2015年の映画ベスト10をやってみる

マノエル・ド・オリヴェイラ 『アンジェリカの微笑み』の一場面

   『神々のたそがれ』
   『バードマン』
   『セッション』
   『マッドマックス 怒りのデス・ロード』
   『雪の轍』
   『フレンチアルプスで起きたこと』
   『祖谷物語』
   『夏をゆく人々』
   『恋人たち』
   『アンジェリカの微笑み』

               (観た順に10作品)


 作品に点数を付けたりして評価すると簡単でわかりやすい。とはいえ自分でそれをするとなると、微妙な差で毎回悩みそうな気がするから躊躇する。それでも文章を色々と連ねてもうまく伝わらないんじゃないかと思える作品もあって、そんなときには点数みたいな見せ方のほうがいいのかもしれず、このベスト10も『アンジェリカの微笑み』みたいな作品のためにやってみたところがある。
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Date: 2015.12.30 Category: 映画 Comments (0) Trackbacks (13)

『クリード チャンプを継ぐ男』 今年一番泣いた「ロッキー」新章

 『ロッキー・ザ・ファイナル』以来9年ぶりにロッキー・バルボアが帰ってきた。さすがに今回は主役というわけではないけれど、かつてのライバル・アポロの息子のトレーナーとなって新たな物語に魂を注入する。
 監督・脚本は『フルートベール駅で』ライアン・クーグラー

ライアン・クーグラー 『クリード チャンプを継ぐ男』 アドニス・クリード(マイケル・B・ジョーダン)とロッキー(シルベスター・スタローン)。

 ロッキーと言えば、シルベスター・スタローンの代名詞である。ファンにとっては周知のことだけれど改めて振り返ると、スタローンは『ロッキー』(1976年)の脚本を自分で書き上げ、自ら主役を張ることにこだわった。当時はほとんど無名のスタローンは何とかを低予算で作品を完成させ、最終的には観客の大評判を呼び、アカデミー賞作品賞までも獲得することになった(監督はジョン・G・アヴィルドセン)。
 無名だったボクサー・ロッキーが一夜にしてアメリカン・ドリームをつかんだように、スタローン自身も映画界でのアメリカン・ドリームの体現者となったわけで、スタローンにとっては『ランボー』シリーズや『エクスペンダブルズ』シリーズ以上に『ロッキー』は重要なシリーズと言えるだろう。

 『ロッキー』シリーズは1976年に始まって、2006年の第6作『ロッキー・ザ・ファイナル』まで続いた。その間30年の時間が経過しているわけで、作品のなかの登場人物も作品を追うごとに退場していくことになる。まずはトレーナーのミッキーが逝き、ライバルのアポロがリング上で死に、『ロッキー・ザ・ファイナル』では妻のエイドリアンもすでに亡き人となっていた。今回の『クリード』では、『ロッキー』シリーズで最後まで生き延びていた愛すべき厄介者ポーリーもすでに妹エイドリアンの隣の墓に納まっている。
 退場していったキャラに代わり『クリード』の主役となるのは、『ロッキー』『ロッキー2』でロッキーと死闘を演じたアポロ・クリードの息子アドニス・クリード(マイケル・B・ジョーダン)だ。アドニスはアポロの遺した愛人の息子という設定。こうして古き者は去り、新しき者が登場する。作品中のミッキーのジムがリニューアルを果たしていたように、『クリード』は『ロッキー』シリーズのフォーマットを借りつつも、一部をリニューアルして物語を受け継いでいる。
 有名なビル・コンティの『ロッキー』のテーマ曲やフランク・スタローン(シルベスターの弟)が歌った「Take You Back」は登場しない(あのテーマ曲は後半ちょっとだけ聴くことができる)。代わりに使用されるのはヒップホップ系の音楽だ。フィラデルフィア美術館のシーンはトレーニングのときではなくて、最後の最後に登場する。すでにロッキーはその階段を駆け上がるほどの足腰ではないからで、ロッキーは病という新たな敵とも闘うことにもなる。

