『ヘイトフル・エイト』 疑心暗鬼の対立関係は……

 クエンティン・タランティーノの第8作目。題名もそれにちなんでいるのかもしれない。憎むべき人は8人では収まっていないわけだし……。
 今回はこれまでもタランティーノがラブコールを送り続けてきたエンニオ・モリコーネが音楽を担当しており、先ほど発表されたアカデミー賞では作曲賞の受賞が決まった。モリコーネは意外にも名誉賞は受賞していたものの、アカデミー賞の作曲賞は初受賞。モリコーネと言えば『荒野の用心棒』など多くの西部劇に音楽をつけてきたわけで、今回のタランティーノの西部劇『ヘイトフル・エイト』にも欠かせない要素となっている。

クエンティン・タランティーノ 『ヘイトフル・エイト』 個性豊かな面々。男どもを相手にジェニファー・ジェイソン・リーはくせ者ぶりを発揮していた。


 賞金首のデイジー(ジェニファー・ジェイソン・リー)を縛り首にするためにレッド・ロックへ向かうジョン・ルース(カート・ラッセル)は、雪のなかでたまたまふたりの男を拾う。同じく賞金稼ぎのマーキス(サミュエル・L・ジャクソン)と新任保安官を名乗るクリス(ウォルトン・ゴギンズ)だ。彼らは吹雪を避けるために山小屋へと避難することになるのだが、その密室で殺人が起きることになる。

 密室ミステリーだけをやるならば90分でも語れるはずだが、タランティーノとしてはそんなつもりはないのだろう。冒頭のキリスト磔刑像からの長回し。一面の雪のなか遥か遠くから駅馬車が走ってくる様子を、モリコーネのオリジナルスコアが高鳴るなかでじっくりと見せていく。
 『ヘイトフル・エイト』は滅多に使われない方式の70mm(ウルトラパナビジョン70)で撮影されているらしく、アスペクト比は「2.75:1」というシネスコ以上に横長の画面となっている(こちらのページを参照)。映画館の大画面で観なければ、その贅沢さを感じることは難しいだろう。
 タランティーノ作品だけに無駄話が多いのは当たり前だけれど、駅馬車に乗り合わせた4人がひとしきり無駄口も叩き終えて、妙な間が支配するあたりもいい。そのあとでジョン・ルースがためらいがちに口に出すのが、マーキスが持っていると噂される「リンカーンからの手紙」で、それがのちのち効いてくる。かと思えば、山小屋の便所までの通路設置を意味もなく丹念に追ってみたりする。この場面では不気味な音楽が奏でられているのだが、特段何かが起きるわけではないというのが何ともおもしろい。とにかくそんな贅沢な時間の使い方でありながら、168分間退屈するところがなかった。タランティーノが最高傑作と自画自賛するのもあながち冗談とも言えないのだ。

 ※ 以下、ネタバレもあり! ラストにも触れているので要注意!




『ヘイトフル・エイト』 ジョン・ルース(カート・ラッセル)は賞金首のデイジー(ジェニファー・ジェイソン・リー)と手錠でつながれている。

 70mmフィルムで撮影するのと通常の35mmとでは何が違うのかは専門家ではないから詳しくはわからないのだけれど、極端に横長の画面はそれだけで迫力がある。ただ、この作品は密室劇なわけで、もともと空間的に狭いわけであまり関係ないようにも思えなくもない。このあたりに関して、今回の山小屋(ミニーの紳士服飾店)のセットを作り上げた美術監督の種田陽平のインタビューが参考になる(こちらのページを参照)。

 暖炉のところに居るスミザーズ(ブルース・ダーン)から、すぐ先10メートルくらいのところにドアがあるんですが、ドアから入ってくる人たちとの関係が肉眼で見たものとは全然違って映っている。


