『さようなら』 人の死を見つめるアンドロイドは何を思う?

 原作はアンドロイドと人間が共演するという平田オリザの演劇だが、もともとは15分しかなかった題材を監督・脚本の深田晃司(『ほとりの朔子』)が膨らませた作品となっている。

深田晃司 『さようなら』 アンドロイドのレオナを演じるジェミノイドF。


 原発事故で国土を放射能に汚染された近未来の日本。政府は国を棄てることを決定する。国民は次々と海外へ避難していく。避難の優先順位では後回しにされる外国人であるターニャ(ブライアリー・ロング)は、以前から患っていた病もあり、アンドロイドのレオナの世話になって生きている。いつまでも回ってこない順番を待ちながら、ターニャとレオナは人のいなくなった日本に留まり続ける。

 平田オリザの原作にあったものは、死にゆく人間とアンロイドとの対話という部分だけとのこと。原発事故で日本という国自体も死に絶えていくのは映画独自の展開。海外の様子はまったく描かれないために“世界の終わり”の雰囲気も漂う。ターニャが暮らす家の窓からはゆるやかな丘の風景が見え、『ニーチェの馬』の窓からの寂しい風景を思わせなくもない。
 日本政府は“棄国”という選択をし、日本人は難民となって海外に受け入れ先を求めることになる。一気に全員が行けるわけもないから、順番を決定する必要がある。偉い人が決めた優先順位は優生思想に基づいていて、犯罪者や外国人は後回しにされる。そんななかでも残された人たちはパニックになることはほとんどないのだが、誰もが静かに狂っているという印象。ターニャの友人(村田牧子)は燃えさかる火に飛び込んで自殺する。
 また、ターニャとの彼氏(新井浩文)とのエピソードでは差別の問題が取り上げられる。在日コリアンの男と南アフリカ出身のターニャ。ターニャはアパルトヘイト廃止後の黒人による白人の虐殺から逃げてきた難民だったのだ。間近に迫った日本の終末を前にターニャは過去を告白するが、彼氏はそれを受け入れることができない。虐げられる側にあった在日コリアンの男としては、最初に手を出したほうが悪いという気持ちを拭うことができないのだろう。ちょっと気になるのは、こうしたエピソードが最後のアンドロイドと人間との対話に結びついていかないように思えるところだろうか。

『さようなら』 レオナとターニャ(ブライアリー・ロング)。レオナは足の不具合を直すことができずに車イスを使っている。

◆アンドロイドの時間と人間の時間
 冒頭ではターニャがソファで眠る場面を長回しで捉えている。開かれた窓からは風が入り込み、雲が流れていくからか外の光が様々に変化していく、その様子をじっくりと見せている。そして最後にはアンドロイド・レオナがターニャの死を看取ることになる。ターニャが静かに息絶えて、日が暮れて部屋が真っ暗になってもレオナは動くことすらない。さらに機能を停止して動かない肉体が長い長い時間をかけ、骨と化すまでの様子をレオナは延々と見つめ続ける。
 この作品で効果的に使われている長回しはアンドロイドの時間なのだろうと思う。人間は退屈すぎて窓の外を延々と見つめたりはしないし、人が朽ちていく様子を不眠不休で見つめ続けることもできないからだ。
 仏教絵画には「九相図」というものがあるが、これは死んだ人間が腐っていき骨になるまでの過程を順に描いたもの。この映画でのそれはあまりグロテスクな感じにはなっていないけれど、人の死の過程を映像化したものとして興味深かった。「メメント・モリ(死を想え)」という言葉もあるが、九相図は仏教の修行として死を見つめるために描かれたわけで、ターニャの死を経験したレオナはそれによって何かを学んだのだろうか?

◆アンドロイドに“心”があるのか?
 アンドロイドのレオナを演じるのはジェミノイドFというロボット。テレビ番組『マツコとマツコ』に登場していたマツコロイドを製作した石黒浩教授がジェミノイドFも製作している。ジェミノイドFはとても人間らしい風貌をしているが、動きや声は遠隔操作をしているとのこと。SF映画などに登場するアンドロイド(たとえば『ブレードランナー』のレプリカント)とは違うのだ。石黒教授の研究は人間のように動くロボットを作ることで、「人間とは何か」のほうを探るのが目的なのだとか。
 この作品のアンドロイド・レオナはターニャの世話係で、ターニャとごく自然に会話をする。ターニャのややたどたどしい日本語を聞き返すときの感じもごく自然で、ターニャとレオナは友人のようにも見えてくる。さらにレオナはターニャの心情を考慮したように、谷川俊太郎カール・ブッセなどの詩を詠んだりもする。一方、ターニャは妙に目を見開いて能面のような顔をしている瞬間もあったりして(演出? ブライアリー・ロングの素の表情?)、ターニャのほうが非人間的な存在に見えたりもする。そんなわけで映画を観ているうちに、どっちが人間でどっちがアンドロイドなのかという感覚もあいまいなものになる。