『クリード チャンプを継ぐ男』 アドニスとビアンカ(テッサ・トンプソン)のふたり。

『ロッキー』 ロッキーとエイドリアンのふたり。エイドリアンは最初こんな感じ。メガネを外しても劇的にかわいいというわけでは……。

 個人的に『ロッキー』シリーズには思い入れがあるので、どの作品も観ても泣けてしまう。もちろんシリーズ原点である『ロッキー』が最も出来がいいのだけれど、リアルタイムで観た『ロッキー4/炎の友情』が冷戦時代の影響を受けたひどい代物だとしても、その頃はやはり夢中になってロッキーを応援したわけで、この新作『クリード』も何だかんだと興奮していたし散々泣かされることになった。
 『ロッキー』が一番よかったのは、その物語がアメリカン・ドリームそのものだからだとも思うわけで、一度登りつめた男が堕ちてゆくとは言わないまでも、かつての栄光のなかで苦しみながら踏ん張るのは辛い部分もある(打ちのめされても前のめりに闘うのがロッキーらしいのかもしれないけれど)。『クリード』もアポロが遺した汚点(愛人の息子だから)を、アドニスが自らの力で払拭して夢をつかむという点でアメリカン・ドリームの物語となっているところが魅力的だった。
 もちろんロッキーとは違う点もある。ロッキーとエイドリアンが野暮ったいけれど微笑ましいふたりだったのに対し、アドニスの相手ビアンカ(テッサ・トンプソン)はミュージシャンの卵だったりして結構シャレている。ロッキーがさして面白くないジョークで人見知りのエイドリアンを何とか口説いたのに対し、アドニスはほとんど一目惚れであっという間にいい関係になってしまう。野暮ったい観客としては、ロッキーとエイドリアンのふたりに比べて、アドニスとビアンカはスマートすぎて共感には欠けるかもしれない。

 『クリード』のボクシングシーンは、格闘技「K-1」のときのレフェリーカメラのようにかなり接近した位置から対戦相手を捉えていて臨場感があった。ただアドニスの相手役チャンピオンの“プリティ”・リッキー・コンランはあまり強そうに見えなかった(ボクサーが演じているようなのだけれど)。“プリティ”と呼び名が付くくらいで、タトゥーを背負っていても結構かわいらしいのだ。『ロッキー』『ロッキー2』のアポロが本当に強そうだったのと比べると惜しいところだろうか。アポロの華麗なステップはボクシング映画の表現としてはとても映えるものだったと思う。
 ちなみに『クリード』では、1勝1敗の対戦成績だったロッキーとアポロの三度目の対戦に関しても触れられている。これは『ロッキー3』の最後のふたりだけのスパーリングのことだ。ふたりのグラブが交わる瞬間で『ロッキー3』は終わっていた。そんな最後の対決の結果が、アポロとロッキーだけの秘密だったというのもふたりの友情を思わせてくすぐられるものがある。ロッキーが大好きな人にとっては必見の作品。

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シルベスター・スタローンの作品
Date: 2015.12.29 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (9)

『ひつじ村の兄弟』 滅多に見られないアイスランドの風景を

 カンヌ国際映画祭「ある視点部門」のグランプリを獲得したアイスランド映画。
 監督はグリームル・ハゥコーナルソン

グリームル・ハゥコーナルソン 『ひつじ村の兄弟』 年に一度の羊の品評会。


 アイスランドの辺境の村で羊を育てて暮らしている兄弟が主人公。弟グミー(シグルヅル・シグルヨンソン)と兄キディー(テオドル・ユーリウソン)は隣同士だが、もう40年も互いに口をきかない状態だ。羊の品評会で優勝したのはキディーだったが、キディーの羊に伝染病が見つかってしまう。