 70mmで撮影された映像は奥行きの感覚も通常とは違ったものとして映るようなのだ。だからなのか今回の作品ではタランティーノはしきりに「ピント送り」という手法を使っている。簡単に説明すれば、手前の人物に合っている焦点を奥の人物へと移行させてみたり、その逆に奥の人物から手前の人物へと焦点が移るような手法だ。通常は野暮ったく見えるからあまり使われないが、『ヘイトフル・エイト』ではその「ピント送り」が何度も繰り返されている。
 なぜこの手法が選ばれているのか? この山小屋の密室では、いくつもの対立関係が交差していて、その対立の距離感を強調するためではないだろうか。
 この作品は南北戦争後という時代設定である。ここでは南軍と北軍という敵対関係が未だに根強く残っている。また、その南北戦争とも深く関わりのある黒人に対する差別もある。さらに、賞金首を移送中のジョン・ルースからすれば、一時的に同盟関係にあるマーキスや御者の男以外は、賞金首の横取りを企む敵なのかもしれないという疑心暗鬼がある。対立する側がどう動くかという緊張感があるのだ。それはたとえば手前にいる黒人のマーキスと、奥にいる人種差別主義者の自称保安官クリスのような関係として現れる(その逆の場合も)。そして、その距離感を強調するために「ピント送り」が効果的に使われていたように思う。

 人種的偏見の対立関係にあったマーキスとクリスが生き残り、ふたりは別の敵と向かい合うわけだけれど、疑心暗鬼のマーキスとクリスの距離はなかなか埋まることがない。それでも最後の最後にふたりの顔が同じ平面上に合成されたように現れる瞬間がくる。その際、ふたりの実際の位置関係には距離があるはずなのだけれど、最後の瞬間にはその距離を無視してひとつの平面に収まるのだ。このときふたりの対立関係も雲散霧消している。これは何とも感動的な場面ではなかろうか。別にそんなことを考えず、血まみれゲロまみれの惨劇を体験するだけでも楽しいのだけれど、やはりそんな部分にも映画的な瞬間があったこともまた確かだと思う。

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Date: 2016.02.29 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (7)

2月に観たDVD新作4作品をまとめて紹介

『ユーズド・カー』 若々しいカート・ラッセル。ラストは『マッド・マックス』風?

『ユーズド・カー』
 『ザ・ウォーク』ロバート・ゼメキス監督の第2作(1980年)。監督ゼメキスと製作総指揮スピルバーグのコンビはのちに『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を生み出すことになる。TSUTAYAの発掘良品シリーズ。
 街道を挟んで向かい合う中古車販売店同士のドタバタコメディ(主役はカート・ラッセル)。それぞれの経営者は兄弟なのにいがみ合っていて、相手を出し抜くためには手段は選ばない。そのうち度が過ぎて死人が出るが、それをも笑いにしてしまうというブラックなテイスト。結構な悪ノリで最初はちょっと戸惑うが、それに馴染めれば楽しめると思う。
 客を騙してボロ車を売ることは当たり前で、電波をジャックしてアメフトの試合に宣伝を流してしまったりするのだが、世のお父さんたちの視線をクギ付けにするおっぱいポロリ作戦。とても品がない……。不謹慎ながらも一番笑ってしまうのが死体の扱い方で、派手な始末の仕方には噴き出してしまった。ラストは250台の中古車軍団が疾走するという展開になるが、たたみかける感じの演出はなかなか盛り上がる。

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『ラブバトル』 ふたりはなぜか泥水のなかで……。

『ラブバトル』
 『ポネット』ジャック・ドワイヨンの最新作。
 題名からして愛を巡ったすったもんだと予想はつくのだが、それが男女の駆け引きというより肉体的な闘いだというのがおもしろい。久しぶりに会った男(ジェームス・ティエレ)と女(サラ・フォレスティエ)は、かつて惹かれあっていたが一線は越えていなかった。そんなふたりのバーリトゥード(何でもあり)な闘いは、何度かの幕間を挟んでは繰り返される。
 その闘いはセックスへとつながっていくわけで、ふたりのやっていることは長い長い前戯みたいなものに思える。『毛皮のヴィーナス』のときにも書いたけれど、快楽の到来を引き延ばそうという意図なんだろうか。男は久しぶりに女に会ったとき「厄介だな」という表情を見せる。たしかにこんな関係は疲れるだろうなあと思う。

