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『叫びとささやき』 ささやきについての個人的な考察

 イングマール・ベルイマンの1972年のカラー作品。
 先日取り上げた『仮面/ペルソナ』と同時にレンタルにも登場したもの。

ベルイマン作品 『叫びとささやき』 ビビッドな赤が部屋のほとんどを覆っている。

 真っ赤な壁に真っ赤な絨毯、すべてが赤に彩られた邸宅がすこぶる印象的な作品。フェードイン、フェードアウトまで真っ赤な画面にしてしまうほど徹底して赤にこだわっている。『ベルイマンは語る』という本によれば、作品のアイディアはベルイマンが見た夢が元になっているとのこと。「真赤な部屋に、昔風の白いローブを身につけた女性が三人」というイメージからこの作品が生み出されている。

 題名にもあるようにこの作品は「叫び」「ささやき」がテーマとなる。以前にこの作品を観たとき、「ささやき」とは何だったのだろうかとぼんやりと疑問に感じていた。
 「叫び」のほうはわかりやすい。次女のアングネス(ハリエット・アンデション)は死の床にある。長女と三女もその邸宅に集まり、夜もすぐそばで様子を見守っている。アングネスの病は苦痛を伴うもので、耐え切れない痛みにアングネスが叫び声を挙げるのが何とも痛ましい。「叫び」は人生の“苦”の側面を表している。
 一方の「ささやき」の場面も印象的に描かれている。疎遠でいがみ合っているようにも見える長女と三女が一度だけ和解し、親しげに顔を寄せ合って言葉を交わすところだ。ここではベルイマンの遺作『サラバンド』でも使われたバッハの「サラバンド」が流れ、交わされる言葉の中身はわからないのだがふたりは幸せそうに見える。
 今回久しぶりに観て改めて気がついたのは、「ささやき」は姉妹たちの母親と幼いころの三女との間でも交わされていることだ。次女アングネスがその関係をうらやむほど親密な「ささやき」となっている。ここで母親を演じているのも、大人になった三女を演じているのもリヴ・ウルマンであり、母親と三女は似たもの同士ということになっている。アングネスはそれに疎外感を覚える。ふたりの間で交わされる「ささやき」はアングネスの羨望の対象となっているわけで、「叫び」のような“苦”とは反対の価値が与えられていることになるだろう。

『叫びとささやき』

 この作品のなかで「ささやき」の場面は少ない。男女の睦言みたいなものもあるのだが、男と女の関係は問題ばかり引き起こしている。三女マリーア(リヴ・ウルマン)は医者(エルランド・ヨセフソン)と浮気をして、気弱な旦那に自殺未遂事件を起こさせてしまう。また、長女カーリン(イングリッド・チューリン)は旦那とのウソばかりの関係に嫌気が差し、自らの股間を傷つけて血化粧をするという狂気を演じる。長女の場合も三女の場合も、男女の関係は苦悩の原因となるばかりなのだ。
 そんなわけで『叫びとささやき』という映画全体では、アングネスの「叫び」に集約されるような“苦”の側面が前面に出てきているように感じられる。ちなみに長女と三女の「ささやき」は1回限りであって、次の日には親しく語りあったことも幻だったかのような険悪な関係に戻ってしまう。

 ラストで召使のアンナに読まれることになるアングネスの日記には、“苦”とは反対の“至福の瞬間”のことが書かれている。病が小康状態にあるとき、三姉妹で散歩に出かけたときのことだ。死んでいったアングネスはそのときのことをこんなふうに記していた。

 苦痛は消えた
 一番大切な人たちがそばにいる
   (中略)
 “時よ 止まれ”と願った
 これが幸福なのだ
 もう望むものはない
 至福の瞬間を味わうことができたのだ