 40年もの仲違いの理由はよくわからないけれど、どちらもそれなりに頑固で譲らないところがあるし、家の敷地は広大だから顔を見合わせずにやっていけるらしい。近くに住む同業の仲間たちも事情を知っていて手助けしてくれる部分もあるし、緊急の用事があれば牧羊犬が伝書鳩代わりに手紙を届けてくれる(お利口さんの牧羊犬がかわいい)。
 キディーとグミーが育てる羊はアイスランディックと呼ばれる純血家畜用ヒツジとしては世界最古の品種とのこと(まるまるとしてとても立派な毛並みをしている)。先祖代々育ててきたその羊の家系を守り続けているわけで、彼らの生活も古くからの生活をあまり変えることなく受け継いでいるようだ。品評会では仲間たちがかなりの割合で似たような柄の伝統的なセーターを着込んでいるあたりも、流行とかとは無縁の生活があるようだ。

 そんな村に突然降って湧いた伝染病騒動でのんびりした村も一変せざるを得ない。兄キディーは頑固に羊を守ることを主張するが、村全体の決定で羊の全部処分するほかなくなる。長年育ててきた羊を殺すことだけでも辛いことだが、羊がいなくなってしまうと娯楽もない独り身の彼らは暇を持て余すことになってしまう。羊と暮らすことが彼らの生活であり、楽しみでもあったのだ。
 キディーは飲んだくれて醜態を曝すようになる。グミーは仲違いをしていてもキディーのことを気にかけるところもあり、泥酔して凍死しかけたキディーを救助したりもするのだけれど、助け方がかなり雑というか、やさしい気遣いなんかを知られたくないといった感じなのが偏屈な兄弟らしい。ブルドーザーで雪ごとキディーを掬い、救急病院の玄関まで搬送して置き去りにするのにはちょっと笑った。

 ※ 以下、ネタバレもあり。

『ひつじ村の兄弟』 グミー(シグルヅル・シグルヨンソン)はこっそり隠れて羊を飼っていたのだが……。

 遠景で捉えられるアイスランドの風景がとても魅力的な作品だった。羊を放牧させて暮らしている村だけに、家の周りに広がる牧草地は広大でほとんど自然以外の何もない。人ひとりが暮らす生活空間の広さが東京のそれとは著しく違うようで、羨ましく見えるところもある。それでも牧羊の厳しさも描かれていて、涙ながらに自分で羊の処分をするグミーの姿はかわいそう。でもそんなことをしつつも一部の優良羊を地下室に隠まってこっそり育てているあたりはグミーの狡さであり、兄キディーの頑固さを反面教師にして何かを学んできたのかもしれない。

 アイスランドを訪れるような機会は多分一生ないような気もするし、アイスランドの映画を観る機会もあまりないけれど、フリドリック・トール・フリドリクソン『春にして君を想う』はとても素晴らしい作品だった(その昔、水野晴郎が解説をやっていたテレビ番組『麹町名画座』で観た)。
 『春にして君を想う』はアイスランドの春の風景がとても幻想的で美しかったように記憶しているが、『ひつじ村の兄弟』は冬の吹雪のなかを老いた兄弟が羊とともに逃げ回ることになるわけで、アイスランドの長い冬の厳しさを知らされる作品でもある。画面のすべてが白くなってしまうほどの吹雪はちょっと怖い(寒さがとても苦手なので)。ラストはちょっと尻切れトンボだけれど、人の温かさが伝わるシーンだった。

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Date: 2015.12.27 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (5)

『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』 壮大な宇宙叙事詩の新たなる3部作の始まり

 待望のスター・ウォーズの最新作。
 監督は『M:i:III 』『SUPER8/スーパーエイト』などのJ・J・エイブラムス

J・J・エイブラムス 『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』 レイ役のデイジー・リドリーとBB-8という相棒。BB-8が転がる姿はかわいらしい。CGでないところが素晴らしいと思う。