 では人間とアンドロイドの差はないのかといえばそんなことはない(その違いを研究するのがジェミノイドFを作った石黒教授なのだろう)。映画のなかではアンドロイドは人から感情や美意識を学ぶと語られている。ターニャは子供のころからレオナと一緒に過ごし、レオナはターニャから感情や美意識を学んできた。ターニャの好みを記憶し、感情を計算して詩を詠むこともできるけれど、そこには機械的な反応があるだけで“心”があるわけではない。
 ターニャはレオナに「自分と話しているようなもの」だとも語る。レオナはターニャが忘れてしまった過去のすべてを記録していて、そのデータベースに基づいて反応しているからだ。アンドロイドのレオナが“心”を持つことはない。とはいえ、そばにいる人間の側はそう考えないこともある。人間の言葉を受け取ってスムーズに返してくる機械に対して別の感情を抱くこともある。
 そんなわけで映画の展開からすれば、ターニャの死を見つめ続けたレオナがそこで死について学んだように見えたとしても、それは人間の側の思い込みなのだろうと思う。ただ、映画では最後に飛躍した展開がある。フリーズしたようにターニャを見つめていたレオナが突然動き出す。人間の側から何の働きかけもないままに、レオナが行動を起こすのだ。
 レオナはターニャが見たがっていた竹の花を見に行く。竹の花は滅多に咲かないらしく、人がその姿を見ることは難しい。そんな竹の花をレオナが見つめるところがラストシーンだ。死んだターニャの想いをレオナが叶えたことになるわけで、ここではレオナに“心”が生まれているように感じられるのだ。

 この作品を上映した劇場には、石黒教授のインタビュー記事が貼られていた(『トーキングヘッズ』という雑誌の記事らしい)。そこでは最後のアンドロイドの挙動には違和感を覚えたと石黒教授は語っている。研究者からすればあり得ない展開ということになるのだろうと思う(私もちょっと驚いた)。もちろん最後のエピソードがアンドロイドの見た夢として解釈することもできなくもないわけだけれど、夢見るアンドロイドはもうほとんど人間みたいなものとも思える。そんなわけでこの映画はエンターテインメントとは違うけれど、観終わったあとに色々と考えさせるところのある映画だったと思う。

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Date: 2015.11.28 Category: 日本映画 Comments (0) Trackbacks (1)

『劇場霊』 『女優霊』というよりは『クロユリ団地』だった

 『リング』『仄暗い水の底から』などの中田秀夫監督の最新作。
 主役にはアイドルグループAKBの島崎遥香

中田秀夫監督 『劇場霊』 AKBのなかから主役に選ばれた島崎遥香。

 冒頭でいきなり人形が壊されるシーン。芝居がかった感じで男が人形を叩き壊していくのだがその詳細は明らかにされないまま終わり、次のシークエンスでは河原で死んだ女性を刑事が調べている。様子を窺う刑事のわざとらしさが妙だと思っていると、そのシーンは刑事ドラマの撮影で、死んだ女性を演じていたのが沙羅(島崎遥香)という売れない女優だったことが判明する。となると冒頭の芝居がかったエピソードも夢か幻のようなものかと推測してもいたのだが、そんなひねりもなく冒頭で壊された人形に霊が取り憑いて沙羅を襲うことになる。
 人間が肉体という入れ物に魂が入ったものだとすれば、人形もその入れ物としては人間によく似ている。この作品の人形も有名な人形作家(吉田良)の手になるもので、まかり間違えば動き出しそうな雰囲気を持っている。そういう意味では人形の姿は怖いのだけれど、アイディアとしてとてもありきたりとも言える。
 人形に霊が宿るなんて題材は『チャイルド・プレイ』とか『アナベル 死霊館の人形』とか色々あるわけで、わざわざ舞台を劇場に設定し、そこに人形の首を運び込んで『劇場霊』という題名にしているのも苦しまぎれにも思えた。それなりに怖い部分はあるけれど、どれも想定内のものに過ぎず、異彩を放っていたのは人形が首を180度回転させて襲ってくるところくらいだろうか。