 人生において「ささやき」の場面は数少ない。アングネスが感じる“至福の瞬間”も同様で、「“時よ 止まれ”と願った」とあるように、そうした時間はごく限られていてしかも長くは続かないものとなっているようだ。
 映画は日記のエピソードで唐突に終わりを告げることになる。「叫びもささやきもかくして沈黙に帰した」という言葉が最後に字幕として示される。人間の営みのすべてが無に帰したというわけだが、ラストで描かれる“至福の瞬間”は日記として残されており、それがアンナに受け継がれ、その後も読まれていくことが期待されるところに救いを感じなくもない。もしかすると日記の言葉も「ささやき」のひとつだったと言えるのかもしれない。

 『トイレのピエタ』のあとに観たからかもしれないが、召使のアンナ(カリ・シルヴァン)が死の淵から甦ったアングネスを抱きかかえる場面は「ピエタ」を模しているようにも感じられた。アンナという登場人物も重要な位置を占めている。アンナは幼い娘を亡くしており、アングネスに自分の子供の姿を重ねているものと思われ、姉妹以上にアングネスに対し哀れな感情を抱いていて最後まで彼女のそばを離れずにいるのだ。

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Date: 2015.11.17 Category: イングマール・ベルイマン Comments (0) Trackbacks (0)

『仮面/ペルソナ』 念願叶ってようやくこの作品が……

 10月7日からイングマール・ベルイマン『魔術師』『仮面/ペルソナ』『叫びとささやき』の3作品がレンタルにも登場した。今回の目玉はやはり『仮面/ペルソナ』だろう。ベルイマン作品のなかでも重要なものとされているのに、なぜか観るチャンスが極端に少なかった作品だからだ。レンタル店にもないし、日本語字幕付きのソフトも手に入らない状況だったから、英語字幕版を買ってはみたけれどやはり詳細はわからずじまいだったわけで、ようやくまともに観ることができたのは何より嬉しいことだ。(*1)

イングマール・ベルイマン 『仮面/ペルソナ』 鏡の前で絡み合うふたり。あやしい場面だが、そこに至るまでの一連の流れが素晴らしかった。スヴェン・ニクヴィストの撮影もいい。


 舞台女優エリザベート(リヴ・ウルマン)は突然失語症に陥り、ほとんど身動きもとれないような状態になってしまう。それでも看護師のアルマ(ビビ・アンデション)はエリザベートを献身的に看護し、次第に回復に向かっていく。病院から別荘へと転地して療養を続けることになると、ふたりはもっと打ち解けていくようになる。

 “失語症の女”と“しゃべり続ける女”という組み合わせ。片方が何もしゃべらないのならばもう一方がしゃべるしかないのは当然のことで、アルマは次第にエリザベートを聞き手に自らの過去を語ることになる。過去を共有したふたりは仲のいい姉妹のようにも見え、互いを自分の鏡像のように感じているようだし、その後の関係悪化から対峙しあうことになると、今度は分裂した自己のひとり芝居のようにも見えなくもない。
 題名にも表れているように、エリザベートは“仮面”であり、アルマがその“内面”なのかもしれない。ラストで別荘を出て行くのがアルマだけなのも、そんな推測が正しいように思わせなくもないが、その解釈に整合性があるのかと言えばあやしい気もするし、唯一の解釈とも言えないのだろう。
 この作品はふたりの女優(ビビ・アンデションとリヴ・ウルマン)が似ていることから発展したということ。監督のベルイマンは様々な女優との浮き名を流してきた人で、リヴ・ウルマンとの関係は『リヴ&イングマール ある愛の風景』に詳しく描かれていた。そんな意味で、女優たちの表の顔と裏の顔をよく知っていたベルイマンだからこその作品なのかもしれない。ただ、下世話とも言えるそんな題材から、こんな小難しい摩訶不思議な作品が出来上がってしまうのもベルイマンの独自性なのかもしれない。
 ベルイマン生誕95周年のときに開催された「ベルイマン三大傑作選」の劇場用パンフレットの文章によると、『仮面/ペルソナ』はアルトマンタルコフスキーを筆頭に、様々な映画監督に影響を与えているらしい。リンチ『マルホランド・ドライブ』キェシロフスキ『ふたりのベロニカ』あたりも無縁ではないというのだから、ベルイマンの幅広い影響がよくわかるというものだ。