 今回の最新作『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』はエピソード7。1977年から公開された『スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望』『スター・ウォーズ エピソード5/帝国の逆襲』『スター・ウォーズ エピソード6/ジェダイの帰還』の旧3部作の30年後から始まることになる。
 物語はこれまでの神話的な光と闇の闘いを受け継いでいる。エピソード6において、ルークとレイア姫とハン・ソロたちの活躍で帝国軍は滅びたかのように思われたが、ダークサイドは「ファースト・オーダー」と名前を変えて生き残っている。
 旧3部作の敵役ダース・ベイダーの意志を継ぐ者として登場するのが、十字型ライトセーバーの使い手であるカイロ・レン(アダム・ドライバー)。ただこの敵役はまだ成長過程にあるようで、キレるとライトセーバーで周囲に八つ当たりをするという有り様で、ダース・ベイダーとは歴然たる差があるようだ。
 そしてファースト・オーダーに対抗する形になるのが主人公のレイだ。演じたのはデイジー・リドリーという無名の新人女優。おてんばのレイア姫のイメージと、どことなくパドメを演じたナタリー・ポートマンを思わせる瞬間もある。鋭い眼光と意志の強さを感じさせる口元が印象的で、中性的な雰囲気がよかった(あの金棒みたいなものは何なんだろう?)。
 今のところレイはどこの馬の骨ともわからない存在だが、後半ではフォースを扱うようになりカイロ・レンすら圧倒する。プリクエル3部作(エピソード1~3)の主人公がアナキン・スカイウォーカーで、旧3部作(エピソード4~6)の主人公がルーク・スカイウォーカーとくれば、レイもスカイウォーカーである可能性は高い。ラストで思い入れたっぷりにレイとルーク(マーク・ハミル)の出会いを描いていることからしても、レイはルークの娘ということなのだろう。

『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』 カイロ・レンはものすごいフォースの使い手。

 とにかく話題になっている作品で大ヒットは間違いないようだ。特別料金の設定や、一カ月前からの予約とか、ほかの作品では聞いたことがない。そのくらいこのシリーズは期待も大きいのだろう。コスプレで劇場に来ている人も見られたから、そこまでの思い入れに欠ける者としては肩身が狭いような気もした。
 とはいえエポックメイキングだったエピソード4には興奮した(テレビ放映だったけれど)。さらに97年の特別篇は劇場にまで足を運び、ジョン・ウィリアムズの音楽に合わせてあのタイトルが登場するのを体験できたのは感動的だった。評判のよくなかったエピソード1などは、タイトルが登場するところが一番の見せ場みたいな印象でもあったのだけれど、今回のエピソード7は新キャラに加えて懐かしのキャラも登場して万人向けで楽しめる映画になっていたように思う。
 ただ、ミレニアム・ファルコン号の活躍などのアクションはよくできていたと思うのだけれど、レイとカイロ・レンが対峙する場面やカイロ・レンがハン・ソロと親子の会話をするドラマの演出はちょっと拙いような気もした。それでもジョージ・ルーカスが一度は断念した9部作構想の最後の3部作にこうして接することができただけでもありがたいこと。様々な謎がまだ残っているし、今後の続編を楽しみにしたい。

 余計なことだけど、ハン・ソロとレイア姫改めレイア将軍が語り合う場面は妙に所帯じみた感じだった。話題となるのはダメ息子のことだし、この場面は遠い宇宙の話ではなくご近所さんの話に見えてしまった。ハン・ソロ(ハリソン・フォード)がチューバッカと共に未だに活躍していたのに比べ、元レイア姫(キャリー・フィッシャー)の装いはあまりに地味で、その辺のおば様みたいだった。エピソード6のときジャバ・ザ・ハットに着せられていた“奴隷ビキニ”になれとは言わないけれど、将軍らしい威厳を感じさせる装いでもよかったんじゃないかと……。

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Date: 2015.12.22 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (17)

『ヴェラの祈り』と『エレナの惑い』 ズビャギンツェフ監督の2作品

 ちょっと前に『裁かれるは善人のみ』を取り上げたアンドレイ・ズビャギンツェフ監督の過去作品。
 日本では去年の年末に2作品同時に公開されたもので、今月になってDVDがリリースされた。『ヴェラの祈り』(2007年)はズビャギンツェフの監督2作目で、『エレナの惑い』(2011年)は3作目。