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『コングレス未来学会議』 途中からサイケデリックな色合いのアニメ作品へと変貌する。

『コングレス未来学会議』
 スタニスワフ・レム『泰平ヨンの未来学会議』の映画化。監督は『戦場でワルツを』アリ・フォルマン
 スタニスワフ・レムの小説が原作だが主人公泰平ヨンは登場せず、代わりにロビン・ライトが本人役で登場する。原作の枠組みを借り、その世界に若さを失いかけた女優ロビン・ライトがいる。彼女は『プリンセス・ブライド・ストーリー』などで成功を手にしたが、役を選びわがままを通してきたために落ち目にある。会社は彼女にコンピューター・グラフィックスのキャラとして契約することを提案する。それによって彼女はCGキャラとして永遠の若さを手にすることになるが、女優ロビン・ライトとして演技をすることは禁じられる。
 現実が今見えている世界ではないのかもしれないという懐疑は、たとえば『マトリックス』なんかにも描かれているので珍しくもないわけだが、原作が書かれたのは1971年だからネタとしてはレムの原作のほうが断然古い。この映画版では、もしかすると幻かもしれない世界をサイケデリックなアニメとして表現している。実写版の現実世界に戻ったときの落差が著しい。原作の滅茶苦茶な展開をうまく映画化していると思う。

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『ゴッド・ヘルプ・ザ・ガール』 主役のエミリー・ブラウニングがとてもよかった。脇のふたりも個性的なキャラだった。

『ゴッド・ヘルプ・ザ・ガール』
 スコットランドの人気バンドBelle and Sebastianスチュアート・マードックが監督した作品。物語はありがちな青春物で特段印象に残るものはないけれど、スチュアート・マードックのポップな音楽がとても心地いい。
 主人公のエミリー・ブラウニングはスチールだと映えない印象だけど、映画のなかでは歌声も素敵だしとてもかわいい。女の子にウケそうなファッションのコスプレ大会みたいな部分もあるし、ミュージカルシーンも楽しくてまた観たくなる作品かも……。

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Date: 2016.02.24 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (0)

『キャロル』 テレーズのまだ見ぬ世界は……

 『ベルベット・ゴールドマイン』『エデンより彼方に』などのトッド・ヘインズの最新作。
 原作は『リプリー』『殺意の迷宮』(映画版は『ギリシャに消えた嘘』)などのパトリシア・ハイスミス

トッド・ヘインズ 『キャロル』 テレーズとキャロルはクリスマス前の高級百貨店で出会う。


 舞台は50年代のニューヨーク。高級百貨店でアルバイトとして働くテレーズ(ルーニー・マーラ)は、お客として現れたキャロル(ケイト・ブランシェット)に目を奪われる。キャロルもその視線に気づき、ふたりは売り子と客としてクリスマス・プレゼントを介して接する。たまたまキャロルが手袋を忘れ、それをテレーズが自宅へ郵送したことからふたりは親しくなっていく。

 トッド・ヘインズあるいは脚本家のフィリス・ナジーは、この映画を同性愛を描いたものというよりも純粋な恋愛物として意識しているようだ。時代は50年代である。たとえば同じトッド・ヘインズの『エデンより彼方に』では、同性愛は病気として治療の対象となり差別的扱いを受けていたのだが、『キャロル』ではそんな他者からの目線は極力排除されている。
 レストランにしても、旅先のモーテルの部屋にしても、ほとんどキャロルとテレーズだけで話は進んでいく。ふたりだけの世界なのだ。旅先で車のフロントガラスのなかにふたりが並んで映る姿によく表れているように、閉ざされた空間にいるために外部からの視線は感じられないのだ。
 ふたりだけの世界だから純粋なふたりの恋愛がある。ただそうなると障害によって燃え上がったりすることもないわけなので、ふたりの間に交わされる感情はあまり熱を帯びたものには感じられなかった。キャロルは夫の家族との気取ったやりとりを嫌悪するけれど、テレーズとの関係がその反対側へと乱れていくということもなかったようだ。ふたりの関係はとても上品で、ベッド・シーンのルーニー・マーラの裸もあくまで美しいものとして描かれていて妙に淡白だった。