『仮面/ペルソナ』 冒頭の映像の断片は意味不明だがインパクトがある。音楽は派手な武満徹風。

 英語字幕版を観たときは冒頭の映像の断片は一体何だったのか理解できなかったのだけれど、ふたりにはそれぞれ堕胎した子供がいたわけで、あの断片的な映像に登場する男の子は堕胎された子供とも思える。そんな子供が死の世界からこの世を覗いている映像のようにも見えなくもないのだ。中盤でも突如フィルムが焼け落ちるようにして、映像の断片が再び挿入されることになるのだが、その意味不明な展開もさることながら、まったくカットがつながっていない部分なんかもあって、その破綻ぶりもおもしろい。
 それからエリザベートがこちら側を見たまま身動きしないシーンでは、演じるリヴ・ウルマンは約1分ほど瞬きひとつせずに画面のこちらを見つめている。エリザベートは本当は死人なのかもと疑うほど微動だにしないのが恐ろしい。そんななかで次第に照明の光(あるいは陽の光)が落ちていき真っ暗になると、そこで大きなため息を吐く。こういった演出は『岸辺の旅』黒沢清監督もやっていたけれど、『仮面/ペルソナ』も見事に決まっていたと思う。
 結局、日本語字幕版で観てもわかりやすいというわけではないのだけれど、全篇どこを切り取っても惹かれるものがある。よくわからない部分があるだけに何度も繰り返し観てしまう作品だと思う(約80分と短いから余計に)。

(*1) ただ、その日本語字幕に誤字があったりしたのはちょっと興醒めだった。「看護の自信がありません」となるべきところが、「看護の自身がありません」となっていて一瞬戸惑った。まあ、たまにはあるけれど、よりによってこの作品でというのが……。

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Date: 2015.10.14 Category: イングマール・ベルイマン Comments (0) Trackbacks (0)

『ファニーとアレクサンデル』 イングマール・ベルイマンについてあれこれ

 長い間、イングマール・ベルイマンの最後の作品とされてきた『ファニーとアレクサンデル』(本当の遺作はその約20年後に撮られた『サラバンド』)の5時間版のDVDが近くのTSUTAYAでも登場した。
 この作品は3時間版と5時間版があり、5時間版はテレビ用として製作されたもので、劇場公開は3時間版とのこと。ただ日本ではベルイマンの人気が高かったため、5時間版が公開された(日本公開は1985年)。
 私は前に3時間版のビデオは観ているのだが、5時間版は今回が初めて。3時間版の記憶が薄れているので、両者の差がどのあたりにあるのかはよくわからない。約2時間も違うのだから色々と3時間版ではカットされているはずだけれど……。第1部はクリスマス・イブのエクダール一家が描かれるのだが、このあたりはエクダール家の様々な面々をゆったりとした流れで紹介していて、3時間版では色々とカットされているのかもしれない。また、亡霊オスカルの登場回数は5時間版のほうが多かったような気がする。

ベルイマン作品 『ファニーとアレクサンデル』 アレクサンデルの頭上に掲げられているのは「悩むより楽しめ」という言葉。


 少年アレクサンデル(バッティル・ギューヴェ)の目を通して描かれるエクダール一家のドラマ。エクダール一家はアレクサンデルの父オスカルを中心に劇場を経営しながら、豊かで満ち足りた日々を送っていた。しかし、オスカルは芝居の稽古中に倒れて亡くなってしまう。葬式が盛大に執り行われ、しばらく経ったころ、葬儀の際に式を仕切った主教(ヤン・マルムシェー)がアレクサンデルの新しい父としてやってくる。