アンドレイ・ズビャギンツェフ 『ヴェラの祈り』 ヴェラの家族。ヴェラはさらに新しい命を授かるのだが……。

『ヴェラの祈り』
 赤ちゃんができたの、でもあなたの子供ではないの。そんな言葉を妻から投げかけられれば夫が混乱するのは当然だが、この作品のヴェラ(マリア・ボネヴィー)の夫アレックス(コンスタンチン・ラヴロネンコ)は妻と真っ直ぐ向き合おうとはしない。一度はヴェラをひどく殴りつけるし、殺してしまいそうだと兄に相談したりもする。ヴェラ自身も積極的にアレックスと話し合うつもりもないようで、そこにそれまでのふたりの関係が感じられなくもないわけで、ふたりの間にできた溝はどんどん広がっていく。なぜヴェラがほかの男の子供を身ごもることになったのか。この作品は謎を秘めたまま進んでいく。

 最新作の『裁かれるは善人のみ』のときも書いたことだが、アンドレイ・ズビャギンツェフの映画は重苦しいけれど惹きつけるものがある。この『ヴェラの祈り』も157分を一気に見せてしまう魅力がある。
 ただ気になるところもあった。それは描かれる物語に対して手法が乖離しているようにも感じられたところだ。ズビャギンツェフの作品にはアート志向の部分と、エンターテインメント志向とは言わないまでも観客の興味を惹きつけようとする部分があるようだ。
 たとえば処女作の『父、帰る』では12年ぶりに戻ってきた父が子供たちにとって得体の知れない謎として機能していたし、4作目『裁かれるは善人のみ』では主人公を襲う不幸の連続が観客の興味を惹きつけていた。そうした反面でその描き方はとてもアート志向だった(ロシアの監督ということもあってタルコフスキーと比較されることも多いようだ)。
 この『ヴェラの祈り』は夫婦の不和という卑近な題材に対して、描き方があまりにアート志向で澄ましているのだ。題材としてはもっと男女のドロドロした争いがありそうだが、妙に高尚なのだ。アレックスの実家が雨に打たれる場面をタルコフスキーみたいな長回しで捉えるのはとても印象に残るのだが、それが夫婦の不和と何の関係があるのかは皆目わからなかった。それから途中で唐突に死んでしまうアレックスの兄のキャラも、この作品のアート志向の手法と齟齬を来たしているように思えた。
 アレックスはヴェラの前では終始弱みを見せることがない。ズビャギンツェフが影響を受けている監督だというベルイマンならば、もっと夫婦に対話をさせ、けんかをさせて、ふたりをボロボロにさせそうな気もする。もしかすると、ロシアの家父長制の強さがアレックスの態度に表れているのかもしれないのだけれど……。

アンドレイ・ズビャギンツェフ 『エレナの惑い』 朝食のシーン。セット撮影とは思えなかった。

『エレナの惑い』
 次の『エレナの惑い』のほうが『ヴェラの祈り』よりもズビャギンツェフ監督の手法にマッチしている作品に思えた(本当は物語に合わせて手法を選ぶものだが)。
 冒頭のエレナが暮らす家の描写がとても素晴らしい。(*1)都会的で洗練され掃除の行き届いた生活感の乏しい家。誰もいないリビングやキッチンだけを映した静かなシーンが続く。エレナ(ナジェジダ・マルキナ)が目覚まし時計が鳴るのを待ち構えたように起き出すまでにかなりの時間が経過するが、その後もゆっくりとしたリズムで映画は進む。別の部屋で寝ている夫ウラジミール(アンドレイ・スミルノフ)を起こして朝食を食べ始めるまで会話はまったくないのだが、それだけでふたりの関係の多くを表現しているように感じられた。
 エレナはウラジミールの後妻だ。看護師として患者だったウラジミールと知り合い結婚したらしい。エレナの目下の関心事は孫のサーシャの将来のことだ。仕事をしてない息子とその家族たちはエレナからの援助に頼っている。そんなときウラジミールが倒れ、遺言を書くと言い出す。それはエレナには不利なものだった……。

