『リップヴァンウィンクルの花嫁』 陶酔しきった3時間

七海(黒木華)はごく普通の女の子。大学を卒業して臨時教員をしているけれど、声が小さいことを生徒たちにからかわれるようなどんくさい部分もある。あまり自己主張というものがなく、他人の意見に何となく流されてしまう。
SNSで見つけた彼氏(地曵豪)との結婚もそんな感じで決めてしまうだが、親戚の数があまりに少ないのを気にした七海は代行サービスで人を集めることにする。代行サービスを請け負ったのが“何でも屋”の安室(綾野剛)で、安室が引き回し役となって七海が知らなかった世界が開けていく。
◆岩井俊二の少女趣味
なぜか「長編実写の日本映画としては『花とアリス』以来12年ぶり」の岩井作品という宣伝がなされていて、『ヴァンパイア』なんかも飛ばして無理やり『花とアリス』との関係を謳っている。というのも『リップヴァンウィンクルの花嫁』は岩井俊二の少女趣味が全開になっている点で『花とアリス』以来の王道作品ということになるからだろう。その分、岩井俊二ファンにとってはいつまでも作品世界に浸っていたくなるような作品だと思う。
この作品では二度の結婚式が描かれる。一度目は彼氏との結婚式で、これは寒々しい茶番劇となっている。そして、二度目が七海と真白(Cocco)の結婚式だ。女同士の夢のような結婚式はひとつのクライマックスであり、スローモーションを多用したとても美しいシークエンスになっている。
旦那とのキスがおざなりに済まされるのに対して、七海と真白のキスはベッドの上で何度も繰り返される。こんなふうにあからさまに対照的に描かれる結婚式からしても、女同士の関係にしか岩井俊二は興味がないのだろうと推察する。ふたりの関係に性的な匂いは感じられないのだけれど、最初の結婚式のような空々しい嘘がない至福の時だったと思う。
◆リップヴァンウィンクルとは?
リップヴァンウィンクルというのは西洋版の浦島太郎と呼ばれる話(この映画ではSNSでの真白のハンドルネームが“リップヴァンウィンクル”)。浦島太郎が龍宮城から戻ってくると長い年月が経っていたように、リップヴァンウィンクルも山の奥へと迷い込んで戻ってきたときには20年もの時が経過している。浦島太郎のお話は“仙境淹留譚”などと呼ばれる類いもので、異界へ迷い込んで戻ってくると長い時間が経過しているという点でリップヴァンウィンクルと共通している。
この『リップヴァンウィンクルの花嫁』では、七海が離婚を言い渡され、茫然自失で見知らぬ場所を彷徨することになる。「わたし、どこにいるんですか」と哀れな声を発するあたりですでに異界へと迷い込んでいたのかもしれない(七海が真白と過ごすことになる洋館の雰囲気も浮世離れしている)。
ただし、そこから戻って来た七海にとって世界がそれまでと一変したかどうかはわからない。もしかするとこれからも安室に翻弄されることに変わりはないのかもしれない。ただひとつ言えるのは観客にとっては、この作品世界は一種の異界であって、浦島太郎にとって龍宮での日々があっという間だったように、この作品の3時間という上映時間はあっという間に過ぎ去ることは間違いない。

◆この作品の魅力?
ネットでは誰もがハンドルネームという偽名を使ってやりとりしているし、“何でも屋”が用意する偽家族も結婚式を円滑に進めるために必要な嘘。七海は両親が離婚していることを旦那に隠すことを別段悪いこととも思っていない。世の中は嘘にまみれているのだ。
ただ騙されていることに気づかなければ意外と問題は生じないとも言える。七海は安室の大きな嘘には気づいていない。気づいていないから幸せに過ごせることもあるのだ。これは七海がちょっとトロいからでもあるけれど、最後まで騙し続ける安室はプロに徹しているとも言える。
一方で安室の行動原理はいまひとつ理解できない。七海をカモと考えているのは明らかだけれど、それが七海のためにもなっているようでもあるのが不思議なところ。また、末期ガンだった真白の後始末を丁寧に取り計らうのは金をもらっているからだとは思うのだけれど、真白の母親(りりィ)に対する共感はちょっと滑稽ではあったけれど本心であるようにも見え、安室という男はどうにも捉えどころがない。(*1)
この作品自体もそんな捉えどころのなさもあって、岩井俊二はインタビューでこの作品について「ピントの合わない映画」とか「一番“迷い”の多かった映画」とも語っているようだ。たしかに整然とした説明をしかねるようなあれもこれもを孕んでいるのだけれど、それが決して退屈なものにはなっていなかったし、何より黒木華という対象を撮り続けることにこそ意義があったようにも感じられた。
そんな『リップヴァンウィンクルの花嫁』の魅力を語ろうとすれば、物語云々よりも具体的なシーンをただ羅列したほうが適切なんじゃないかとも思う。たとえば、離婚後の七海が放つ「くそう」というかわいい悪態、窮地に陥ったときに七海の目に浮かぶ涙、七海と真白がウェディングドレス姿でその巻き毛の長い髪をなびかせるところ、その他数え上げればキリがない。(*2)世慣れなくて頼りない七海の姿はとても愛おしくてどうにも目が離せないのだ。とにかく陶酔しきって白痴のようにスクリーン見つめ続ける至福の3時間だった。
(*1) AV女優だった真白のことを恥じている母親を演じているのがりりィ。母親は人前で脱ぐことを非難するのだが、それを演じるりりィもかつて大島渚の映画(『夏の妹』)で脱いでいたようにも記憶している(もしかしたら違う人かも)。そんな意味で皮肉を込めているのかと思っていると、突然、その母親が脱ぎだすという展開にはびっくり。
(*2) ここで挙げたいくつかの場面は、雑誌『キネマ旬報』で漫画家の魚喃キリコが取り上げていたところ。もちろん私自身がとても気に入っている場面でもある。女の子同士関係を描いた魚喃キリコの『blue』は映画化もされているけれど、漫画自体がとてもよかったと思う。
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