◆ベルイマンの集大成であり自伝的な物語
 冒頭では「悩むより楽しめ」という言葉が提示される。ベルイマン作品にしては意外な感もある。ごく一般的なベルイマンのイメージとしては、題材はいつも重苦しく、主人公たちは苦悩しているという印象があるからだ。「神の不在」を扱った3部作『鏡の中にある如く』『冬の光』『沈黙』や、男女や親子の愛憎関係を描いて痛ましかった『ある結婚の風景』『秋のソナタ』あたりは到底楽しめるようなものではない。
 しかし、『ファニーとアレクサンデル』は人生すべてを肯定的に描いていて楽しい作品になっていると思う(後半には児童虐待みたいな部分もあるが)。ベルイマンの自らの映画作品の集大成としてそうした題材を選んだのであり、この作品は彼の自伝的な要素も含んだものになっている。5時間と聞けばさすがに尻込みしそうだが、『仮面/ペルソナ』みたいな難解さはまったくないし(*1)、観始めれば長尺ということも忘れてしまうほど魅力的な作品だ。
 後半のイサク・ヤコビ(『サラバンド』でも主役だったエルランド・ヨセフソンが演じる)が長々と語るおとぎ話はまさに人生そのものだが、このおとぎ話はベルイマンが祖母から聞かされたものとのこと。『ベルイマンは語る』という本でも、これとほとんど同じ話が収録されている。

 主人公のアレクサンデルの風貌はベルイマンによく似ている。アレクサンデルはベルイマンの少年時代がモデルなのだろう。そして後半に義父として登場する主教は、ベルイマンの父親がモデルとなっているように見える。しかし『ベルイマン (Century Books―人と思想) 』という本によると、ベルイマン自身は「アレクサンデルよりもむしろ主教の中に、自分のイメージがたくさんある」と語っている。
 ベルイマンは牧師の息子として生まれ、アレクサンデルと同じように父や父が担う宗教的なものに反発しつつ自己を形成していった。この作品のなかでは、最後に主教の側の目線になって「アレクサンデルが怖い」と言わせているのは、老年に達して(製作時には64歳)父親側の気持ちにも理解を示していたということだろう。(*2)

 主教のなかにベルイマンの分身がいるとすれば、エクダール家の三兄弟もどれもそれぞれにベルイマンの分身のようにも思えてくる。長男のオスカルは劇場主として演劇を愛している。これはベルイマンが自らの仕事は演劇のほうだと考えていたことと一致しているかもしれない。映画監督として世界的に著名なベルイマンだが、映画のほうは仕事というよりも自己表現だと考えていたようだ。
 次男カールはアルコール依存でいつも妻を罵倒さざるを得ない。それでいて妻に頼らざるを得ない弱みを見せるときもある。こうしたキャラは『ある結婚の風景』などでもたびたび登場してくる、ベルイマン作品では馴染みのあるキャラクターだ(『冬の光』の牧師にもそうしたところがあると思う)。
 そして三男のグスタフは妻がいながらも、召使いのマイにも子供を産ませ、妻と愛人との間で行き来しつつも人生を楽しむ術を持っている。ベルイマンは五度の結婚をしたらしいし、浮気が得意だったのかどうかはわからないけれど、過去に付き合った女優たちは別れてからも彼の映画に出ている。
 『リヴ&イングマール ある愛の風景』でかつての恋人ベルイマンについて語っていたリヴ・ウルマンは、別れたあとにも遺作『サラバンド』の主役を演じていた。『叫びとささやき』では、かつてのベルイマンのミューズであるハリエット・アンデション(『不良少女モニカ』)とその後のベルイマンの恋人リヴ・ウルマンが共演しているわけだから、グスタフみたいな部分もベルイマンにはあったのかもしれない。エピローグではグスタフが長い演説をすることになるが、この部分には冒頭の「悩むより楽しめ」という人生を肯定するメッセージに満ちていて感動的だった。

(*1) 私は英語字幕版の『仮面/ペルソナ』しか観ることができていないので、余計に理解できていないのだが、日本語字幕があっても難解だとか……。

(*2) 主教のような宗教的人間が、エクダール家のような俗世の人たちに屈服したというような見方もできるのかもしれない。アレクサンデルは神の存在を否定しているけれど、第5部が「悪魔たち」という題名になっているのは、神はいなくても悪魔は存在するということだろうか?