 エレナの息子たちの家族はちょっと怠け者だ。誰も真っ当に働かず、たまたま金持ちの後添えとなった母親を当てにしている。そんな怠け者でもエレナにとっては大切な家族であり捨てることはできない。一方のウラジミールは資産家となるだけあって克己心がある。ただ自分が頑張っている分、頑張っていない人には厳しい。エレナの孫サーシャの窮状にも関係ないという態度を崩さない。ウラジミールには娘がいて、自分と似て社交性に欠けた娘を愛しているから、エレナの家族には何も渡したくないのだ(ここでも父親という存在は大きな権力としてあるようだ)。
 ウラジミールの娘役では『裁かれるは善人のみ』で憂鬱そうにリリアを演じていたエレナ・リャドワが顔を出している。エレナにはひどく冷たい顔しか見せないが、父親には意外にも柔和な表情を見せる。ひねくれ者同士は気が合うらしい。そんな娘が「もうすぐ世界は終わるんだから」などと言っていると、後半ではサーシャも似たようなことを口走る。若者の目にはロシアは未来がないものとして映っているのかもしれない。

 『裁かれるは善人のみ』ではロシア正教が世俗的なものとして描かれていると書いたのだが、『エレナの惑い』の教会シーンも同様だった。エレナは教会に夫ウラジミールの快復を祈りにいくが、その作法については何も知らないし、聖ニコライの姿を知らなかったようだ。そんな意味では教会での祈りも苦しいときの神頼みに過ぎないわけで、信仰心に基づいたものではない。
 このシーンに関してはDVD特典でズビャギンツェフ監督が説明を加えている。ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』のイワンとサタンとの会話からヒントを得たということで、そこには「俗物的な思想」が表れていると評している。ここでも宗教の役割は低く見積もられているようだ。(*2)

(*1) ファーストカットの朝陽のシーンはどのように撮影したのかと疑問だったのだが、DVD特典のインタビューによれば、あの家自体がセットであり、陽の光は照明だったようだ。

(*2) 『ヴェラの祈り』では「処女懐胎」の絵画が登場したり、聖書が朗読されたりもするが、主人公のヴェラやアレックスとは別の家庭でのエピソードだった。

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Date: 2015.12.17 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (0)

『アンジェリカの微笑み』 古きことは素晴らしきこと

 今年の4月に106歳で亡くなったマノエル・ド・オリヴェイラ監督が101歳のときに完成させた作品。

マノエル・ド・オリヴェイラ 『アンジェリカの微笑み』 亡くなったアンジェリカ(ピラール・ロペス・デ・アジャラ)はただ眠っているだけのよう。


 イザク(リカルド・トレパ)はある雨の夜に写真撮影の依頼を受ける。撮影の対象は若くして亡くなった女性アンジェリカ(ピラール・ロペス・デ・アジャラ)の姿だった。イザクが眠るように横たわるアンジェリカをファインダー越しに覗き込むと、彼女がまぶたを開けやさしく微笑んできて……。

 生者が死者に魅入られてしまい、“あの世”へ連れて行かれるというのはよくある話だ。この作品もそうしたジャンルを踏襲しているのだけれど、怪談話のような怖さはない。アンジェリカに心を奪われた青年イザクは“あの世”へと誘われることになるが、そこに迷いはないように見える。死の扉の向こう側へ赴くことを楽しみに“この世”を去っていくのだ。101歳という年齢だったオリヴェイラ監督が、身近に感じていたかもしれない自身の最期の瞬間を描いているようにも……。さすがに100歳を越えると恐怖感のようなものはないのか、この作品も死を描いていても楽天的なものに感じられる。