『キャロル』 テレーズ(ルーニー・マーラ)はお人形さんのようにも見える。50年代の映画を意識しているのだとか……。

『キャロル』 キャロル(ケイト・ブランシェット)は夫と離婚訴訟中。魅力的な大人の女性をケイト・ブランシェットが見事に演じる。

 ここまでは原作のことに関しては触れなかったのだが、原作を読んでから映画版を観ると、原作にあった大事なものが抜け落ちているようにも感じられる。「映画は原作とは別物なのだから」とは以前にどこかでも書いたのだけれど、やはり気になるところもあるので……。
 まず映画版ではキャロルのウェイトが大きいけれど、原作ではあくまでテレーズが主人公である。タイトルに“キャロル”の名前が付けられているのは、テレーズの羨望の対象としてキャロルがいるからだ。

 映画版ではキャロルの周囲の人物には顔の見える登場人物(夫ハージや娘リンディ、元カノであるアビーなど)がいるが、テレーズの周囲の男たちは彼氏のリチャードも含めてほとんど個性がなくて印象に残らない。だからキャロルの抱えた問題ばかりに注意が向き、テレーズはキャロルに振り回される受身ばかりの人物に見えてしまう。
 また、原作ではテレーズの憧れであるキャロルの反対側に、ミセス・ロビチェクという人物が配置されている。ミセス・ロビチェクは百貨店で働く老婦人だが、テレーズは彼女の醜さに嫌悪感を抱く。うら若きテレーズは自分が遠い将来ミセス・ロビチェクのような女になるかもしれないということを恐れているのだ。ここで描かれるのはまだ何も知らない若い女性の将来に対する不安だ。
 そして一方では完璧な美と優雅さを兼ね備えたキャロルがいる。キャロルは憧れであり、恋の対象であり、テレーズが望むすべてなのだ。テレーズは自分の性的指向もわかっていないわけで、キャロルとの関係は大きな不安と淡い希望のなかにある。
 さらにキャロルとの関係が先に進めば、夫の指示を受けた探偵の姿が現れ、ふたりの未来に不安の影を落とすようになる。こんなふうに原作では若きテレーズのまだ見ぬ世界への不安というものが丁寧に描かれているのだ。原作『キャロル』の解説では、原作者パトリシア・ハイスミスのことを「不安の詩人」(グレアム・グリーン)と評しているが、まさにその言葉通りの小説だったと思う。
 そんな原作小説と比べると、映画版のテレーズは写真家としての将来をさほど心配していない様子だし、テレーズを演じたルーニー・マーラがあまりにかわいいからか、自分が醜い存在になるかもしれないなどとはゆめゆめ感じていないようなのだ。そんなわけでテレーズの関心はすべてがキャロルだけに向けられていて、純粋に恋愛だけにテーマを絞っているのかもしれないけれど、そうして描かれる恋愛は妙に淡白なわけで、ちょっともの足りないような印象ばかりが残った。

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Date: 2016.02.18 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (9)

『ディーパンの闘い』 内に秘めた暴力が爆発するとき

 『真夜中のピアニスト』『預言者』『君と歩く世界』などのジャック・オーディアール監督の最新作。
 カンヌ国際映画祭では、グランプリを受賞した『サウルの息子』や評判の高かった『キャロル』などを抑えてパルム・ドール(最高賞)を受賞した。

ジャック・オーディアール 『ディーパンの闘い』 ディーパンと娘となった少女イラヤル。集合住宅の管理人としての生活が始まる。


 内戦にあったスリランカから逃れるため、元兵士ディーパン(アントニーターサン・ジェスターサン)は赤の他人と家族を装ってフランスに入国する。パリ郊外の集合団地に管理人として住み込みで働くことになったディーパンたちは、次第に本当の家族らしい関係となっていくのだが……。