『ファニーとアレクサンデル』 エクダール家の様々な面々。豪華なセットにも驚かされる。

◆印象的な幻視のシーンなど諸々
 冒頭のシーンで早くもベルイマンの世界に引き込まれるようだ。誰も居ない大邸宅のなかでアレクサンデルがひとり登場する。時計の針の音が響く静けさのなか、アレクサンデルは白昼夢を見る。白い彫像が動き出し、死神が大鎌を引きずっていく……。
 こうした幻想のシーンは多くはないけれど、それだけに効果的に使われている。イサクのおとぎ話のあとにアレクサンデルが見る幻想もインパクトがある(カラー版の『第七の封印』のよう)。それから隠れ家では神が登場する場面もある。これはこけおどしだと判明するわけだけれど、これまで散々「神の不在」を描いてきたベルイマンだけに気が効いた冗談だったと思う。
 アレクサンデルはなぜか亡霊を見ることができるのだが、それを怖がってもいる。このあたりは『シックス・センス』のようでもあり、白塗りの亡霊たちは怖いというよりはユーモラスな部分もある。また、亡霊となり息子を見守るオスカルに、アレクサンデルは「見てるだけなら早く天国へ行きなよ」みたいな暴言を吐くのだが、ここでの父親の立場は「神の沈黙」と似たようなものなのかもしれない。オスカルは沈黙しているわけではないが、結局役に立たないという意味で「神の不在」と同じことだからだ。存在は感じるけれど、単に見ているだけというのも腹立たしいのだろう。
 最後は幸福感に満ちた終わり方だが、同時に主教の亡霊も姿を現しているところは、『夏の遊び』を思い出させる。“生の充溢”のただなかにも常に死の影が存在しているのだ。

 舞台設定としては、クリスマスの場面では赤を基調にした絵づくりがなされている(『叫びとささやき』を思わせる)。また、光溢れる夏の場面では、白を基調にした別荘が舞台となる(誰もが白い服を着ている)。後半の主教館は牢獄のようで寒々しく、そこから逃げ出したアレクサンデルたちが身を寄せる隠れ家は迷路のようで妖しい雰囲気を醸し出している。撮影監督のスヴェン・ニクヴィストはそれぞれの舞台を鮮やかに捉えていて素晴らしい。
 とりとめのない書き方になったが、書きたくても触れられなかった部分はほかにも多々ある。とにかくベルイマン作品には惹かれるものがたくさんあるということは確かだ。

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その他のベルイマン作品

Date: 2015.03.29 Category: イングマール・ベルイマン Comments (0) Trackbacks (0)

『夏の遊び』 ベルイマン作品のDVDがレンタルにも

 以前、『リヴ&イングマール ある愛の風景』について書いたときも、ベルイマン作品のDVD化を望んでいたのだが、今までVHSばかりだったイングマール・ベルイマン作品も、ようやくTSUTAYAのDVDレンタルに登場した。今年1月7日からレンタル開始となったのは、『第七の封印』『野いちご』『処女の泉』『夏の遊び』『夏の夜は三たび微笑む』『冬の光』という充実の6作品。今回は前に一度観ただけの『夏の遊び』に関して。
 この映画はゴダールが「最も美しい映画」と絶賛したらしいし、ベルイマン本人もお気に入りだったようで、『第七の封印』は頭でつくったが、『夏の遊び』は心でつくったということを言っていたようだ。

イングマール・ベルイマン 『夏の遊び』 回想シーンの輝くような夏の想い出。


 主人公のマリー(マイ・ブリット・ニルソン)にある人の日記が届けられる。マリーはそれに導かれてある島へと渡る。その島は日記を書いたかつての恋人ヘンリック(ビルイェル・マルムステーン)とマリーが、若かりし頃にひと夏を過ごした場所だった。