 イザクを演じるのはオリヴェイラ監督の孫リカルド・トレパ。オリヴェイラの分身かもしれないイザクは、古くて伝統的なことは素晴らしいことだと考えている。作品の舞台は現代のはずだが、イザクの部屋には家電らしきものはラジオくらいしか見当たらない。使われる音楽もショパンだし、映画全体にクラシカルな趣きが漂う。イザクの部屋の窓から見えるのは、ドウロ河を挟んだ向こう岸の風景だ。その斜面の畑では歌いながら鍬で畑を耕す農民たちの姿もあり、イザクはそうした昔ながらの生活と人々を写真に収めている。
 イザクの生活と同じように、この作品自体もとても古臭い。写真のなかのアンジェリカが微笑んでみたりするのも映画としては珍しいことではないし、イザクとアンジェリカが空中浮遊する幸福感に満ちたシーンは無声映画の時代を感じさせる。この作品では古臭いことは悪いことではないのだ。
 古いものと比べると味気ない現代的で新しいものは作品から慎重に排除されている。外の世界は現代的なものもあるのだが、映画のほとんどはイザクの部屋と窓からの昔ながらの風景で占められている。イザクは寝食を忘れるほどアンジェリカのことを考え、彼女と過ごした夢の想い出に浸っている。そんなとき現実の世界はどんどん遠のいていく。イザクの部屋と、アンジェリカの屋敷があるドウロ河の向こう岸の風景、そんな古き良き時代のものばかりが描かれ、新奇なものはほとんど姿を見せないのだ。ごくたまにイザクが現実に回帰したときだけ、窓の下を走っていくトラックなどの外界の喧騒が聞こえてくるほど新しいものの排除は徹底している。そんな「古いものは素晴らしい」という考えも、100歳を越えても現役というオリヴェイラの作品だとさすがに重みが増すような気もする。

『アンジェリカの微笑み』ドウロ河の上をふたりが飛んでいく。とても懐かしい感じがする場面。

 オリヴェイラは現役最高齢の映画監督として知られていた。あの新藤兼人だって100歳で亡くなったわけで、それを越しているだけでもすごいことだ。けれどもそれだけではない魅力があるからこそ、70歳を越してからは毎年のようにコンスタントに作品を発表できるような評価を得たのだろう。
 ただ、その魅力を伝えることはなかなか難しいようにも思う。この作品もそうなのだが、オーソドックスで奇を衒ったようなところはなく、オリヴェイラの独自なスタイルというものが明白にあるような印象もない。物語には起伏がなく、驚くような展開もないのだ。たとえば『夜顔』の後半などは、主人公のふたりがホテルで会食をするだけに費やされる。しかし、それでも何だかよくわからないけれど魅せられてしまうところがあるのだ。
 『アンジェリカの微笑み』の冒頭の雨のシーンでは、暗闇のなかで車のヘッドライトに照らされて雨が雨らしく映し出されるし、農民たちが陽光のもとで働く場面もとても心地がいい。こうしたシーンは何気ないけれど、何気ないシーンがすんなりと決まるのは貴重なことなのだと思う。
 そして何よりドウロ河の向こう岸が遠景で捉えられるところがとても素晴らしい。オリヴェイラ監督がフローベールの『ボヴァリー夫人』を下敷きにして撮った『アブラハム渓谷』(1993年)では、神話的な土地としてドウロ渓谷が撮られていて印象深い作品だった。この『アンジェリカの微笑み』もそんな奇跡的な風景や、アンジェリカとイザクの夢のようなひとときを体験するだけでとても幸せな気分になることができる映画だったと思う。
 来年早々には追悼上映なども決定しているオリヴェイラ監督だが、74歳のときに製作した『訪問もしくは記憶、そして告白』は、監督自身の意向で死後に公表することになっていたのだとか。オリヴェイラ自身もまさかそれから30年も生きるとは思わなかったのかもしれない。遺言みたいな作品なのか否かはわからないけれど妙に気になる。

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Date: 2015.12.10 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (1)

『アレノ』 夫と、妻その愛人 さまよう3人

 エミール・ゾラの小説『テレーズ・ラカン』をもとにした作品。
 監督・脚本は『かぞくのくに』『夏の終り』などのプロデュースをしていた越川道夫
 脚本には越川監督の奥様だという佐藤有記(『ヘヴンズ ストーリー』など)も名を連ねている。

越川道夫 『アレノ』 冒頭のシーンの夫(川口覚)と妻(山田真歩)。雨のシーンなのだが、雨の音だけで実際に雨が降っているように見えないのがちょっと気になった。


 病弱な夫(川口覚)とその看護のために結婚させられたような妻(山田真歩)。ふたりには幼なじみで今でも仲のいい男(渋川清彦)いて、実は妻はその男と不倫の関係にあった。愛人の男と妻は邪魔になる夫のことを殺してしまうのだが……。