 “ディーパン”という名前はすでに死んだ人のものだ。本名は違う。移民として受け入れてもらうには家族であることが有利なため、“ディーパン”という新しい名前を名乗り、ヤリニという女と彼女が拾ってきた少女とともに偽装家族を形成する。彼らはタミル人でスリランカでは少数派。ディーパンはタミル・イーラム解放のトラという反政府勢力の兵士であったのだが、暴力で守ろうとした妻や子供は亡くなり、平穏無事な生活を求めてスリランカを捨てることを決意する。
 集合団地でディーパンたちは次第に家族らしい営みを見出していく。ディーパンがフランス語を話す住民たちのユーモアがわからないとヤリニ(カレアスワリ・スリニバサン)にこぼすのだが、ヤリニは「あなたは堅物だからタミル語でもおもしろくない」と冗談交じりに返される。内戦のなかで常に殺し合いと接しているような日々ではユーモアが入り込む隙すらないわけで、ディーパンも集合住宅での生活で少しずつユーモアを取り戻していく。
 ただ一方で集合住宅には麻薬を売買する連中が抗争を繰り返しているし、かつての反政府勢力の上官が現れディーパンに武器のための金銭を要求するなど不穏な側面も。酔ったディーパンがぼんやりと夢見るのはスリランカの森のなかに生息する象の姿で、その姿はディーパンが抑制している暴力の化身のようにも見える。

 ※ 以下、ネタバレもあり!

『ディーパンの闘い』 ディーパンは守るべきもののために再び武器をとることに。

 ヨーロッパ映画で移民というものが題材として目立つようになったのはいつのころからなのだろうか。この作品もそうした問題を描いているのだが、入口は移民問題でも出口は妙な方向へと進んでいく。カンヌでこの作品がパルム・ドールを獲得したとき、賛否両論あったのはその唐突な変化が予想外だったからかもしれない。
 オーディアールの作品はいくつかしか観ていないのだが、『君と歩く世界』では両足を失った女性が登場するが、障がい者の恋愛物として安心して観られる類いの代物ではなかった。『真夜中のピアニスト』では、不動産ブローカーというヤバい仕事をしている男がピアニストとして成功することを夢見るという奇妙な味わいの作品だった(この作品はリメイクらしい)。
 オーディアールという人が分裂気味な何かを抱えているのか否かは知らないけれど、『ディーパンの闘い』でも「偽装家族での平穏な生活を願う部分」と「内に秘めた暴力的な部分」が交じり合わずに同居しているようで、最後には暴力的な部分が爆発する。
 ラストの展開は、まるで任侠映画で敵地に乗り込むヤクザのようでもあった。チンピラたちと死線を越えてきた元兵士との闘いだけにその強さは圧倒的だったのだが……。その後の場面ではイギリスらしき風景のなかで、ディーパンたち偽装家族が本当の家族となって暮らしている。もちろんこれは幻想だろう(レクイエムっぽい音楽が流れるし)。エンディングロールではディーパンの髪をなでるヤリニの手が映されるのだが、それはディーパンの頭から流れている血を押しとどめている仕草のようにも見えた。

追記:パルム・ドールを争った『キャロル』も観てきたのだけれど、ラストの展開なども含めて驚きがあったのは『ディーパンの闘い』のほうで、何となくパルム・ドールも納得しないでもない。どうやらオーディアール作品のなかで『ディーパンの闘い』は最も出来がいいとは必ずしも言えないようだけれど、そういったことはよくあること。前回のパルム・ドール作品『雪の轍』ヌリ・ビルゲ・ジェイラン)だって、その前にグランプリを獲得した『昔々、アナトリアで』のほうが素晴らしかったと思うし……。

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Date: 2016.02.14 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (8)

『きみはいい子』 やさしさの連鎖という希望

 『そこのみにて光輝く』(キネマ旬報ベスト・テン1位)の呉美保監督の最新作。
 昨年6月末に劇場公開され、今年1月20日にソフトがリリースされた。
 原作は中脇初枝の同名連作短編集。

