『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』 青臭くても無様でも……

 原作は詩集としては異例のベストセラーになっているという、最果タヒによる詩集『夜空はいつでも最高密度の青色だ』
 監督・脚本は『舟を編む』などの石井裕也
 新人の石橋静河原田美枝子石橋凌の娘さんとのこと。

石井裕也 『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』 美香(石橋静河)と慎二(池松壮亮)は東京の街で出会う。


 主人公の看護師・美香(石橋静河)は病院で働きながらも、夜にはガールズバーでバイトをしている。もうひとりの主人公慎二(池松壮亮)は建設現場で日雇いとして働いている。そんなふたりが偶然出会って……。

 冒頭から東京の街の情景に美香の詩がモノローグでかぶさっていく。たとえばこんな感じ。

   都会を好きになった瞬間、自殺したようなものだよ。
   塗った爪の色を、きみの体の内側に探したって見つかりやしない。
   夜空はいつでも最高密度の青色だ。
   きみがかわいそうだと思っているきみ自身を、誰も愛さない間、
   きみはきっと世界を嫌いでいい。
   そしてだからこそ、この星に、恋愛なんてものはない。


 美香は幼いころに母親(市川実日子)を亡くしているのだが、それが自殺だったのではないかという疑いを抱いている。だとすれば美香は母親から棄てられた娘ということになるというわけで、その辺が美香の屈託となり詩の言葉を紡ぐ要因ともなっているようだ。
 一方の相手役である慎二だが、彼にも抱えているものがあって、慎二は左目がほとんど見えない。慎二の視点へと移行すると、スクリーンの左半分が黒くマスクされ、外界はスクリーンの右半分に開かれた覗き穴から見たような状態となるわけで、こうした視野は慎二が自らの内面に閉じこもっていることを感じさせる。
 そんなふたりが何度かの偶然も重なったりしつつ近づいていくことになるのだが、美香は「この星に、恋愛なんてものはない」とも詠っているだけにふたりの関係もすんなりとはいかずに行ったり来たり繰り返すことになる。

『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』 新人の石橋静河は池松壮亮を相手にしても存在感があった。

 舞台は東京で、ふたりは身近に「死」を感じつつ生きている。ちなみにウィキペディアによれば原作者の最果タヒ(さいはて・たひ)の「タヒ」とは、漢字の「死」から採られたらしい。看護師の美香は病院で死んでいく患者たちを目の当たりにするし、慎二は友人である智之(松田龍平)や隣人の突然死に遭遇したり、仕事の過酷さにズボンのチャックも上げられない同僚・岩下(田中哲司)の自殺を心配してみたりもする。そして、美香と慎二の最初の共通点というのが、「嫌な予感がする」という部分でふたりが深く納得したことだった。
 おもしろいのはふたりの恋愛(もしくは腐れ縁?)が、いつ成就したのかは描かれないということだ。ふたりの関係がそれなりに確固たるものとなっても、それによって世界がバラ色に変わるわけではないし、「嫌な予感がする」という状態も続いている。ただ、ふたりが一緒にいれば美香の内面の声は減り、慎二の自閉も解消され、自然と対話の場面が多くなる。
 元々詩を詠うことも誰かに何かを伝えたいということなのだろうし、隣に誰かがいれば自分の気持ちをその隣の人に伝えることになるのは当然だろう。そして、ときには予想もしないレスポンスが生まれる場合もある。「嫌な予感」はどんな悪いことでも起きる可能性であると同時に、「いいことだって起こるかもしれない」ことでもあるのだ。これは美香ひとりでは到達できなかったところと言えるのかもしれないし、そこには少しだけ希望がある。
 しつこいくらい何度も登場する路上歌手(野嵜好美)が最後に成功を勝ち取るのは、まさにそんな奇跡なのかもしれない。「それでもみんなガンバレ」みたいな応援歌を恥ずかしげもなく謳い上げる歌手は、その歌声も容貌も「中の下」(『川の底からこんにちは』の登場人物たちと同様に)で、絶対売れることはないという見方がごく普通だろう。しかし、その予想は外れることになるわけで、ふたりの未来だってもしかすると奇跡的ないいことだって起こり得るかもしれないのだ。