『劇場霊』 舞台で人形と共演する沙羅(島崎遥香)。ドレスが似合っていたと思う。

 中田秀夫監督は『リング』で一躍有名になったわけだが、出世作として『女優霊』という作品があり、この『劇場霊』はそれを意識している(ちなみに『女優霊』で主演だった柳ユーレイもちょっとだけ顔を出している)。『女優霊』に登場するのは撮影スタジオに出る女優の霊で、顔だけの霊(?)が床に転がっている場面にゾクゾクさせられた。『劇場霊』の人形も顔だけが冒頭に描かれた惨劇から救い出され、それが舞台の床に転がるのは『女優霊』の1シーンをなぞっているのだろう。それでもなぜか『女優霊』ほどの怖さは感じられなかった。
 最後になってスタッフロールのなかに秋元康の名前を発見し、忘れていた『クロユリ団地』のことを思い出した。AKB中田秀夫という組み合わせでは悪い前例があったわけで、そのことに最初に気がつかなければいけなかったのかもしれない。諸々の事情で引き受けざると得ない仕事というものがあるということなのだろうと勝手に推測してしまう。評判が悪かった前作『MONSTERZ モンスターズ』だってツッコミながら楽しめる部分は多かったわけで、余計にこの作品が残念なものに思えた。

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中田秀夫の作品
Date: 2015.11.24 Category: 日本映画 Comments (0) Trackbacks (0)

『リアル鬼ごっこ』 トリンドル玲奈をいじめる園子温

 園子温監督作品。
 今年はほかにも『ラブ&ピース』『新宿スワン』なども公開されている園作品の1本。
 7月に劇場公開され、11月20日にDVDがリリースされた。

園子温監督 『リアル鬼ごっこ』 3人の主演女優。真野恵理菜、トリンドル玲奈、篠田麻里子。

 『リアル鬼ごっこ』というシリーズはかなり量産されているらしいが、この作品はそれからインスパイアされただけでシリーズとはほとんど関係ない。実は件のシリーズは1本も観てないのだけれど、園監督自身も「観ていない」と居直っているくらいだから別にいいのだろうと思う。
 捕まったら死刑という鬼ごっことは関係なく、この映画では風が女子高生たちを襲うことになる。修学旅行でバスに乗って騒いでいる女子高生たちが一陣の風によって惨殺される。胴体から上をまるごと持っていかれるというシーンのインパクトはすごかった。血が噴き出した下半身が並ぶなかに、たまたま生き残ってしまったミツコ(トリンドル玲奈)が唖然として立ち尽くす……。
 血の量では新宿駅が血の海になる『自殺サークル』や、おぞましい人体解体をリアルに描いた『冷たい熱帯魚』には及ばないが、1シーンのインパクトとしては園作品のなかでも一番なんじゃないかと思う。
 風が人体を切り裂くのもわからないけれど、突如パラレルワールドに移行したり、学校の先生が銃を手に虐殺を始めたりという、その後に起きる出来事もわけがわからない。園子温はわざわざシュールと呼ばれる女の子(冨手麻妙)を登場させて言い訳をしている。この映画はシュールな展開で行くからついてこいという宣言だろう。そんなわけでミツコはなぜかケイコ(篠田麻里子)に変身してウェディングドレスで格闘し、いずみ(真野恵理菜)というマラソンランナーにもなって追ってくる何かから逃げ続けることになる。

『リアル鬼ごっこ』

 物語にはオチらしいものもある。女だけの世界で進行していた物語が、アキ(桜井ユキ)という友達の手を借りて出口を見つけると男だけの世界に到達する。その世界を操っているのが斉藤工演じる老人=男子高校生で、白いビキニパンツでトリンドル玲奈をベッドに誘う。そんなものすごい展開は、男が操る世界でクローン化された女の子たちがゲームのキャラとして遊ばれているとも解釈できる。「わたしたちで遊ぶな」という叫びは女の子側からの非難だろうが、そんなメッセージがそれほど重要な映画でもないようにも思う。
 この映画はトリンドル玲奈をいじめ尽くす映画だからだ。普段はモデルさんとして活躍している人気ハーフタレントをこれでもかというほど走らせ、血みどろの惨劇を体験させ、わけのわからない展開のなかで追い込み、感情をむき出しにさせ、涙と鼻水でグチョグチョにするというサディスティックな作品なのだ。
 園映画の演出では追い込んで俳優から演技を引き出す。たとえば『ヒミズ』二階堂ふみ『恋の罪』神楽坂恵あたりはそうやって演技を引き出されていたんじゃないかと推測する。それでも最近はあまりそういう手法を採っていなかった。『希望の国』などは特に過剰な園色を抑えていた(そんな自然な演出を園監督自身はオーガニックな演出などと呼んでいるらしい)。この『リアル鬼ごっこ』は久しぶりに園子温のサディスティックな部分が前面に出ているところが見どころで、それを引き出してしまったトリンドル玲奈には天性の何かが備わっているのかもしれない。個人的には『ラブ&ピース』『新宿スワン』よりも楽しかった。
 
 風の部分の演出にはドローンが使われているらしい。クレーンよりも高い位置からの空撮となっているし、撮影の自由度も格段にアップしているように見えた。ヘリでの空撮をするほどの予算はないのだろうし、使い方によっては可能性も広がりそうな気もする。