呉美保監督 『きみはいい子』 水木雅美(尾野真千子)は娘のあやね(三宅希空)に手をあげてしまう。

 『きみはいい子』は3つのエピソードを中心にした群像劇となっていて、それらは関係のない話だけれど、学校を中心にしてゆるやかに結びついている。
 虐待された子供が成長して親となったとき、同じことを繰り返すというのはよくあることのようだ。この映画の水木雅美(尾野真千子)もそうで、夫が単身赴任で娘とふたりきりのマンションの部屋で、娘のあやね(三宅希空)に手をあげてしまう。虐待の描写は直接的なものではないのだけれど、その泣き声だけでも観ていてもつらいものがある。
 一方で岡野匡(高良健吾)が担任をするクラスの子供たちのふるまいには唖然とするものがある。しつけとしてビンタくらい食らわせなければいけないんじゃないかとも思わせる傍若無人ぶりとなっているのだ。子供たちの相手をするのは大変だろうと改めて思い、揚げパンは大好きでも小学校の先生は遠慮したい気持ちにもなるのだが、そんな子供たちのなかにはやはり虐待で苦しんでいる子が存在する。ここでは意図的にかわいそうな子供とウザい子供の両方が配置されているのだろう。
 さらにもう一つのエピソードでは障がい児と認知症の老婆のふれあいが描かれている。

 ※ 以下、ネタバレもあり!

『きみはいい子』 岡野匡(高良健吾)は神田さん(浅川蓮)のことを気にかけているのだが……。男の子なのに“さん”付けなのは差別に対する配慮だとか。

 簡単に言えば「暴力の連鎖を断ち切って、やさしさの連鎖を」というのがこの作品のメッセージだろう。雅美はやさしさを知らないから、子供に対しても親から受けた暴力で接してしまう。そんな雅美のことを理解して抱きしめることになる大宮陽子(池脇千鶴)には、暴力の防波堤になってくれた近所のおばあちゃんがいた。暴力はそこで途絶え、おばあちゃんのやさしさは陽子を通じてほかへと広がっていく。雅美の苦しみに陽子が理解を示した瞬間、それまで寒々しかった部屋に光が差すのだが、そうやって誰かがやさしさをつなぐことで世の中が少しずつ幸せになるのだろう。
 一方で岡野は家族にハグしてもらうという宿題を出して、やさしさの連鎖を広めようとする。そして岡野が神田さん(浅川蓮)のための防波堤になることを決意したところで映画は終わる。それ自体は感動的なのだけれど、どこか釈然としないものを感じてしまったのは、岡野が走り出す前の場面でいわゆる「特殊学級」の様子が挟み込まれているからだろうか。岡野の決意をわざわざそうした場面のあとに見せるのはちょっとあざといような……。
 それにしても岡野は揚げパンを持ってどこへ向かおうとしていたのだろうか。岡野は5時のチャイムに気づいて突然反対方向へと走り出す。養父によって邪魔者扱いされ、5時までは家に帰ることができない神田さんのことを思い出したのだろうが、その瞬間までは家に帰って自分で揚げパンを食べるつもりだったのだろうか。

 子供たちがハグの感想を語る場面はアドリブなんじゃないだろうか。子供たちは与えられた台詞ではなくためらいがちに自分の言葉を探している様子が見られたからで、アドリブか否かはわからないけれどとても自然でよかったと思う。それから岡野に抱っこされた甥っ子が、「がんばって」とささやく際の妙にやさしいトーンがとてもかわいらしかった。
 『そこのみにて光輝く』とはうって変わった池脇千鶴のおばちゃんぶりが見事で、雅美に寄り添うその丸まった背中からしておばちゃんにしか見えなかった。

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Date: 2016.02.11 Category: 日本映画 Comments (0) Trackbacks (1)

『オデッセイ』 宇宙でひとりぼっち、再び

 『エイリアン』『ブレードランナー』などのリドリー・スコットの最新作。
 アカデミー賞には作品賞・主演男優賞を含む7部門にノミネートされている。
 原作はアンディ・ウィアーが自分のサイトで連載していたという『火星の人(The Martian)』。