 詩から発想された映画ということで、繊細と同時に青臭くも感じられる作品で好みは分かれそう。私自身は青臭いのを自覚しているので、嫌いではない。
 池松壮亮の慎二はその微妙なバランスを醸し出している。弱味に漬け込まれるのを嫌い、読書で何かから自分を防御しているようでいて、カラオケではなぜか「CHE.R.RY」を歌って呆れられるという浅薄さ。だけどスレてないところが美点だろうか。
 新人の石橋静河は、最近の『PARKSパークス』にも顔を出していて、今の世代とは異質な昭和の女を演じていても違和感がなかった。まだまだ若い人なのだけれど流行りなどには影響されない人なのかもしれない。この作品でもポケットに手を突っ込んで歩くたたずまいが堂々としていて、新人らしからぬ雰囲気があったと思う。

夜空はいつでも最高密度の青色だ


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Date: 2017.05.19 Category: 日本映画 Comments (0) Trackbacks (1)

『バンコク・ナイツ』 「ここではないどこか」についてのあれこれ

 「空族(クゾク)」という映像作家集団の最新作。
 監督・脚本・主演には富田克也。共同脚本には相澤虎之助

富田克也 『バンコク・ナイツ』 ラック(スベンジャ・ポンコン)はバンコクの娼婦。日本語も結構うまい。

 バンコクの歓楽街タニヤ通りに集う娼婦や、祖国を逃げ出してそこに居ついている日本人などを描く群像劇。中心となるのはラック(スベンジャ・ポンコン)という娼婦と、彼女の昔の恋人オザワ(富田克也)との関係になるけれど、物語はあってないようなもの。3時間を越える上映時間には、妖しげなネオン街、ひな壇に並ぶ娼婦たち、イサーン地方の美しい風景、共産ゲリラの幻影、さらにはタイ独特な音楽などのあれやこれやがまとめて詰め込まれている。

 日本人がタニヤ通りに集まるのは、ひとつには女目的ということになるわけだけれど、沈没組などと呼ばれる人たちもいて日本に居られなくなった人たちもいる。そこで日本人観光客のガイドをしてみたり、タイ人娼婦のヒモになったり、日本人をカモしたあやしげな商売を企てたりしながら生きている。主人公のオザワ自身も「日本に俺のいるとこなんてねえもん。エコノミック・ダウン。メルト・ダウン。エブリシング・ダウン」と語るように、日本を逃げ出してきたひとりということになる。
 一方でタイ人の女の子がタニヤ通りにやってくるのは、故郷の家族たちを食べさせるためだ。彼女たちの多くはタイ北部のイサーン地方から出稼ぎに来ていて、彼女たちの稼いだ金で田舎の家族たちは生計を立てている。

『バンコク・ナイツ』 お店のなかはこんな感じらしい。

 私が空族の映画を観たのは今回が初めて。彼らの作品はゆるやかな関わりを持つ「空族サーガ」を形成しているらしい。今回は『バンコク・ナイツ』のほかに『国道20号線』(2006年)『サウダーヂ』(2011年)短編『チェンライの娘』(2012年)を観ることができた。ちなみに空族の作品はDVD化もされないらしい(吉本興業の資本が入っている『チェンライの娘』は例外的にDVD化されている)。
 『国道20号線』の主人公がいる世界は、パチンコ屋と郊外型ショッピングセンターと消費者金融のATMばかりのロードサイド。どこにも行けそうにない場所で、主人公はシンナーによる幻影のなかに「ここではないどこか」を見る。『サウダーヂ』の地方都市・甲府は、バブル崩壊後の不景気で商店街はシャッター通りと化し、土方の主人公は仕事もなくなりタイ人の女の子と日本を逃げ出すことばかりを考えている。そうした感覚において『バンコク・ナイツ』は過去の作品と関わりを持ってくることになる。