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園子温監督の作品
Date: 2015.11.22 Category: 園子温 Comments (0) Trackbacks (3)

『叫びとささやき』 ささやきについての個人的な考察

 イングマール・ベルイマンの1972年のカラー作品。
 先日取り上げた『仮面/ペルソナ』と同時にレンタルにも登場したもの。

ベルイマン作品 『叫びとささやき』 ビビッドな赤が部屋のほとんどを覆っている。

 真っ赤な壁に真っ赤な絨毯、すべてが赤に彩られた邸宅がすこぶる印象的な作品。フェードイン、フェードアウトまで真っ赤な画面にしてしまうほど徹底して赤にこだわっている。『ベルイマンは語る』という本によれば、作品のアイディアはベルイマンが見た夢が元になっているとのこと。「真赤な部屋に、昔風の白いローブを身につけた女性が三人」というイメージからこの作品が生み出されている。

 題名にもあるようにこの作品は「叫び」「ささやき」がテーマとなる。以前にこの作品を観たとき、「ささやき」とは何だったのだろうかとぼんやりと疑問に感じていた。
 「叫び」のほうはわかりやすい。次女のアングネス(ハリエット・アンデション)は死の床にある。長女と三女もその邸宅に集まり、夜もすぐそばで様子を見守っている。アングネスの病は苦痛を伴うもので、耐え切れない痛みにアングネスが叫び声を挙げるのが何とも痛ましい。「叫び」は人生の“苦”の側面を表している。
 一方の「ささやき」の場面も印象的に描かれている。疎遠でいがみ合っているようにも見える長女と三女が一度だけ和解し、親しげに顔を寄せ合って言葉を交わすところだ。ここではベルイマンの遺作『サラバンド』でも使われたバッハの「サラバンド」が流れ、交わされる言葉の中身はわからないのだがふたりは幸せそうに見える。
 今回久しぶりに観て改めて気がついたのは、「ささやき」は姉妹たちの母親と幼いころの三女との間でも交わされていることだ。次女アングネスがその関係をうらやむほど親密な「ささやき」となっている。ここで母親を演じているのも、大人になった三女を演じているのもリヴ・ウルマンであり、母親と三女は似たもの同士ということになっている。アングネスはそれに疎外感を覚える。ふたりの間で交わされる「ささやき」はアングネスの羨望の対象となっているわけで、「叫び」のような“苦”とは反対の価値が与えられていることになるだろう。

『叫びとささやき』

 この作品のなかで「ささやき」の場面は少ない。男女の睦言みたいなものもあるのだが、男と女の関係は問題ばかり引き起こしている。三女マリーア(リヴ・ウルマン)は医者(エルランド・ヨセフソン)と浮気をして、気弱な旦那に自殺未遂事件を起こさせてしまう。また、長女カーリン(イングリッド・チューリン)は旦那とのウソばかりの関係に嫌気が差し、自らの股間を傷つけて血化粧をするという狂気を演じる。長女の場合も三女の場合も、男女の関係は苦悩の原因となるばかりなのだ。
 そんなわけで『叫びとささやき』という映画全体では、アングネスの「叫び」に集約されるような“苦”の側面が前面に出てきているように感じられる。ちなみに長女と三女の「ささやき」は1回限りであって、次の日には親しく語りあったことも幻だったかのような険悪な関係に戻ってしまう。

 ラストで召使のアンナに読まれることになるアングネスの日記には、“苦”とは反対の“至福の瞬間”のことが書かれている。病が小康状態にあるとき、三姉妹で散歩に出かけたときのことだ。死んでいったアングネスはそのときのことをこんなふうに記していた。

 苦痛は消えた
 一番大切な人たちがそばにいる
   (中略)
 “時よ 止まれ”と願った
 これが幸福なのだ
 もう望むものはない
 至福の瞬間を味わうことができたのだ


 人生において「ささやき」の場面は数少ない。アングネスが感じる“至福の瞬間”も同様で、「“時よ 止まれ”と願った」とあるように、そうした時間はごく限られていてしかも長くは続かないものとなっているようだ。
 映画は日記のエピソードで唐突に終わりを告げることになる。「叫びもささやきもかくして沈黙に帰した」という言葉が最後に字幕として示される。人間の営みのすべてが無に帰したというわけだが、ラストで描かれる“至福の瞬間”は日記として残されており、それがアンナに受け継がれ、その後も読まれていくことが期待されるところに救いを感じなくもない。もしかすると日記の言葉も「ささやき」のひとつだったと言えるのかもしれない。

 『トイレのピエタ』のあとに観たからかもしれないが、召使のアンナ(カリ・シルヴァン)が死の淵から甦ったアングネスを抱きかかえる場面は「ピエタ」を模しているようにも感じられた。アンナという登場人物も重要な位置を占めている。アンナは幼い娘を亡くしており、アングネスに自分の子供の姿を重ねているものと思われ、姉妹以上にアングネスに対し哀れな感情を抱いていて最後まで彼女のそばを離れずにいるのだ。

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Date: 2015.11.17 Category: イングマール・ベルイマン Comments (0) Trackbacks (0)

橋口亮輔の待望の新作 『恋人たち』 届かない想い?