リドリー・スコット 『オデッセイ』 マット・デイモン演じるワトニーは火星にただひとり残されて……。


 事故で火星に取り残されてしまったマーク・ワトニー(マット・デイモン)。火星には空気もなければ、水もない。助けを呼ぼうにも通信手段もない。食糧は31日分が残っているけれど、次のロケットが到着するのは4年後。そんな状況でワトニーはどうやって命をつないでいくのか。

 どう考えても絶望的な状況なのだけれど、ワトニーは常に前向きでユーモアを忘れない。パニックになることもなく自らの置かれた状況を冷静に把握し、対策を練って実行していく。意外にもあっさりと食糧問題を解決してしまい、長期的展望を語る様子は地球に戻ることを信じて疑わない楽天的なものすら感じる。
 ワトニーがそんなふうになってしまうのは、残されていた音楽がルイス船長(ジェシカ・チャステイン)の70年代のディスコ・ミュージックばかりだったからなのかもしれない。あのノリではどうにも暗くなりようがないのだ。ドナ・サマー「Hot Stuff」とかデヴィッド・ボウイ「Starman」とかグロリア・ゲイナー「I Will Survive」など、有名な曲がワトニーの気持ちに沿うように配置されていて、困難を乗り越えてサバイブしていくエンターテインメント作品としてとても楽しめる。途中で藪から棒に中国が出てくるのも営業戦略という感じがするし、世界中のみんながワトニーを応援しているというのもハリウッドの超大作らしい雰囲気だった。
 NASAが協力しているということもあり科学的には正しい描かれ方をしているのだろうと推測するのだけれど、細部の説明は宇宙飛行士のひとりが「それを英語で言うと?」と茶化しているように、専門的すぎてよくわからなかった。それにしてもあんな状態のロケット(?)で宇宙に飛び出せるものなのだろうかとワトニーが心配になった。



 この作品はマット・デイモンが主役だが、彼自身がこの役を望んで製作陣にアプローチしてきたとのこと(本屋で立ち読みした雑誌『DVD&ブルーレイVISION』にそんな記事があった)。いつでも“いい人”というイメージが強いマット・デイモンだが、『インターステラー』では宇宙の片隅に置き去りにされて寂しくて狂気に陥るという役柄だった。今回の『オデッセイ』はそれとは正反対なわけで、『インターステラー』の悪役の記憶を上書きするような意識があったのかもしれないなどと感じてしまう(共演のジェシカ・チャステインも『インターステラー』に出ていたし)。
 宇宙の彼方と消え去りそうになるワトニーを仲間がインターセプトするというラストのミッションはとてもハラハラさせるのだけれど、やはり『ゼロ・グラビティ』を思い出してしまうわけで、全体的にどこか既視感もあった。嵐の場面は『プロメテウス』でもやっていたし、火星の造形も『ゴースト・オブ・マーズ』『ミッション・トゥ・マーズ』なんかとさほど変わらない。リドリー・スコット作品としてはもの足りないし、エンタメに徹しているからアカデミー賞の作品賞や主演男優賞とは縁遠いだろうと思う。

 『オデッセイ』とはあまり関係ないのだが、雑誌のインタビューでリドリー・スコットが『悪の法則』に関して語っていた。賛否両論の『悪の法則』だがギレルモ・デル・トロはそれを35回も観たとも噂され、リドリー本人もとても気に入っている作品だということ。楽天的で希望に満ち溢れた『オデッセイ』とは正反対の『悪の法則』だが、個人的にはあの暗さにしびれた。

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Date: 2016.02.07 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (17)

『ドリーム ホーム 99%を操る男たち』 勝者であり続けることの難しさ

 監督・脚本はラミン・バーラニ。脚本にはアミール・ナデリも参加している。
 ラミン・バーラニはイラン系アメリカ人で、アミール・ナデリもイラン出身ということだが、そんなふたりが選んだ題材がいかにもアメリカっぽい資本主義というのはなぜなんだろうか。

ラミン・バーラニ 『ドリーム ホーム 99%を操る男たち』 ナッシュ(アンドリュー・ガーフィールド)は憎んでいる不動産ブローカーのリック(マイケル・シャノン)に拾われる。