 『バンコク・ナイツ』では冒頭でラックの「Bangkok shit」という台詞で始まるわけで、ラックはバンコクをクソだと思っている。どうしてクソなのかと言えば、金のためとはいえ日本人のエロジジイたちのお相手をしなければならないからだろう。そんなふうに今いるところが気に入らないという気持ちが「ここではないどこか」へと結びついていくことになるわけだけれど、それを求めて向かった先にあるのが楽園となるとは限らない。
 たとえば『サウダーヂ』では、一度東京へ出てから地元の甲府へとUターンしてきたまひるという登場人物は、東京への憧れを語る友達に対して「Tokyo shit」と言い放つ。田舎が気に入らなくて東京へと出たはずのまひるは、「ここではないどこか」を求めていたはずが結局は東京もクソだと知ることになる。
 そうしたことは『サウダーヂ』のブラジル移民たちにも言えて、日本に行けば稼げると思っていたのに、来てみれば不況と言葉の問題で仕事もなく居場所もない。そんな彼らが「ここではないどこか」を逆に故郷へと求めること(=郷愁)も理解しやすい道筋だろう。
 ちなみにブラジル移民たちが住んでいるのは山王団地という場所で、この団地は登場人物のひとりである猛の想い出の場所でもある。ブラジル移民にとっては幻滅した場所だったかもしれないのに、猛にとっては外国人に占拠されたような団地こそが「ここではないどこか」を指すものとなっている。また、ここでは「サウダーヂ」と「サンノウダンチ」が混同されるのだが、ブラジル人と日本人とで話が通じているようでいて実はまったく違う「ここではないどこか」を考えているようでもある。

 こんなふうに空族の作品では「ここではないどこか」というものが追求されていく。『国道20号線』や『サウダーヂ』の主人公は未だ日本のなかに留まっていて、ドラッグや過去の幻影という「ここではないどこか」に逃げ込んでいたとも言えるわけだけれど、今回の『バンコク・ナイツ』では日本を飛び出して実際にバンコクへと渡ることになる。

『バンコク・ナイツ』 イサーン地方には昔の風景が残っている。後ろの家はラックがクスリ漬けの母親に買ってやったもの。

◆バンコクは楽園となったのか?
 オザワはラックと共に彼女の故郷であるイサーン地方へと渡り、その後、自衛隊時代の上司の頼みもあってラオスまで渡っていく。イサーン地方は昔のままの風景が残っている場所で、オザワも現実の日本の故郷とは別の「故郷の原風景」のようなものを感じたのかもしれない。オザワはラックの故郷に留まるのかとも思えたのだが、結局ふたりは別れることになり、オザワはバンコクへと帰ることになる。つまりはイサーン地方もバンコクもオザワにとっては楽園とはならなかったようだ。
 ちょっと唐突な感じもあるふたりの別れには、夢見がちな男と現実的な女という対立よりも、オザワが外国人であったということ大きかったのかもしれない。同じ日本人でも金城(川瀬陽太)のように為替レートの差をいいことに、女の子と羽目を外すことばかりが目的の男には、オザワは軽蔑の目を向けている。それは訪れた国の事情にあまりに無頓着だからだろう。
 元自衛隊員のオザワはかつてカンボジアにPKOで派遣されたりしていて、そのあたりには敏感でラオス国境付近では大地に穿たれた大きな穴を目にすることになる。それはかつての戦争の爆撃によってつくられた傷跡なのだ。オザワが「ここではないどこか」を求めて海外まで放浪した先にあったのはそうした歴史である(空族の作品『花物語バビロン』には「それを歴史は許さない」という台詞があるらしい)。