 『ぐるりのこと。』以来7年ぶりの橋口亮輔の長編作品。その間には短編『ゼンタイ』なども公開されているが、『恋人たち』では『ゼンタイ』のときにも出演していたワークショップの面々が堂々の主役を務めている。『ゼンタイ』の草野球のエピソードで目立っていたのは篠原篤だったし、ラストシーンは成嶋瞳子の微妙な表情だったようにも記憶しているし、ふたりは監督のお気に入りなのだろう。
 今回は初日の2回目に観たのだが、上映前には監督と出演陣からの舞台挨拶が行われた。テアトル新宿のロビーには人が入りきれないほどごった返していた。関係者らしき人も多かったが、やはり久しぶりの橋口作品ということで注目しているファンも多いのだろうと思う(もちろん私もそのひとり)。

橋口亮輔の長編新作 『恋人たち』 橋の下で仕事をするアツシ。ラストではその川の上から青い空が垣間見られる。

 この映画は3つのエピソードが中心となっている。それらのエピソードがどこかで結び合ったりすることはないのだが、橋口監督曰く「飲み込めない想いを飲み込みながら生きている人」が主人公という点では共通している。
 アツシ(篠原篤)は通り魔事件で妻を亡くしている。突然妻を奪われたアツシは精神的な病に陥り、犯人に復讐したいというどうしようもない考えを振り切ることができないで苦しんでいる。
 瞳子(成嶋瞳子)は平凡な主婦だが、白馬の王子様願望も捨てられない。旦那との義務的なセックスと姑との同居という退屈な日々を、雅子さまのビデオを見ながらやり過ごしている(皇室ファンの瞳子にとって雅子さまは憧れの存在)。ある日、職場に出入りする業者の男と親しくなり、その男(光石研)に惹かれていくことになる。
 弁護士をしている四ノ宮(池田良)は、エリートとして人を見下している。パートナーからも「尊敬できない」と言われているところからすると、階段で突き落とされるのは誰かから恨みを買っていたのかもしれない。そんな四ノ宮はゲイであることで謂れのない中傷を受けることになる。

 「飲み込めない想い」を抱えたとき、人はどうすればいいか。
 エピソードの多くは、脚本も書いている橋口監督の体験が込められているようだ。鑑賞後に雑誌のインタビュー(『映画秘宝』が一番詳しい)などを読むと、橋口監督自身がこの作品中のアツシと同じように、金もなくて「増えるワカメ」ばかり食べて過ごしていた時期があったとのこと。詳細はわからないが、映画関係の詐欺に遭ってしまったらしく、アツシみたいに「クソ」という言葉しか出てこないような状況にあったらしい。残念ながら世の中にはそんな悪意のある人もいるようだ。
 橋口監督は『ハッシュ!』まではごく個人的なセクシュアリティの問題を中心に描いていたわけだが、『ぐるりのこと。』ではもっと普遍的な家族の問題へ移っていった。『ぐるりのこと。』の法廷画家が見聞きすることになる事件は、その被害者からすれば「なぜ自分がこんな目に遭わなければならないのか」としか言いようがないものだったわけで、『恋人たち』の「飲み込めない想いを飲み込みながら生きている人」と通じ合っている。
 『恋人たち』のアツシの周囲にもクソみたいな奴らがいっぱいいる。患者に理解のない医者とか、金を払えとしか言わない役所の男(山中崇)とか、アツシは何度も爆発しそうになるがそれを何とか押し留める(よく我慢したものだと感心してしまうほど)。また、職場の人たちは悪い人たちではないのだが、アツシが暗く沈んでいるときにオリンピック関係の仕事を受注したとお祭り騒ぎをやらかすとなると、「オリンピックなんてどうでもいい」とつぶやきたくなるのも当然のことだ。そんな意味ではこの映画はひどく重苦しくて辛いものとなっているのだが、それだけでは終わらないものを見せてくれる作品でもある。