 ベルイマン作品のなかでも特に評価が高い『野いちご』のように、現在と回想を行き来する構成となっている。マリーは現在ではバレエで主役を務めているけれど、もう若くはない。バレエは肉体を酷使する芸術だけに、いつまで続けられるかわからない。それでもマリーも今の恋人も互いの仕事ばかりに熱心で、相手のことを省みないために関係はうまくいっていない。そんな現在に対して、回想のなかのマリーとヘンリックの姿はいかにも輝いている。
 今回改めて観直して気がついたのは、マリーにより「宝石のような日々」とも表現され、“生の充溢”そのもののような回想シーンにも、ときおり死の影のようなものが漂っているということだ。マリーが島に渡ると、そこにはカラスの鳴き声とともに黒ずくめの老婆が歩いていて、その姿は『第七の封印』の死神のような風貌をしている。後半に登場するヘンリックのおばはガンで死を間近にしながらも、醜悪な姿で生に執着している。また、原因不明の臭いが二度登場するが、これは多分“死の腐臭”のようなものなのだろうと思う(だからそれに気がつく人とそうでない人がいる)。
 それから日記をマリーに送りつけたマリーのおじさんも、若くて「今を生きている」マリーと対照的な存在として配置されている。“現在”と“過去”、“生”と“死”、“若さ”と“老い”、そんな対比によってこの映画は成り立っている。
 おじさんは「出来ることなら教えてやりたい。人生の奥深さを。」と語るようにマリーの先達であり、かつてはマリーの母親の崇拝者だったらしいが、今ではそうした想い出のなかに浸って生きている。回想のマリーはおじさんと対照的な存在だったが、現在時のマリーは幾分か疲れて先行世代へと近づいている。“現在”は常に“過去”と移り変わるし、“生”は日々“死”へと近づき、“若さ”は次第に“老い”へと向かう。誰でもそうした時の流れには逆らえないのだ。

『夏の遊び』 現在のマリー(マイ・ブリット・ニルソン)は夜の劇場で不穏な何かを感じ取る。

 おじさんが日記を隠したのはなぜか? そして、今になってそれを送り付けた理由は? そのあたりに具体的な説明はない。ただ衰えを感じる時期だからこそ、日記によって想起された夏の想い出がより一層際立つ。多分、若いころにはその夏の素晴らしさには気づかない。もしかすると永遠にそんな夏が続くという勘違いをしているかもしれない。光が際立つのは闇があるからであり、生を感じられるのは死を身近に感じたからなのかもしれない。そして『夏の遊び』は陰鬱とした現在のパートがあるからこそ、回想部分の明るさのほうが印象に残る作品になっているのだと思う。
 北欧の太陽の輝きや、ローアングルで捉えられた穏やか湖畔の様子など、短い夏が美しく描かれているし、マリーとヘンリックの快活な戯れも微笑ましい。そしてベルイマン作品のなかでもとりわけほのぼのとしたアニメーション部分も忘れがたい。

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Date: 2015.01.15 Category: イングマール・ベルイマン Comments (2) Trackbacks (0)

『リヴ&イングマール ある愛の風景』 ベルイマン作品のDVD化を!

 題名の通り、リヴ・ウルマンイングマール・ベルイマンとの関係について語ったドキュメンタリー。監督のディーラージ・アコルカールは、リヴ・ウルマンの自伝を読んで感動し、自ら手紙を出してこの企画を実現させた。

『リヴ&イングマール ある愛の風景』

 他人の想い出などわざわざ映画にするほど価値があるとは思えないけれど、その想い出が世界的に重要な人物と密接な関わりがあるとなれば話は別だ。前々回に取り上げた『愛しのフリーダ』のフリーダ・ケリーの場合は、その重要人物とはビートルズだった。この『リヴ&イングマール ある愛の風景』のリヴ・ウルマンの場合は、それはイングマール・ベルイマンという映画監督だ。もしかすると一般的な知名度はビートルズほどではないかもしれないが、映画の世界ではベルイマンという名前はゆるぎない。
 『愛しのフリーダ』にしても、『リヴ&イングマール ある愛の風景』にしても、作品としての出来が際立っているとは思えない。インタビューを中心に構成されたオーソドックスなドキュメンタリーである。ただそんな出来とは別に、その取材対象そのもの(その間に特定の媒介者はいるが)への興味のほうが先に立つわけで、そうなると見逃すわけにはいかない。私にとってベルイマンはそんな対象だ。

『ある結婚の風景』は、リヴとベルイマンの関係が反映されている?