 ただ、オザワがちょっとだけタイやその周辺諸国の歴史を知った気になったとしても、日本人が旅行気分で知ることはたかが知れているわけで、ラックが故郷へ戻ることの意味合いとオザワがそこに形だけの「故郷の原風景」を見出すのとはわけが違う。そうした差が唐突なふたりの別れとなったように思えた。
 実はすでに『サウダーヂ』のブラジル移民との関係にもそうした結末の萌芽は示されていたのかもしれないのだけれど、それを実地で検証してみせたのがこの『バンコク・ナイツ』ということになるのかもしれない。実際にバンコクに入り、現地の人たちと親しくなって撮影して出来上がったこの作品は、ドキュメンタリー作品とは違うけれども空族が追求してきたことと現地で体験したことが交じり合った現時点での答えが示されている。
 先日の新宿K's cinemaでの『サウダーヂ』のレイトショーでは、空族富田克也相澤虎之助のふたりと、出演者の川瀬陽太による舞台挨拶があった。川瀬陽太は冗談まじりに空族のことを「政治結社」だと語っていたのだが、確かに何らかの運動めいた雰囲気もなくはない。『バンコク・ナイツ』は決してまとまりがいい作品ではないとも思うけれど、空族の今後の活動にさらなる期待を抱かせるには充分の熱量を持っている作品だった。

バンコクナイツ Bangkok Nites


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  ↑ 短編『チェンライの娘』のこのオムニバス作品の一編となっている。
Date: 2017.03.15 Category: 日本映画 Comments (0) Trackbacks (0)

『愚行録』 日本は格差社会ではなく階級社会?

 監督の石川慶はポーランドで映画を学んできた人ということで、今回が商業デビュー作。
 原作は直木賞の候補作にもなったという貫井徳郎の同名小説。

石川慶 『愚行録』 主人公となる田中兄妹と対照的なエリートたちのぎらついた目が印象的。


 主人公の田中武志(妻夫木聡)は週刊誌の記者で、一年前の殺人事件について追うことになる。その事件ではエリート会社員とその妻と娘が殺されたのだが、未だに犯人は見つかっていない。田中は改めて被害者の関係者にインタビューを試みる。

 主人公の記者・田中には妹・光子(満島ひかり)がいる。冒頭のエピソードでは、自分の娘への虐待容疑で逮捕された光子と田中の面会が描かれる。その後に本題の殺人事件へと移っていくわけだが、なぜ主人公の記者が編集部の反対を押し切ってまで事件に追うのかは謎のまま進んでいく。

 最初の取材対象者の男(眞島秀和)は、殺されたエリート会社員・田向浩樹(小出恵介)との思い出をビール片手に話し出す。ふたりが新入社員の女の子とちょっと遊んで都合よく棄てたという話で、要は殺された田向という男も取材対象者の男もクソみたいな男だということわかり、観客としてもこんな男なら殺されても当たり前という感情を抱くようになっている。
 その後も田中の取材は続く。被害者たちの思い出話はある大学の特殊な事情に関わっていく。原作未読なので詳細はわからないのだが、原作ではこの大学は慶應大学と名指しされているようだ。映画のなかでは別の名前とされているが、モデルはやはり慶應大学のようで、この特殊な社会では幼稚舎あたりからエリート街道を歩んできた“内部”の人たちと、試験で合格した“外部”の人たちは階級の差がある。
 “内部”はエリートだけで固まって、“外部”の人を差別する。とはいえ“外部”から“内部”へ昇格する人もいる。それはごく一部の容姿端麗な女性だ。そんなふうに昇格した女が夏原友季恵(松本若菜)で、彼女は“内部”と“外部”を結びつける役割も果たすことになる。つまりは“外部”の女を連れてきては“内部”の男に紹介するという遣手婆のような役割を果たしているのだ。平凡な女の子は相手にしないが、“外部”の男が好きそうな容姿の女には近づいていく。そんな友季恵はのちに田向と結婚し、誰かに殺害されることになる。
 ほかの取材対象には夏原友季恵に男を取られて壮絶な張り手の応酬をすることになる宮村淳子(臼田あさ美)とか、田向浩樹に利用されつつ自分もほかの男を利用している稲村恵美(市川由衣)など様々だが、彼らや彼女らがやっていることは愚行というよりも胸クソが悪いものに感じられる。

 ※ 以下、ネタバレあり! ラストにも触れているので要注意!!