『恋人たち』 アツシ(篠原篤)は浮かれている周囲と馴染めない。『ぐるりのこと。』の主役リリー・フランキーも顔を出す。

『恋人たち』 瞳子(成嶋瞳子)は詐欺師の男(光石研)に惹かれていく。

『恋人たち』 階段から落ちてケガをした四ノ宮(池田良)はそれでもデカイ態度。

 この作品のタイトルは『恋人たち』だが、「飲み込めない想い」を抱えた主人公たちの隣にその相方はいない。ラストでは3人の主人公が自らの想いを吐露することになるわけだが、それを聞く相手はいないのだ。
 アツシは亡くなった妻に向けて語ることになるし、四ノ宮はかつての恋人に電話を切られてしまい、聞き手のいない携帯電話に向かって想いを告白するしかない。そして駆け落ちめいたことをすることになる瞳子は、想いを寄せた相手がチンケな詐欺師だと知り、薬で前後不覚に陥った男に向かって語ることになる。主人公たちの想いはどこにも届かないのだ。
 「飲み込めない想い」が簡単に解消するわけがないのだろうと思う。誰かが苦しみを肩代わりしてくれることもないし、宗教的な救いがあるわけでもない。ただ、アツシの場合を見ればわかるように、「生きることも死ぬこともできない」というところまで、底の底まで落ちれば昇るしかない。生きることも大変だけれど、簡単に自殺することも、憎い相手を殺すこともできないわけで、自分なりに事を了解して前に進むしかないということなのだ。
 心情の吐露は誰にも届かなくても、自分だけには聞こえている。自分なりに「飲み込めない想い」を解消していくには、自分なりの了解の仕方しかないわけで、それは誰かが教えてくれるものではないということなのだろうと思う。

 不愉快な人間がいっぱい登場するこの作品だけれど、なかにはいい人もいる。アツシの先輩・黒田大輔は片手がない。爆弾を作っていて失敗したらしい。これはなぜか皇居を狙おうという意図だったという危ないネタになっていて、皇室ネタがほかにも登場してくるのがおもしろい。
 そんな黒田がなぜ今ではアツシにやさしいのかはわからないのだが、紆余曲折あってそんな境地に辿り着いたのかもしれない。爆発寸前のアツシに押し付けがましくなく声をかける難しい役どころを演じるのは、役名と同じ黒田大輔。この作品は橋口監督がそれぞれの役者のことを知ってあて書きしたものだけに、そのほかの役柄もぴったりとはまっていた。
 嫌な感じの弁護士・四ノ宮を演じた池田良は一見するとひ弱だが、口を開けば自信たっぷりというギャップがおもしろく、終始笑みを絶やさないのがかえってどこか壊れているような印象。平凡な主婦役で全てさらけ出しているのが成嶋瞳子で、この映画でもいわく言い難い表情を見せている。そして、どうしようもない想いを不器用にぶつけていた篠原篤には泣かされた。
 舞台挨拶でも橋口監督が篠原篤を「不器用」だと評していたけれど、この作品も心情を吐露する場面では技巧を凝らさず愚直なまでに3人の表情だけに迫っていた。橋口監督のほかの作品と比べれば不器用な感じもあるのだけれど、作るべき必然性が伝わってくる作品になっているところが感動的だったと思う。

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Date: 2015.11.15 Category: 日本映画 Comments (2) Trackbacks (7)

『裁かれるは善人のみ』 弁護士の真実と司祭の真実

 カンヌ国際映画祭脚本賞、ゴールデングローブ賞外国語映画賞などを受賞したというロシア映画。アカデミー賞外国語映画賞にもノミネートされた。監督は『父、帰る』でヴェネチア国際映画祭金獅子賞を獲得したアンドレイ・ズビャギンツェフ

アンドレイ・ズビャギンツェフ 『裁かれるは善人のみ』 ロシアの田舎町が舞台。クジラらしき巨大な骨が登場する。


 海辺にたたずむ一軒家にディーマ(ウラジーミル・ウドビチェンコフ)という弁護士がやってくる。ディーマはその家の主人コーリャ(アレクセイ・セレブリャコフ)の軍人時代の後輩だ。コーリャは市長のヴァディム(ロマン・マディアノフ)によって先祖代々住んできたその家を奪われようとしていた。モスクワの有力者から市長に不利な証拠を持ってきたディーマは、コーリャのために市長と交渉をすることになるのだが……。

 小物が権力なんてものを持つとかえって勘違いをすることが多いようだ。この映画の市長もそんな人物だ。地元ではデカい顔ができるからそれに慣れてしまって、コーリャの土地を奪うことを当然のことと考えているのかもしれない。コーリャは頑固で古臭い人間ではあるけれど、何の落ち度もない。生まれ育った土地を離れたくないのは当たり前の感情で、市長の横暴は目に余る。
 土地収用の裁判はすぐに片が付く。裁判官は機械的な早口で判決を読み上げるだけで、土地を奪われるコーリャのことなど考えもしない。それでも弁護士ディーマが市長に突きつけた証拠で状況は一変する。市長は交渉に応じ、350万ルーブルという大金を払うことを約束する。