 リーマン・ショック後のアメリカ。デニス・ナッシュ(アンドリュー・ガーフィールド)は借金を返すことができずに長年暮らしてきた家を追い出される。母親と息子を連れてモーテルに一時避難したナッシュだが、金を作る手段もなく、自分たちを追い出した憎き不動産ブローカーのリック・カーバー(マイケル・シャノン)の下で働くことになる。

 リーマン・ショック後には借金が払えなくなって家を追い出される人が大勢いたようで、舞台となるフロリダでは“ロケット・ドケット”という短期裁判でそうした訴訟を解決していたようだ(こちらのサイトを参照)。作品のなかでも「4万件も順番待ちの案件がある」と説明されるわけで、個々の事情など構っていられるものではないらしく、借金が返せなければ有無を言わせず強制退去の運びとなる。
 そうなると不動産業者が警官を伴ってやってきて2分ばかりの温情的な時間を与えられただけで、家のなかのすべての物は敷地外に出されてしまい、住み慣れた家は銀行のものとなる。法律は銀行の味方であり、社会のシステムを守るためには庶民など路頭に迷おうと関係ないのだ。箱舟に乗ることのできるのは1%で、残りの99%は溺れ死ぬ。リックが言うように、それがアメリカの資本主義であり、アメリカは勝者の勝者による勝者のための国なのだ。

 邦題が『ドリーム ホーム』となっているのは、ラミン・バーラニが“アメリカン・ドリーム3部作”を撮っているからなのだろう。その3部作は観ていないのだけれど、今の時代に能天気にアメリカン・ドリームを描くことは難しいんだろうと思うわけで、この作品の“ホーム”も夢に満ち溢れているとは言えないものだ。

 ※ 以下、ネタバレもあり!

『ドリーム ホーム 99%を操る男たち』 ナッシュとリックは一時の成功に酔うのだが……。

 リックはもともとは普通の不動産屋だった。それでも銀行はデタラメな金融商品を売っているし、政府は無策なわけで、時代の流れがリックを取り立て屋にさせたのだと言う。悪いのは自分ではないと言いたいのかもしれないが、リックはほかの人を押しのけて勝者になったのだ。
 ただ、1%の勝者は幸せなのかというと微妙である。リックは自分が周囲に敵を作っていることを知っていて、常に銃を手放すことができないのだ。リックは今現在は1%の側にいるわけだが、それはいつまでも続くとは限らないわけで戦々恐々としている。このシステムでは誰が幸せになるのかとも考えてしまう。

 そんなリックはナッシュを右腕に据える。ただ、すべてをリックがコントロールしているようでいて最後が妙に甘い。一度は潰したナッシュを拾い上げ、元の家を買い戻させたのもリックだし、欲張ってそれ以上を求めさせてナッシュの家族を崩壊させたのもリックだと言える。ナッシュを追い込んでしまっているわけで、リックは自らその破滅を用意してしまっているようにも見えるのだ。
 家を追い出された人間はどうなるか? リックのように「家なんかただの箱だ」と言い切れる人ばかりではない。家は家族と過ごした想い出もつまっているのだ。作品冒頭では自殺者も出ているし、腹いせに家を汚物まみれにする輩もいるわけで、99%の庶民から絞り取るにしてもあまりにえげつないやり方ではかえってしっぺ返しを食らうことに……。そのあたりの見極めはリックの苦手とするところだったのかもしれない。

 リックを演じたマイケル・シャノンが圧倒的で、勝者の国について演説も説得力がある。一方でナッシュを演じたアンドリュー・ガーフィールドが最後まであか抜けないのは、物語上の必然性からだとは思うけれど、そそのかされて買ってしまった豪邸でのやり場のない感じはよかった。ローラ・ダーンはナッシュの母親役なのだけれど、とてもおばあちゃんには見えなかった。

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Date: 2016.02.03 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (6)
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Author:Nick
新作映画(もしくは新作DVD)を中心に、週1本ペースでレビューします。

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