『ニューヨーク 冬物語』 原作は素晴らしかったが果たして?
アメリカ文学で非常に評判の高いマーク・ヘルプリンの「Winter’s Tale」を原作とした作品。監督・脚本には、『ビューティフル・マインド』でアカデミー賞脚色賞を受賞したアキヴァ・ゴールズマン。
出演はコリン・ファレル、ジェシカ・ブラウン・フィンドレイ、ラッセル・クロウ、ジェニファー・コネリーなど。

『冬物語』と言えばシュークスピアの戯曲だが、それを下敷きにしたエリック・ロメールの同名映画もある。『冬物語』はエリック・ロメールのなかでも好きな作品のひとつで、ラストで起きる出来事に心洗われる気がした。(*1)
この映画の原作「Winter’s Tale」も、シュークスピアの作品が発端にあると思えるが、それとはまったく異なる世界を見せてくれる小説だ。アメリカ現代文学の傑作などとも呼ばれ、チャールズ・ディケンズやガルシア・マルケス、ジョン・アーヴィングなどの作品と比較されるほど素晴らしいのだ。
ただ、今年に入って登場した新訳『ウィンターズ・テイル』でも、上下巻合わせて約1000ページという大作だから、2時間の映画にまとめるのは至難のわざと思われ、映画化に当たってはそのエッセンスをいかにコンパクトにまとめるかが、脚本家出身で今回初監督のアキヴァ・ゴールズマンの腕の見せ所だろう。
『ニューヨーク 冬物語』は日本での扱いはかなり地味だが、出演陣には結構な顔ぶれが揃っている。これは原作の知名度もあるのかもしれないが、脚本家として活躍してきたアキヴァ・ゴールズマンからのつながりも大きいようだ。『ビューティフル・マインド』で共演したラッセル・クロウとジェニファー・コネリーが今回も顔を出しているし、ほかにもウィル・スミスやウィリアム・ハート、エヴァ・マリー・セイントなども登場する。
ただ、サタン役(原作にはない役柄)のウィル・スミスとその子分みたいなラッセル・クロウとの安っぽいやりとりは、原作のユーモラスな部分を取り入れたのかもしれないが、全体のトーンから浮いていて失敗だと思う。逆にとてもよかったのが、ベバリーの妹ウィラ役を演じたマッケイラ・トウィッグス(単にかわいらしかっただけなんだけど)。
泥棒ピーター・レイク(コリン・ファレル)は、かつての仲間パーリー・ソームズ(ラッセル・クロウ)から追われているところを白馬に救われる。白馬はピーター・レイクをその背中に乗せ、空を翔るようにパーリーたちから逃げ出す。ピーター・レイクは白馬に導かれ、大富豪の娘ベバリー(ジェシカ・ブラウン・フィンドレイ)と出会うことになるが……。
※ 以下、ネタバレもあり。
映画版はピーター・レイクとベバリーのエピソードに的を絞っている。もちろんこれは当然の選択だ。恋愛が成就した途端あっけなく死んでしまうベバリーと、その後何らかの使命を負い100年の時を越えるピーター・レイクの関係が物語の核にあるからだ。ただ、あまりにスリムにしすぎて、原作のオモチャ箱をひっくり返したようなにぎやかな要素はなくなってしまったようだ。
原作では第1章で消えたピーター・レイクは、第2章ではまったく登場しない。その間、ほかの登場人物たちの冒険やら成長譚やらがあったりして、そうした脇道も楽しい小説なのだ。映画版はそのあたりは割愛されているため、ハーデスティという重要なキャラクターも消え、ピーター・レイクとバージニア(ジェニファー・コネリー)とのつながりも無視されて、偶然に会ったことになっている(だからラストの必然性に疑問符も)。
終盤では、ベバリーとバージニアの娘アビーを輪廻転生で無理に結びつけて奇跡を演出しているが、時空を越えた成果として納得の行くものとは思えない。結局、ただの不幸な別人を救っただけなのだから。原作では千年王国の到来を感じさせる壮大な展開も同時に進行するが、映画では身近な範囲のごく個人的な奇跡に留まっているために、余計にピーター・レイクが見出す人生の意義が伝わって来ないのだ。
奇跡の舞台設定もディズニーアニメの『眠れる森の美女』的なものになってしまっているのもいただけない。王子様がキスをすると美女が甦るというやつだが、ピーター・レイク=コリン・ファレルは王子様には見えないし、美女と言うにはまだ早すぎる少女(しかも病のために丸坊主)にキスするのをためらっているように見える。とにかく感動的な奇跡となるはずが、肩すかしを食らわされた印象なのだ。
こんなふうに悪口ばかり言っていても、それなりに泣けてしまう部分はある。とは言え、それは原作を読んでいたからだとも思う。多分、原作小説を読めば、映画も観たいと思うだろうが、その逆はないと思う。残念ながら、非常に薄っぺらなファンタジーになってしまったようだ。白馬アサンソーにCGで羽が生えて、ペガサスになってしまうのもやりすぎだろう。
(*1) ほかにも原秀則の漫画『冬物語』なんかもあって、これはかつては自分の本棚にもあったはずだが、今ではほとんど記憶にない。同じ原秀則の『部屋においでよ』は覚えているから、『冬物語』はあまりおもしろくなかったのかも……。