 雨の降る寒々しい湖の雰囲気がとても印象的だった(ギドク『魚と寝る女』を思い出させる)。夫を殺した妻と愛人は、湖近くのホテルで死体が上がるのを待つことになる。日常生活とは切り離された場所で、登場人物の過去に関してもほとんど語られない。そんななかで濃厚な濡れ場が展開されるあたりはロマンポルノっぽい。
 邪魔者を消したふたりはホテルのベッドで愛し合うことになるが、なぜか最初はうまくいかない。ところが幽霊となった夫がふたりのそばに現れると突然燃え上がることになる。ふたりは水から上がって濡れたままの幽霊に見守られながら愛し合う。それまで隠れて愛し合っていたふたりなのに、邪魔者を消した途端、その邪魔者がふたりにとって必要とされるというのが奇妙なところ。
 この作品では夫の幽霊は意外にすんなりふたりに受け入れられ、それぞれと会話を交わしたりもする。後半では生き残ったふたりは毒を飲んで心中を図ることになるものの、結局死ぬこともない。というより、ふたりとも死んでしまい、いつの間にかに夫と同じ幽霊となっているということなのだろう。
 生きているのか死んでいるのかわからない女が慣れない車に乗ってどこかに行こうとしたところで映画は終わる。“生きているのか死んでいるのかわからない”状態というのは、夫の看護に明け暮れる日々だった女の過去のことだが、夫を殺してからも似たような境遇にあるのが皮肉なところ。題名の“アレノ”とは、3人がさまようことになる“この世”という“荒野”のことなのだろう。
 思えば、愛人の登場の仕方も亡霊のようだった。冒頭の夫と妻の心中を思わせる場面に続くのが、突如として湖から生まれ出たような愛人の出現だったからだ。湖から女が助け出されると、女は愛人のことを化け物か何かのようにびっくりした顔で見つめている。ここでは語り落とされていることがあるから愛人が突然出現したように見えるわけだけれど、初めに愛人も亡霊のように登場していたからこそ、ホテルの部屋に夫の幽霊が出現するのもごく自然に感じられたのだと思う。

『アレノ』 湖から助け出された妻役の山田真歩。本当に寒かったらしい。

 主演の山田真歩はテレビドラマ『花子とアン』でも知られているようだが、『自分の事ばかりで情けなくなるよ』(松居大悟監督)のOL役がとてもよかった。今回は初の濡れ場ということだが、かなり大胆なベッドシーンを演じている(レーティングも18禁だし)。
 同じ原作をもとにした『渇き』(パク・チャヌク監督)のキム・オクビンはエネルギッシュだった。『渇き』では夫がいなくなった女は抑圧から解き放たれたようにセックスを楽しむわけだが、『アレノ』の山田真歩はどこか背徳感みたいなものがあって淫靡なところがよかったと思う。

 今回は映画の日に『アレノ』を観たのだが、その日は越川道夫監督と殺された夫の母親役を演じた内田淳子さんの舞台挨拶があった。
 息子を亡くした母親(内田淳子)は嫁(山田真歩)に対して怒りをぶつけようとするのだが、車イスの世話になっている身体で自由が利かない。母親は嫁の手を取るとそれを噛むことでどうしようもない思いを表現する。
 舞台挨拶で語られていたのは即興演出について。上記の場面でも監督からの具体的な指示はなかったようだが、母親役は車イスという設定であり、蹴り飛ばしたくてもそんなことはできないわけで、その制限から手を噛むという行動になったようだ。即興演出もあまり自由度がありすぎるよりも、何かしら制限があったほうがやりやすいとのこと。
 冒頭の湖のシーンは本当に寒かったらしく、実際にその水に浸かった山田真歩は寒さで震えて考えていた演技ができなかったとのこと(越川監督談)。でも、そんな演じる人の自然な反応をカメラが捉えてしまうというのも映画のおもしろいところなのだろうと思う。

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Date: 2015.12.06 Category: 日本映画 Comments (0) Trackbacks (0)
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新作映画(もしくは新作DVD)を中心に、週1本ペースでレビューします。

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