 『リヴ&イングマール ある愛の風景』では、たとえば撮影中の演出法とか、ベルイマン的な「神の沈黙」といったテーマなど、そうした彼の映画論に関して一切触れられない。アコルカール監督が意図したのは、あるいはリヴが関心を持っていたのは、偉大な映画監督としてのベルイマンではなく、リヴと愛し合ったイングマールというひとりの男との関係のほうなのだ。
 だからこの映画では、そんな偉大な監督のイメージとは異なる様子が垣間見られる。撮影中にリヴとカメラに向かってじゃれあうような姿もある。どちらかと言えば重く陰鬱な印象のある彼の作品群からは見えてこない愛嬌のある姿だ。また、けんかしたふたりがまるでキューブリック『シャイニング』みたいに、浴室の扉を挟んでいがみ合うエピソードも語られる。結局はベルイマンがぶち破った扉の穴からスリッパだけが浴室に入り込み、リヴと互いに笑いあって仲直りしたらしい。結末だけは微笑ましいが、実際にはなかなか過酷な状況で、『ある結婚の風景』の激しいけんかを想起させる。というよりも、リヴとの関係が先にモチーフとしてあったから、『ある結婚の風景』のような作品ができたのだろう。
 アコルカール監督はリヴのインタビューとベルイマン作品の一場面をコラージュしていく。リヴがベルイマンとのコンビで生み出した『仮面/ペルソナ』『狼の時刻』『恥』『沈黙の島』『叫びとささやき』『ある結婚の風景』『秋のソナタ』『サラバンド』といった作品が度々引用されるのだ。実際に彼らが結婚生活のなかで感じていたことが、映画に反映しているのだろう(あるいはそんなふうに編集されているのだろう)。
 たとえば『ある結婚の風景』は一番わかりやすい。『ある結婚の風景』は結婚生活の愛憎劇を描いたものだが、それには実際に一度は愛し合ったものの別れてしまったふたりの関係が透けて見える。その約30年後の続編であり遺作となった『サラバンド』に至っても、リヴとイングマールの関係は続いている。映画のなかでリヴ・ウルマンとエルランド・ヨセフソンが演じた役柄と同じように、親しい友人として大切な存在となっているのだ。そしてベルイマンの臨終には、リヴは『サラバンド』の台詞と同じように、何だか呼ばれた気がしてベルイマンのもとに駆けつけたのだという。今度は、ベルイマンが映画として創作したものが、現実でもくり返されることになったということだ。そのくらいふたりの関係は創作活動と密接に結びついていたということかもしれない。

 この映画の主な舞台はスウェーデンのフォール島である。もちろんフォール島はベルイマンの居住地であり、『フォール島の記録』などでも舞台になった場所だ(残念ながら観てないが)。島の風景を捉えた映像は美しい。砂浜から海を捉えたシーンでは雲間から陽光が射し、『冬の光』の一場面をイメージさせる。
 また、この映画では日本未公開の『沈黙の島』(原題は『情熱』)の映像なども登場する(観たことがないから推測だが)。マックス・フォン・シドーがリヴ・ウルマンに斧を振り上げる物騒な場面など、夫婦関係のいざこざが描かれているようだ。カラーの映像もスヴェン・ニクヴィストらしい色合いと思える。日本では観る機会がないのが何とも残念だ。『狼の時刻』『恥』はようやくDVDが出たが、まだまだ未発売の作品も多い。この際だから、ぜひともソフト化を期待したいものだ。

イングマール・ベルイマンの作品
Date: 2013.12.19 Category: イングマール・ベルイマン Comments (0) Trackbacks (0)
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新作映画(もしくは新作DVD)を中心に、週1本ペースでレビューします。

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