『愚行録』 光子(満島ひかり)は精神科で過去について語り出す。

 なぜ記者の田中がその事件に拘るのかと言えば、実は妹の光子がその事件の犯人であることを知っているから。この兄妹はエリート社会とは縁のないはずの人間で、親から虐待を受けて育った子供たちだ。そんな光子も実は舞台となる大学の“外部”側の人間だったことが明らかになる。さらに記者の田中が取材を続けているのは、取材によって妹が事件に関わっていることを感づいている人物を探すためでもある。エリートたちの行動は胸クソ悪いが、田中兄妹の行動は愚かだったとは言えるかもしれない。

 時代背景がはっきりとは示されないけれど、登場人物がスマホではなく折りたたみ式の携帯電話を使っているところからするとちょっと前の話かと思われる。登場人物が一様に上昇志向(聞き役の田中は例外だが)で、男たちは彼女の父親に取り入ってまで一流企業に入ろうと奔走するし、女たちはエリート会社員と結婚するというゴールを疑うことがない。このあたりは未だ不況から抜け出す気配もない今から見るとちょっとウソっぽくも感じられる。
 予告編で煽っているような衝撃な部分は色々とあるものの、児童虐待とか近親相姦といった出来事は誰もが身近に感じられるものとは思えないし、エリート大学の特殊事情に関してはそれが本当なのかも知らないし、本当だとしてもアホみたいな話に思えた。劇中でも「ほかの人にはわからない」という台詞があるけれども、端的にどうでもいい話でしかないからだ。そんな意味ではやはりエリートたちも愚かな人たちだとも言えるのかもしれない。「胸クソ悪い」と感じてしまうのは、観ているこちらが“内部”側の人ではないからなのだろう。

 冒頭にバスのなかで席を譲るシーンがあり、ラストでも再び繰り返されるのだが、それはまったく同じ形ではない。冒頭では田中の行為にささくれ立った心を見ることになるが、ラストでは素直に席を譲っている。2時間の映画のなかで田中のなかに何か変化があったということになるわけだが、妹の犯罪を隠し通すことにも成功してちょっとだけ心にゆとりを持つことができたということかもしれない。それでも彼らの未来は明るいとは到底思えないわけで、どこにも救いがなく何ともイヤな気持ちになる作品だった。
 新人監督の演出も悪くなかったと思う。雨のなかにくすんだ風貌で登場する妻夫木聡と、陽の光で脱色されたような満島ひかり。その兄妹とは対照的に過去に登場するエリートたちは妙に目がぎらついているのが印象に残る。ただ、エリート大学の特殊事情を示す様々なエピソードにはどうにも興味を抱けなかった。

愚行録 (創元推理文庫)


Date: 2017.02.19 Category: 日本映画 Comments (0) Trackbacks (3)

『アズミ・ハルコは行方不明』 現実的なサバイバルの方法

 原作は山内マリコの同名小説。
 監督は『アフロ田中』『私たちのハァハァ』などの松居大悟
 主演の蒼井優はあちこちに顔を出している印象があるのだけれど、『百万円と苦虫女』以来の単独主演作とのこと。

松居大悟 『アズミ・ハルコは行方不明』 安曇春子(蒼井優)の手配写真から生まれたグラフィティアート。


 主人公となる安曇春子(蒼井優)はもう27歳。小さな会社の事務員として働いていたのだが、ある日突然失踪することになる。もう一人の主人公と言ってもいい愛菜(高畑充希)は、成人式を迎えたばかり。仲間たちと行方不明となった春子の手配写真をアートとしてばら撒きうっぷん晴らしをしている。さらには巷では少女ギャング団のニュースが話題で、彼女たちは夜中に男だけを無差別に襲撃して、男どもを震え上がらせる。

 この作品をとっつきにくくもし、逆に魅力的にも感じさせるのは、時間軸をシャッフルした構成だろう。上記の3つのパートは時間軸を無視して並行的に描かれていくことになるために、物語のつながりを見失って行方不明になる観客もいるかもしれない。
 愛菜のパートで警察が行方を捜しているはずの春子は、春子のパートではまだ実家で日常生活を送っている。「春子失踪後のエピソード」と、「春子失踪前のエピソード」が同時に描かれていくわけで最初は混乱するのだ。
 とはいえ決して難解な作品ではない。なぜ春子が失踪したか、いつそれが起きたのかは最後のほうで丁寧に示されるし、それによってシャッフルされていたエピソードがつながってくると全体像がおぼろげながらに見えてくることになる。
 