◆国家と個人
 この作品の原題は「リヴァイアサン」である。“リヴァイアサン”はヨブ記に登場する海の怪物のことだが、トマス・ホッブスが書いた同名の政治哲学書のことでもある。ホッブスによれば、人間の自然状態は「万人の万人に対する闘争」であるという。みんながそれぞれに闘っていたら危なっかしくて生きていけないわけで、ホッブスは「人間が天賦の権利として持ちうる自然権を国家に対して全部譲渡するべき」と考えたらしい。国家という巨大な権力があればそれが悪党たちに睨みをきかせ、善人は税金を払っていればその庇護の下で生きていくことができる。国家は必要悪みたいなものなのかもしれないのだが、同時にホッブスはそれを“リヴァイアサン”という怪物の名前で呼んでいる。そのことからしても国家権力は簡単に手懐けられるような代物ではないということなのだろう。
 この作品では市長がそうした厄介な怪物となっている。市長は弁護士に弱みを握られ、一度は弱気になったりもするのだけれど、司祭に相談することで息を吹き返す。司祭は具体的な作戦を授けたわけではない。ただ神の名の下に市長の行為を正当化するきっかけを与えてしまっている。市長は弁護士を逆に脅し、娘のことを話題に出しただけですべての仕事から手を引かせてしまう。弁護士という助けを失ったコーリャはもう為す術もない。ただ降りかかる災いに唖然とするだけだ。

『裁かれるは善人のみ』 弁護士ディーマ(左)は市長(右)と対決することになるのだが……

◆2つの真実
 『裁かれるは善人のみ』では2つの真実がある。弁護士ディーマの真実と、司祭の真実だ。
 弁護士ディーマは法律に基づいた真実を求めている。そのためには証拠がなければならない(市長はかつての悪事の証拠を突きつけられる)。誰かが恣意的に裁きを与えたりしないようにするためで、法律家としては真っ当な考えだろう。ただディーマの真実には都合のいいところがあって、ディーマはコーリャの妻と浮気をしても、証拠がなければ大丈夫だと居直っているところもある。
 他方、司祭が求めている真実は神の真実だ。しかし神の行いは計り知れず、人間ごときが理解できるものではない。司祭はこのことを何度も繰り返す。この作品の着想のひとつである旧約聖書のヨブ記もそうしたことがテーマとなっている。ヨブ記の場合は最後に神が姿を見せることになるわけだが、現実世界では神は沈黙している。そうなると神の真実は都合よく解釈されることがあり得る。神の真実を誰も知り得ないのならば、誰かが神の意思を騙って勝手なことをすることが可能だということだ。司祭と親しくし教会にも通っている市長は、それだけで神の祝福を受ける権利があるとでも勘違いをしているようだ。

 弁護士の真実によれば、証拠がなければやりたい放題となる。神が見ているといった意識(あるいはごく普通の道徳観)があればそんなことはできないはず。また、司祭の真実からすれば、神の名の下にやりたい放題となる。そんなわけでどちらの真実も到底真実とは言いがたく、どちらの真実にも神の不在が露わになっている。
 作品中にはロシア正教が重要な要素として登場する。司祭は教会に来ることもないコーリャに説教したりする一面もあるのだが、この作品で描かれるロシア正教は宗教という外貌を見せながらも世俗的なものに成り下がっているように思えた。だからラストで厳かな雰囲気で宗教的儀式が行われるのには皮肉が交じっているのだろうと思う(誰かの車にはキリストの姿がグラビア女性と同列に貼られていた気もする)。
 さらに、実際に世俗の権力を握っている政治家は、銃弾の的として肖像画があてがわれるくらいの存在なわけで、結局どこにも救いがないのだ。荒涼としたロシアの風景と相まってとにかく重苦しくて陰鬱とした作品だ。この監督の作品は『父、帰る』もそうだったけれど、絶望的に暗いのだけれど、その暗さが物語を牽引しているところがあって、2時間20分の上映時間に退屈するところはなかった。

 国家と人間というテーマのなかでちょっと異質なのが、コーリャの若い奥さんリリア(エレナ・リャドワ)のエピソード。市長に家を奪われそうになって依怙地になるコーリャを尻目に、リリアは新しい生活を望んでいるように見えた。そんなリリアがなぜディーマと浮気をしなければならないのか、なぜ自殺しなければならないのかはよくわからない。義理の息子が冷たくても死ぬことはないし、弁護士とモスクワに逃げる手もあったはずなのに……。
 リリアがまだ薄暗い明け方のうちから仕事に出かけるたびに、そのまま失踪しそうな暗い表情が際立っていた。リリアが最期に海で垣間見たのは多分クジラなのだろうが、それがリリアを死へと誘う怪物の類いにも感じられた。テーマとはズレたところにあるエピソードなのだけれど、妙に印象に残る。