出演はコリン・ファレル、ジェシカ・ブラウン・フィンドレイ、ラッセル・クロウ、ジェニファー・コネリーなど。

『冬物語』と言えばシュークスピアの戯曲だが、それを下敷きにしたエリック・ロメールの同名映画もある。『冬物語』はエリック・ロメールのなかでも好きな作品のひとつで、ラストで起きる出来事に心洗われる気がした。(*1)
この映画の原作「Winter’s Tale」も、シュークスピアの作品が発端にあると思えるが、それとはまったく異なる世界を見せてくれる小説だ。アメリカ現代文学の傑作などとも呼ばれ、チャールズ・ディケンズやガルシア・マルケス、ジョン・アーヴィングなどの作品と比較されるほど素晴らしいのだ。
ただ、今年に入って登場した新訳『ウィンターズ・テイル』でも、上下巻合わせて約1000ページという大作だから、2時間の映画にまとめるのは至難のわざと思われ、映画化に当たってはそのエッセンスをいかにコンパクトにまとめるかが、脚本家出身で今回初監督のアキヴァ・ゴールズマンの腕の見せ所だろう。
『ニューヨーク 冬物語』は日本での扱いはかなり地味だが、出演陣には結構な顔ぶれが揃っている。これは原作の知名度もあるのかもしれないが、脚本家として活躍してきたアキヴァ・ゴールズマンからのつながりも大きいようだ。『ビューティフル・マインド』で共演したラッセル・クロウとジェニファー・コネリーが今回も顔を出しているし、ほかにもウィル・スミスやウィリアム・ハート、エヴァ・マリー・セイントなども登場する。
ただ、サタン役(原作にはない役柄)のウィル・スミスとその子分みたいなラッセル・クロウとの安っぽいやりとりは、原作のユーモラスな部分を取り入れたのかもしれないが、全体のトーンから浮いていて失敗だと思う。逆にとてもよかったのが、ベバリーの妹ウィラ役を演じたマッケイラ・トウィッグス(単にかわいらしかっただけなんだけど)。
泥棒ピーター・レイク(コリン・ファレル)は、かつての仲間パーリー・ソームズ(ラッセル・クロウ)から追われているところを白馬に救われる。白馬はピーター・レイクをその背中に乗せ、空を翔るようにパーリーたちから逃げ出す。ピーター・レイクは白馬に導かれ、大富豪の娘ベバリー(ジェシカ・ブラウン・フィンドレイ)と出会うことになるが……。
※ 以下、ネタバレもあり。

映画版はピーター・レイクとベバリーのエピソードに的を絞っている。もちろんこれは当然の選択だ。恋愛が成就した途端あっけなく死んでしまうベバリーと、その後何らかの使命を負い100年の時を越えるピーター・レイクの関係が物語の核にあるからだ。ただ、あまりにスリムにしすぎて、原作のオモチャ箱をひっくり返したようなにぎやかな要素はなくなってしまったようだ。
原作では第1章で消えたピーター・レイクは、第2章ではまったく登場しない。その間、ほかの登場人物たちの冒険やら成長譚やらがあったりして、そうした脇道も楽しい小説なのだ。映画版はそのあたりは割愛されているため、ハーデスティという重要なキャラクターも消え、ピーター・レイクとバージニア(ジェニファー・コネリー)とのつながりも無視されて、偶然に会ったことになっている(だからラストの必然性に疑問符も)。
終盤では、ベバリーとバージニアの娘アビーを輪廻転生で無理に結びつけて奇跡を演出しているが、時空を越えた成果として納得の行くものとは思えない。結局、ただの不幸な別人を救っただけなのだから。原作では千年王国の到来を感じさせる壮大な展開も同時に進行するが、映画では身近な範囲のごく個人的な奇跡に留まっているために、余計にピーター・レイクが見出す人生の意義が伝わって来ないのだ。
奇跡の舞台設定もディズニーアニメの『眠れる森の美女』的なものになってしまっているのもいただけない。王子様がキスをすると美女が甦るというやつだが、ピーター・レイク=コリン・ファレルは王子様には見えないし、美女と言うにはまだ早すぎる少女(しかも病のために丸坊主)にキスするのをためらっているように見える。とにかく感動的な奇跡となるはずが、肩すかしを食らわされた印象なのだ。
こんなふうに悪口ばかり言っていても、それなりに泣けてしまう部分はある。とは言え、それは原作を読んでいたからだとも思う。多分、原作小説を読めば、映画も観たいと思うだろうが、その逆はないと思う。残念ながら、非常に薄っぺらなファンタジーになってしまったようだ。白馬アサンソーにCGで羽が生えて、ペガサスになってしまうのもやりすぎだろう。
(*1) ほかにも原秀則の漫画『冬物語』なんかもあって、これはかつては自分の本棚にもあったはずだが、今ではほとんど記憶にない。同じ原秀則の『部屋においでよ』は覚えているから、『冬物語』はあまりおもしろくなかったのかも……。
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