 春子と愛菜には接点はないし、世代的にも差があり、共通点はないようにも見える。春子は会社ではセクハラ上司たちに愛想笑いし、痴呆のある祖母と両親との生活にもうんざりし、幼なじみの曽我(石崎ひゅーい)と関係を持ったりする。愛菜はもっと自由に楽しんでいるようにも見えるけれど、仲間のユキオ(太賀)や学(葉山奨之)からはヤラせてくれるけれどウザい女と思われている。共通しているのはいつまでも狭い人間関係のなかに留まっていることだろうか。
 『アズミ・ハルコは行方不明』の舞台は関東近郊の地方都市だ。ロードサイドのファミレスやコンビニといった無個性な場所ばかりが登場する。それらは全国どこへ行っても同じなわけで、結局のところ逃げ場がない感じすら漂う。さらにそこに住まう人々もほとんどが顔見知りで、小学校以来の関係を引きずったまま大人になっているわけで、なかなかの閉塞感なのだ。

『アズミ・ハルコは行方不明』 春子(蒼井優)と愛菜(高畑充希)は最後まで出会うことはない。高畑充希のNHKのキャラとは違うウザいキャラにも注目。

 原作のことは不明だが、この映画のなかの女の子たちは理屈で考えて動いているわけではなさそうだ。
 春子は突然失踪するのだけれど、先行きが見えていたわけではなさそうで、夜中に買い物で出たついでにふらっと行方不明になってしまう。一方の愛菜も疎外感からか自殺を考え飲んで暴れているうちに、なぜか春子の幻影を見ることになり、それに諭される。春子の幻影は愛菜が生み出したもののはずで、なぜか愛菜は自ら正しい道を見出していることになる。
 春子にしても愛菜にしても理屈を捏ね回して考えたりしているわけではないわけで、直感的に正しい道を選んでしまっているのだ。だからたとえこの作品が真っ直ぐな時系列で描かれたとしても、彼女たちの行動の因果関係が明らかになり理詰めで納得させられるものになるわけでもないのだろう。彼女たちは混乱した状況のなかで直感的に正しい道を見出したわけで、その意味ではこの作品の手法が物語を混乱させているように感じられても、それはあながち間違った感じ方でもないのかもしれない。
 この作品のなかで最もファンタジックな存在である少女ギャング団たちも、経験によって学んだから男を狩るようになったわけではなく、男どもがクソであることを直感的に知っているからなのだろうと思う。
 
 最後に行方不明だった春子と愛菜は初めて出会うことになる。少女ギャング団の行動は女の子たちの願望の結晶化したものかもしれないけれどあまりにもファンタジーすぎるわけで、春子の示した行方不明への道はもっと現実的なサバイバルの方法なのだろう。
 多分どこまで逃げてもロードサイドには同じようなファミレスやコンビニがあるのだろうけど、狭い人間関係から逃れて自分が誰にも知られていないところに行けばちょっとは息が吐けるということはあるかもしれない。奇しくも蒼井優主演作『百万円と苦虫女』(タナダユキ監督)みたいな方向性であるわけで、そうした感覚が女の子たちの間で一般化しているということなのかもしれないとも思う。

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松居大悟の作品
Date: 2016.12.13 Category: 日本映画 Comments (0) Trackbacks (4)

『古都』 京都人の自信のほどがうかがえる作品

 川端康成原作の『古都』は過去に二度映画化されているが、今回はさらにその続きの物語も含めて現代風にアレンジされている。
 監督はYuki Saito。ハリウッドで映画製作を学んできた人物らしい。名前は某女性タレントっぽいけれど恐らく男性。

