと遠く離れた庭の奥にいるクリストファーを同時に捉えていて、この作品で一番キモになるシーンだろう。トーマスは窓の外を眺めているようで、過去のことを見つめているようでもある。3Dによる奥行きの表現がトーマスの心の奥底を覗き込ませるような瞬間だったと思う。
派手なところは少しもない作品だし、3Dによる挑戦は成功しているか否かは評価がわかれそうでもある(個人的にはおもしろい挑戦だったと思う)。それでも劇場でなければその微妙な感覚は体験できないわけで、興味のある人は観てもいいんじゃないかと思う。
ヴィム・ヴェンダースの作品