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Date: 2015.11.08 Category: 外国映画 Comments (2) Trackbacks (7)

『PAN ~ネバーランド、夢のはじまり~』 飛び方を知らないピーター・パン

 ディズニーのアニメ作品などでも有名なピーター・パンの物語の始まりを独自の解釈で描いた作品。スピルバーグ『フック』は飛び方を忘れたピーター・パンだったけれど、この作品はまだ飛び方を知らないピーター・パンということになる。

 監督は『つぐない』などのジョー・ライト。脚本はジェイソン・フュークス
 出演陣は主役級以外でもなかなか豪華。冒頭にちょっとだけ登場するピーターの母親は『パパが遺した物語』アマンダ・セイフライドだし、人魚役では『天使が消えた街』カーラ・デルヴィーニュも登場している。

ジョー・ライト 『PAN ~ネバーランド、夢のはじまり~』 空飛ぶ海賊船はネバーランドへ。

 舞台はロンドンの孤児院。時代は戦闘機が夜な夜な爆弾を落としていったころ。ピーター(リーヴァイ・ミラー)は仲間の孤児たちが日に日に消えていくのをあやしがっていた。その証拠を探ろうと夜中に見張っていると、天井から何かが降りてきて一瞬にして寝ている子供をさらって消える。
 そこから物語は一気に別世界へと誘われることになる。戦闘機が飛び回るなか、忽然と現れた空飛ぶ海賊船はピーターと子供たちをさらって上へ上へと昇っていく。雲も大気圏も突き抜けてあっという間に宇宙空間へと到達してしまうという急な展開……。宇宙空間で呼吸ができたって関係ないとばかりに、現実世界から一気にファンタジーの世界へと移行するのだ。

 ネバーランドが一部で重力を無視しているあたりは『アバター』っぽい印象でもあるし、黒ヒゲ(ヒュー・ジャックマン)の登場シーンもどこか既視感を覚えなくもない。評判が悪いという群衆がニルヴァーナを歌う場面も、個人的にはヒュー・ジャックマンが台詞まで歌ってしまっていた『レ・ミゼラブル』よりは違和感なく受け入れられた。
 その後に出会うタイガー・リリー(ルーニー・マーラ)たちとのエピソードは『マッドマックス/サンダードーム』そっくりだった。部族民たちがピーターを救世主と勘違いし、トランポリンで飛び跳ねながら敵と戦うというのはそのまんまじゃないかという気もする。そんなわけでネバーランドは夢の国というよりはどこかで見たような場所ではあったけれど、にぎやかでなかなか楽しかったと思う。

『PAN ~ネバーランド、夢のはじまり~』 ピーター(リーヴァイ・ミラー)とフック船長(ギャレット・ヘドランド)のふたり。このころは仲がよかったという設定。

 ピーター・パンに関しては実はよく知らないし、特段の思い入れもないのだけれど、監督が気になるジョー・ライトということで……。ジョー・ライトという監督は細かな演出に長けた人なんだろうと思う(このページ『つぐない』に対する批評はとても納得)。あまり多くの作品を観ているわけではないのだけれど、何度も映画化されている『アンナ・カレーニナ』でも独自のアプローチであまたある『アンナ・カレーニナ』とは違った作品をつくりあげていた(舞踏会でのダンスも見たことのない振り付けだった)。
 『PAN ~ネバーランド、夢のはじまり~』はファミリー向け作品でかなり楽しんで作っているようにも見えるけれど、上昇と落下という運動がうまく取り入れられていた。子供たちがさらわれるのも、海賊船がネバーランドに到達するのも一気の上昇がもたらしていて、この世界と地続きではない別世界の導入を見事に果たしていたと思う。そしてピーターが空を飛ぶ場面は、必ず落下することが契機となっていた。上昇と落下という運動があるからこそ、初めてピーターがふわりと飛ぶ瞬間が感動的だった。
 ただ、ピーターが空を飛べるようになってしまうと意外と間が抜けているようにも感じられた。ピーターがいかにもピーター・パンらしいコスチュームをしていなかったからかもしれない。たとえば『クロニクル』みたいにいかにも普通の青年がふわりと宙に浮くのは何となく奇妙な感じがあるもので、『スーパーマン』だったらクラーク・ケントのままで飛び回ったりしないわけで、スーパーマンらしい派手な衣装とマントは必須なんだろうと思う。そんなわけでまだ飛ぶことを覚えたばかりのピーターは初々しくはあるけれど飛ぶ姿がいかにもぎごちなくて、そこに快感が見出せなかったのが残念なところだろうか。

PAN~ネバーランド、夢のはじまり~ ブルーレイ&DVDセット(初回仕様/2枚組/デジタルコピー付) [Blu-ray]


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Date: 2015.11.05 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (3)
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