Yuki Saito 『古都』 佐田千重子(松雪泰子)と舞(橋本愛)。京都の観光名所が色々登場する。


 京都で古くから続く呉服店を切り盛りしているのは佐田千重子(松雪泰子)。周囲は次第に新築マンションなどが立ち並ぶようになり、京都の街並みも変わりつつある。そんななか千重子が呉服店存続にこだわるのは、彼女が佐田家にたまたま拾われた捨て子だったから。次の世代を担うかもしれない舞(橋本愛)は現在就職活動中で、家を継ぐよりも自分の可能性を試したいと考えているのだが……。

 原作は読んだことがないのだが、1980年の市川崑版の『古都』だけは観ることができた(1963年の中村登版も評判がいいらしい)。この作品は生き別れた双子の物語で、一方の千重子は名家のお嬢さんとして育てられ、他方の苗子は北山杉を育てる苦労人として育っていく。たまたま縁があって祇園祭の日に出会ったふたりだが、身分の違いなどもあって一晩だけ一緒に過ごしただけで別れることになる。
 今回の現代版『古都』では、生き別れた双子の話も回想シーンとして描きつつも、中心となるのはそれぞれの娘たちの話となる。千重子の娘・舞(橋本愛)と、苗子の娘・結衣(成海璃子)は互いのことを知らない。それぞれ人生の岐路にあり、舞は社会へ出ることを望んで家業を継がせたい母親と対立し、結衣は絵画を学びにフランスへ留学したものの壁にぶち当たることになる。

 もともと川端康成の原作の意図は、変わりつつある京都の姿を残すことにあったらしい。この作品でも京都自体が主役となっている。回想シーンのくすんだ色の紅葉が、現代へと移行するとともに赤く色づいていき、鴨川を自転車で疾走する舞の姿からそのまま京都の情景を上空から捉えるという連なりには、京都そのものが主役であるという意識が表れていたと思う。
 ただ市川版と比べてしまうと、京都の町屋のなかの陰影がほとんど感じられなかったようにも思える。とはいえ、すでにもう町屋自体がなくなりつつあって、残ったものも外国人観光客のツアールートになっているとなると、変わりつつある京都を捉えているとも言えるのかもしれない。

『古都』 舞(橋本愛)はほんまもんの帯を締めて日本舞踊を舞う。

 もともと捨てられた子であった千重子は恵まれた生活があったものの佐田家の存続というものに縛られることになり、それは娘の舞にも受け継がれる。一方で貧乏暮らしだった苗子には比較的自由があり、その娘の結衣も特段何かに縛られることはない。それでも舞と結衣に共通するのは、自分が何をしたいのかがまだわかっていないということ。
 こんなことは若いうちには誰にでもあることなのだけれど、これに関しての舞の父親(伊原剛志)の説明がふるっている。京都人は「ほんまもん」に囲まれて「ほんまもん」を見抜く力がある。しかし目が肥えているからこそ、かえって自分で何をすればいいのかわからなくなる……。
 ほとんど傲慢スレスレの理屈なのだが、それだけに京都人の自信のほどがうかがえる。「ほんまもん」などわからない田舎もんとしては皮肉も言いたくなのだが、そんな皮肉すらも京都人のほうが堂に入っているわけでちょっと太刀打ちできそうにない。

 とにもかくにもこの作品にはそんな「ほんまもん」が様々登場する。京都自体が「ほんまもん」なのだろうし、パフォーマンスを披露する書道の先生だとか、お茶だとか日本舞踊だとか、京都が世界に誇る「ほんまもん」を見せてくれる。東山魁夷の絵画「北山初雪」から着想されたらしき帯もそうした「ほんまもん」のひとつだろう。
 最後はその帯を締めた橋本愛がフランスで日本舞踊を披露する。長い髪をアップにして舞を見せる橋本愛がとても凛々しくて見惚れた。セーヌ川沿いに着物で佇むという構図はよくわからないけれど……。

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Date: 2016.12.11 Category: 日本映画 Comments (0) Trackbacks (1)
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新作映画(もしくは新作DVD)を中心に、週1本ペースでレビューします。

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